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先日の和解を経て、僕はついに週末に至った。身体も心もウズウズしてしかたなかった。猫が僕を待っているという確かな手ごたえが僕を奮い立たせるのだった。


ようこそ猫の街へ!


夢を見た。垂れ幕が掲げてあるそこに何匹もの猫がぶら下がり、僕に向けて尻尾を振っているのだ。追いかけられたいという合図だ。僕は無我夢中で猫を追いかけた。そして、いざ何匹もの猫を抱きしめようとした瞬間、夢から覚めたのだ。続きは現実で、頭の中で声がした。早朝の早い時間帯だというのに居ても立っても居られなかった。僕はすぐに着替えて外に出た。まだ外は暗く、夏だというのにしっとり落ち着いた空気を纏っていた。僕はそんな空気を切るように自転車を走らせた。向かう道は一つだった。身体がマグマのようにグツグツと沸き立った。今日の僕はいつもと一味違う・・。猫は一匹たりとも僕から逃げることは適わないだろう。リュックに大量の猫缶を詰めた僕は、これを空にすることが僕の人生の使命であると確信した。

街は静かなものだった。それはそうだ・・。まだ暗い時間、明朝とも言えぬ時間帯。この時間から外をうろついている人物なんて変質者以外にいないだろう。もちろん自覚はある。僕もその中の一人なのだという自覚が。


「ふふふふふ」


自転車から降りた僕がまず始めたことはルート作りだった。猫と僕とが走るコースのようなもの。それは人間にも猫にも悟られぬよう微かに匂わせるよう本能に訴えかけるルート作り。石、あるいは道幅、あるいは塀の上、そういったものを僕の手で潰し、あるいは作っていく。猫は己の選びたい道を走っているつもりだろうが、それは僕があらかじめ決めたコースだ。そしてゴールは僕の腕の中なのである。今日は特別に何種類ものコースを作った。それは猫がもっともっと楽しめるようにした僕なりの配慮だった。


「えへへへへへ」


朝が来る。笑みがこぼれる。今日は最高の一日になるだろう。今日のために僕は生まれてきたのだろう。そう!幸せとは己の道を突き進むことなのだ。



昼が来た。未だに猫は一匹たりとも僕の前に姿を現さない。


夜だ。自然と涙がこぼれ始めた。片付けを始める。大量の猫缶はまだリュックに大量に保存されたままだ。一度もリュックの中身を確認することなく今日が終わろうとしていた。おかしい・・こんなはずはない・・。まだ夢の続きを見ているに違いない。自分は何者なのだろう・・?こんなことをして何の意味があるのだろう・・。今日僕の前に猫は、一匹たりとも姿を現すことは無かった。


その次の週末もその次も、猫は姿を現さなかった。それは先々週の焼き増しだと言えた。状況は全て元に戻った。僕の期待は絶望に、そして憎しみへと変質するのはすぐだった。あの野郎・・。許さねぇ・・。その日から僕は猫以外にあのお姉さんの姿を探すことに躍起になった。週末を何度も潰した。


「なぁ。お前さ。最近いつにもまして変だぞ」

「ほっておいてくれないか」

「でもなぁ。ほら、日に日に目は血走っていくのに、体は痩せていってるぞ」

「だから、ほっておいてくれ!!」

「猫使いのお姉さんね・・・もう、行くとこまで行ったって感じだな」

「架空の人物みたいに言わないでくれ!そんな憐れんだ目で見るな!僕はね・・!仲間が出来たような気がして嬉しかったんだよ!自分を猫だなんて、なかなか言えたもんじゃないよ!」

「変人同士は逆に分かり合えないもんよ」

「な、なにをーー!!!」


獣医の先生が言うに、そんな人間はありえないということだ。猫と喋れる?身振り手振りで?有り得ない。鼻で笑ったその鼻を思いっきり抓んでやった。先生はフガフガ言いながら僕をにらみつける。僕はそんな先生を見て、滑稽だと鼻で笑ってやった。一度その街を訪ねたいと言った先生に嘘の普通の街を教えてあげた。獲物は、アノ街は僕のものだ。

先生の言うように僕の体つきは日増しに変わっていっていた。人は本来、持久力に優れた動物だという。全身から発汗できるというのは動物として、珍しいものらしい。これにより他の動物に比べ、体内の温度調節が容易にでき、長い活動をものにした。つまり他の動物には無い持久力を得たのだという。僕は猫をくまなく探すうちに、その持久力に特化していった。余分な筋肉は削がれ、必要な筋肉だけが発達していく。目的があるというのは、イイモノで僕は日に日に、活動する期間を増やしていった。いうなれば体力がついたのだ。仕事が終わった後からその街へと行く。そして夜中に帰る。徐々に獲物を追い詰めている実感があった。あの数の猫を隠す。それは、どんな統率を持ってしても無理があったのだ。猫は生き物でお姉さんにとっては友達で、生きるためには食べることも動くことも必要で、この猫を探す勝負は、僕が持久戦を選んだことで、すでに決していた。


「しつこすぎ。。空気読んで。。」


ある晩、いつの間にか後ろに立っていたのは、あの猫使いのお姉さんだった。ついにこの時が来たのだ。お姉さんはウンザリした顔をして僕の前へと立っていた。黒い服に大型のトランクケース。それは出会った時の格好だった。外行き用なのかもしれない。


「皆、私も含めて皆。。もうお手上げ。。降参します。。あなた変だよ。。?凄くへん。。」

「いいから早く、そのトランクを開けないか!」


お姉さんはサッと自分の後ろにトランクを隠した。その仕草はまるで、何かを危ないものから大事な物を守るようであった。僕は感じた。全てを。その瞬間から僕の人間らしさ、理性は全て取り払われた。僕はお姉さんなど、放っておいて、トランクのほうへ突っ込んだ。


「あ!コラ!私のトランク、触るな!皆怖がってる!」

「はぁはぁ・・・・」


お姉さんが本気の抵抗を見せ、僕からトランクを遠ざける。お姉さんはいつもと違うハッキリとした口調で僕を叱ったが、僕には届いていなかった。トランクと僕はお姉さんの周りをクルクルと円を描いて回った。僕には届いていた。トランクの中から発せられる猫の悲鳴が・・・。僕が僕が助けてあげないと早く開けて、頬ずりしてあげないと・・・!!猫が・・・猫が・・!


「助けなきゃ・・・はぁはぁ・・助けなきゃ・・・」

「ヤ、ヤメッ!ヤ・・・!にゃっ!!!にゃぁ!シャァァァァ!!!!!!」


お姉さんは焦って、猫語になっていた。切羽詰まると母国語でまくし立てちゃう外国人みたいに。


「にゃっ!!にゃーーーー!!!」

「はやく!そのトランクをこっちに寄越すんだ!!」


だが、そんなお姉さんに僕は負けていなかった。飢えていた。もう何日も何日も猫を摂取していなかったのだ。そうして無我夢中でトランクを追いかけていた僕だったが、突然、頭に衝撃が走った。見れば、お姉さんが片腕でトランクを操り、もう片方の手は拳を握りしめて涙ぐんでいた。お姉さんは手を握り、僕の頭上に狙いを定め、手のひら側を僕の頭に何度もポコポコ叩きつけた。あぁ・・・それは紛う事なき猫パンチだった!それは錯乱した僕の頭を正すには打って付けだった!


「ごめんなさい。。」

「いえ、僕がスイマセン。」


平静を取り戻した僕達は近くのベンチに腰を下ろした。夜にどっぷり浸かっていて、僕達が座るベンチだけが、そこから切り取られ、夜から切り出されたようだ。お姉さんはひとしきり落ち着くと、「んっー」と猫のように体を伸ばし、「さて。。」と言った。どこか、それは自分の背中を押しているようだった。


「まず、あなたが猫を好きだということを私は認めてる。。ということを分かっていて欲しい。。」

「はい。。」


お姉さんは丁寧に、数を数えるように、もしくは爆発物に触るような慎重さをもってして僕に話をした。要は気を使われていた。


「私は皆にちゃんとあなたのことを話したの。。出来るだけ良い形で。。良い風に思われるように。。しっぽも揺らすよう、もしくは揺らさないよう、ちゃんと、あなたが勘違いしないよう言ったの。。」

「はい。。」


俯くお姉さんは僕と目を合わそうとはしない。それが僕の心を酷くえぐった。


「それでね。。皆、嫌。。だって。。」

「嘘だっ!!!」

「うん。。えっと。。」


僕はつい叫んだが、お姉さんは事前に予測していたようで、動揺することなく次の行動に移った。トランクに手をかけ、中を開けた。そうして、トランクの中からは三匹の猫が姿を現した。三匹の猫は僕の前に立つと、しっぽをピンと立てた。僕を見下しながらも警戒を怠らない、その三匹は、何が起ころうが尻尾は揺らさねえよ?と自信と決意がみなぎっていた。それは僕との決別を意味する。僕はワナワナ震えながら、自身に対しての言い訳を展開する他なかった。


「え、えらく躾けてありますね。」

「ちゃんと、この子達を見てあげて。。このままじゃ生活が立ち行かなくなるから、勇気のあるこの子達が猫の代表として、あなたに会いに来たの。。」

「ヒドイ、なんてことだ。あんまりにもヒドイ!!た、楽しいですか???いや、さぞ!楽しいでしょうね!!いや、愉快だ!あなたの思っている通りですよ!僕は酷くショックを受けている。悪い夢でも見ているようだ!」

「。。。」


猫達は僕を見据えたまま、ピクリとも動かない。僕はベンチに座ったまま頭を抱え込んだ。溢れそうな涙をこらえた。お姉さんはどこか、すまなそうにして僕から目を逸らし続けている。自分からした提案がこんな、最悪な形を迎えるなど、僕もお姉さんもまったく、予想してなかったのだ!猫達は動かず、僕もそんな猫達を見て、体をピクリとも動かせないのであった。動かないことが明確な意思表示になるなど、誰が考えようか。














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