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道端でばったりと出くわしたお姉さんは、猫背のまま、僕を見つめた。その目ははっきりと見開かれ、僕から一瞬たりとも目をはなしはしない。監視されているような居心地の悪さを感じてしまい僕は思わず目を逸らした。


「どうかしました?」

「私は暇じゃないの。。ついてきて」


お姉さんはそう言うと、僕の服をくいくい引っ張った。「はぁ」わざと僕に聞こえるように、ため息をつくと、お姉さんは僕を無視してさっさと歩き出す。


「どこに行くんですか?」

「いいから。。猫のとこだよ。。」


そう言われてしまうと僕はついていくしかないのだった。細い路地に狭い塀の上、お姉さんと僕は、普段人が通らないような場所を人目を避けるように歩いていった。お姉さんは迷いなく進んでいくが、後ろからついていく僕としては大変な行程だった。道といえるのか定かではないが、だんだんと人気がなくなっていく、その道のりに僕は不安を覚える。どこに連れて行かれるというのか。

お姉さんが、ようやく立ち止まったのは、お地蔵さんの前だった。壁と壁の間にたまたま空間ができたような通路とは言えない狭い場所。どこにもつながっていないというのに、お地蔵さんが居座っているのは、なんだか曰く付きの危険な場所のように思えるのだった。そのお地蔵さんにはなぜか猫じゃらしが活けてあり、人が入り込むことのないその空間に揺れるそれは近寄りがたく、不気味だった。


「ちょっと待ってて。。」


お姉さんはそう言って、お地蔵さんが祀られている祠の台座部分を開けた。台座の中にはお参りに使う道具やお地蔵さんを綺麗にする道具が収納されていたようで、お姉さんは、それらを一旦外に出し始めた。一見バチ当たりとも思える行動はすぐに終わりガサゴソとお姉さんは台座の奥までその細い体を入れていった。


カチャリ


お姉さんの入った奥で何かが開く音がした。そうしてお姉さんは奥へ奥へと入っていく。それはお地蔵さんを越えた塀の向こう側だった。お姉さんは体を這わせるように台座の中へ入っていき、姿が見えなくなり、ほどなくしてから塀の向こう側で、僕に呼び掛けた。


「いいよ。。入ってきて。」


僕はお姉さんが入っていった台座の中を覗く、するとそこにあるのは生気の無い壁などではなく、青青とした草だった。僕はお地蔵さんと台座の中を交互に見つめた。このお地蔵さんが人の世界と、お姉さんが行き来している世界の境目なのだろうか。お地蔵さんを利用するように設けられたそのドアの向こう側は、人智の届かない場所に通じているような、そんな恐怖があった。


「はやくきて。。皆待ってるよ。。」


お姉さんが壁の向こうから呼びかける。皆・・?僕が迷い、台座の中を見続けていると壁の向こう側で一匹の猫が横切った。それは習性だった。まだ、心のどこかが満たされていないままお姉さんに呼び止められた僕は、まだまだ足りてなかったのだ。


「はぁはぁ」


身体が猫を求めて台座の中に吸い込まれるように入っていく。これは必然なのだと、どこかから声がしたような気がした。お地蔵さんからだろうか?台座を抜け、壁の向こう側に入るとそこは原っぱになっていた。グルリと壁が囲いその壁に添うようにして3本の樹が立っている。二本の樹の間にはポツンと社が一つだけ建てられていた。神社なのか・・?僕はまじまじと周りを見る。僕が通った通路以外に出入口はなさそうだった。どこにも繋がっていないこの空間は人が来てはいけないような、そんな空気さえあるのだった。

お姉さんは、僕が入ってきたのを確認すると、また、通路の出口に体を入れ、奥でゴソゴソしはじめた。たぶん、道具や扉を僕等が通る前の状況に戻しているのだろう。終わったのだろう。また壁の向こうから、カチャリ という鍵の締まった音がして、お姉さんがコチラに戻ってきた。


「きて。。」


お姉さんはそれだけ言うと社に向かって歩き出した。僕もそれについていく。途中、草の間を何かが通るような気配がした。それも、そこらかしこで。猫だろう。僕は直感的にそう思った。姿は見えない。だけど、気配だけは至る所から漂ってくる。何匹いるのか数えるのをあきらめるそれは、僕はとんでもない所に来てしまったのではないかという発想に至らせるには十分だった。


ヴァルハラ


戦死者が集うとされる戦士の理想の王国。猫達と数々の試合を経た僕は生きながらにして、僕の理想である所の猫のヴァルハラに足を踏み入れたのだ!さながら前を歩くこのお姉さんは、戦士を迎え入れるワルキューレだろうか。この街はやはり僕の理想だった。僕は涙をこらえ、戦士としての祝福を受けるために祭壇(社)に足を運んだ。お姉さんと猫達はそんな僕を祝福し、優しく迎え入れようとしている。


「ありがとう」

「え。。???」


自然と口から感謝の辞が漏れた。お姉さんは、まだ早いと少し困ったような顔を僕に向けている。そうだ。そうなのだ。僕は自分の心を諌めるのに必死だった。心臓が高鳴り、頭が幸せにジンワリと麻痺したようなものになっていく。一歩歩くごとにそれは、強くなっていった。


カランカラン


お姉さんは社まで着くと、備え付けてあった鈴を鳴らした。つい先ほどまでザワザワと揺れていた草がピタリと示し合わせたように止まった。


「にゃぁぁ」

「「「にゃぁぁ」」」


鈴を鳴らし、原っぱ全体を見渡したお姉さんは、よく通る声でそこら中にいるであろう猫に対し叫んだ。それに応えるように原っぱや樹の上、社の後ろや中からまで猫が鳴いた。その鳴き声は何匹もの声が重なり、重い重低音のように、僕を圧倒した。声だけでは、何処に何匹いるのか見当がまったくつかない。たぶん僕を皆に紹介しているのだろう。お姉さんはというと、僕の隣でにゃぁにゃぁ言いながら、しきりに手足を動かしていた。僕という人間の説明をしているのだろう。お姉さんの動きが止まると、僕に向いた。その目は僕を値踏みするような不躾な目であった。試されているな、と僕は感じた。


「あ。。そっか。。ごめんなさい。。あんまり人に慣れてなくて。。皆が何言ってるか分かんないよね?。。」

「いいですよ。どうです?皆の反応は?僕は何をしたらいいですかね?」

「私が皆の言葉をあなたに分かるように話すから。そこにいて話を聞いてて。。」


はぁ。。むず痒いな。。どんな賛辞が飛び出すやら。。


「にゃぁ。。えっと。。今から裁判をはじめます。。」

「サイバン??」

「あ。。れ??違った。。かな。。?」


お姉さんは、少しオタオタするとポケットから手帳を取り出しパラパラめくりだした。サイバン?サイバン島のことだろうか?つまり・・ここは猫のリゾートで皆で今からバカンスということだろうか。もしくは、サイバンというのは猫言葉で愛するという意味なのだろう。


「ん??。。合ってる??。。裁判します。。」

「はい?どうぞ?」

「うん。。えっと。。被告人。あなたは猫を追いかけましたか?」

「はい??」

「よって有罪です。。」

「え??」

「論告です。。被告人を有罪とし、死刑を求刑します。」


猫が一斉に鳴き始める。ものの5秒くらいで死刑を求刑された哀れな男に猫達が一斉に抗議の声を上げたのだ。


「とんだ茶番ですね。嫉妬ですか?」

「えっと。。被告人。慎みなさい??静粛に??」


お姉さんは、にゃぁにゃぁ鳴きながら、手帳と僕を交互に見て、僕を嗜めるのだった。


☆☆☆猫使いの手帳☆☆☆

用途の異なった手帳が何冊もある。猫使いが人間と猫の橋渡しをしようと頑張っていた時のなごり。今回使用されたのは断罪用。表紙は黒。















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