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ひきこもり異世界転移〜僕以外が無双する物語〜  作者: みやこのじょう
第1章 ひきこもり、異世界へ転移する
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2話・束の間の安全

 窓から射し込んだ朝日が顔面に直撃して目が覚めた。遮光カーテンに慣れきった身に太陽光は眩し過ぎる。


 それにしても、と部屋の中を見回してみる。


清々しい程に何も無い部屋だ。家具は棚と小さな机、そしてベッドしかない。その棚には何もない。普段は使われていない部屋なんだろう。


 ……夢じゃなかったんだな。


 さて、これからどうしよう。


 外からは微かに人の気配を感じる。早朝だというのに、村の人たちはもう畑仕事しているようだ。お年寄りは朝が早いって言うからなあ。


 ドアを開けたら、そこは屋外だ。この離れは村長さんちの裏に建ってるから、回り込まれない限り人目にはつかない。それでも、ひきこもりの僕にとって屋外に出る事自体ハードルが高い。


 どうすべきかと悩んでいたらドアがノックされた。びっくりし過ぎて変な声出た。


 村長の奥さんが「朝食の準備が出来たから本宅に来なさい」と伝えに来てくれただけだった。食事を出してもらえるとはありがたい。これも、昨日ロフルスさんが村長さんに頼んでくれたおかげだ。


 しかし、極力部屋から出たくない。


 人に食事してる姿を見られるのも避けたい。


 つっかえながら、まだ体調が悪いから部屋で食べたいという意志を伝えたら了承してもらえた。何事も言ってみるものだ。


 すぐに朝食を載せたトレイが運ばれてきた。


 ライ麦っぽい硬めのパンと、目玉焼き、鶏肉入りの根菜スープ。パンは自家製らしく焼きたて。目玉焼きもスープも美味しい。スープに入ってる鶏肉、もしや昨日言ってたロフルスさんちの鶏なのでは。


 食後暫く経ってから奥さんが食器を下げに来て、入れ替わりで洗面用の木桶とタオルを持ってきてくれた。小さな声でご馳走様でしたと頭を下げると、奥さんはちょっと驚いてた。


 顔を洗ったり、窓から外の景色を見たりしていたら、今度は村長さんとロフルスさんがやってきた。


 

「体調はどうだね」


「あっ、えっと、少し良くなりました」


「食欲もあるようだし、もう薬は要らんかな」


 

 手元を見れば、何やら丸薬の入った器を持っている。体調が悪いという僕の為に、わざわざ薬まで用意してくれたらしい。


 すみません、部屋出たくないから嘘言いました! 今はもう元気です!! と心の中で謝る。


 お年寄りに要らん心配かけるのは良くない。今後仮病はやめておこう。


 

「それでだな、ワシらはまだお前さんが何処の誰かも知らん。言える範囲で構わんから教えてくれんか」


 

 あー、確かにまだ名乗ってない。素性も分からないのに泊めてくれたのか、すごいな。

 


「僕は、家守明緒(やもり あけお)です。地元は静岡県の浜松です」


「変わった名前だな」


「シズ? ハママツ……? そんな町、この国にあったかのぉ」



 え? 浜松だよ? 知らないの?


 新幹線が止まる駅があるんだよ?



「えっ、……日本……は分かります、よね?」


「「二ホン?」」



 二人揃ってキョトンとされた。


 あっ、ダメだこりゃ。


 これだけ言葉が通じるのに、日本を知らないはずがない。それはつまり、どういう事だ?


 僕が今聞いて喋ってるのは、そもそも日本語じゃなくて、どこかの異世界の言語なのか? うっすら気付いてはいたけど、流石にショックだ。


 

「この村はキサンという。サウロ王国の南、クワドラッド州の端にある小さな村だ。サウロ王国は知っているか?」


「……いえ、聞いたことないです」


 

 日本のどこかにある外国人だけが住む村、という淡い期待は消し飛んだ。


 元の世界にもたくさん国があるし、国名を全部知っている訳じゃない。それでも、此処は違うと理解出来た。


 サウロ王国が全員日本語ペラペラなレベルの親日国だとしたら、無知な僕でも名前を知らない筈はない。


 やっぱり、違う世界なんだ。


 呆然とした僕の肩を、ロフルスさんがポンと叩いた。大きくて温かい手にちょっと安心した。



「どこの生まれで、どんな理由があってここらの森に居ったかは知らんが、兄ちゃんが普通の平民じゃないのは見りゃ分かる。この年齢で日焼けもしとらんし、手にマメもない」


 

 ひきこもりだから日焼けしてないだけですけど。力仕事もした事ないから、手荒れもしてないし。


 

「村のばあさん達は他国の王族の御落胤だの、権力争いに負けた病弱な貴族だの、お前さんの出自を好き勝手に妄想しとる」


「さっきもウチのカミさんが有る事無い事みんなに喋っとったな」



 ええ……なにそれ……。


 村長の奥さん噂の情報源になってない?


 てか僕、めっちゃ一般人なんですけど?


 そりゃあ数年ひきこもり生活してたから確かに色白だけどさ、猫背だし、人の目を見て話せないし、何にも持ってないし。



「もちろんワシらは違うと思っとるが、他に楽しみも無い田舎だ。適当に話を合わせてやってくれ」


「ええ〜〜〜……」



 そんな訳で、僕は病弱なやんごとない身分の方、という設定になった。お世話になってるし、ここは黙って従おう。


 嘘を吐くんじゃなく、噂を否定しないだけだから、何にも悪いことはしてないから大丈夫、と自分に言い聞かせる。


 村長さん達が出て行った後、部屋でぼんやりしてたらまたドアがノックされた。


 

「アケオ様、果物お持ちしましたよ〜!」


 

 村長の奥さん、ノリ良過ぎ。様付けて呼ばれたの生まれて初めてだよ。

 

 わざわざ部屋に持ってきてくれたのは有り難いけど、井戸端会議のネタを仕入れに来たのが丸わかりなんだよな。


 お礼を言って果物の器を受け取る。


 コレなんだろう、見たことない果物だ。ドラゴンフルーツに似た、南国っぽい色かたちをしている。


 

「あの、これって、この辺で採れるんですか?」


「いいえ、これは暑い地方じゃないと育たない種類らしくてね。一昨日行商が来た時に買っといたやつなんですよ」


「へぇ……うん、美味しいです」


「お口に合って良かったですわ! ほほほ!」


 

 奥さんは空になった器を持ち、上機嫌で出て行った。


 それにしても、行商かあ。どこから来てるんだろう。近くに集落はないって言ってたから、きっと遠くの町から来てるんだろうな。


 考え事をしていたら、また村長さんがやってきた。

 

 

「アケオ君、村を案内してやろう」


 

 全力で遠慮した。


 

「いっぺん顔見せるだけで済むから、な!」


 

 やっぱり村の人達に頼まれて連れ出しに来たな。


 村長さんは押しが強い。靴がないと断れば、これを使えと革のブーツを押し付けられた。息子さんが昔履いていたものらしい。


 あれよという間に強引に離れから引っ張り出されてしまった。


 村長さんの家の前に出ると、僕の姿を見つけたおばあさん達がざわついた。村長の奥さん井戸端会議の輪に加わってる。早速さっきの話をしてたな。


 軽く会釈して、村長さんに付いてその場を離れた。


 良かった、誰も近寄ってこない。


 高貴な身分だと勘違いされてるらしいし、近寄り難いと思われてそう。昨日みたいに囲まれるの苦手だから、結果オーライだな。


 この村には半月に一度、ノルトンという大きな街から行商が来る。畑で収穫した野菜や森で狩った動物の燻製肉、毛皮を日用品と物々交換するらしい。


 村には十数軒の家が建ち並んでいるが、半分以上空き家なのだという。子供世帯は勤め先を求め、みんな町に移住したんだとか。村には現在九人しか住んでいない。


 だからお年寄りしか居ないのか。


 高齢化とか、地方の過疎化とか、日本でも問題になってた気がする。



「もし行く宛がないなら、この村(キサン)にずっと居てくれて構わん。使っとらん家が何軒もある。掃除したら住める」


「はあ」



 それもいいかも知れない。


 元の世界に戻る方法も分からないし、ここで畑の世話をしながらのんびり暮らすのも悪くない。体力ないから農作業も難しいだろうけど、(なた)持って猪追い掛けるよりは向いていると思う。


 歩きながら、村長さんは他にも村の話をしてくれた。畑で育てている作物や、遠くの町に働きに出た息子さんの事、あとロフルスさんの昔の恥ずかしい話とか色々。


 村と森の境い目には、大人の胸の高さ程の木製の柵が設置されていた。畑の作物を野生動物に食い荒らされない為のものなんだとか。


 少し先で、ロフルスさんと別のおじいさんが二人で何か作業をしているのが見えた。


 大きな木槌で杭を地面に打ち込んでいる。



「あれは?」


「先日、駐屯兵団から柵を強化をするようにと通達が来たんでな。余った木材で傷んだ箇所の補修をしとるんじゃ」


「へぇ」



 駐屯兵団ってなんだろう。


 こちらに気付いたロフルスさんが手を振るので、僕も軽く手を上げて応えた。


 

「アケオ様、お衣装洗っておきましたよ」


 

 村長さんの家に戻ると、奥さんがスウェットと靴下、トランクスを綺麗に洗って畳んでおいてくれていた。



「不思議な布だねぇ、厚いのによく伸びて! 手触りもいいし、全然シワにならないの。不思議だわぁ」


 

 スウェットって何で出来てるんだっけ。ポリエステル? 化学繊維とか、こっちの世界にはなさそう。


 元の世界ではただの部屋着だけど、こっちでは希少な素材なのかも。


 そういう物を身に付けていたという事実もあって、ますます僕のやんごとない身分疑惑が深まっていった。


 その夜から、村長さん達と一緒に食事をとる事にした。




 

 それから数日 、時々離れから出て(村長さんとロフルスさんが無理やり連れ出しにくる)他の人達とも少しだけ喋るようになった。みんな親切で、何も出来ない僕を笑って受け入れてくれた。


 こんな穏やかな気持ちは何年振りだろう。ここでなら、本当に暮らしていけるかもしれない。


 夜、満ち足りた気持ちで離れのベッドに横になる。


 明日になったら、畑仕事を手伝ってみよう。体力もつけなくちゃ。そう思いながら、うとうとし始めた時だった。




 ──おぎゃあ、おぎゃあ



 外から赤ん坊の泣き声みたいな音が響いた。


 この村には、若い夫婦も赤ちゃんもいない。


 最初は森の木々や建物の間を通り抜ける風の音がそう聞こえるのかなと思った。


 しかし、泣き声は止まない。


 どうやら村の人達も声に気付いたようで、家の外に確認しに出るような気配もした。


 もし本当に赤ちゃんが居たら大変だ。外は暗くて怖いけど、僕も探すの手伝った方がいいかな、と身体を起こした時だった。




 外から悲鳴と、獣の遠吠えが響いたのは。

次話はちょっと鬱展開です。


2019/10/30改稿

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― 新着の感想 ―
[一言] どこの世界も妄想と噂の種は必要なんだな(*´艸`) と微笑ましく見ていたら、突然の赤ちゃんの泣き声、悲鳴、獣の遠吠え!! 鬱展開………! 何が起こったああああ((((;゜Д゜))))
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