15話・これからの事
あれから数日後、団長さんが屋根裏部屋に訪ねてきた。
「先日はヤモリ君のお陰で丸く収まった。礼を言う」
そう言って出された手土産のお菓子は、僕に渡る前にラトスが強奪し、マイラに献上されてしまった。あの日、自分達が置いてかれた事にまだ怒っているらしい。
身分が高過ぎるマイラ達が同席したら、話し合いにならないに決まってる。それでも、単に邪魔者扱いされたと思っているのだ。
気難しいなぁ貴族の子供。
「今後の方針が決まったので報告に来た」
あの後、辺境伯や役人を交えて会議を開き、キサン村をどう管理していくか決めてきたという。
兵団で馬車を出し、遺品回収のため遺族を村に連れて行く事。
まずは鶏などの家畜の保護を優先とする事。
それとは別に、襲撃によって壊れた柵の修繕と増設担当の大工と護衛の兵士を派遣する事。
人が住まないと家が傷む為、領内の見廻り遠征時の宿営地とし、宿泊した際に兵士が家屋や周りの掃除、手入れをする事。
魔獣の脅威が無くなり、安全性が認められた場合に限り、村への移住を認める事。
──以上が取り決められた。
「戦後、森を一から切り拓き、長い時間を掛けて現在のキサン村を作り上げた。その苦労を知っているからこそ、みな廃村にしたくないのだろうな」
他にもユスタフ帝国の亡命者が作った村が幾つかあるそうで、今のところ無事が確認されている。
まだ魔獣の目撃情報が上がってくるので、引き続き領内の村や街に兵士を派遣し、警備に当たっているという。
メイド長さんが淹れてくれたお茶を飲みながら、僕は団長さんからの報告を聞いていた。
マイラとラトスは向かいのソファーを陣取り、手土産のお菓子を貪っている。美味しそうなマフィンだけど、僕には回ってこなさそうだ。
メイド長さんが気を使って別のお菓子を用意してくれたけど、これも根こそぎ奪われた。晩ごはん食べれなくなるぞ。
キサン村襲撃事件はこれで一段落となる。でも、僕にはまだ分からない事が幾つかあった。
「あの、昔ユスタフ帝国と戦争したんですか?」
「そうだ。もう二十年も前の話になるが」
「なぜ戦争が起こったんですか」
「当時の帝国は圧政が酷く、国民が多く逃げ出していた。難民を一番多く保護したのが隣接する我が国で、それが気に入らなかったのだろう。向こうから戦を仕掛けてきた」
「……そうだったんですか」
そういえば、前に執事さんから聞いた事がある。辺境伯のおじさんが陣頭に立って、自ら敵を蹴散らしたとかなんとか。
「キサン村の人達はただの難民ではなく、元軍人とその家族だ。国民を虐げる帝国を見限り、我が国に亡命してきた。戦争が終結した後、わざわざ不便な森に村を作って住んだのは、我等に遠慮したのだろう。我が国にも少なからず犠牲が出たからな」
「ああ……そういう事だったんですね」
ロフルスさんや村長さんが僕の面倒を見てくれたのは、行くあても帰る場所もない心細さを知っていたからだ。
トマスさんがユスタフ帝国を恐れていたのは、当時の酷い状況を実際に見て知っていたから。
街道に全く人がいないのは、やはり国交が回復していないのが原因だった。戦争が終わったにも関わらず、国境付近では時折小競り合いが発生するので、駐屯兵団が巡回して目を光らせている。
ちなみに、駐屯兵団の規模は二千人を超えるという。ノルトンにある兵舎の他に、国境付近に幾つか砦があり、国境警備と治安維持、魔獣退治が主な仕事だとか。
そのトップが団長さん。やっぱすごい人だったんだな。
ちなみに、今回のキサン村襲撃事件では魔獣しか確認されていない為、ユスタフ帝国は無関係だと考えられている。
「あ、そうだ。村長さんちから借りたカバン、トマスさんに返したいんですけど」
「カバン? ……ああ、ヤモリ君が持っていたあれか」
「一応遺品だし、団長さんから渡してもらえますか?」
「分かった。明日集まる予定だから渡しておこう」
良かった。この前返せば良かったんだけど、その時は村長さんの息子さんがいるって知らなかったから、手ぶらで兵舎に行ったんだよね。
革製の肩掛けカバンと水筒替わりの皮袋、あとナイフも借りてたから中に入れておこう。
メイド長さんから布巾を借りて汚れを払ってから、団長さんにカバンを渡した。
「それにしても、白狼って、クワドラッド州にはいない魔獣だったのに、何故急に現れたりしたのかしら。ねぇラキオス様?」
「近隣の国で環境の変化があったのかも知れない。そうだとしたら、今後は更に巡回が必要となる」
「あの、この辺りには他の魔獣はいないんですか」
「いや、黒貂や灰狐などの小型の魔獣はいるが、白の魔獣はいなかった」
「白の……、色で何か違うんですか」
「魔獣の強さが違う。黒、灰、白の順に強く凶暴になる。白の魔獣は最も恐ろしい存在だ」
「村長さんとロフルスさん、六匹倒してましたよ……」
「誰にでも出来る事ではない。おそらくユスタフ帝国に居た頃は、二人とも名のある軍人だったはずだ」
そうだったのか。
相討ちになったとはいえ、そんな強い魔獣を斧や鉈で倒すなんて、本当にすごい人達だったんだ。
「そうだ、その白狼の死骸から毛皮が取れるんだが、ヤモリ君に所有権がある。売ってもいいし、そのまま毛皮を持っていても構わない」
「は? なんで僕に所有権が」
「それは、襲撃当時に君が村に居たからだ。村に残された物は村の財産になる。だが、キサン村にはもう他に住人はいない。事件当時、住人の家に居候していた君にまず権利がある」
「いやいやいや、遺族がいるじゃないですか」
「彼らは襲撃前から現在に至るまで村の住人ではない。対象外だ」
「でも、僕はたまたま居合わせただけなんですよ?多少なりとも売ってお金になるんだったら、トマスさん達遺族に全部分配してください!」
僕が断ると、団長さんやマイラ達が驚いた顔をした。
「毛皮が幾らで売れると思ってるの、アケオ」
「えっ」
マイラが呆れたように口を開いた。隣のラトスが見下した表情で僕を見ている。
え、なに? どういうこと?
「一匹分の毛皮で、馬が四頭は買えるわよ」
「へ? そうなの!?」
この世界の物価は分からないけど、馬が買えるってすごい金額に聞こえる。平民にはひと財産なのでは。
「白狼は通常この辺りにいない上に、毛皮は良い素材になる。市場にほとんど出回らないので買い取り価格は非常に高い」
団長さんが解説してくれた。なるほど、希少だから高いのか。
「それを聞いても、先程の意見は変えない、と?」
「あ、はい。白狼を倒すのに何の役にも立ってないし、僕が貰う権利はないと思います」
「成る程。では君の言う通り、後日遺族に分配しよう」
「お願いします」
遠くに住んでいるキサン村出身者が、将来村に帰る時の資金の足しになればいいな。
「欲がないのね、アケオは」
「えっ」
「まったくだ。先程は本当に驚いた」
「そ、そんなに……?」
マイラと団長さんはため息をついて僕を見ている。
そう言われても、僕がお金なんか持ってても使うあてがないんだから仕方がない。基本的に部屋から出ないからな。
というか、この世界に来てから、お金を見た事も使った事もない。どんな貨幣があるかすら知らない。
それは、異世界転移初日からずっと誰かにお世話になり続けてるからなんだよね。
「あ、まさか僕に出てけって思ってる!?」
「なんでそうなるのよ!」
「け、毛皮を売ったお金で自立しろって事かと」
「身寄りのない異世界人をその辺に放り出せないわよ! それに、幾らお金があったところで、アケオが自立出来るとは思えないけど」
「ひどくない!?」
「ねえさまに対して酷いとはなんだ平民」
とりあえず、追い出される事はなさそうで安心した。本当に僕は周りに恵まれている。出来れば、このままずっとここに居たい。
その願いは近いうちに叶わなくなるんだけど、この時の僕には知る由もなかった。
第1章はこれにて終了です。
閑話を挟んで第2章に移ります。




