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事情

桐生ハヤトは執事の後ろをついて成本の屋敷に入った。

流石に財閥の顔役だけあって、中は広々としている。だが、日光を好まない吸血鬼の家宅だけあって、廊下や室内の照明はお世辞にも充分とは言えない。辛うじて足元が確認出来る程度だ。

そんな中をヒタヒタと歩いて、ハヤト達は広いリビングに入った。

当主がソファーにどっかりと座る。

「さ・・・特別取締官君、君もかけ給え。こんな雨の夜にご苦労な事だな。・・・ところで、何か飲むかね?バラドに用意させよう。大したものでもないが、それなりに私のコレクションも充実していると自負していてね。例えば・・・」

「おっと、生憎(あいにく)とコッチは仕事中なんでね・・・酒は結構。それよりも、娘さんを返してもらえれば速攻で帰りますよ?アンタも邪魔だろ?『特別取締官(こんなの)』が居たらさ」

ハヤトは立ったまま壁に背中を預けた。少し距離を置いてはいるものの、さっきの執事が警戒して当主とハヤトの間に立っているのだ。もしも何かあった時、執事に『背後』を取られると最悪は生命の危険がある。

「『娘さん』か・・・ああ、『居る』よ。此処にね。だが『返せ』と言われて素直に帰す訳には行かないね」

当主の成本は座ったままニヤニヤと笑っている。

「ま・・そりゃそうだろうさ。『アンタらとしたら』ね。だが、こっちもお役目だ。『だから』って引き下がるワケにも行かないんでね・・・。『どうしてもイヤだ』と言われれば、最悪の場合は『強制執行』も視野に入れなきゃぁならんぜ?」

『強制執行』とは、射殺のことだ。

吸血鬼の身体能力は、人間のそれとはケタが違う。丸腰同士(セメント)で遣り合ったなら、人間には分が無いのだ。そのため、亜人検察庁の取締官には『身の危険を感じたら、その場で射殺しても構わない』という特権が付与されている。

「ほう・・・?『強制執行』とは随分と大きく出たものだ。何、心配は要らんよ。私は君に襲いかかるような真似はせん。何しろ、襲ったところで『美味そう』にも見えんのでね。それと・・・分かっていると思うが、我々は娘さんを『誘拐した』んじゃぁ無いぞ?彼女は飽くまで自分から・・・」

「黙れっ!」

ハヤトが成本の言葉を遮る。

「いい加減な事を言うな!どうして年頃の女性が自分からワザワザと亜人の家に行ったりするんだっ!んなこたぁ、小学生だって分かる話だろーが!」

「ふん・・・!良いだろう。では、君に事情を話してやろうか・・・」

成本が口を開こうとした時だった。

「いえ・・・それは私が自分でお話します」

リビングの入り口から女性の声がした。

「私が・・・阿久里ユリナです」

ゆっくりとした足取りで、女性が近寄って来る。

「アンタが・・ユリナさんかい?困ったお嬢さんだな、まったく。さ、オレと一緒に帰るぞ?」

促そうとするハヤトに、ユリナが掌を向けて制止する。

「嫌です。私、帰りません。私は『望んで』此処に来たんですから」

その言葉には凛とした決意が見える。

これは魅惑(チャーム)の効果か?と、ハヤトは一瞬、疑う。だが、その割には意識がしっかりしているようにも見える。

ふと目をやると、成本はニヤニヤと笑ったままだ。

「どういう事だよ、それは。何か知らんがアンタのせいで多くの人間が迷惑してんだぜ。分かってんのか?」

苛つくハヤトを尻目に、それでもユリナの表情に変化はない。

「・・・迷惑は承知の上です。でも、私は『あんな処』になんて絶対に帰りませんから!」

その言葉には揺るぎない決意のようなものが見て取れた。

「アンタねぇ・・・オレも立場があるから、あんまりな事ぁ言えねぇが・・・アンタは成本(こいつ)が何者か知ってるのかい?」

女性の身で亜人・・・吸血鬼の元に行けばどうなるか、そんな事は小学生でも知っている事だ。

「・・・成本さんの事を悪く言わないでください。私だって、成本さんが『亜人』であることは知ってます。けど・・・」

ユリナが一度、ハヤトから目を背けて息を継ぐ。

「・・・それを言うなら私だって『亜人』の血を引いているんです!・・・あの・・・1/32だけですけど・・・」

また微妙な・・・とハヤトは面食らった。

亜人が人間界と関わるようになってから、随分な時間が経っている。その間には異族間結婚もあり、ハーフやクォーターも生まれていた。亜人特別法では『1/4』までが『亜人としての能力を有する』という定義だから、1/32なら、まったく問題なく人間と言っていいだろう。だが僅かでも『亜人の血』を引くのであれば、そこにシンパシーを感じるのも不自然では無いのかも知れなかった。

ふっー・・・とハヤトが溜息をつく。

「・・・分かったよ。押し問答しても始まらねぇ。とりあえず、何があったか教えてくれんかね?」

ハヤトの言葉にユリナがコクリと首を縦に振った。

「私、学校を卒業したら『日法貿易』の子会社に就職が決まっているんです。・・・親がそう言いました」

「ほう・・・流石は『いいとこ』の娘さんだな。日法貿易と言ゃぁ、原油とか小麦みたいな大規模輸入の元締めじゃねーか。それが何か『悪い』のかよ?」

「日法貿易、と言っても本体ではなく、『ニッポウ・グローバル』という子会社で『まともな会社』では無いんです・・・。私、調べました。その会社が唯の『ペーパー・カンパニー』だって事を」

心なしか、(うつむ)いたユリナの顔が暗いように見える。

「分からんな?『形だけの就職』って事かよ」

「いえ・・・・。会社の住所は『高級リゾート地の一角』で、名義人は日法貿易の会長の名前になっています。要するに『別荘』なんです、そこは」

「ほう・・・」

ハヤトが眉をひそめる。何だか、話が見えて来たような気がしないでもない。

「ある人から聞いたんです。『阿久里商事』が日法貿易から大規模な支援を受ける話が進んでるって。私がニッポウ・グローバルに『就職』するのは、その『見返り』なんです!」

「おいおい・・・」

またしても厄介の度合いが増したな、とハヤトは頭を抱えた。

「いくら私が『世間知らず』だと言っても、それが『どういう意味』を持つかぐらいは分かります!私・・・絶対にイヤです、そんな事・・・」

ユリナはそう言って両手で顔を覆った。

つまり、この可哀想な財閥の娘は、多額の支援と引き換えに日法のオーナー爺の『妾』として売られるという話だ。もしも『それ』が本当だとしたら・・・。

「くそったれが・・・マジかよ!」

「・・・そういう事だよ、取締官君。『そんな事情』を聞いて、君は可哀想だとは思わないかね? 世間では私のような亜人を『人間ではない』と差別するような言動を耳にする事もあるがね・・・実際はどうだ?こうして自分の娘をまるで『物』のように扱おうとしている輩が居るワケだ。それこそ『人間の仕業』と言えるのかねぇ?」

勝ち誇ったように成本が問いかける。

「参ったな、こりゃ・・・」

この話が事実だとすれば、強制的にユリナを奪還しても『万事解決』には到底ならない。『法的に解決』したところで、ユリナには不幸な未来が待っているからだ。

「私はね、取締官君。そういう彼女の『可哀想な話』を聞いてとても同情したのだよ?これが『普通の家』なら、警察が乗り込んできて嗚呼も憂うも無いだろうが此処(ここ)は『(あじん)の屋敷』だからな。ま、ある意味『安全な隠れ家』なのさ。さて・・・」

成本が立ち上がる。

それに呼応して執事がずい、と前に出る。

「話は終わりましたな?では、お帰りを。玄関までご案内致します」

有無を言わさず追い出すつもりなのだ。だが、此処で下手にゴネると話が(こじ)れるのは目に見えている。無理矢理『強制執行』したとしてもユリナが法廷でハヤトにとって良い証言をしないのは明らかだからだ。

「チッ・・・分かったよ。仕方ねぇ『出直す』とするか・・・だが、またすぐに来るからな!」

ハヤトが成本を指差す。

「ハハッ!」

成本が嗤う。

「では、せめて次は『令状』くらい持ってきて欲しいものだな!そうすれば失礼のないように無いように歓待してあげるよ」

ゲラゲラと笑う成本と硬い表情のユリナを残したまま、ハヤトは後ろ髪を引かれる思いで成本の家を後にした。


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