バンドメンバーといっしょ
サークルの中でバンド活動をしていると、当然ながらメンバーと一緒にいる時間が増える。
練習の後に食事に行くことは多いが、私生活で遊びに行くことはあまりない。同じ大学に通っているから授業で会うことはあるが、アルバイト先もばらばらだったりする。
そんな中、俺たちのバンド活動にも少し変化があった。
「今のパートもええけどさ、入れ替えてもおもろいかもな」
智矢が練習中にそう言いだしたことがあったのだ。
「パートを入れ替えるって、お前ギター以外の楽器を弾いたことあんの?」
祐志がドラムを叩くステッキを置いてそう聞いた。
「いや、ないけど。やからこそ、ぎこちない感じが受けるやろと思って」
智矢が能天気にそう言うので、俺は
「そんなもんなんか?」
と疑問を抱いた。
「ってことでさ、これから皆でカラオケに行かへん?晴男のバイト先の」
智矢がそう言いだした。
「ええけど。さっきの話はただの口実で、カラオケに行きたいだけと違うん?」
祐志がそう疑っていた。
「まあ、それもあるんやけどさ」
智矢が少し恥ずかしそうに笑った。
「じゃあ、カラオケ店まで乗せてったるわ」
俺はそう言い、車を出した。
「あんたはいつも通り助手席でええでな」
俺は彼女にこっそりそう言った。
「ありがとうございます」
彼女は少し申し訳なさそうにそう返していた。
「失礼します」
「よろしくお願いします」
そう言ってメンバーが乗り込んだ俺の車はとても賑やかになった。そういえば、この車に彼女以外の人を乗せるのは久しぶりかもしれない。
「やっぱりヒラリーは助手席に乗せるんやな。そこは俺らには譲れへん特等席なんやろ⁉︎」
智矢が後ろの席からそうからかってきた。
「なんか、すみません」
彼女が恥ずかしそうにそう言っていた。
「いや、あんたが謝ることやあらへんから」
俺はそう言って、アクセルを踏んだ。
「そういえば、みんなはカラオケってよお行くん?」
俺は、ハンドルを握りながらメンバーたちにそう聞いた。
「俺はよう行くで」
智矢が明るくそう言った。まあ、これからカラオケに行こうと言い出したくらいだからな。今向かっている俺のバイト先にもよく来ている。
「俺は、たまに友達から誘われて行くくらいやな。嫌いやないけど、付き合いで行くことがほとんどで、自分からは行かへん」
祐志はそう言っていた。
「僕はたまに一人で行くくらいですね」
ヒロはそう言っていた。俺の勝手なイメージだが、ヒロが大勢でわいわいとカラオケに行くとは思えない。
「私はカラオケ自体行ったことがありません。遠足や修学旅行のバスでカラオケをする人はいましたけど」
彼女はそう言っていた。
「確かにヒラリーはカラオケ行かなそうやな。でも、実はめっちゃ歌が上手かったりして」
智矢がそう言っていたので、彼女は
「そんな期待しないでください。歌うことなんてほとんどないんですから」
と困惑していた。とはいえ、カラオケに行く以上は、それぞれ1曲以上は歌う必要があるだろう。
そうして賑やかに話しているうちに、俺のアルバイト先のカラオケ店に到着した。俺がここに行くのはアルバイトと歌の練習の一人カラオケだけだったので、誰かと一緒ということはなかった。バイト仲間でカラオケ大会しようと誘われたこともあったが、他のバイトがあったので断っていた。
「朝倉君、珍しいな。こんな大勢で来るなんて」
受付をしていたバイト仲間の石川さんがそう言っていた。
「みんなで楽しんでな」
石川さんに笑顔でマイクを渡され、俺たちは案内された部屋に入った。
「じゃあ、ボーカルの晴男が最初に盛り上げてな」
智矢は、そう言って俺にマイクを向けてきた。
「いや、俺さっきまで練習で歌っとったんやけど?」
俺はそう言って抵抗した。
「ボーカルのくせに、歌いたないんか?」
祐志が淡々とそう聞いてきた。
「嫌やないけど、練習直後で本調子で歌えやんかもしれやんし、俺が最初に歌ってもおもんないやろ?」
俺は自分が思っていることを正直に話したが、祐志は
「そんならまた練習させてやろ!」
と言って、勝手にいつもバンドで演奏している曲を入れた。
俺は、それを阻止する暇もなかったので、結局練習の延長線で歌うことになってしまった。
「何や、普段通り歌えとるやん。さすがボーカルやな」
歌い終わった後、祐志がそう関心していた。特別俺を褒めるつもりはなかったのかもしれないが、そう言われて少しほっとした。
「じゃあ次俺が歌う!」
智矢はそう張り切って、好きなバンドの曲を歌ったが、お世辞にも上手いとは言えなかった。いるよな、楽しそうに歌っているけど音痴な人って。
「智矢って、歌が上手いんやなあ」
祐志のその言葉にむっとした智矢が、
「お前も嫌味ばっかり言うとらんと歌えや!」
と言い、祐志にマイクを差し出した。
「まあ、そうなるか」
祐志はそう言いながら、智矢同様自分が好きなバンドの曲を歌った。
「俺よりは歌上手いんやな。晴男の方が上手いけど」
祐志が歌い終わってから、智矢がそう言った。確かに、祐志はどちらかと言うと歌が上手い方だった。
しかし俺は、こんなところで歌が上手いと言われても嬉しくなかった。歌が下手だったらボーカルは務まらないから。
「じゃあ次、ヒラリーな」
智矢がそう言って、彼女にマイクを渡した。
「そうや、せっかくやから晴男が選曲せえよ」
智矢がそう続けた。
「えっ⁉︎」
彼女と俺は、同時に動揺して恥ずかしくなった。
「さすが。二人はずっと一緒におるで、よう似てきとるんやな。可愛い」
祐志が、褒め言葉なのか嫌味なのかよくわからないことを言ってきた。
俺は、いかにも恋愛の曲は良くないと思い、そうでない曲を選んだ。それは正解だったようで、彼女は画面に映し出された曲名を見てほっとしていた。
ただ、カラオケ自体初めてだったと言っていたこともあって、彼女はとても緊張しながら歌っていた。俺は、その様子が健気で可愛いと思った。しかしながら、ふわりと優しい歌声は聴いていて心地良かったし、なかなか上手に歌っていた。
「すごいやん」
俺たちは、歌い終わった彼女にそう言って拍手していた。
「いや、大したことないですよ」
彼女は恥ずかしそうにそう返した。
「今度ヒラリーにもボーカルしてもらおっか」
智矢は笑いながらそう言っていたが、彼女は必死で
「それは無理です!さっき歌っただけでもすごい緊張したんですから!」
と言っていた。
「次は、ヒロの番やね」
俺は、場の空気を変えるためにもそう言ってヒロにマイクを渡した。ヒロもカラオケはあまり行かないようだが、どんな歌い方なのだろうと気になった。ベーシストということもあり、あまり歌う印象はなかった。
ヒロが選んだのはアニメの曲だった。そういえば、こいつはアニメオタクだと言っていたな。そうは言っても、少年漫画好きの延長線という感じだが。歌っているのも、少年漫画原作のアニメのオープニングだった。そのため、俺たちでも聴いたことがあった。
しかしヒロは、本当にその曲を歌っているんだよな⁉︎と思うくらいの超音痴だった。それこそ、アニメに登場するイケメンキャラのようなかっこいい歌声なのだが、それ故に残念さが増していた。声がかっこいいからあまり目立たないが、智矢よりも破壊力抜群で、滑舌も悪い。イケボで音痴な人って、初めて見たような気がする。
「これやから一人でしかカラオケに行かなかったんですよ。歌うことは嫌いやないですけど、音痴なんで」
歌い終わってから、ヒロがそう言った。音痴という自覚はあるのか。
「でも声はええから、練習次第でいい歌い手になれると思うで」
俺は、ボーカリストとしてそう言った。
「いや、晴男先輩が歌ってくれるからいいです!僕にはベースがありますから」
ヒロは、はっきりとそう言った。普段自己主張が激しくないこいつがこう言うとは相当だろう。そんな相手に無理強いはできないな。それに、ヒロのベースの腕前は入部当初からしたら見違えるほど上達しているし。
「そうですよ。ボーカルは晴男先輩がするのが一番いいと思います。みんな、今自分がしているパートが一番合っているんですよ」
彼女もそう言った。
「それもそうやな」
俺たちも後輩たちの言葉に同意して、どこかほっとした。
「でも、一緒にカラオケに行けて楽しいよな。せっかくやから、もっと歌お」
俺はそう言って、またメンバーたちが歌うように促した。
「せやな」
メンバーたちはそう言い、また歌い始めるのだった。
歌の上手い下手や、誰がバンドのボーカルをするかに関係なく、歌うことは楽しいし気持ちがすっきりするものだ。
制限時間となり部屋を出るときには、みんな笑顔になっていた。
「ホンマに楽しかったな」
みんな口を揃えてそう言った。
「またいつでも連れてったるでな。それ以外でも好きな時に来てくれたらええ」
俺がそう言うと、祐志に、
「それ、ただの宣伝やん。カラオケなら他の店にしよう」
と言われた。
「いや、別にええやん。ここで」
智矢はそうフォローしていたが、そんな言われ方をされることも少し複雑だった。
そんなたわいもない話をしながら、またメンバー全員で俺の車に乗り込むのだった。