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5 かおるの想い

色んな形の愛があると思います。

 




 その日、かおるは駅前の広場にいた。

 チノパンにダウンジャケット、マフラーというで立ちで、待ち合わせだ。


「‥もう、いつまで待たせるんだよ」


 と言っているが、待ち合わせ時間の三〇分以上前に来ていたらそうなる。時間に余裕を持って行動する、というのがかおるの信条なのだが、それを他人にも押し付けるのは良くない。

 まあ、勘違いした男達にナンパされ、男だと告げると引きつった顔でフェイドアウトされる、という出来事が二回も続くと、そういう気持ちになるかもしれないが。


「‥待ち合わせ場所ミスったかなぁ」


 そう言うのも、かおるの他にも人待ちの男女は多くいるのだが、男か女の違いはあれど、そのほとんどがカップルだったからだ。

 みな、パートナーが来ると、笑顔で『待った?』、『ううん』などとお決まりのやり取りを交わして広場を後にする。ごくまれに、一〇代の少女と明らかにお父さんには見えない中年男性という青少年健全育成条例的にアウトな組み合わせもあったが、とにかく居づらい。


「‥まだかなぁ」


 そうこうしているうちに、やっと待ち人が来た。


「よぉ」


 時間ちょうどに来たのは吹雪だった。

 最近つるんで遊びに行く機会がなかったので、今日は吹雪のバイトが休みという事もあり、久しぶりに二人で街へ出かける事にしたのだ。もちろんデートではない。


「もう、遅いよ」


「何言ってんだよ。時間ピッタリじゃねーか。どうせ馬鹿みたいに早く来てたんだろ?」


 吹雪はいつも通りのジーパンにパーカーという服装で、冬のよそおいとしてはかなり寒そうだったが、いつもの事だ。寝癖がちょこんと跳ねているのがアクセントと言えなくもない。


「なんだよその言い方っ。せめて五分前には来るもんなんだよ。‥寝癖ついてるし」


 むくれるかおるを吹雪がなだめる。


「はいはい、悪い悪い。俺が悪かったよ」


「絶対悪いと思ってないでしょ?」


 頬をふくらませて詰め寄るかおる。その通りだった。


「思ってるって」


 はたから見れば恋人同士以外の何物にも見えないが、二人はあくまで友達同士だ。


「本当?」


「ほんとほんと。悪かった」


 最近やけにこういう所で噛みついてきて面倒くさいので、内心どうあれ、吹雪も逆らわないようにしているのだ。


「‥じゃあ、昼ご飯は吹雪のおごりだからね」


「なっ! おい、それとこれとは話が別だろっ?」


 話が想定外の方へずれたので吹雪が慌てた。


「悪いと思ってるんでしょ? 誠意を見せてもらわなくちゃね」


「お前っ、俺の財布の中身知ってて言ってんのか?」


 おごれない事はないが、一応抗議してみる。


「知ってるよ。バイト代入ったはずだよね」


「‥なんで知ってんだ」


「やっぱりね」


「ぐっ‥」


 かおるの方が一枚上手(うわて)だった。


「何食べさせてもらおっかなぁ? あっ、そう言えばあそこに新しいイタリアンの店できたんだよねぇ」


「おいっ、ちょっと待て。勝手に話を進めるなっ」


 一人ですたすた歩き出すかおるを吹雪が追う。


「デザートが美味しい店も外せないし」


「そうだっ。ジャンケン、ジャンケンで決めよう」


「うーん、たまにはフレンチとかもいいなぁ」


「かおるさん、冗談ですよね?」


 仲むつまじい男女にしか見えないが、二人は男同士だ。これはデートではない。り返す、これはデートではない。





 雹はアパートでテレビを見ていた。

 今日は吹雪が友達と出掛けるというので、留守番を任されたのだ。その際、自由にテレビを見ていい許可をもらったので、今、その権利を最大限に行使していた。

 雹もテレビを見た事がないわけではなかったが、住んでいたのがチャンネルが二つしか映らない所だったらしく、どのボタンを押しても番組が入る事に初めは驚いていた。雹の知ってるテレビがリモコンではなく、テレビ本体のつまみをガチャガチャ回してチャンネルを変えるタイプだったと聞いて吹雪も呆れたが、もう驚きはしなかった。

 というわけで、昭和初期の人よろしく、雹は正座でかじり付くようにテレビを見ていた。ちなみに見ていたのは海外のテレビショッピングを吹き替えたもので、大袈裟おおげさすぎるリアクションとハイテンションな口調で思わず笑ってしまいそうな程うさんくさかったが、雹の表情は真剣なもので、時折ときおりうんうんと頷いていた。

 と、いきなり携帯電話の着信音が鳴り響いて雹は飛び上がった。


「えっ!? あっ‥えっ‥」


 見ると、吹雪が忘れていった携帯がちゃぶ台の上で鳴動していた。


「‥‥えっと‥‥」


 どうすればいいか分からずオロオロする雹。携帯を見ながら右往左往する。


「あっ‥」


 そうこうしているうちに携帯は鳴り止んだ。


「‥‥」


 雹は恐る恐る、慎重に携帯を取り上げるとじっと見つめた。


「‥‥」


 雹にも、吹雪が携帯を置いて行ったのではなく、忘れて行ったに違いないというのは分かった。誰かから吹雪に電話があり、用事があったはずで、吹雪に知らせた方がいいという事も。

 無言で考える。


「‥‥」


 考える。


「‥‥よし」


 雹は声に出して頷くと、携帯電話を手に立ち上がった。


 ド~レミ~ファ~ソ~ラシ~ド~♪





 かおるは結局マク◯ナルドにした。吹雪があまりにも切実に財政難を訴えるので、仕方なく妥協したのだ。

 でき立てのフライドポテトを最後にトレイにせてもらうと、空いている席に座った。


「吹雪、ここだよ」


 ちょうど吹雪も手洗いから帰って来た。


「どうしたの?」


 少し落ち着かない様子の吹雪にかおるが問いかけた。


「ああ‥携帯忘れたみたいだ」


 頭をかきながら答える吹雪。


「えっ? 大丈夫?」


「うーん‥ま、大丈夫だろ。俺に電話掛けてくる奴なんて、店長か佐江子さんか、お前ぐらいしかいねーし」


「確かに」


 あっけらかんとした言葉にかおるも納得する。


「それより飯食おう。さっきからずっと腹減ってんだ」


 はかったかのようなタイミングで吹雪の胃袋が自己主張した。


「はいはい、お腹は素直だね」


「うるせー」


 言いながら手を合わせる。


「いただきます」


「いただきます」


 早速てりやきバーガーの包みをめくると、吹雪は大口を開けてかぶりついた。その様子をかおるがフィッシュバーガーを食べながら眺める。


「吹雪っていっつもそれだよね。飽きないの?」


「馬鹿野郎‥てりやきは‥世界三大バーガーの‥一つだぞ」


「はいはい。それより、そんなに口いっぱいにして喋ってちゃ駄目だよ。行儀ぎょうぎ悪いよ」


「お前が‥話しかけて‥くるからだろ」


「ちょっとずつ食べればいいんだよ。‥ハムスターみたい」


「可愛くていいじゃねーか」


「よく言うよ。‥ほら、ソース付いてるよ」


 そう言って、吹雪の頬に付いたソースをかおるがいてやる。


「ばっ‥やめろよ」


「照れてるの?」


「ちげーよっ」


 何度も繰り返すが、二人は男同士で、これはデートではない。


「‥あーうまかった」


 吹雪がてりやきセットとてりやきバーガー単品を食べ終わっても、かおるはまだちびちびとポテトを食べていた。


「おせーな」


「吹雪が早いんだよ。ゆっくり食べさせてよ」


「分かったよ」


 手持ち無沙汰ぶさたになった吹雪が新商品の広告を読む。その様子を見ながら、かおるは一本一本ポテトを口に運んでいた。


「‥ねぇ、吹雪」


「なんだ?」


「‥雹さんの事どう思ってるの?」


「はあ?」


 吹雪が顔を上げると、こちらを見つめるかおると目が合った。


「だから、雹さんの事、どう思ってるの?」


「なんだよいきなり‥」


 突然の話題に吹雪の顔が怪訝なものになる。


「いいじゃん別に、教えてくれても」


「なんでそうなんだよ?」


「言いたくないの?」


「そういうわけじゃねーけどよ」


「じゃあ、教えて」


「だからなんでそうなんだよ?」


「お願い」


 かおるの顔はからかっているような感じではなかった。


「お前、何言って-」


「僕に隠し事はなしだよ」


「ぐっ‥」


 言葉に詰まって黙り込んだ吹雪にかおるがおずおずと声を掛けた。


「‥‥好き‥なの?」


「‥‥そんなんじゃ‥ねーよ」


 吹雪が口を開いた。


「‥じゃあ、どう思ってるの?」


「‥‥分かんねーよ」


 目を逸らして答える吹雪に、かおるは納得しない。


「ちゃんと答えて」


「うっ‥」


 こういう時のかおるは曖昧あいまいなままで引き下がらない。意外と頑固なのだ。


「‥‥」


「‥‥」


 吹雪はため息をついて頭をガシガシかくと、横を向いて口を開いた。


「最初会った時、あいつの顔見た時、‥なんか‥なつかしい感じがしたんだ」


「‥懐かしい?」


「ああ、‥昔どっかで会ったような、‥分かんねーけど、‥なんかそんな感じだ。‥‥あいつが家ないって言った時も、‥初めは全然泊まらせる気なんてなかったんだけどよ。‥なんでか、あの顔見たら、‥なんか放っとけなくてよ。‥なんでか、声掛けてたんだ」


 かおるは黙って聞いている。


「‥‥お前が考えてるような、そんな気持ちはねーよ。‥まあ、確かに、‥美人だとは思う。‥全くそういう感情がわかないって言ったら嘘になるけどよ」


「やっぱり」


「聞けって」


 吹雪が続ける。


「‥‥なんつーかよ。‥そういうんじゃねーんだ。‥うまく言えねーけどよ、‥もし俺に‥血のつながった美人の姉貴でもいたら‥こういう感じなんかな? ‥なんか、‥そういう気にならねーんだ」


「‥ふーん‥」


 かおるにも、吹雪が精一杯自分の気持ちを、本心を告げているのが分かった。


「‥これでいいか?」


 吹雪がそっぽを向いて言う。


「うん‥ありがとうね」


「‥別に‥」


 かおるは優しい笑みを浮かべて吹雪を見つめた。


「正直に話してくれて嬉しいよ」


「うるせー」


 吹雪が残っていたかおるのポテトをまとめて口に放り込んだ。


「顔赤いよ」


「‥うるへーっ」





 二人が食事を終えて店を出ると、通りには人が増えていた。


「もう面倒くせー話はなしだからな」


「うん、分かってるよ。どこ行く?」


「そうだな‥」


 と、吹雪の名前を呼ぶ声が聞こえてきた。


「吹雪ーっ!」


 街中で大声を上げているその声の主に、吹雪はとても心当たりがあった。このまま気付かずにスルーしたかったが、後が怖い。


「あっ、佐江子さんだ」


 かおるの言葉に振り向くと、ニヤニヤしながら佐江子が近付いて来た。


「‥なんで佐江子さんがこんなとこにいるんだよ?」


 吹雪は嫌そうな表情をなんとか出すまいとしていたが、失敗していた。


「そんな言い方ないだろ。あんたはあたしに感謝しなきゃ駄目なんだよ」


「どういう意味だよ?」


 佐江子が横にどくと、後ろに人を連れていた。


「お前‥」


 雹が立っていた。


「‥‥」


 俯きながらもじもじしている。


「なんでお前がここにいるんだよ?」


「‥えっと‥」


「留守番しとけっつったろ?」


「‥その‥」


 と、かおると一通りの挨拶を終えた佐江子が割り込んできた。


「コラッ! 雹ちゃんをいじめたらあたしが許さないよっ」


「雹ちゃんって‥」


(いつの間にそんなに仲良くなったんだよ‥)


 脱力する吹雪。


「ほら、渡してあげな」


 佐江子の言葉に促されて、雹は手に持っていた物を差し出した。


「これを‥」


「あっ、俺の携帯」


 吹雪の携帯電話だった。


「‥お前、これ-」


「そこから先はあたしが説明してあげるよ」


 『あいや待たれいあたしの出番だよっ』とばかりに佐江子がカットイン。


「雹ちゃん、あんたが携帯忘れたのに気付いて届けに来たんだよ」


 いや、それは分かる。


「あたしがたまたま近所散歩してたから本当に良かったよ。この子、あんたがどこ行ったのかも知らないのに携帯持って走り回ってたんだよ」


「‥佐江子さんはよく分かったな」


「あたしを誰だと思ってんのさ」


 佐江子どや顔。


「聞いたら、友達に会いに行ったって言うじゃないか。あんたの友達なんてかおるしかいないだろ。会うとしたらいつもの駅前だと思ったのさ。時間的に昼飯食べるだろうし、あんたバイト代入ったばっかだからおごらされるはず。でも絶対ケチるからここだと思ったんだよ。当たってたろ?」


 ジェシカおばさんもびっくり、名探偵サエコだった。


「‥すごいね」


 かおるが感心する。一体どこまで吹雪の私生活を掌握しょうあくしているのやら。


「‥‥」


 何も言えない吹雪。


「ほら、渡しなよ」


「あっ、はい」


 雹から携帯を受け取ると、


「‥ありがとな」


 吹雪は鼻の頭をかきながら礼を言った。


「よし!」


 佐江子はそこまで見届けると満足したようだ。


「じゃあ、あたしは帰るよ」


「えっ? こいつどうすんだよ?」


 吹雪が焦る。


「馬鹿っ。『こいつ』って言い方ないだろこの馬鹿。あんたのために携帯届けてくれたんだよ馬鹿。あんたが面倒見てあげな。あたしも暇じゃないんだよ。じゃあね」


「おい、ちょっと待てよっ」


 三回も馬鹿と言うと、佐江子は止める声も聞かずに雑踏ざっとうに消えていった。


「‥ったく‥」


 吹雪が振り向くと、雹とかおるが所在なげに立っていた。


「あー‥」


 残された三人が沈黙する。


「‥‥」


「‥‥」


「‥‥」


 その沈黙を破ったのは吹雪の携帯だった。


「誰だよ?」


 これさいわいとばかりに出ると、バイト先の店長だった。


「どうしたんすか? ‥‥えっ? 今からっすか? 今日休みですよ。‥‥リーさんが急に風邪引いた? んなもん嘘に決まってますよ。どうせまたアイドルの追っかけっすよ。ガツンと言って下さいよ。‥‥電話が繋がらない? えー、ちょっと待って下さいよ。だからって俺っすか?」


 嫌そうな顔で嫌そうな声を出していた吹雪だったが、


「‥‥えっ? マジっすか?」


 急に声をひそめて雹とかおるに背を向けた。


「‥‥もう一声。‥‥約束っすよ。‥‥分かりました」


 電話を切って振り向くと、吹雪は白々(しらじら)しい顔で白々しい声を出した。


「悪いっ! ちょっとバイト先から急に呼び出しかかってよ。どうしても来て欲しいって言われて、すぐ行かないと駄目なんだ」


「‥ふーん」


 こめかみをピクピクさせてるかおると目を合わせないようにして吹雪は続けた。


「ほんとすまんっ! かおる、後は頼んだ。こいつアパートまで送ってやってくれ」


「えぇっ!?」


 予想外の言葉にかおるが慌てる。


「お前も、かおるの言う事聞いて困らせんなよ。じゃあな」


 それに気付かない振りをし、吹雪は雹に声を掛けると脱兎だっとの如く走り去った。


「あっ、コラッ!」


 あっと言う間に人混みに消える。


「‥‥吹雪の奴‥」


 憤懣ふんまんやる方ないかおると、


「‥?」


 いまいち状況が呑み込めていない雹。


「‥‥」


「‥‥」


 取り残された二人。とりあえず、


「‥どうも」


「‥よろしくお願いします」


 挨拶を交わしてみた。


「‥‥」


「‥‥」


 会話が続かない。


(‥吹雪、絶対許さないからね)


 と、誰かの空腹を訴える音が聞こえてきた。


「?」


 雹の顔が真っ赤になっている。


「‥お腹()いてます?」


「いやっ‥その‥」


 俯いて縮こまる雹にかおるは提案した。


「‥どこかでご飯食べましょうか?」


「いやっ‥そんな‥」


 恐縮する雹にかおるが笑いかける。


「大丈夫ですよ。後でお金は吹雪に請求しますから」


「いや‥でも‥」


 小さくなってしきりに遠慮する雹を、年上なのにかおるは可愛いと感じた。


「吹雪も言ってましたよ。僕の言う事聞いてって」


「‥うー‥、はい‥」


「決まりですね。何が食べたいですか? なんでもいいですよ」


「‥じゃあ」


 雹が目を向けた先にあったのは、今しがたかおるが出て来た店だった。


「‥‥」


 少し胸焼けがした。





 本日二度目のマク◯ナルド、しかも間を置かず。かおるが頼んだのはアイスティーだった。雹はてりやきセットを食べている。


(美味しそうに食べる人だなぁ)


 かおるは、雹の事を好意的に見ている自分に気付いた。


(‥悪い人じゃないよね)


 まだ会って二回目、しかも初対面があまりいいものではなかったのに、かおるは不思議とそう感じていた。吹雪の話を聞いた後だからだろうか。もしくは、そう感じさせるものが雹にはあるのだろうか。


(‥でも、どんな人なんだろ?)


 と、いつの間にか雹がこちらを見ていた。


「ん? どうかした?」


「いえっ、すみません」


 慌ててポテトを口に運び始める雹。

 席に着いてすぐに敬語は必要ないと言われたので、かおるはその言葉に甘えさせてもらった。普段なら自分より年長の人間にタメ語で話したりしないのだが、何故かすんなりと受け入れる事ができた。もちろん雹にも敬語はやめるよう言ったのだが、『昔から、誰にでもこの喋り方です』と言われた。


(‥うーん‥固いなぁ‥)


 なんとか話すきっかけを、とかおるが思っていると、


「あ」


 雹の頬にソースが付いているのに気付いた。


「どうかしましたか?」


「ここ、ソース付いてる」


「えっ」


 雹が紙ナプキンで見当違いの所を拭く。


「‥取れました?」


「もうちょっと上‥あっ、いきすぎ‥」


 かおるはクスッと笑うと、席を立って身を乗り出した。


「じっとして」


「‥‥」


 硬直する雹の頬に付いたソースをぬぐってやる。


「はい、取れたよ」


「‥ありがとうございます」


 その照れた様子を見て、かおるの口が自然と開いた。


「‥なんか吹雪みたい」


「えっ?」


「吹雪も、ここでお昼食べた時、同じように顔にソース付けてたんだ」


「‥えっと‥」


 雹は恥ずかしそうに俯いた。雰囲気が少しなごむ。


(‥可愛らしい人だなぁ‥それにすごい美人だし‥)


 かおるは吹雪が言っていた事を思い出した。


(‥血の繋がったお姉さん、かぁ‥)


 吹雪が嘘をついていたとは思わない。だが、やはり気になる。雹はどう思っているのだろうか。

 かおるはアイスティーを飲み干すと、思い切って話しかけた。


「‥雹さん」


「はいっ」


 反射的に姿勢を正す雹の顔を真っぐ見る。


「‥‥吹雪の事‥‥好き?」


「っ‥」


 雹は驚いたように息を呑むと、次に優しく口角こうかくを上げた。


「?」


 予想外の反応にかおるも戸惑う。


「‥同じですね」


「えっ?」


 雹が嬉しそうな、優しい表情でかおるを見つめた。


「‥佐江子さんにも、同じ事を言われました」


「‥佐江子さんが‥」


 驚かない。さもありなんと思った。


「‥はい。‥‥あと、吹雪さんの昔の事も聞きました」


「‥‥そう‥‥どこまで聞いたの?」


「‥えっと‥‥孤児だった事や‥施設で酷い扱いを受けていた事などを‥」


 言いづらそうに雹が答える。


「‥そんな事まで‥」


 驚いた。口が軽そうに見えても、誰にでも喋るような人ではないからだ。


「‥そっか‥‥で、雹さんは‥なんて答えたの?」


「えっ?」


 そう聞かれる事を予想していなかったのだろう、雹が狼狽する。


「‥いやっ‥その‥私は‥‥」


 赤くなってしどろもどろになる雹にかおるは言葉を重ねる。責めるような口調ではない。


「なんて答えたの?」


「‥うー‥」


 雹は逡巡しゅんじゅんしながら、


「‥『好きです』‥と‥」


 小さく、しかしはっきりと口にした。


(‥‥‥‥そっか‥)


 予想はしていた。様々な思いがかおるの胸の内に現れる。


「‥吹雪の‥どんな所が好き?」


「‥私‥その‥あの‥‥」


 雹が表情を目まぐるしく変える。


「あっ、ごめん。そんなの聞かれても困るよね」


 かおるはすぐに謝ると、言葉を変えた。


「‥じゃあ、どういう『好き』?」


「えっ‥‥」


 難易度の変わらない質問に、雹はまた顔色を白黒させた。


「‥私は‥‥」


 それきり、後の言葉が続かない。


(‥‥意地悪だったかな‥)


 かおるは方針を変えた。


「‥‥僕と吹雪は、小学校からの付き合いなんだ」


 話し出したかおるに雹が顔を向ける。


「‥親友‥って言ってもいいと思う。僕にとって吹雪は大切な存在だし、吹雪も僕の事をそう思ってくれてると思う」


 何故そういう気になったかはかおるにも分からないし、話す事に少し迷いはあったが、聞いて欲しいという思いも少なからずあった。


「‥だから、雹さんが吹雪の事をどう思ってるのか、気になるんだ」


 雹の目を見つめてそう言った。


「そりゃあ、ただの友達である僕がこんな事言うの変だろうけど‥ただのお節介かもしれないけど‥‥僕にとっては重要な事なんだ」


「‥‥」


 無言で話を聞いている雹に、かおるはかなり迷ったが、


「‥‥吹雪を‥吹雪を傷付けたら‥許さないよ」


 言ってしまった。言い過ぎた、と思った。これはやり過ぎだ。絶対そういう風に思われるはずだ。‥でも、言わずにはおれなかった。


 ドキドキしながら待っていると、雹が俯きながら呟いた。


「‥‥吹雪‥さんは、幸せですね‥」


「え?」


 聞き返すかおるに、雹は顔を上げてニッコリと微笑んだ。その目に涙がにじんでいる。


「‥周りに、こんなにも優しい人がいて、こんなに愛されて‥」


 予想外の反応にかおるは戸惑う。


「‥あの子は‥幸せですね」


(‥あの子?)


 その言葉に一瞬いぶかしい思いをしたが、雹が涙をポロポロ流し始めたのですぐにそれどころではなくなった。


「ちょっと‥雹さんっ」


 周囲の客が興味津々(しんしん)の目線を投げてくる。


「‥泣いてる」


「‥別れ話みたいよ」


「‥何? レズ?」


 無責任な憶測おくそくに頭を抱えたくなる。


(これは違うっ)


 慣れないピンチにかおるは泣きたくなった。


(それに僕は男だっ!)


 心の叫びだった。





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