16話・王都行き決定
「あたし達、明後日には王都に帰るのよね」
いつものように屋根裏部屋で寛いでいる時、マイラがぼそっと呟いた。もうすぐ貴族学院の長期休暇が終わるらしい。
マイラ達は、ほぼ毎日僕の部屋に遊びに来ている。孫ラブな辺境伯のおじさんや、色々報告に来る団長さんもよく入り浸っている。
騒がしいけど、それなりに楽しい日々を過ごしていたから、二人が居なくなると少し寂しい。
「そっか。寂しくなるね」
「ほんとにそう思ってるのかしら」
「ほんとだって」
生返事がバレて、読んでる途中の本を取り上げられた。
マイラは気が強くてワガママだけど、なんだかんだで懐いてくれてるし、妹がいたらこんな感じなんだろうなって思う。
「ねえさまと話す時に本なんか読むな失礼なやつだ」
まあ、ラトスとは仲良くなれないままだったけど。
二人が居なくなったら、僕はようやくひきこもり生活を満喫出来る訳だ。
そう思っていたのだが──
「ヤモリよ。マイラ達と一緒に王都に行ってこい」
「「「えっ!?」」」
辺境伯のおじさんの思わぬ言葉に、僕もマイラ達も驚いた。何故僕まで王都に行かなきゃならないんだ。
「実は、王都に異世界人の研究をしとる学者がおってな、そやつにヤモリの存在が知られてしまったんじゃ」
「えぇ……どこから僕の情報が……」
僕が異世界人だと知ってるのは、駐屯兵団の団長さんと兵士数人、キサン村出身者の人達と、辺境伯のおじさんとマイラ達、あとメイド長さんくらいかな?トマスさんはまだ王都に戻ってないし、団長さんが口止めをしてたはずだ。
ほとんど外に出てないのに、王都にいる人が僕の事を知ってるなんて一体どういう事なんだ。
「まあ、情報を流したのはワシなんじゃけど」
「えぇ〜……」
犯人は辺境伯のおじさんだった。
なにが『知られてしまったんじゃ』だよ。
「なんでそんな事するんですか!」
「異世界人であるお前さんを保護すると決めた時にな、どう世話したものかと手紙を書いたんじゃ。ホラ、何十年か前にも王宮に異世界人がいたから記録が残っとるかと思って」
ペットの飼い方を聞くみたいな言い方だ。
「そしたら『生きた異世界人を見せろ』って手紙が毎日毎日届くようになってしまってのぅ……鬱陶しいから返事も書いとらんかったが、これ以上無視するのも不味いし、もうヤモリを差し出してしまおうと思ってな」
「そっ、そんなぁ……」
『生きた異世界人』っていう言い方がもう駄目だ。そんな人の所に行きたくない。
でも、衣食住の全てをお世話になってる以上、辺境伯のおじさんには逆らえない。
「仕方ないから行きますけど……大丈夫ですよね?僕、人体実験とか解剖とかされないですよね?」
「はっはっは、まあ、うん」
嘘でもいいから否定してほしかった。
「アケオも行くのね!楽しみだわ!」
「……ふん……」
マイラとラトスは真逆の反応だ。それでも、ラトスの拒絶が前より和らいできた気がする。少しは打ち解けてくれたと考えていいのかな。
ノルトンから王都への道のりは馬車で丸二日、途中街に寄って休憩、宿泊するから片道三日はかかるらしい。思ったより時間が掛かる。
車や電車なら一日で済む距離でも、この世界にはそういった移動に便利な乗り物がない。
重い馬車は馬への負担も大きいから、休憩なしで走らせる訳にもいかない。
王都行きが決まってから荷造りをしておくように言われたんだけど、僕個人の持ち物ってスウェットと靴下、トランクスしかないんだよね。メイド長さんが新しいカバンと着替えを何着か用意してくれたので、それも一緒に持っていく。
マイラは大きな旅行カバンを幾つもメイドさんに運ばせていた。対してラトスは荷物は少ない。女の子はドレスとかが嵩張るのかな。
それとは別に、辺境伯のおじさんが持たせたお土産がたくさん。荷物用の馬車に乗り切らなかったので、後日別便で送ると言ってた。
出発当日の朝、団長さんが見送りに来てくれた。
「遅くなったが、これがヤモリ君の通行証だ」
「これが、僕の」
渡された通行証は綺麗な銀色のカードだった。
僕の名前の下にある出身地欄には『サウロ王国ノルトン』、保証人欄には『ラキオス・グラディア』と団長さんの名前が刻まれている。
本当の出身地はこの世界には存在しないので、通行証には記載出来ないと以前聞いた。寂しいが、日本と記載していく先々でトラブルになっても困るからな。
前に見せてもらった団長さんの通行証も銀色だったけど、カードの色って何か意味があるんだろうか。
「白は平民、銀は役人、金は貴族と分類されている」
「え、僕は役人じゃないんですけど」
「君の身元保証人が私だからだ。現在は辺境伯の庇護下にいるし、本当なら金色でも良いくらいだが」
「いえっ!これがいいです!!」
貴族と同じ通行証なんて、僕にはとても使えない。
通行証を握り締めて苦笑いする僕の頭に、団長さんはポンと手を置いた。撫でられるかと思った。
「王領シルクラッテ州の最初の街までは駐屯兵団の小隊が警備につく。何かあったら彼らを頼ると良い。……元気でな」
「ありがとうございます。団長さんも、お元気で」
短い付き合いではあったけど、団長さんは僕にとって年の離れた兄のような存在だった。いつも僕を尊重してくれていた。なんだか離れがたい気がする。
出発の時間が来たけど、マイラ達はまだ馬車に乗り込めないでいた。辺境伯のおじさんがなかなか離してくれないからだ。
次にマイラ達がノルトンに来るのは半年後の長期休暇になるんだから無理もない。
馬車は僕とマイラ達で一台、メイドさん三人で一台、荷物専用車の計三台。ノルトンの北門を出る時に駐屯兵団の小隊が合流する。
ちなみに、同行するメイドさん達はマイラとラトス専属のお世話係で、里帰りの際はいつも一緒に来ているそうだ。
貴族が移動するのって、結構大掛かりだな。
「……やっと馬車に乗れたわね」
「おじいさま、しつこいです」
馬車の中で溜め息を吐くマイラとラトス。二人とも出発前から疲れ果てている。
「いやー大変っすねー。ま、お菓子でもどーぞ」
「あら、気がきくわね」
「いただきます」
「わぁ、ありが……えっ?」
馬車の中に黒服の男の人がいた。
あまりにも自然な振る舞いでお菓子を配り出したから受け取っちゃったけど、なんで馬車にいるの?
「おじいさまの部下よ、知ってるでしょ」
「はは、どーもー」
「なんで馬車に!?」
「辺境伯の命令で、お嬢達の警護とかその他色々」
「へ、辺境伯のそばに居なくていいんですか」
「自分みたいなのは他にも何人か居ますんで平気っすよ」
マイラ達は彼が一緒に行く事を知っていたようで、まるで動じていない。
黒服の人は、よく僕の屋根裏部屋に出没していた辺境伯の間者さんだった。いつも突然現れてはすぐ何処かに行ってしまうので、しっかり顔を見るのは初めてかもしれない。
切れ長の青い眼に、後ろで一つに束ねられた長い黒髪。いつもはぴったりとした黒い服だが、今日はやや緩い服を着ている。馬車旅に同行するから楽な格好にしたのだろうか。
「使用人用の馬車は女の人ばっかで自分肩身狭くてー。貴族用の馬車は乗り心地良いし、こっち乗って正解っすわ」
今まで喋った所見たことなかったけど、割と口数多いぞこの人。なんかイメージ違うなあ。
あと、マイラ達が目の前に居るのに敬語じゃない。
「自分は諜報専門なんで腕はからっきしなんすけど、道中は兵士さんいるし、まあサイアク盾にでも使ってくれりゃーいいんで」
あはは、と軽く笑う間者さん。
マイラ達の警護じゃなかったのか。間者さんは何の為に付いてくるんだ?
こんな感じで、僕達は王都に向けて出発した。
二章始まりました。
毎日更新出来るうちは頑張ります。




