再度
「・・・ちょっと、事情を確認したいんですがね」
ハヤトは、阿久里邸に舞い戻っていた。
「事情?何を悠長な事を言ってるんだ!娘はっ?!ユリナはどうなっているんだ!何で連れて帰ってこなかったんだ!職務怠慢にも程があるだろうっ!この・・・クズがっ!」
当主の罵声が容赦なく叩きつけられる。
しかしながら、それも仕方が無いと言えなくもない。『亜人』等と言葉を濁してこそいるが、相手は紛れもない吸血鬼。通常であれば、うら若き女性一人を残して立ち去るなぞ、考えもつかないことだ。
「まぁ・・・『連れてこれなかった』のは確かなんで、そこは謝りますよ?だが、単に尻尾を巻いて逃げて来たって話でもないんでね。『娘さんの話』がどの程度ホントなのかを・・・確かめませんと。こっちとしても『攻め方』が変わりますんで」
ハヤトとしても苛つきを隠せない。
「娘が・・・ユリナが何か?」
先程、事情の説明してくれた夫人も顔色が悪い。
「ええ。何でも『自分は阿久里財閥が多額の資金を得る見返りとして、日法貿易のオーナーに"売られる"んだ』ってね。そう言ってましてね・・・。ま、言い難い事もあるでしょうが、事の次第を確認しようかと・・・」
「馬鹿なっ!誰がそんな事を・・・いい加減にしろっ、貴様はそんな戯言を真に受けてオメオメと引き下がって来たというのか!」
当主がハヤトの説明を遮る。
「貴様、本当に分かってるのかっ!相手は忌まわしい吸け・・・」
「おっと!『言葉』に気をつけな!」
ハヤトが掌をかざして当主を制する。
「・・・アンタも知ってんだろ?『その言葉』は亜人特別法施行規則に定められる『特定差別語』なんだ。オレたちの『相手』は亜人だけじゃぁねぇ、亜人が被害に遭えば人間の側を捜査するのも、オレらの仕事だからよ。・・・これ以上、ムダな仕事を増やしてくれんじゃねーよ」
「クズが・・・!差別語だが何だか知らんが、今こうしている瞬間にも娘が血を吸われて殺されるのかも知れんのだぞ!」
「いや・・・流石に『死ぬ』事は無いでしょうがね・・・」
『吸血鬼は人間の血を吸う』それは確かだ。
だが、だからと言って一度吸い付いたら最後、『ミイラになるまで吸い尽くす』ワケではない。如何に吸血鬼と云えど、人間の血だけで生きているのでは無いからだ。通常は普通の人間と同じように『肉や野菜』によって、栄養を得ている。吸血は飽くまで彼らの長寿や超人的身体能力を発揮するための『ブースター』なのだ。そのため、一度の吸血量はせいぜいが100ccとか200cc程度と言われる。
しかし、問題はここからだ。
吸血鬼にとって『血を吸わせてくれる相手』を確保することは決して容易ではない。そのため、一度『血を吸われた相手』を逃がさないようにするために、フェロモンの一種を相手に送り込んでしまうのだ。これによって相手は『魅惑』と言われる状態に陥り、吸血鬼の元から離れられなくなってしまう。
「・・・今の処は『まだ』大丈夫ですよ?『まだ』ね。幸い、今はまだ娘さんは吸血被害に遭ってませんわ。けど、アンタの言う通り『時間』が無いのも確かだ。なんで、少しでも情報を教えてくれると、その分だけ早く助けられるって寸法なんだが・・・」
「何が『情報』だっ!そんなデタラメなんぞ、どうやって説明しろと言うんだ!」
当主は気色ばんで叫ぶ。
「デタラメってんなら、そんで良いんですがね・・・だが、少なくとも娘さんは『それ』を信じてますぜ?さっきオレも自分で少し調べてみたが、とりあえず娘さんが『就職する』というニッポウ・グローバル社の所在地は、ビジネス街の一等地なんかじゃぁなくって完全な別荘地だ。アンタ、『それ』を知ってんだろ?」
「うっ・・・」
当主の顔に幾分か『怯み』が見てとれる。
「く、詳しい場所までは知らん!だが、人の親として子供の就職先に気を揉むのは当然だろう!なるべく安心して働ける職場が確保できるというのなら、貴様だって『そう』したいとは思うだろうが!『それ』がたまたま今回は縁があってニッポウ・グローバルになっただけだ!」
人間、何かを誤魔化そうとすると饒舌になるものだ、とハヤトは思う。もしかすると、このイライラも『都合の悪い事』に突っ込まれないための・・・?
何れにしろ、何かを隠そうとしているのなら、これ以上の情報提供は難しかろう。
「・・・了解しましたよ。ここからはオレの仕事だ。また、進展があったら連絡するんで」
それだけ言うと、背後から聞こえる当主の罵声を気に留める事もなく、ハヤトは愛車に戻った。
「・・・聞いてたか?チャンキー」
ステアリングを握りながら、ハヤトがAIに話しかける。
"おう!しっかし、金持ちってヤツぁ、どうして唖々もワガママなんかネー。まるで貴族か王様気分ダぜ"
外の雨は、先程よりは少々小振りになってきている。フロントガラス越しの視界もマシになっていた。
「貴族か・・・だが、天下の阿久里財閥も今は少々台所事情が『苦しい』ようだな」
"ほーウ!どうして『そう』思うネ?"
「さっき、成本の屋敷に行ったときは『執事』が居たよな?それも割に『いい格好』をしていたと思う。つーことぁ『そいつ』は少なくとも食事とか家事をする必要が無いんだ。家事をしなきゃなんねーんなら、作業着が要るからな・・・。てっ事は、何処かに『メイド』が居るんだろう。それも複数人が」
"ん?別にメイドが居ても不思議ぁ無いダろー?"何しろ成本家は財閥なんだシ"
車のヘッドライトは郊外の夜道を照らしている。
「ああ・・・その通りだ。けどな、だったらなぜ阿久里の家では『夫人』が玄関を開けたんだ?誰が来るかも分かんねーのに、少々不用心ってモンじゃねぇか。それにさっきの話じゃねぇが、夫人の格好はお世辞にも『着飾っている』とは言えんかったし」
"ほほウ!つまり、阿久里家には『メイドを雇う余裕が無い』と?"
「・・・多分、な。少なくともオレには『金の匂い』ってモンが感じられんかったな。なんつーかよ、むしろ『余裕の無さ』ってヤツを感じたな」
暫く、チャンキーが黙り込む。何かを検索しているようだった。
"・・・今、阿久里商事の財務状況をチェックしたゼー!ケケケ、オメーの言う通りっだゼ?子会社とか使って色々と財務状況を『小細工』をしてるみテーだが、かなり『厳しい』ナアー?日法の支援が無かったら、マジで危ねーんじゃねーノ?"
ここまでは、ユリナが語っていた話を裏付ける証拠ばかりだ。だとすると、安易に『親元に連れ戻す』のも気が引けるが・・・
「くそ・・・厄介な案件だぜ・・・」
ハヤトが溜息をつく。
"オイオイ、溜息はイイけどヨー。可哀想なユリナちゃんは放っといていいのカよ?血ィ吸われると更に厄介になるゼー?"
「・・・『それ』は良いだろう・・・『今の処』はな。彼奴らが『血を吸う』のは『午前零時』と相場が決まってるからな。胸糞悪ィ話だが、その時間が最も『吸血効果が高い』とされてるんだとさ!・・・今は、まだ『午後8時23分』だ。まだ『時間』はある・・・」
だが、そのセリフとは裏腹に、ハヤトの表情に余裕は無かった。
"なーるホドー。その時間までに、成本が言う『令状』とやらを持って成本家に到着出来れば、ソレでこっちの『勝ち』って話かヨ。だが、オメー、今から何処へ行こうっテんダ?"
フロントガラスの向こうに街の明かりが見えてくる。
ハヤトは道幅が広くなったのを確認して、アクセルを踏み込んだ。
「行き先?・・・税務署だよ!」