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ひきこもり異世界転移〜僕以外が無双する物語〜  作者: みやこのじょう
第8章 ひきこもり、真実を知る

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107話・少女皇帝

 国境の壁から五百メートル程離れた場所にある第四師団の仮設拠点。その一番奥にある一際大きくて立派な天幕へと案内された。


 中に入ると、そこには第四師団長のブラゴノード卿とシェーラ王女の姿があった。二人は地図を広げ、難しい顔で何やら意見を交わしていたが、僕達が入ってきた瞬間、パッと顔を上げた。



「ヤモリさん! 戻られたのですね」


「はい。シェーラ王女も無事で良かったです」



 ラトスの身代わりとして、一時帝都に捕らわれた僕を心配してくれていたのだろう。普段はラトスにしか向けられない、心からの笑顔で出迎えてくれた。



「ラトスは? ここには居ないの?」


「ラトス様はノルトンで治療を受けております。意識は戻りましたが、衰弱が酷かったものですから」



 命に別状がないなら良かった。


 帝都の廃教会で再会した時は、今にも死んでしまいそうな程に弱っていた。シェーラ王女が魔法で防御膜を張り、オルニスさんとアーニャさんが守りながら急いでサウロ王国に戻ったから助かったのだ。



「オルニス様とエニア長官は、今もラトス様に付き添っておいでです。……本当に、もう少し遅かったら危なかったので」



 愛息子が敵国に攫われ、生死の境を彷徨ったのだから無理もない。戦争中ではあるけれど、もう少しラトスが回復しないと、エニアさんも気が気ではないだろう。



「シェーラ王女は、その、ラトスの側に居なくて良かったの?」



 オルニスさんやエニアさん、マイラに次いでラトスを心配していたのは、他ならぬシェーラ王女だ。



「私が近くに居ては、ラトス様も周りも気が休まりません。ラトス様がご無事なら、私はそれで良いのです」


 誰よりも側に居たいだろうに、なんて健気な。


 ふ、と寂しげな微笑みを浮かべ、目を臥せるシェーラ王女。小柄で可憐な少女の控えめな態度に、周囲に控えていた兵士達は胸を打たれていた。



 未成年の王族という立場でありながら、ラトス救出の為にユスタフ帝国の帝都まで足を運んだ。シェーラ王女の感知魔法が無ければ、ラトスを取り戻すのにもっと時間が掛かっていた。彼女がラトス救出の一番の功労者だと思う。



「さて。人質も奪還出来た事だし、ここいらで情報を整理したい。なにしろ、こっちにゃ帝国側の情報が殆ど無いんでな」



 ブラゴノード卿は、帝国領から戻ってきたメンバーを集めた。


 シェーラ王女、アーニャさん、アリストスさん、学者貴族さん、間者さん、それと僕。他に数名、第四師団の兵士さんがいる。アールカイト家の隠密さん達は、外で休憩を取りつつ周辺を警戒している。


 毛布やクッションが敷かれた床に座り、真ん中に置かれた地図を囲んだ。


 既に、先に戻ったアーニャさんとシェーラ王女からの報告を聞いたのだろう。地図上のガルデアとキュクロの街に、バツの字が書き込まれていた。



「さて、最新の情報を出してもらうぞ」



 最初に挙手したのはアリストスさんだ。



「帝都からヤモリ殿を奪還した後、逃げる途中で空飛ぶ大型魔獣に追われ、応戦しました。そこで帝国側の戦士三人と戦い、二人は倒しました」



 帝国側の戦士というのは、ティフォー達の事だ。倒されたのはナヴァドとランガ。学者貴族さんの雷で大ダメージを負わせ、アリストスさんがとどめを刺している。


 その時の事を思い出し、少し苦い気持ちになった。



「空飛ぶ大型魔獣と戦士の女は、残念ながら取り逃がしてしまいましたが……」


「ふむ。空飛ぶ魔獣は竜とは別のヤツだな? 厄介な相手が居たものだ。で、その戦士とやらは殿下の報告にあった、帝都の廃教会に居たという奴らか? かなり手強いと聞いていたが、二人も倒したか」



 ブラゴノード卿が感心すると、アークエルド卿が満足そうに何度も頷いている。



「そうだろう、そうだろう。ウチの甥達は優秀でな。軍に入れば立派な司令官になれるぞ」



 鼻高々に甥っ子自慢をするアークエルド卿。


 まだアリストスさん達を王国軍に入れる事を諦めていないらしい。そんなアークエルド卿を横目に見ながら、アリストスさんと学者貴族さんは深く溜め息を吐いた。戦場での実績が出来てしまった以上、今までより勧誘が増え、断わり辛くなるだろう。


 続けて、学者貴族さんが発言する。



「国境まであと僅かという所で、大きな竜に行く手を阻まれた。そう、伯父上や長官も見たアレだ。ヤモリの機転で何とか難を逃れたが、剣も魔法も効かん化け物だ。あれを相手にするのは、一般の兵士では難しいだろう」


「竜? 竜だと!? 帝国め、そんなものまで手懐けておるのか!!」



 ドラゴンの話に喰いつくブラゴノード卿。


 こちらの世界でもドラゴンは伝説的な存在らしい。バエル教の宗教書以外で関連の記述を見た事がない。



「ああ、確かにおったな。馬が怯えて動けなくなるのは参った。ワシが見た時は翼に怪我をして飛べんようだったが、見上げる程の大きさで、……そうだな、ちょうど頭の位置が国境の壁くらいの高さだったか」


「剣と魔法が効かん、デカい竜か……そんなものを、どうやって倒せというのだ」



 シェーラ王女はドラゴンの姿を見ていない。話を聞いて、やや青褪めている。もし帝国がその気になれば、国境の壁から程近いこの拠点は真っ先に狙われていただろう。


 暫くは飛べないから大丈夫だろうけど、傷が治れば上空からの奇襲にも警戒しなくてはならない。



「──で、その竜を従えていた奴の正体だが」



 ちらりとこちらに視線を向ける学者貴族さん。ここから先は、僕が説明しろと言いたいのだろう。



「えー……その人は、僕と同じ異世界人で」


「なんと! 帝国にも異世界人が!?」


「はい。それで、その異世界人……イナトリっていう名前なんですけど、元の世界に居る時は、僕の兄の知り合いだったみたいで。その関係で、僕を帝国に呼び寄せようとしていたみたいです」



 滅多に保護されない異世界人が同じ時期に二人も出現した事に、みんな驚いている。



「ラトスを攫うように命じたのも、そのイナトリです。同じ異世界人ではあるけど、彼のやった事は理解出来ないし、許せません」



 この世界で初めて出会った日本人だけど、性格や考え方が根本的に合わない。仲良くなれないタイプだ。


 先に知らせた学者貴族さんやアリストスさんは、僕の報告を黙って聞いていた。難しい顔をして、何やら考えこんでいる。



「んじゃ、自分(ジブン)からも報告を」



 控え目に手を挙げる間者さん。


 彼は陽動の為に帝国の野営地に忍び込んだから、誰よりも敵の内情に詳しい。



「えーと、国境の壁を挟んで真向かい……この辺に帝国の野営地があります。規模はここと同じくらい。でも、一区画だけ特別な場所がありまして」



 指し棒で地図の一点を示しながら、間者さんは帝国の野営地について語り始めた。


 シェーラ王女や師団長達がいるからか、普段より丁寧な口調で話している。敬語に慣れていないせいか、時々崩れてはいるけれど、今は誰もそんな事を咎めたりしない。



「周りは警備がすんごい厳重で、でも、兵士以外の見張りは居なかったんで、なんとか中に忍び込む事が出来ました。皇帝が来てるって噂もあったんで、多分一番立派な天幕にいるんだろうなとアタリを付けて」



 固唾を飲んで報告を聞く一同。皇帝という単語が出た瞬間、ブラゴノード卿とアークエルド卿が身を乗り出した。



「盗聴阻害の魔導具の効果で、気配と音は消せたんで、忍び込むのは簡単でした。でも、中に人が見当たらなくて。空振りかなーと思ってたら、寝台に誰かが寝てたんです」



 野営地の天幕に寝台?


 皇帝の使う天幕ならば、大型の家具が運び込まれていたとしても不思議ではない。



「そこで寝ていたのは、白髪(はくはつ)の女の子でした。年の頃は……多分、ヤモリさんと同じか、ちょい下くらいの」



 という事は、十代後半か。


 老衰による白髪ではないのなら、生まれながらの髪色なのかな?



「その後、その天幕にお世話係の女官みたいな人が入ってきたんで、自分は気付かれないうちに外に出たんすけど、女官が女の子に向かって『陛下』って声を掛けてたのを聞きました」


「なっ……!」



 ユスタフ帝国で『陛下』と呼ばれる立場の人間は、たった一人。皇帝だけだ。


 その白髪の女の子が皇帝?


 これには聞いていた全員が驚いた。


 何しろ、ユスタフ帝国は二十年前の戦争以降、全ての国と国交を断っている。現在誰が皇帝なのかすら分かっていないのだ。


 それが、今こうして明らかになった。



「その少女が皇帝だと……? しかし、危険な最前線にわざわざ連れてくるとは、どういう事だ」


「それより、ユスタフ帝国の皇帝や貴族に白髪は居らんかったはずだが」



 顎に手を当て、考え込む師団長達。



「……確か、カサンドール王国の王族が白髪の血筋だったはずだよ。二十年以上前に、ユスタフ帝国に負けて占領されてるけどね。もしかして、カサンドールの王族との間に出来た娘を新皇帝に据えたんじゃないかねぇ」



 記憶を辿りながら、アーニャさんがそう教えてくれた。なにせ何十年も前の話だ。当時の外交記録などがあれば、多少は分かるかもしれない。



「……戦争に負けたら、敵国に嫁がねばなりませんの?」



 暗い表情を浮かべ、シェーラ王女が呟いた。


 そうでなくても、王族は他国との友好関係を結ぶ為に結婚する事がある。敗戦国の王族ならば、敵国に望まれれば断る事も出来ないだろう。


 シェーラ王女はまだ十一歳。まだ婚約者も決まっていない。ラトスに片想い中の普通の女の子だ。


 もしユスタフ帝国に負ければ、この可憐な少女の将来が危うくなる。


 その事実が、師団長達の心に火をつけた。



「殿下。そのような事態にはさせませぬ」


「無論! 我らが必ずや帝国を討ち滅ぼしてみせましょうぞ!!」



 二人の師団長から勝利を誓われ、シェーラ王女はようやく安心したように微笑んだ。


 この話は瞬く間に拠点の兵士達に広まり、士気がめちゃくちゃ向上したという。


 王女様パワーすごい。


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