10話・異世界人
こちらの世界で初めて『異世界人』と指摘された。
「な、何故僕が異世界人だと……?」
僕の質問に、辺境伯のおじさんは笑った。
「この世界に住む者ならば、ワシの爵位を聞いただけで震え上がるものよ。じゃが、お前さんは頭を下げはするが、あんまりピンと来とらんようじゃった」
「……僕の国には貴族制度とかないし、辺境伯がどれくらい偉いのか、正直分からないです」
現代の日本で特別な身分といえば、皇族くらいだろうか。イギリスとかフランスにはまだ貴族制度が残っているけど、平民全てが貴族に従属してる訳じゃない。
団長さんは、僕が異世界人だと聞いて動揺しているみたい。
辺境伯のおじさんは構わず話を続けた。
「何十年かに一人か二人、違う世界の人間が見つかったという実際の記録がある。幾ら探ってもお前さんの情報が出てこんのは、元々この世界におらんかったからじゃ」
「その、閣下。ヤモリ君は異世界から来た、と?」
「うむ。ヤモリ、お前さん分かっとったじゃろ?」
「──は、はい」
知らない国。
見た事のない獣。
何故か通じる言葉。
キサン村に居た時から、何となくそうじゃないかと思っていた。団長さんちで借りた地図を見て、疑惑は確信に変わった。
ここは僕の生まれ育った世界ではない。
それにしても、過去にも異世界人がいたのか。今も何処かにいるのなら会ってみたい。
「それが本当ならば、ヤモリ君はどうやって此処へ?」
「それが分からなくて。気が付いたら来てました」
「こちらに来る前、何か変わった事は?」
「うーん……全く覚えてないです。あ、キサン村近くの森で目覚めた後、何故かすごく頭が痛くて戻しそうになりました」
気を取り直した団長さんに幾つか質問されるが、残念ながら転移直前の事は記憶にない。今思えば、森で体調を崩したのは、時空を超えた転移が身体に影響したからなのだろう。
ふんふんと興味深そうに聞いていた辺境伯のおじさんだが、知りたいのはもっと具体的な事のようだ。
「ひとつ聞きたいんじゃが、お前さんの世界とこの世界、明らかに違う所はあるか?」
「あー……えっと、色々あります。例えば、今は馬車は使わないです。長距離を移動するなら、車とか電車とかに乗って──」
「クルマ? デンシャ? なんじゃそれは」
「えーと、金属の塊にゴム製の車輪?を付けた乗り物で、……なにか書く物あります?説明しづらいので」
辺境伯のおじさんは、窓際の机から紙束と硝子ペンを出してきてくれた。ペン先にインクを浸してから紙に向かう。
細かい構造は分からないので、車と電車の外観だけをササっとシンプルに描いてみた。
二人は食い入るように描き上がった絵を見た。
「どこに馬を繋ぐのだ?御者は何処に?」
「馬は要らなくて、エンジン……機械が動力になってて、御者というか、運転する人は中のこの辺りに座って──」
「馬車より速いのか?」
「たぶん普通に速いと思います」
「これは貴族の乗り物では?」
「や、車は平民でも買えます。電車は鉄道会社が運営してて、お金を払って乗ります」
「「なんと!」」
拙い説明で伝わるか心配だったが、なんとなくイメージは伝わったみたいだ。
この世界の文明レベルはおそらく中世くらい。
車や電車はもちろん、便利な家電も存在しない。
「では、ヤモリ君が所持していた、あの不思議な布で作られた珍妙な服も、異世界の……?」
「珍!? ……はい、元の世界での部屋着です」
スウェットを珍妙な服と言われてしまった。無地だからそんなに変じゃないと思うんだけど。
「待て、報告書にあった衣服の事じゃな!? 現物は持っとるのか!?」
「あっ、すいません今はないです」
「ラキオスの屋敷じゃな!? すぐに持って来させる! 誰かおるか!」
急な呼び掛けにも関わらず、辺境伯のおじさんのそばにスッと男の人が姿を現した。全身黒い服で、床に片膝をついて命令を待っている。
あれ? さっきまで、僕と団長さんと辺境伯のおじさんだけだったよねこの部屋。何処から出てきたの?
「話は聞いておったな。すぐラキオスの屋敷に向かい、異世界の衣服を持ってくるのじゃ!!」
「はっ!」
黒服の人はその場からサッと消えた。
えっ、忍者? 隠密??
「閣下。間者を侵入させる宣言を私の前で堂々と」
「見られて困るものなど無かろう!」
「それはそうですが、気持ちの問題です」
団長さんのお屋敷だけど、僕が使ってる部屋に入られると思うと微妙な気持ちになる。 拒否出来る雰囲気じゃないし。
五分ほど経った頃、先程姿を消した黒服の人、間者さんが部屋の中に現れた。手には僕のカバンを持っている。馬車で片道五分の距離のはずなんだけど、この人どうやって団長さんちまで行ってきたんだろう。
辺境伯のおじさんがカバンを受け取ると、間者さんは再び姿を消した。普段は天井裏か隠し空間的な場所に潜んでるんだろうか。
「地味なカバンじゃのー」
「あ、それはキサン村の村長さんちから拝借した物なので、異世界の物じゃない……」
「なーんじゃ。服はコレか?」
カバンからスウェットその他を引っ張り出す。
トランクスをジロジロ見られるのは恥ずかしかったので慌てて取り返してカバンにしまい直した。
目の前のテーブルに広げ、隅々まで眺める辺境伯のおじさん。裾を捲ったり、ひっくり返したりしている。
「確かに珍妙じゃが、そこまで変わっとるかのー?」
形は長袖の上着とズボンだから珍しくはない。
「袖口を引っ張ってみてください閣下」
「こうか? ……ぬぉッ!? 伸びた!!」
「ズボンの腰のところもお試しください」
「なにィ!? なんじゃこの伸び縮みする服は!」
何故か得意げに指示する団長さんと、いちいちオーバーリアクションで驚く辺境伯のおじさん。
こっちの世界の服にはゴムは使われてないのか。
「服を裏返してみてください」
「どれどれ……ムッ、表の布とは違う肌触り。なんだかフワフワしておるようじゃが」
「表と裏で織り方が違うため、布に厚みが出て保温効果が高いのです。しかも軽くて乾きやすく、シワになりにくい」
「ほっほぉ〜! こんな布があるとは……」
団長さん、やけにスウェットの特性に詳しい。さては僕を牢屋にブチ込んでる間にやりたい放題試してたな。
村長の奥さんは、僕が貴族だからこんな服を持ってると勘違いしてた。でも、この二人の反応を見ると、貴族でもこういう素材は見たことがないらしい。
まあ、化学繊維だからね。
ひとしきりスウェットと靴下に興奮した後、僕の今後についての話になった。
この世界では、異世界人はかなりレアな存在なので、より高位の貴族による保護が必要なのだとか。
自分がレア扱いされる日が来るとは思わなかった。
なんでも、異世界から齎される未知の品物や知識には、計り知れない価値があるという。さっき軽〜く乗り物の事を教えただけで、すんごい食い付きだったから妙に納得した。
もう既に亡くなったけど、何十年か前に異世界人が現れた時には王宮で保護していたらしい。
「私は貴族ではないし、保護者としては力不足のようだ」
残念そうに団長さんが呟いた。
そうか、団長さんちに居られなくなるのか。数日暮らしてやっと慣れてきたのに残念だ。
「この場合、ワシが適任じゃろ。ちょうど荷物も持ってきた事だから、このまま此処に居ったらいい」
「急な話だが、閣下の庇護を受けたまえ」
「え、嘘でしょ……」
まさかの即引っ越し決定!
もしかして、その為に僕のカバンを取りに行かせたのか? だとしたら確信犯じゃないかこの人。
こうして僕は、辺境伯邸に移り住む事となった。
ひきこもり先がレベルアップしました!
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一部誤字訂正しました(2020/01/21)
ご指摘ありがとうございました!




