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歓待

その頃、成本家のリビングは全ての照明が落とされ、真っ暗になっていた。

カラン・・・とグラスの中の氷が転がる音が響く。

「・・・旦那様。言いつけ通り、メイドのアキに『ハニー・オブ・メルディアン・1982』の香水瓶を持たせましたが・・・よろしかったので?あの一瓶で10万ユーロ近いと聞きましたが・・・」

暗がりの中で、執事が当主に尋ねた。

「ふふふ・・・安いものさ。『今日という記念日』を演出するのには、ね」

「恐れ入ります・・・『ハニー・オブ・メルディアン』は養蜂専用のブドウ畑を作り、その花粉を採取したハチミツのみからエキスを抽出するという香水の逸品でございます。さらにその中でも近年で最もブドウの出来が良かったとされる1982年製はプレミア物と聞き及びますが・・・いくらユリナ様の歓待とは言え、流石に『それ』を一瓶まるごとバスタブに入れる、という豪気な方は世界広しと云えども、旦那様以外にはおりますまい」

「ははは・・・アキが不満を言っていたよ。『ブドウとハチミツの匂いがバスルーム充満して叶わない』ってさ・・・まぁ、別に歓待だけが目的ではないからな。あの中に入浴すると、身体が冷える過程で肌が『ハニー・オブ・メルディアン』を吸い込むんだ。それから『軽く汗をかく』と・・・だ、吸い込んだ香水の匂いが再び肌から放出されるんだよ。その香りを味わいながら・・・フフフ、素晴らしいぞ?いや、楽しみで仕方がない・・・」

ククク・・・と成本がイヤらしく笑う。

「なるほど。『演出』は大事ですからな。何しろ一度『魅惑(チャーム)』に陥れば、後は全てが旦那様の意のままでございます」

「ああそうだ。折角のチャンス、思う存分『色々と』楽しませてもらわんとなぁ・・・うん?待て、誰か来るぞ!」

成本が声を潜める。

「アキ・・・じゃないな、階段を降りてくるようだ。ユリナか・・・?バラド、照明を付けろ」

リビングに照明が灯る。

「成本さん・・・?」

リビングに現れたのは、やはりユリナだった。

「おや・・・?どうしたのかな、こんな時間に。今日は色々あって疲れたろう。ベッドで休んでおれば良いぞ?」

「はい・・・そのつもりなのですが。やはり、忘れる前にと思いまして。・・・『これ』をお持ちしました」

ユリナが手に持っていた小さな容器を差し出す。

「・・・何だね、それは?」

成本が怪訝な顔をする。

「これは採血管と言って、血液検査の時などに血液を採取して保管しておく容器なんです。学校から持って来ました。それで・・・さっき、自分で血液を100cc採取して、この容器に収めたんです。一応、これでも『医者のたまご』ですから・・・」

「何っ!?」

驚いた様子で、成本が立ち上がる。

「ど・・・・どういうつもりなんだね?」

「私も、タダで成本さんのご厄介になろうとは思っていません。・・・さっきの事もありましたが、ご迷惑をお掛けしてますし。ですが『だから』と言って自分の自由に動かせる金額は決して多くはありません。・・・ほとんど、カード払いでしたから・・・なので『これ』を、と」

良くみると、ユリナの左手の内肘にはガーゼが貼られている。

「やれやれ・・・『そう』来るとは、ね。少々、君を甘く見ていたかな?」

再び、成本はソファーに座り込んだ。

「すいません・・・。成本さんが『私の血液』を欲しているのは存じています。でも、それを『直接』に私の身体から・・・となると『魅惑(チャーム)』の危険もありますし、成本さんにも『吸血行為禁止』という重大な法律違反の問題が生じます。ですが、こうして採血されたものをお渡しするのであれば・・・」

「・・・参ったね。それを言われると私としても『断る』事は出来んな。・・・さしずめ『痛み分け』といったところか。いいだろう、その『取引』乗るとするよ」

成本が手を差し出そうとした時だった。

ピー・・・ンポー・・・ン

玄関の呼び鈴が鳴る。

「・・・誰だ?こんな時間に・・・」

ムッとした表情で、成本が玄関の方向を睨みつける。

「・・・私が、見て参りましょう。もしするとさっきの取締官かもしれません」

執事が玄関に向かう。

そして、ガチャ・・・と音を立てて大きな玄関扉を開いた。

「こんな時間に・・・・どなたですかな?・・・ああ、アナタでしたか」

執事は玄関に立つハヤトに対し、見るからに不機嫌そうな顔をした。

「で・・・『令状』はお持ちなので?」

ハヤトは、自分の持っていたタブレットを執事の前に突き出した。

「・・・ああ、持って来たぜ。原本でなく電子データで申し訳ないが、何しろ急を要する案件なのでね。『どうしても』てって言うんなら、後で原本をくれてやるよ?」

執事はその、画面をマジマジと覗き込む。

「ちっ・・・大鷲部長のサインがありますな・・・どうやら、本物のようで」

「ああ、そうだとも。これでOKだろ?さっさとどきな。当主に用事があンだからよ?」

ハヤトは執事をぐい、とばかりに横に押し、ズカズカと邸内に入って行った。

「ああ・・・執事さんよ、今度は案内はいらんよ?さっきで道順は覚えたからな」

シッシと、執事を手で追い払うような仕草をハヤトが見せる。

「ぐっ・・・!」

執事が唇を噛みしめる。

『令状』は決して軽くない。これを無視して捜査を妨害すれば、それが『人間』であってもその場で射殺する事さえ可能なのだ。

「よおっ!邪魔するぜぇ!」

リビングにハヤトが到着する。

「お前か・・・令状は・・・フン!『それ』か。・・・なるほど?で、『容疑』となる証拠でも掴んだのかな?」

成本がギロリ、とハヤトを見据える。

「ああ、お陰サンでな。・・・おや?ユリナさんも居なすったかい・・・時間も11時30分か・・・まぁ『間に合った』ったところかな?」

ニヤリ、とハヤトが笑う。

「さて『容疑』について話をしようか?」


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