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飼い主の責任はペットが引き受けるんだよ。去勢がどうしたら猫のためになるんだろう。
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車は過ぎ去った。物陰は全て塞いだ。マッピングは完成を見て。獲物がついに現れた。スタートのピストルが僕の中で火を噴いた。
「あっははははは!」
猫が縦横無尽に疾走する。魔の手から逃れようと、生きるため己を燃やし走る。追随する僕も必死で全力だった。趣味。それは人間がこの世に生まれ、全力出したる理由そのもの。背面が黒く、腹は白い猫だ。まるで白猫に上からインキを垂らしたような。可愛い可愛い猫だあああ!
その黒白猫は誰かの思惑に沿うように、迷うことなく逃げていった。隠れる場所を探すが、ない、ない。僕が全て塞いでおいた。そして、猫は後ろを振り返ると僕を見て更にスピードを上げる。
猫を捕まえる。これは普通に行えば、まず不可能に近い。普段は優雅に歩く猫だが、彼等が全力を出した速度たるや、実に48キロ。優雅に暮らすには理由がある。捕まらない自信があるからだ。まず普通の人間では捕まえることが出来ないような速度と俊敏さで。だが、あくまで普通の人間相手にだ。猫を追いかけるため、策を練り、己の全てを出し切る僕相手では、速度だけでは心もとない。己を投げ打つように猫を捕まえるため生まれてきたかのように猫を追った。猫は僕がわざと置いた隠れるポイント通称チェックポイントに身を潜め僕という驚異からやり過ごそうとしていた。だが、それを置いたのは他ならない僕だ。猫をそこから追い立てた。猫を追いかけるためのポイントは休ませないことにある。自分がどんなに疲れていようが、そんなことはお構いなしに猫を追い詰めるのだ。猫は狩りを行うためなのか、瞬発力に重点を置いているようで、そこに持続力は存在しない。普段はすぐに逃げ隠れればやりおおせるだろう。だが、この日は違うのだった。地面を踏み鳴らし、猫を目的地へと誘導する。
「そこは、行き止まりだよ」
僕は誰に聞かせるでもなくそう呟いた。意味は通じないだろうが、己の体で意味を感じ取ったのだろう。普段は空いている猫用の通路。それを当てにして、ここまで逃げた猫は震え、怯えた。
「名前、名前はなんて名付けよう?!そうだなぁ!黒白だしさぁ!オセロ!オセロがいいなぁ!」
勝手に名前を付けられる。人間からしたら、とても嫌なものだろう。だが、今の僕にはそんなものは関係ないのだった。とにかく目の前の猫を可愛がる。もう頭はそればっかりだった。袋小路に追い詰められた猫は、逃げ場はないのだろうかとキョロキョロと目配せのような仕草をしている。あきらめるわけにはいかないのだ。猫はいきなり走り出した。僕に向かって。それは、最後の抵抗で、僕はそれを予見していた。
「右。。」
猫の重心の傾き、それは右方向を示していた。だが、運動能力ははるかに彼らのほうが優れている。僕は誰よりもそれを頭と体で知っている。猫は僕が右にくることを体の動きから察知し、そのしなやかな躰を駆使することで曲がる方向を左へと変えた。それは一瞬の出来事。四足歩行ならではのスムーズな体重移動。だが、僕のそれはフェイクだった。僕はあえて右を見せることで、右手という選択肢を塞いだ。こうして道は一本に絞られる。
「とみせかけて左いいいいいいいいいい」
僕は体ごと投げつけるように猫をキャッチした。猫を両手で優しく包み込むように持ち上げる。当然、猫を掲げるように抱き上げた体は受け身を取ることは適わず、投げつけた体は地面をズリズリとこすった。そんなことはどうでもいいことだ。
フシャァアアアアアアアアアアア
猫が唸り、前足を空に向かって必死にバタつかせる。
「クックックックック。アッハッハッハッハ!!!僕の勝ちだなオセロオオオ」
膝は擦り剝け所々血が出ていたがアドレナリンのおかげなのか痛みは無かった。オセロは未来が不安なのだろう。バタバタバタと全身をせわしなく動かし、僕という不安から逃れようと、あらんかぎりの抵抗を続けていた。
「おいおい、落ち着け。お嫁さんじゃないか!」
僕はオセロを逃さないように両手で包み込むとモニュモニュとマッサージしはじめた。両の掌の感覚からオセロの躰から徐々に緊張という名の強張りがほぐされていくのを感じとる。仰向けのまま猫の躰をまさぐった。
「ほれほれ。ここだろ?ここでしょ?ここもそうだろ!ここがいいんだ?!」
次第にゴロゴロ唸りだしたオセロ。快楽という本能には猫だろうが逆らえはしないのだ。それは僕も同じでオセロを気持ちよくさせてあげていると僕も快楽を果てしないほど感じるのだった。二匹の獣は絶頂を迎えようとしていた。
クタクタになった僕とオセロはもう友達であり、婚約者でもあった。フフフ。オセロに僕はリュックから猫缶を出してやる。一つ367円と値は張るが、健康やアレルギーにまで考慮した猫缶であり、運動をし、快楽を貪った僕等にはうってつけの猫缶なのである。僕が猫缶を開けてやり、オセロの前に差し出すと、オセロは少し警戒するように一舐めする、それが美味で疲れた今の体には打って付けなものだと野生の本能から分かったのだろう。貪るようにガツガツ喰らいだした。僕は食事中のオセロを見ながらリュックに入っていた。僕用の食事も取り出す。カロリーメイター。携帯食のそれは軽く安くカロリーが高い。こうして猫と追い掛けっこするには最適な食事なのだ。オセロが食べてる猫缶のほうが、お金的にはお高いのだが、戦友の猫と一緒に食事を共にすることで、僕は何より贅沢な気持ちになるのだった。これが僕の最高の休日であり、この街は最高だなと、流れ出る爽やかな汗とともに口から零れ落ちるのだった。
こうして僕の幸せな休日は始まった。稼いだお金を湯水のようにその街に使い込んだ。まるで土砂のように流れ込んだ僕の金と僕。それは僕を破産寸前まで追い込み、徐々に健康を損なうまでに至った。風船が萎んでいくように僕は萎んでいき、その分アチラは膨らんだ。ある意味では釣り合いがとれていて、その分気付くのが若干遅くなったのだ。痩せて体力を失った僕と太り、俊敏さを欠いた猫。生態系を壊しかねない事態に、その街の主が僕を見過ごすことはありえないのだった。そうして僕の前から猫という猫が姿を見せなくなった。