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事件

「あーあ・・・やっぱり、降って来やがったか・・・・」

亜人犯罪特別取締官の桐生ハヤトは、愛車のフロントガラスに滲む雨粒に溜息をついた。窓の外には夕闇が迫っている。唯でさえ周りが見えにくい時間帯なのだ。

「ワイパーゴムを・・・そろそろ買い換えんとな・・・」

愛車のワイパーは間断なく往復するが、古いが故に水切れが悪く視界の悪さにストレスが溜まる。

"ケケケッ!だからー、アッシの言った通りダろー?ちったぁ、(おおやけ)の天気予報も信じろっつーの。何せ、世界最高レベルのスーパーコンピュータが出した計算結果なんダぜー!"

車のスピーカーから電子音声でツッコミが入る。

「うるせーな、チャンキー。『AI(きかい)』は黙ってろ!ふんっ、どーせオレは『古い』アナログ人間だよっ・・・だがな?人間様の『カン』ってなぁよ、機械如きが追いつけるモンじゃねんだ。テメーはオレの手足として素直に言うこと聞いてりゃぁ良いんだよ!」

悪態をつきながら、ハヤトは愛車を郊外にある自宅兼事務所に向かわせている。

するとそこへ、備え付けの無線機から通信が入って来た。

『・・・桐生君か?大鷲だが』

亜人検察庁の大鷲部長である。

「部長?こんな時間に何の用ですかい?『飲みに行く』ってぇ話でしたら、キレイな女の子が沢山居る店でお願いしますよ?」

ハヤトは話をはぐらかしてはいるが、無論そんなワケはない。『仕事』なのだ。それも『かなり厄介で緊急の案件』であることは大鷲の切迫した口調から容易に想像がつく。それが為に関わり合いたくないのだ。・・・出来れば、だが。

『悪いが、君の冗談に付き合ってる余裕は無いんだ。すぐに現場へ向かって欲しい。今、チャンキーに関連データを転送した』

ハヤトは時計を見る。時計の針は7時を少し回ったところを指していた。

「・・・何があったんです?部長」

『"誘拐"らしい。とりあえず、現段階ではそうとしか言えん。とにかく"急いで"欲しいんだ・・・』

部長の声に苛々が見てとれる。

「『誘拐』たぁ、穏やかじゃぁねーな。了解、とりあえず行ってきますんで。ああ・・・時間外割増料金の方はしっかりと頼んますからね?」

ハヤトはカーナビに指示された方角へ目掛けてハンドルを切った。

『頼んだぞ・・・』

大鷲からの無線が切れる。

「ちっ・・・全く、『フリーランス』だと思って人使いの荒いこったぜ・・・」

この世界には吸血鬼が居る。

それがハッキリと世間に認識されたのは、今から僅か1世紀ほど前の事だ。それまで、吸血鬼達はひっそりと人間たちの間で息を潜めて生きてきたのだ。

古来より人間界では吸血鬼一族によって多くの犠牲者が出ていたが、『それ』が吸血鬼の仕業である事は『噂話』か或いは『オカルト』の類として処理されていたのである。

転機が訪れたのは100年前だ。

産業革命によって文明が一気に進んだことから、『陰』に暮らす彼らの姿がハッキリとした形で補足されるようになって来たのだ。

この世界には人間を捕食する悪魔が居る。突きつけられた現実に、人間界は恐怖に陥った。

そして当然のように各地で『吸血鬼狩り』が巻き起こったが、同時に『それは良いのか?』という議論も大きく取り沙汰されることになった。何故なら存在が明らかなった吸血鬼の絶対数に対して『悪さ』をする吸血鬼の割合、すなわち犯罪率が人間同士の『それ』よりも統計的に低かったからである。

そのため『人間と同じ姿かたち』をして、人語を解する彼らを『何もしないうちに害獣のように駆逐して良いのか』という議論が巻き起こった。これがいわゆる『亜人人権問題』である。

結局、紆余曲折の末に欧州を中心とした世界的な『亜人権保護』という流れが確立された。それほどまでに『吸血鬼』は数を増やしていたのだ。

だが、彼らが危険な吸血鬼であることに変わりはない。ひとたび暴れだしたら通常の警察装備では歯が立たない強力な魔物なのだ。

そのため『亜人法』と呼ばれる特別法が施行され、吸血鬼を差別や迫害から保護する反面、何かあった時には現行犯での射殺も許可されるようになった。

亜人検察庁はそうした吸血鬼犯罪を専門に取り扱う行政機関であり、そこの職員は特別司法警察職員として吸血鬼の逮捕・射殺の権限を有する事になったのだ。

また、桐生ハヤトのような特別司法警察職員の中でも一部の職員は『亜人犯罪特別取締官』として、フリーランスでの活動が認められている。これは役所組織では困難を伴う『ギリギリな』捜査を行うためだった。


「チャンキー、事件のデータを見せな。大鷲部長(ワッシー)から『送ってきた』んだろ?」

"ケケケ!画面に出すゼー、良く見なよヨ?"

カーナビの画面に事件の概要が映し出される。

「・・・ええっと、『誘拐』の被害者は『阿久里ユリナ』で21歳の女性、と。・・・妙だな?誘拐にしちゃぁ、少々トシが『いってる』な・・・」

通常、吸血鬼が『最も好む』とされるのは『生命エネルギーが最も高濃度な時期』とされる十代後半の女性である。無論、20歳過ぎの女性が襲われるケースも少なくはないが、通り魔的犯行でないのだとしたら、珍しいケースと言えよう。

「とりあえず、まぁいいや。それで?ええっと・・・・何?『アグリ商事』社長の一人娘?あの、『阿久里財閥』当主の娘か?へー・・・なるほど、ワッシーが苛ついてる理由は『これ』かな?なるほど」

財界要人の親族に被害が出たとなると、マスコミが黙っていまい。世論が騒げばパワーバランスが崩れ『吸血鬼を弾圧するべき』という声が大きくなり、ムダな諍いが増えるのだ。今のところ、この問題に決定的解決策が無い以上、適度にガス抜きをしながら『にらみ合い』で留めるのが政治的な苦肉の策なのだ。

ハヤトの車は郊外を抜け、田園地帯へと向かう。とりあえず『被害者宅』に事情を聞かなくてはならないからだ。

"それにしても、誘拐たぁ驚きダねー。今時そんな事をする吸血鬼が居るたぁなぁ。そんなの、その場で射殺されたって文句ぁ言えねーんダぜー!"

確かに。と、ハヤトも思う。ひと昔まえならいざ知らず、これだけ捜査が近代化された現代で『そんな大それた事』をする吸血鬼が居るだろうか?

『何かある』のだろう。

油断は出来ないと、ハヤトは気を引き締めた。


尚もシトシトと降り続く雨の中、ハヤトは被害者宅に着き、玄関の呼び鈴を鳴らす。

「・・・亜人検察庁の桐生と言いますがね。連絡を受けて来たんで。お話を聞かせてもえませんか?」

阿久里夫人と思しき女性が玄関の大きな扉を開けくれると、その上がり(かまち)に物凄い形相をした年配の男が立っていた。

「何をしておる!いったい、通報してから何時間経ったと思ってるんだっ!」

その第一声はブチ切れの怒鳴り声だった。

やれやれ・・・これはメンド臭い案件になりそうだな・・・

ハヤトは心の中で溜息をついた。


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