序章~スタートに並ぶ話~
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くそ。こんなことになるなら傘を持ってくれば良かった。まさか帰りがここまで遅くなるとは思ってもおらず、新品の折り畳み傘は自室に残してきてしまった。交番から外に出るとまた一層大きく響く雨の音。この激しさでは濡れずに帰ることはできないな、と一人嘆息して空を見上げる。
「今日の天気は晴天でしょう。」
朝のニュースのそう綺麗でもない女の人の真似をして呟く。
「今日の天気は大荒れでしょう......。」
次々と降り注ぐ雨の雫に言葉を叩きつけるようにすると、大きく深呼吸をして。
自らも発した言葉とともに雨の中に飛び込む。
その影はまるで夢のようにぐらぐらと揺れ、ゆらゆらと揺らめきながら闇の中に消えてゆく。
そして、急にぱっと閃光が走り、光のプリズムとなって世界が破綻した。
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「僕に?いや、だから最近は読む本が多くて忙しいんだっ......え?どうしてもって、言われてもな...。」
そこはとある高層ビルの一角。田舎のど真ん中に、まるでそこだけが都会になったかのようにそびえたつ。周囲は田で覆われているこの地にはおおよそ不釣り合いな建物で、やはり最下層の壁には近隣の住民からの苦情だろう、大きな落書きが描かれていた。......最も、この家主はそんなことは気にかけるどころか、気づいているかどうかすら分からないのだが。
「ええ、面倒くさいなぁ。」
その家主はビル〈風神〉の最上階にある仕事部屋にて足を組んで座りながら携帯の向こうの相手と気だるそうに会話をする。部屋はたった一人の所有物とは思えないほどの広さをしており、その中央にぽつんと小中学校で使いそうな大きさの小さい机が一つ鎮座していた。だが机とするには小さすぎたためか今では彼の椅子と化している。
彼...高崎宗助はこの広すぎる部屋で「便利屋」という仕事を営んでいる。今年で何年になるか分からないその職業内容は、人の頼みを聞くこと。だが、仕事が嫌い、という彼の性格からか依頼人は固定されがちなようで、電話の相手もその一人だった。
「だからさ、僕はやらないと言って...」
突如、宗助の表情が一変し、焦ったように立ち上がった。
「なんだって!?もう来てる!?」
彼の勢いに負けて机がガタン、と大きな音を立てて倒れる。が、宗助はそんなことには目もくれず急いで扉に駆け寄り、ノブを回そうとした途端。
扉が内側に開く。
額をぶつけそうになった宗助が慌てて飛び退くと、そこにいた男を視認し、やれやれ。と首をふって、数秒間空を見つめると。
「後で、報酬はしっかり払ってもらうからな。」
と恨めしげに呟く。乱暴に通話を終了し、懐に仕舞うととびきりの営業スマイルを浮かべた。
「ようこそ。風神へ!」
「僕は高崎宗助という。全く酷いよねぇ、あいつ。仕事するのは僕だってのに、僕がオーケー出す前に君をここに寄越すなんてさ。」
宗助は、わざとらしく手を顔に当て再度、ひどいなぁ、と呟く。最も、彼の場合、そうでもしないと仕事をしないのが原因なのだが。
「ああ、あいつっていうのは、君の弁護士君のことね。齋藤信。それが彼の名前だよ。」
組んでいる足を反対にして、ふと動きを止め指の間から純一の様子を伺う。
「そういやさぁ、君の自己紹介聞いてないよね、僕。」
宗助の銀髪がはらりとこぼれ落ちる。彼は顔を押さえていた手を離すとその髪をかきあげるようにしてにやっと笑った。彼の銀髪は勿論地毛ではない。少し前に自分で染めたものでわざとなのか、不器用なのか染めきれていない真っ黒な部分が斑に残っていた。かきあげた髪の間から右耳だけに下げた水色のピアスが光る。彼が着ているのは真っ黒なスーツ。だが、上のボタンを閉めない着こなしかたと、銀髪ピアスにより人に全くきちんとした印象を与えない。今年26にもなる身としては随分と子供である。
「あ、ああ。すいません。私は、鯨尾純一といいます。」
対して純一は40代ぐらいの少し太った男で、Tシャツにズボンという完全に部屋着の格好でありながらも宗助の前に姿勢正しく立っていた。
一応客である純一に椅子をさし出すべき、という思考は宗助の頭には無く、代わりに親友、信の言葉が脳内を埋め尽くしていた。
「言っていることが滅茶苦茶で訳が分からないんだよ。これじゃ仕事にならん。助けてくれ。」
知能に問題があるのか、と疑い検査しても異常な数値は見られなかったという。一応確かめる意味で名前を聞いてみたのだが滅茶苦茶な答えなど返ってこなかった。
「純一さん。君が事件を起こした日のことは覚えてる?」
「はい。女の人が刺し殺された事件のことですね。」
妙に客観的な物言いを不思議に思ったが、何も矛盾しない普通の答えが返ってきたことに、安堵し、携帯を取り出す。
どうせ、僕を働かせるために出した依頼なんだろう。全く余計なお世話だ。
心の中で文句を言い、依頼を断ろうと通話ボタンを押しかけた時だった。
「この部屋を出てはいけない。この部屋に犯人はいる。」
低いどっしりとした響く声。驚いて指を止める。
「純一さん?」
だがそれに答えたのは女性らしい甲高い声。
「なんでなのよ?だったら余計ここにいてはいけないわ!私には蓮がいるのよ!?」
純一の声が目まぐるしく変わる。
まるで一人で劇をやっているようだ、と宗助はぼんやりと思った。
「純一さん?おーい純一さーん。」
試しに顔の前で手を振ってみても何も反応しない。既に純一の目は虚ろで何も映してはいなかった。
「だからこそです。だからこそ、皆さんは出てはいけない。下手に動いて犯人を刺激するのはもっとまずいんです。だから今は冷静に......」
「冷静でいられる訳がないでしょう!?飛鳥が、飛鳥が死んだのよ!!」
自分を無視してその劇は続いていく。宗助は携帯を再び懐にしまうと立ち上がって部屋から出た。
「僕がいてもいなくても変わらないようだ。」
自分がいなくなった後の部屋からわずかに聞こえる純一の声。
気味が悪いな、そう思いつつ部屋に背中を向けた。
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鞄を頭に乗せて少しでも濡れないようにと走ってきていたのだが、雨足はどんどんと強くなり服はびしょびしょになっていった。
「何が、晴天だよ...。」
悔しそうに言う声も雨の音にかきけされる。一歩一歩踏み出す度に水を吸って重くなっていく足。家まではまだまだある。どこかで雨宿りをしたほうが得策かもしれない、と顔をあげるとネオンで光り輝いたレストランらしい看板が見えた。
〈混豚亭〉
と読める看板は近づいていくと自分が思っていたよりも古びていたが、店内には明かりが灯り、今も開店しているらしいことが分かった。助かった、と思いながら扉を押す。思ったよりも客が少ない。
それはそうか。こんな雨だもんな。中にいたのは数人の男女。やはり、内装も古びていて塗装が至るところから剥がれ落ちている。
「いらっしゃいませ。」
しわがれた声で迎えてくれたのは優しそうな笑みを浮かべるお爺さんだった。