家事ロボットと修理技師の青年の話
21××年。日本は、生活の全てをロボットにやらせている。生産から商売、農業や家事までもロボットがやっていて、人はロボットによって楽に生活を営むことができている。
そんな優秀なロボットの中にも、駄目な奴はいる。それを直すのは、残念ながら人間の仕事。ロボット修理技師という国家試験を必要とする仕事で、今のところ30名がこの仕事をしている。
そんな、ロボットと修理技師の話……
「また、やらかしたかぁぁぁぁ!!!!」
主人の怒号が家中に響く。
「すみません」
必死に謝るロボットの後ろには、大木が生えた洗濯機があった。
「だいたいお前は、いつもいつも……こないだだって、料理してたら台所を爆発させたじゃないか!コーヒーもまともに入れられないし!!!!」
主人は、声を荒げて怒鳴り散らす。
「よし、お前は修理行きだ!バグってるんだ」
ロボットは、ついに修理されることになった。
「こいつ、バグってるんで」
「なるほどね」
やって来たのは、20代の青年だった。黒髪、つり目がちの青年は、ロボットを見るなりため息をついた。
「またか。ここのメーカー、バグが多いんです。特に、『chinatsu.R』型がね」
そういうと、ロボットを車に乗せた。
「なるべく早く戻せるようがんばります」
「お願いします」
仕事場兼自宅についた青年は、ロボットにコーヒーを淹れるように頼んだ。
しばらくして持って来たコーヒーを見て、青年は泡を吹いた。
「ダメですか?」
「俺が淹れ直してくる」
インスタントコーヒーすらまともに淹れられないロボットに、青年はため息をついた。
「あの、ごめんなさい」
「いいよ。別に」
「あ、名前を教えてください」
あ、私も気になってた。何?あんたの名前。
「俺は、篠塚星夜だ。あと、作家が名前を聞くんじゃねーよ!」
「星夜さん?誰に言ってるんです?」
困惑気味のロボットに、星夜は
「あ、いや。なんでもない」
と言って、その場を濁す。
「てか、コーヒー淹れ直すから、見てろよ?まあ、みてるだけじゃできねぇかもだけどな」
悪態をつきながら、キッチンでコーヒーを淹れ直した。それを持って、星夜は仕事場の机に置くと、
「ここは、こうかな?」「やはり、資料に穴があるのか」
などとぶつぶつ呟きながらパソコンをいじりはじめた。
「あの」
「なんだ……よ……おま、それは」
ロボットが持ってきたものは、きちんと淹れられたコーヒーだった。
「なんで、できたんだ?」
「見たからです」
ロボットがそう言ったとき、星夜は一つの答えにたどり着いた。
「教えればできるんだな……」
その日から、ロボットに星夜は家事スキルを習得させようとがんばった。洗濯機の使い方、料理、メニュー本の読み方、星夜が持つ全ての知識を教えた。
「ほら、違うだろ?ここはこうやってだなぁ」
怒られるのすらロボットには嬉しかった。
「できたじゃないか。偉いぞ」
褒められるのは、もっと嬉しかった。星夜と話すのは、ロボットにとって、とても嬉しいことだった。ロボットは星夜の仕事を手伝ったこともある。資料整理などの雑務だったが、ロボットは難なくこなしていた。
何ヵ月も経つと、ほとんどの基本的仕事から応用までできるようになっていた。
「これで、帰れるな」
そう言って嬉しそうな星夜と反対に、寂しいような辛いような顔を向けるロボット。けど、ロボットの顔に全く気づかないのか、ロボットの方を叩き
「お前は立派になったな。偉いぞ」
と言った。ロボットは、
「星夜さん……あの」
「明日、主人が迎えにくるそうだ」
と、ロボットがなにかを言おうとしたのを遮るように言った。
翌朝。星夜に見送られるようにして、ロボットは帰っていった。星夜は、ロボットがいなくなった仕事場を見て、
「広いな……こんなに広かったかなぁ」
と呟いた。ロボットがいることが日常となっていたことで、星夜はいなくなった寂しさで押し潰された。
ロボットの方も同じだった。
「おー、直してもらったから完璧にこなせているじゃないか」
と嬉しそうな主人。しかし、ロボットにとっては同じ『褒める』でも何かが違った。
(星夜さんに褒めてもらいたい)
そう思うと、涙が流れた。本来、ロボットは人形のように泣くことはできないものだった。だから、このときのロボットの泣き顔は呪いの人形のようだった。
「呪われてる!!このロボットは、呪われたんだぁぁ!!!!」
と主人は恐怖に絶叫した。
ピンポーン
家のチャイムが鳴り、主人が外へ出てみると
「あの、外まで悲鳴聞こえてたんですが?」
星夜だった。
「ちょうどいい。お前、こいつを引き取ってくれ!!呪われてる」
「え?呪い?」
困惑している星夜のもとに、ロボットが渡される。
「な、お前!!何をしたんだ!」
「星夜さん!会いたかったです」
仕事場に戻り、ロボットの涙が何なのかが判明した。
「お前、これって……」
ロボットの体内に入っている冷却水だった。数ヶ月に一回は取り替えなくてはならないものだったので、既に何ヵ月もなっているからか、冷却水袋が劣化していたのだろう。それがたまたま目から溢れただけのようだった。
「人騒がせなロボットだな、お前は」
星夜は微笑み、ロボットの冷却水を持ってきた。
「とりあえず、取り替えようか」
「ひゃあ、星夜さん!それはちょっと……」
このロボットは、少し人間らしいところがあった。
「あははは!!いいから、そこまで気にする必要はないよ」
「でもぉ……」
仕事場は、再び笑いに包まれた。
ロボットと人間は、決して結ばれることはない。けれど、一緒にいることはできる。だから、二人はどちらかの寿命が尽きるまで一緒にいようと誓い合った。それが、二人にとって幸せだったから……