11話・新しいひきこもり先
辺境伯のおじさんちに団長さんと挨拶に行ったら、そのままそこに住む話になってしまった。
急に屋敷を移ることになり、団長さんちの執事さんやメイドさん達にお礼も言えてない。なので団長さんに伝えてもらうようお願いした。
辺境伯の豪邸と駐屯兵団団長の役宅は馬車で五分の距離なので、時々団長さんが様子を見に来てくれるって。心細かったのでちょっと嬉しい。屋敷にある空き部屋の中から僕の部屋を選ぶとこまでは付き合ってくれるみたい。
三人で廊下に出ると、腰に剣を付けてる男の人達が控えていてビックリした。この人達は辺境伯の護衛なんだって。自宅の中でも護衛が付いて回るのか。あと護衛さん達、体育会系の人特有の自信に満ちたオーラがすごい。あまりにも僕と真逆過ぎて同じ空間に存在するのがツラい。
団長さんからはそういうギラギラした感じはしないから割と話しやすいんだけど。
僕が固まっているのを見て、辺境伯のおじさんが護衛さん達を下がらせてくれた。今回は団長さんが一緒だから引いてくれたという。ありがとう団長さん。
「さて、どの客室が良かったかのう?」
辺境伯のおじさんが案内してくれたのは、どれも広くて煌びやかで、入るのを躊躇うレベルの部屋ばかりだった。
「もっと狭くて地味な部屋でいいんですけど……」
しかし、どうやら母屋には地味な部屋はないらしい。従業員専用の離れが裏にあるが、そこは警備の関係で駄目だと釘を刺されてしまった。
このままでは、部屋に居ても全く寛げない。
「欲のないヤツじゃの〜! 欲がなさ過ぎて逆に面倒くさいの〜! あとは何にもない屋根裏部屋しかないぞ」
「そこ! そこ見せて下さい!」
実際に屋根裏部屋を見に行ってみる。
最上階のこの部屋に至る専用階段は他のものより幅も狭い。室内は三十畳くらいの広さがあり、片隅に木箱が積まれている以外に何もなかった。小さな窓が幾つもあるので割と明るい。
普段使われてないから少し埃っぽいけど、少し掃除したら十分住めそうだ。
「僕、ここがいいです!」
「こんな部屋が良いとは、異世界人は変わっとる」
「ヤモリ君。ここはどうかと思うが……」
二人とも引いてる。
庶民には豪華な部屋なんかいらんのですよ。
偉い人にはそれが分からんのです。
流石に床に寝るのは嫌なので、小さなベッドを用意してもらった。ついでだからと、階下の物置にあった古いテーブルセットも運ばれてきた。
メイドさんにバケツと雑巾を借りようとしたら凄い剣幕で拒否され「私どもでやりますから!」と追い出されてしまった。
一時間後には埃っぽかった屋根裏部屋が小綺麗な部屋に様変わりしていた。板張りの床は丁寧にモップが掛けられ、新たに大きめの絨毯が敷かれている。
部屋の支度が一段落した時点で団長さんは帰っていった。
辺境伯のおじさんは「殺風景じゃの〜」「この辺に壺とか石膏像とか置きたいの〜」とブツブツ言っている。そういうの要らないんで何冊か本を下さいと頼んだら翌日本棚ごと運び込まれた。
派手な装飾のない、心から寛げる僕だけの部屋。
たくさん本があるから暇も潰せる。
しかし、食事の度に食堂に行かねばならない。
団長さんちでもツラかった、だだっ広い食堂で給仕のメイドさん達に囲まれての食事、あれは避けたい。
駄目元で部屋で食べたいとお願いしたら、あっさり許可された。あって良かったテーブルセット!
毎回最上階の屋根裏部屋まで運ばなくてはならないから、メイドさんには大変な迷惑を掛けてしまう。
後日、メイド長さんにそのことを謝ったら「ご希望に応えるのが我々の務めですので」と笑顔で返された。メイドさんすごい。
屋根裏部屋での暮らしは平和そのものだ。
お風呂とトイレだけは下の階に行かなくてはならなかったが、廊下ですれ違うのはメイドさん達だけだから気が楽だ。みんな僕が辺境伯の客人だと知っているから笑顔で挨拶してくれる。
辺境伯のおじさんは毎日屋敷にいて、たまに屋根裏部屋にもやってくる。団長さんは朝から夕方まで兵舎に出勤してたけど、辺境伯のお仕事ってなんだろう。
直接聞いてみたら「執務室で書類に判を押したり、たまーに領地を回って視察するくらいかのぅ」と笑ってた。
簡単そうに聞こえるが、クワドラッド州は広大な領地らしいので、普通に治めるだけでも大変だと思う。
別の時に執事さんに尋ねたら「今でこそ平和になりましたが、戦時中は旦那様自ら陣頭指揮を執り国境を死守しておられました」と笑顔で教えてくれた。
貴族って、危ないことは下の人にやらせて、自分は安全な場所でふんぞり返ってるかと思ってたけど違うみたい。戦う貴族なんだな、辺境伯のおじさんは。
それにしても、戦争なんてあったんだ。
この街が高い石壁に囲まれてるのは、実際に要塞として作られたからかもしれない。
最近の出来事が書いてある本がないかなーと探してみたけど、部屋の本棚にはなかった。どれも古い歴史書や教典らしきものばかり。
教典は当然キリスト教ではなく、元の世界では聞いたことのない『バエル教』という宗教のものだ。他の宗教の教典も何冊かあったので、サウロ王国は割と自由な信仰が認められてるみたいだ。
暇潰しにバエル教の教典を読んでみた。
向き合う竜と老人のイラストが口絵になっている。古めかしい言葉で表現されているから読み辛いが、なんとか意味は分かる。
ざっと目を通したところ『全ての種族の言葉を理解する竜が種族間の争いを仲立ちして世界を救った。老人はその竜の存在に気付いた唯一の人間であり、後にバエル教の開祖となった』という内容だった。
本当の話か作り話か分からないが、こっちの世界には竜、つまりドラゴンはいるのだろうか。今度団長さんが来たら聞いてみよう。
別の本を取ろうと本棚に手を伸ばした時、階段を上がってくる小さな足音が二つ聞こえた。
この階には屋根裏部屋しかない。
食事の時間ではないので、メイドさん達が来ることもない。
辺境伯のおじさんや団長さんの足音はもっと大きい。
二つの足音はこの部屋の前で止まった。 ヒソヒソと喋る声がする。 入ってくる様子もないし、何を言ってるのか聞こえないので、そーっと扉の近くに移動した。
扉の横の壁にくっついて耳を澄ませる。
「ホントにいくのですか。あぶないです」
「仕方ないじゃない、部屋から出てこないんだもの」
少年と少女が小声で言い合っているのが聞こえた。
ああ、僕を見に来たんだな。
辺境伯の屋敷に子供居たっけ、と思ってたら突然扉が開かれた。
「あら? ……なーんだ、誰もいないじゃないの」
壁にくっついていたため、僕は開いた扉の裏に隠れ、二人からは死角に入った。向こうから僕の姿は見えていない。
入り口で部屋をぐるっと見回し、少年と少女は安心したように笑い合っている。
やばい、完全に姿を見せるタイミングを失った。
今、扉の後ろから出て声を掛けたら驚かせてしまう。僕が二人を驚かす為にわざと隠れたみたいに思われても嫌だ。
もし部屋の真ん中まで入って、扉の方に振り向かれても見つかってしまう。
頼むから部屋に入らず立ち去ってくれ!
そう願っていたら、階段の方から慌てたように駆け上る足音が聞こえてきた。
「お嬢様、坊っちゃま! 勝手に入られては困ります!」
この声はメイド長さんだ。いいぞ、このまま二人を摘み出してくれ!
「おじいさまから許可は貰ったわ。別に構わないでしょ」
「いけません! 突然押し入るなんて、お客様に失礼ですよ」
「でも、お客さんいないみたいだよ」
「えっ? ……あら、本当だわ」
少年の言葉に、メイド長さんが驚いて部屋を見渡した。ほとんど屋根裏部屋から出ないはずの僕が見当たらないのだから、そりゃ驚くよな。
ますます表に出にくい状況になってきたぞ。家探しされる前に素直に姿を見せた方がいいのは分かってるけど、一歩前に出る度胸がない。
どうしたらいいんだ……!!!
2020/08/16
一部表現を修正しました




