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無能男の異世界人生。  作者: 手が届かない魚網
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無能:004 「今のところ、無能は死せず?」

月夜。

ユトハシルの森の、自称森の主の小屋。


俺の足よりも暗殺者の足が遅いわけも無い。

連中にとってのイレギュラーがおきているのか、仕事に周到さを求める組織なのか、またはその両方か。

いや、周到さは求めてなかろう。馬上剣を徒士のように振り回してきた連中だ。こっちの世界で言うと、バカか素人である。

まぁ、いい。

みすぼらしい清貧小屋の壁にもたれて座し、俺は連中が到着するのをただ待つ。

待つ。

待つ……。


***


遅かろう?

小屋についてから、既に2時間くらい経過してると思う。

ここ数日で惨殺死体に慣れきっていたが、そろそろその臭いや存在感が気になる程度に正常な感覚を取り戻すには十分な時間だ。

俺は、手近にあった麻布のようなものを惨殺死体にひっ被せた。

真っ暗な小屋内にも嫌気増し、蝋燭を見つけて火を灯す。ついでに、薪をくべて囲炉裏にも点火。

汲み置きの水樽から水を汲み、囲炉裏で煮沸する。喉がかわき、腹も空腹を訴え始める。

どうせあと数時間後にはられる命なので、まだ生きているだけの余生のような開き直りで淡々と過ごすことにした。

茶葉などない清貧小屋。白湯で喉を潤し、よくわからない山菜を乾燥させた保存食で空腹を満たす。

うむ。自称森の主に感謝。


***


やがて。

みすぼらしい小屋の扉が開く。

牢人風の男が立っていた。こっちの世界では、騎士崩れ? 傭兵? 山賊? まぁ、そんな感じだ。

手には身の厚い片手斧、腰には人の頭大の布袋が8つくらい。

顔の面積の大半が髭で構成され、その間から鋭い眼光。

鎧は着ていない。兜もない。鎧下のような厚手の布の服だけだ。

歳は、わからん。一見30代、実は俺より下かもしれない。

「よぅ」

牢人風の男は、俺の目を見てそう言い、腰の8つの袋を1つずつ無造作に床に投げ下ろした。

「えっと……」

俺は、言葉を失っていた。

「それ、お前さんを追い回していたクソどもの首な」

男はそう言って、ずかずかと遠慮なく小屋に入ってくる。身構える俺に左手を掲げて、ニカッと笑った。

「警戒するなとは言わん。だがとりあえず、こんな時間に労働した男に囲炉裏の暖かさを分け与えるくらいはできるだろ?」

男はそのまま囲炉裏まで歩き、どっかりと座って斧を置いた。

「……白湯と、何か分からない山菜の保存食もありますが」

俺は、男にそう言っていた。無意識に近い。

「そいつは、ありがてえな」

また男はニカッと笑った。

気になる笑顔だ。どこにでもいるゴロツキな風体なのに、その笑顔が気になった。


***


俺は開いたままの扉を閉め、男に白湯と保存食を手渡した。

男は全くの自然体でそれを受け取り、美味そうに食い、飲み干した。

俺は、男の椀に白湯を新たに注いで、さてどうやって事情を探ろうかと思案する。

「俺は、紅目旅団のベルメだ。ワケありで、お前さんを助けに来た」

男は白湯を飲み干してから、そう言った。

「クリムゾンアイズ? レンズ王国時代の近衛ですか?」

少し踏み込んだ。こういう人物は、こちらが率直なほうが話が早いかもしれない。

「ま、ガキでも知ってるわな。今は、しがない傭兵団だ」

男は、髭面でガハハハと笑った。そこに、自嘲は見当たらない。見当たらないだけで、心の傷はあるだろうと俺は感じた。

「あなたは、僕を助けに来た」

「そうだ」

「依頼人は話せない?」

「おう」

「僕の選択肢は?」

「俺と一緒にフェアンテに行くか、ここで別れるか。依頼ではどっちでも良いってコトになってる」

「分かりました」


***


人間は、惰性に流されると目の前しか見えなくなる。大事だったはずのものが全部すっ飛んで、目前の状況に呑み込まれる。

だが、自分に見えてない背中の向こうにも、ちゃんと現実ってものが存在するのだ。

その現実から目を背けることを、俺は「ご都合などない」という言い訳で肯定してきた。

しかし、違うのだ。

視野を広げれば、目前の状況に呑まれなければ、つまり――惰性に流されなければ、そこには「ご都合」があるのだ。

「首、検めてもいいですか?」

「おう」

俺は、入り口近くに転がっている暗殺者の首を検めた。

間違いなく、俺を襲ったやつの首があった。

手の込んだやり方なら、この笑顔が気になる男も含めて、全部一連の謀略だろう。

この男がクリムゾンアイズである保証もない。

さてさて、どうするかね、俺。

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