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8 雹が打ち明ける

ここから展開が早いです。





(なんだ?)


 その老婆が現れた途端、吹雪は急に辺りの気温が下がったような気がした。


「何してるんだい?」


「‥‥」


 雹は答えない。


「聞こえなかったのかい? あたしは、何をしてるのか聞いたんだよ」


「‥‥」


 雹はやはり答えず、威圧的な老婆の口調に全身を緊張させている。


(知り合いか?)


 それは間違いないのだろう。だが、どういう知り合いかは別だ。この場合、あまり良い関係ではなさそうだ。


「‥雹、この婆さん誰だ?」


「っ‥」


 吹雪の言葉に雹が顔を上げ、何かを言おうとして、唇を噛みしめる。

 その様子を見ていた老婆が口を開いた。


「‥まあいいさ。雹、分かってるね?」


「婆様‥」


 ようやく、雹が絞り出すように声を出した。


なんなんだ?)


 訳が分からず吹雪が再び疑問を口にしようとした時、


「帰るよ」


「嫌ですっ」


 老婆の言葉に雹が初めて明確な反応を示した。拒絶という形で。


「‥雹、お前、自分が何を言ってるのか、分かってんのかい?」


「‥はい」


 睨み合う二人。

 ここで、一人蚊帳(かや)の外に置かれていた吹雪が場違いな声を上げた。


「あー、ちょっといいか?」


 二人に代わる代わる視線を送る。


「何がなんだか分かんねーんだけどよ、誰か俺に説明してくんねーか?」


「‥‥」


「吹雪さん‥」


 老婆が冷めた目を、雹が逡巡と懇願こんがんを含んだ目を見せる。

 雹が躊躇ためらいながらも何か言葉を発しようとした時、老婆がさえぎるように口を開いた。


「雹、お前は黙ってな。小僧、あんたには関係のない話だよ。口出しせずにさっさと家に帰んな。そして雹の事は忘れるんだ。分かったかい?」


「‥‥」


 吹雪は老婆を見、雹に目をやると頭をかきながら言った。


「じゃあそうするわ」


 続けて、


「ほら、帰るぞ」


「あっ‥」


 雹の手を引いて歩き出す。


「よく分かんねーけどよ。あんな感じのわりー婆さんの言う事聞く必要ねーだろ。さっさと帰るぞ」


 言い放って数歩足を進めた時、


「危ないっ」


 叫んだ雹に後ろから勢いよく突き飛ばされた。何かが壊れる音。


「おわっ!」


 なんとか転ばずにたたらを踏む。


「お前いきなり-」


 振り返って続けようとした言葉は、雹の異様な様子を目にして出なかった。そこには、見た事もない厳しい表情をした雹が老婆を睨み付けて立っていた。


「何をするんですかっ!?」


「‥やはりその小僧、邪魔だねえ」


 老婆は寒気を感じるような目を吹雪に向けた。


(なんだよこの婆さん‥)


 吹雪の背中がゾクリとする。


「婆様っ!」


 と、そんな老婆の注意を引くように雹が声を上げた。


「この人を傷付ける事は、私が許しませんっ」


「‥驚いた。お前があたしにそこまで言うとはね‥‥こりゃますますその小僧をどうにかしないといけないね」


 老婆の言葉に雹がその目付きをさらに鋭くする。


「雹、いったいなん‥」


 事態についていけない吹雪が声を掛けようとした時、さっきまで座っていたベンチが目に入って言葉をなくした。

 ベンチの背もたれが壊れていたのだ。さっきの音はこの音だったのだろう。それは分かる。だが、その壊れ方が異常だった。一メートル程ある氷柱つららが突き刺さっていたのだ。


(‥氷柱?)


 訳が分からない。常識を超えた現象に吹雪が固まっていると、雹が目線だけ向けて声を出した。


「逃げて下さいっ!」


「はっ?」


 まだ事態が呑み込めていない吹雪が間の抜けた声を出すのと、老婆が襲いかかって来たのは同時だった。

 数メートルの距離を一気に詰めた老婆には驚いたが、その老婆を横から殴り飛ばした雹にはもっと驚いた。敬老精神の欠片かけらもない行為だ。


「‥おい、いくらなんでも-」


「下がって!」


 声を上げた雹のただならぬ様子に口をつぐむと、視線の先、倒れた老婆がゆっくりと起き上がった。


「‥雹、自分が何をしてるのか分かってんのかい?」


「‥そのつもりです」


 雹が固い声で答える。


「そうかい」


 老婆はごく自然な動作で右手を上げた。


「仕方ないね」


 そう言うと、右手の先、空中で風が渦を巻くようにして集まり、それは瞬く間に数本の氷柱を作り上げた。


「なっ‥」


 驚く吹雪をよそに老婆が腕を振り下ろす。飛んでくる氷柱。


「っ!」


 覚悟を決めた瞬間、射線上に出た雹がその全てを叩き落とした。


「早く逃げてっ!」


 その手には、老婆の物より小ぶりな氷柱が握られている。


「雹、お前‥」


 吹雪の視線に一瞬だけ複雑な表情を浮かべたが、すぐに老婆に向き直って構えた。


「私が相手です」


「生意気なっ」


 怒りを露わにした老婆がもう一度手を上げた時、話し声とともに人が近付く気配がした。近所の住民が様子を見に来たのだろう。閑静かんせいな住宅街でこれだけ騒いでいたら気付かれて当たり前だ。


「‥ちっ、ここは一旦引かせてもらうよ」


 老婆はそう言うと、素早く闇に溶けるように消えていった。


「‥‥」


「‥‥」


 残された二人。息を吐いて構えを解いた雹に吹雪が声を掛けた。


「雹‥」


「‥‥」


「説明‥してくれるな?」





「雪女ぁ?」


「‥はい」


 二人はアパートに帰って来ていた。

 あれから、誰かに見られたら色々と面倒な事になりそうだったので、吹雪たちもすぐにその場を後にした。

 そして今、ちゃぶ台の前に正座している雹の口から出てきた言葉に、吹雪は半信半疑の表情を浮かべていた。


「‥『雪女』って‥‥あの?」


「‥はい。吹雪さんの想像している‥『雪女』で間違いないと思います‥」


 そう言う雹の全身を吹雪が上から下まで見る。


「‥お前と、あの婆さんが‥‥雪女ってか」


「はい‥」


 目を伏せながら答える雹。


「‥あの、昔話とかに出てくる?」


「‥はい‥」


「‥‥」


 いつもならこんな話は一笑いっしょうす吹雪だが、公園で二人が見せた力をの当たりにしている。それに雹がこんな嘘をつくとは思えない。


「‥そうか」


 結論、吹雪はそれを事実として受け入れた。


「で、なんであの婆さんは襲ってきたんだ?」


「‥えっ?」


 キョトンとする雹。


「あの婆さんはなんで襲ってきたんだ?」


 聞き返されたと思った吹雪に、雹はそうじゃないと首を振る。


「信じて‥くれるんですか?」


「信じるも何も、目の前で見たからな。あんな事は引田○功でも出来ねーよ」


 後半の言葉は意味が分からなかったようだが、吹雪が雹の話を信じている事は伝わったようだ。少し拍子抜けしたような雹に吹雪が胸をらせた。


「俺をなめるなよ。だてに◯―ファイル全シリーズ観てねーよ」


 この意味も分かってもらえなかったようだ。


「‥まあいい。で、あの婆さんはなんなんだよ?」


「あっ、はい」


 雹は居住いずまいを正すと話し始めた。


「私と‥婆様は、同じ里に住んでいました」


 そこは外界から切り離されたような山奥で、住んでいる者はみな人とは違う事。そんな中、雹がずっと外の世界、人の住んでいる街にあこがれていた事。しかし、里のおきてで外に出る事は許されなかった事。だが、どうしても諦められず、ある晩、逃げるように山を下りた事。

 雹はポツポツと話した。


「‥婆様は里の長で、私を連れ戻しに来たんです」


 そう言って上目遣うわめづかいをする雹に、吹雪は呆れた声を出した。


「‥で、邪魔な俺をどうにかしようってか?」


「‥はい」


「‥えらい極端な婆さんだな」


「‥‥はい」


「‥‥」


「‥‥」


 吹雪は大きなため息をつくと、申し訳なさそうにしている雹に声を掛けた。


「お前はどうしたいんだよ?」


「えっ?」


「だから、お前はどうしたいんだよ?」


「‥私は‥‥」


 言いよどむ雹。うまく言葉が出ない。


「帰りたいのか?」


「そんなっ」


 必死の表情を浮かべる雹を見て、吹雪は小さく息を吐いた。


「じゃあ、居ればいいじゃねーか」


「え?」


「お前がいたいなら、帰るこたあねーよ。そんな子供じゃあるまいし、いい年した大人が何処で何しようと勝手だろ」


「‥でも‥‥いいんですか? ‥婆様はまた来ます。きっと吹雪さんに迷惑を掛けます。‥もしかしたら‥‥怪我をさせるかもしれません」


 『心配』、『不安』と顔に書いている雹に対し、吹雪は問題ないと不敵な笑みを浮かべた。


「雪女だかなんだか知らねーが、あんな婆さんにやられる程俺は弱かねーよ。俺、喧嘩けんかは結構強いんだぞ」


「‥えっと、そういう問題では‥」


 深刻な話になると思っていた雹は、吹雪のこの軽い感じに調子を狂わされる。


「大丈夫だって。俺に任せろ。‥そうだ。それに、お前も守ってくれるんだろ?」


「それはっ、もちろんですっ」


 雹が身を乗り出して頷く。


「だったら問題ねーじゃねーか」


「‥でも‥」


 楽天的すぎる結論を雹が肯定できずにいると、吹雪が悪戯いたずらっぽい笑みを浮かべた。


「あんまり悩むな。ハゲるぞ」


「っ! うー‥」


 思わず自分の頭を手で押さえる雹。


「女もストレスでハゲるらしいからな」


 そう言ってカラカラと笑う吹雪に、雹がふくれっつらになる。


「冗談だよ、冗談。心配すんなって。なんとかなるからよ」


「‥‥」


 そんな吹雪の様子に全く安心できなかったが、雹はため息をついて言葉を呑み込んだ。自分がしっかりと吹雪を守らなければ、という決意を秘めて。


「‥分かりました。でも、本当に気を付けて下さいね」


「ああ、分かったよ」


 そう言って、こちらの心配も知らずに手を振る吹雪に雹もムッとする。ついさっきからかわれた事もあり、面白くない。


「‥でもあれですね」


「ん?」


 急に口調の変わった雹に吹雪が怪訝な表情をする。


「なんだかんだ言って、吹雪さんも私と一緒にいたいんですよね」


「なっ!? 俺は別に-」


「『俺に任せろ』でしたよね」


「いやっ、それはっ‥雹! お前っ」


 真っ赤になって狼狽する吹雪。仕返し成功。雹がニンマリとする。


「真っ赤になって可愛いですよ」


「うるせーっ!」


 ついさっきまで深刻な話をしていたとは思えない。リアルが充実していない若者達が見たら憤死しそうなドタバタはしばらく続いた。





 夜。

 熟睡している吹雪の横に座り込み、その寝顔を見つめる雹がいた。


「‥‥」


 無言で、じっと見つめる。


「ん‥」


 少し身じろぎをした吹雪に一瞬驚くが、すぐに規則的な寝息をたてるのを聞いて安堵する。


「‥‥」


 おそるおそる額にかかった前髪をかき分けると、優しい笑みを浮かべた。

 少し大胆になり、その額や頬、鼻に指をわせ、感触を楽しむ。


「うーん‥」


 吹雪がムニャムニャ言いながら嫌そうな顔をする。


「ふふっ」


 思わず声が漏れてハッとするが、吹雪に起きる気配はない。

 安堵のため息をつくと、雹はもう一度吹雪の前髪をかき上げた。その顔をじっと見つめる。


「吹雪‥」


 名前を小さく呟く。


「‥‥」


 しばらくそのままでいた後、雹はゆっくりと顔を上げた。その目は何かを決意したものだった。





だんだん自分の書いたものに対して不安がわき起こってきてます。

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