新入部員という名の天使
2年生になった俺は、新入部員の勧誘を頑張らないとと思いながら、バンド活動を続けていた。
その部室に向かう際、迷子になったと思われる女の子がいた。俺はその姿を見て、「天使がいる」と思った。ストレートな黒髪の、清楚な女の子だからだろうか。
この子は1年生だろうか。俺はその女の子のことが心配になって、「なっとしたん?」と声を掛けてみた。
すると、女の子は俺の顔を見て、何故かほっとしたような、どこか嬉しそうな顔をしていた。気のせいだろうか。
近くで見ると、女の子はとても可愛くて綺麗な子ということがよくわかった。長い黒髪や白い肌も綺麗なのだが、まつ毛が長くて大きな黒い瞳をきらきらさせている。高校を卒業したばかりということもあってか、まだあどけなくて放っておけない感じがする。
「軽音楽サークルの部室に行きたいんですけど、道に迷ってしまいました」
そう言う声も、話し方も天使だと思った。ここまで可愛い女の子を、俺はこれまで見たことがなかった。
「そうなんや。俺、そこの部員で、今から部室に行くとこやから、一緒においで」
つい声が弾んでしまう。
「ありがとうございます」
俺は、早速新入部員候補が来てくれたと嬉しくなった。可愛い女の子だったから余計に嬉しく思うのは、おかしいだろうか。
「何でうちのサークルに興味を持ってくれたん?」
部室に向かいながら、彼女に質問をしてみた。
「新入生歓迎会でのバンド演奏を見て、かっこいいと思いました」
女の子が緊張しながらそう話す。そういえば、新入生歓迎会で歌ったばかりだったな。
「見てくれとったんや。ありがとう」
そう言われるなんて照れ臭い。思わずにやけてしまった。
「お、女の子をナンパしたんか?やるなー」
部室に入ると、増田智矢にそうからかわれた。
「違うって。新入部員やよ。道に迷っとったから案内したんや」
そう話すと、部員達は「女の子の新入部員か。ええな」と喜んでいた。今はサークルに女子部員がいないのだった。
その後、俺達の自己紹介をしてから、新入部員の女の子にも自己紹介をしてもらった。
「平川 祐花里です。三重県出身です。希望するパートはキーボードです」
「キーボード、ええなぁ。調度キーボードが欲しかったんや」
キーボード希望と聞いて、俺達は喜んだ。俺たちのサークルは小規模だから、今のところバンドは2組しかなかった。それも、ベースとドラムは掛け持ち状態である。
「じゃあ、これからご飯食べに行こか」
龍治先輩がそう言って、みんなで歩いて大学の隣にある食堂に行った。
「女の子が1人で俺らの部室に行くのって、勇気がいったんとちゃう?」
店に着き、俺は祐花里ちゃんの向かいの席に座ることになった。俺はこの話しやすい席で、彼女にそんなことを聞いた。
「そうですね。でも、道に迷ったことの方が不安でした。あのときはありがとうございました」
彼女にそう言われて、どきりとしてしまった。
「何、そんくらい、当然のことやろ?」
俺は、恥ずかしくてそう言うことしかできなかった。
「ところで、祐花里ちゃんって三重県出身やったよな?俺も三重県出身なんや」
俺は、同郷ということに親しみを持って、そう話した。すると、彼女は嬉しそうに
「本当ですか⁉」
と言っていた。地元を離れて、同郷の人と出会うことを嬉しく思うのは、俺だけではなかったようだ。
彼女に質問をしていたのは俺だけではなかった。智矢は
「そう言えば、彼氏とかおんの?」
と聞いていた。
「いいえ。入学したばかりですから」
彼女はそう言っていたので、俺は何故かほっとした。うちの部員の中で、彼女がいないのは俺だけだった。
こうして部員達で食事をするのは本当に楽しい。彼女は、入部したばかりで緊張しているが、そのうちこの環境に慣れるだろう。
「さあ、みんな食べ終わったし、店を出ようか」
龍治先輩がそう言って、俺達は席を離れた。すると、彼女は財布を取り出した。
「祐花里ちゃんは出さんでええよ」
その様子に気付いた俺は、小声で彼女にそう言った。
「ありがとうございます。ごちそうさまです。」
彼女はそう言っているが、これも当然のことと俺は思っている。
「さて、帰るか」
店を出て、俺達部員は解散することになった。
「祐花里ちゃんは、帰りは大丈夫?」
店に入るときから外は暗くなっていたので、心配になってそう聞いたら、彼女は俺と同じ寮に住んでいることがわかった。
「じゃあ、俺が乗せてったる」
「ありがとうございます」
俺はそう言って、彼女を自分の車へ案内した。車の中は綺麗にしているつもりだが、女の子を乗せるなんて想像していなかったので、何だか恥ずかしくなってしまう。
「今日は楽しかったです」
車の中で、彼女は助手席でそう言った。
「それは良かった。これからよろしくな」
俺は、そう言われたことがとても嬉しかった。
「こちらこそ、よろしくお願いします」
ちゃんとそう言ってくれるなんて、彼女は本当にいい子だ。
「じゃあ、また学校でな。おやすみ」
寮に到着し、彼女を車から降ろして、俺はそう言った。
「ありがとうございました。おやすみなさい」
彼女にそう言われて、この日は別れた。
それから3週間後、他の1年生も何人か入部してきた。そのため、これまでしてきたバンドを一旦解体して、新しくバンドを結成することになった。
新入部員は4人で、祐花里ちゃん以外は男子だった。そして、俺達上級生は男子ばかり6人だ。新入部員の希望するパートは殆どかぶらかなったが、1年生ばかりを集めるわけにはいかないので、バンドを2組作り、俺達上級生がそれぞれ入ることになった。
俺はボーカルとして、新入部員でキーボードを希望している祐花里ちゃんと、ベースを希望している小野紘彰、俺と同級生でギターの智矢とドラムの山下祐志と一緒にバンドを組むことになった。
早速、結成されたメンバーで集まり、自己紹介と選曲会議を行うことになった。
「よろしくお願いします」
自己紹介の後も、緊張しているのか、1年生は2人とも大人しい。祐花里ちゃんはサークルの紅一点だし、ベーシストは大人しい人が多いと言うから、そんなものなのかもしれないが。
「そうや、親しみがわくように、あだ名を付けたらへん?2人はこれまでなんて呼ばれとった?」
緊張をほぐそうとしたのか、単なる思いつきなのか、智矢がそんなことを言い出した。
「僕は、名前からヒロって呼ばれてました」
紘彰がそう言った。
「呼びやすくてええな。俺らもそう呼ぼう」
祐志がそう言った。
「私は、普通に名前で呼ばれてきました」
祐花里ちゃんは、そう言っていた。すると智矢は
「名字が平川やから、ヒラリーなんてどうやろ?」
と言い出した。
「私、純粋な日本人ですけど」
彼女はそう言って苦笑いしていた。
「そうやよな、顔も名前も完全に日本人やよな」
俺も、そう言って笑った。しかし、そのあだ名で呼びたいとは思えなかった。
それから、選曲の会議をした。
「2人は、何の曲をしたい?難しくなかったら、それにしよ」
俺は、1年生にそう言った。
「いや、考えていませんでした」
「私も、何でも構わないと思っています」
1年生は2人ともそう言っていた。
「じゃあ、簡単そうな曲を俺らで考えとくわ」
智矢はそう言った。
「したい曲ができたらいつでも言ってな」
俺もそう言って、後日、演奏する曲が決定した。
それから、バンドの練習が始まった。それぞれ時間割を合わせることは難しいため、練習時間は夜になってしまった。
祐花里ちゃんは経験者と言っていただけあり、上手にキーボードを演奏していた。ヒロは初心者だが、龍治先輩にベースを教えてもらって、楽しそうに演奏している。
「それにしても、女の子1人って、ちょっとしんどくない?」
練習の合間に、祐志が祐花里ちゃんにそんなことを言っていた。
「最初は緊張しましたけど、楽しいから気になりません」
彼女は笑顔でそう返していた。
「楽しんでくれとるなら良かった」
俺達は、その反応にほっとした。人数が少ないサークルだから、仲良くバンドを続けるために、それぞれ配慮をしているつもりだ。
そしてすぐに最初の練習が終わり、部室を閉めて帰宅することになった。俺達上級生は皆車を持っているし、ヒロも原付を持っていると言っていた。
しかし、祐花里ちゃんは大丈夫だろうかと心配になった俺は、
「帰りは大丈夫?」
と声を掛けた。
「一応、バスに乗っていくつもりですけど、すぐには来ません」
彼女はそう言っていたので、俺は
「また乗せてったろか?」
と言った。
「いいんですか?」
彼女は、遠慮がちにそう言った。
「同じ寮に住んどるんやからさ、いつでも乗せてったるよ。帰りの心配はせんでええ」
「ありがとうございます」
彼女は心底ほっとしていたので、俺も嬉しくなった。
それからというもの、サークルの時以外でも、学校で彼女を見るたびに、つい声を掛けるようになっていた。
食堂で会ったときは一緒に食べようと誘い、図書館で会ったときには、お互い読書が好きなこともあり、好きな本の話で盛り上がった。
面倒に思っていた授業も、彼女と同じときは、何だか楽しみになっていた。その授業は張り切って取り組んで、彼女が困っていたら積極的に教えるようになった。
彼女と会う機会は、学校外でもあった。俺がアルバイトしている書店に、彼女が来たことがあった。バイト中に最初に会ったときは、お互い少し驚いた。
「先輩、ここでバイトしてたんですね。お疲れ様です」
そう言う彼女は、少し嬉しそうな顔をしていた。俺の気のせいかもしれないが。
「ありがとうございました」
店員として、会計の後に彼女にそう挨拶をしたら、彼女は笑顔で
「ありがとうございます。また来ます」
と言っていた。その日以降、バイトをすることも楽しみになった俺は、本当に単純だと思う。
当然、バンドの練習も毎回楽しみで、メンバーと仲良く演奏するようになっていた。
「なんか、バンドらしい一体感が出て来たな」
祐志も、練習をしながらそう言っていた。
そして俺は当然のように、彼女を乗せて帰るようになっていた。
「いつもありがとうございます」
彼女はいつも、俺の隣でそう言っている。
「こんな時間に、女の子を1人で帰宅させたらあかんでな。何なら、毎日乗ってってもええんやで」
運転中は彼女と目が合わないし、外は暗いから、そう言うことも普段より恥ずかしくなくなる。
「どうしてそんなにしてくれるんですか?」
彼女が不思議そうにそう聞いてきた。
「もしかして、お節介やった?」
俺は、心配になってそう聞いた。
「いえ。先輩って、私に親切にしてくれるような気がするからありがたいなって思っています。でも、他の先輩はそこまでしていないような気がして…」
彼女にそう言われて、何だか恥ずかしくなった。
「何でかなんて、そんなん決まっとるやろ」
俺は、気を付けて運転しながら、そう言った。
「わからないから聞いているんじゃないですか。…もしかして、私があまりにもどんくさいからとか?」
彼女の言うことに呆れながら、可愛いと思ってしまう。
「あほやな。あんたのことが好きやからやよ」
少し乱暴に、そう言ってしまった。彼女の顔なんて見られないのに、俺はとても赤くなってしまった。まさか、こんなタイミングで告白するなんて、思ってもいなかった。
「え…」
彼女は、俺の言葉に動揺していた。
そうしているうちに、寮に到着した。俺は車から降りずに、改めて彼女に告白した。
「なあ、あんたがええなら、俺と付き合ってくれへんか?」
すると、彼女は急に泣きだしてしまった。
「なっとした⁉俺と付き合うのは嫌か?」
俺は、その理由がわからずに動揺してしまった。しかし、彼女は首を横に振り、
「だって私、最初にステージの上で歌っていた先輩を見たときから、ずっと憧れていたから、そう言ってもらえるなんて思っていなくて…」
そうだったのか。全く気付いていなかった。
「泣かんといてさ」
俺はそう言って、自然と彼女の頭に手が伸びていた。彼女のストレートな黒髪は、撫でていて心地よかった。ここが、人に見られないであろう、寮の駐車場の車の中で良かったと思ってしまう。
彼女は、さらに恥ずかしそうにしていたが、しばらくしてから俺と目を合わせてくれた。
「私、先輩のことが好きです」
彼女が、恥ずかしそうにそう言ってくれた。