入隊希望なのです!
朝。いつもと変わらず、空には戦闘機が飛び交っている。
眠たい目をこすりながら、ベッドから起きる。
「おはよぅ。有理ちゃん。」
二段ベッドの上から頭を覗かせて挨拶するのはいつものルームメイト。
「あ、おはよう里菜ちゃん。ほんと、いつも早いね。」
有理はまだ眠たい半開きの目で問いかける。
有理とは違い、彼女は朝に強いのだ。
彼女の名前は赤城里菜。一つ年下だが、学年は同じで幼なじみ。
「早く着替えよ。また教官に怒鳴られちゃう」
里菜は慌てた様子でベッドから飛び降り、急いで準備をしながら話しかけた。
「あぁ、そうか。そうだったね。」
二人は慣れない会話を交わしながら早々と準備を進める。
そう、彼女たちの人生を変えてしまったのはほんの1ヶ月前のある事件であった。
1ヶ月前……
「生徒諸君、今回は重大な話がある。昨日、遂に我が校にも国から軍隊への召集希望者募集の要項が届いた。もう知っての通り、2038年から全国の学校で、一校最低でも50人の徴兵が義務づけられた。我が校は毎年その機会を逃してきたが、遂に今年、我が校にもこれが届いた。生徒諸君には1日考える時間を与える。この機会をどうか有効活用してほしい。以上」
学校長はそれだけを言い残していった。
もちろん有理は入隊する気なんてこれっぽっちもなかった。そんなのは自分だけでなく、周りも同じはずだと思ってもいた。
でも、あの悲劇が来てしまった。
下校後、有理の通う学校から、そう遠くないところで、どこかの国の潜伏兵が特攻を仕掛けてきたのだ。
もちろん帰宅中の生徒は絶好の的だった。
戦争中である今、周囲の国による妨害工作によって日本の防衛能力は格段に落ち、いくら国内とはいえ学校に通えるのが不思議なくらいだった。
そして、有理は丁度そちらの方に家があるので必然的にそちらに歩いていく。
外国の兵がいるとも思うはずもなく。
もちろん彼女だけでなく、他の生徒も大勢いた。そして悲劇の時はすぐに起こった。
角を曲がった所で裏路地で待ち伏せしていられ兵の強襲を受けた。
有理はあまりに突然の出来事で腰が抜けてしまい、身動きがとれずにいた。
目の前でクラスメイト達が撃たれ、倒れていく。まさに地獄絵図。
有理がもうだめだと思った矢先、目の前にひとりの男性が手をさしのべている。
外国の工作兵ではない。それは一人の日本兵士だった。
そして、そのまま日本の援軍によって彼女たち数人は助かった。が、犠牲の方が遥かに大きかった。
次の日ももちろん学校はあったが、有理は一週間くらい休んだだろうか。
あんな惨劇を目の前で見た後では立ち直るのには苦労した。
しかし、そんな中で立ち直るきっかけになったのはあの時助けてくれた兵士の人だった。
部屋に籠もっていた有理はその兵士の事を思い出したとき、ある決心が芽生えた。
守りたい、みんなを守りたい、と。
翌日は有理があの事件後、初めて出校した日となった。
学校も死んだ生徒やら、怪我をした生徒やらの情報整理で忙しかった影響で、徴兵の話は延期になっていたらしい。
彼女が登校した日に丁度片が付いていて、再び徴兵令の話を切り出したところだった。
「…以上が今回の徴兵に関する要項です。何か質問はありませんか?」
誰も上げない。
私は先生に真っ先に入軍希望を出すつもりだった。
「ありませんね?では、この中で軍隊に入るという方は…」
有里はこのとき、人生で一番早い反応をしたと思う。
ひとりで手を挙げてると思うと恥ずかしかったが、勇気を振り絞って周りを見た時そんなものは消えてなくなった。
そう、自分を除いた何人かの挙手者の中に親友の里菜の姿があったからだ。
その嬉しさと不安を胸に秘めたまま、有里とその一部のクラスメイトは、受けとった書類を丁寧に書き先生に提出した。
勿論その決断の前には親に大反対を受けていた。
しかし、有里はそれを押しのけ、意志を通し続けていた。その意志を伝えてる続けているうちに、母の様子が少し変わっていた。
「わかったわ。いつの間にかたくましくなっちゃって。そのかわり、あなたが助けたいものは必ず助けなさい。いい?」
有里は何度も何度も深く頷いた。
言われなくても、最初からその気だよ、お母さん。
そう心に誓った。
一週間後、近くの駐屯地から迎えのバスが学校にきた。
今回派遣される54人の生徒の親は、自分の子供を見るのがこれで最後かもしれないと、長い別れの挨拶を交わしていた。
もちろん有理の母もきた。多少の涙は流していたが、母は泣くのをこらえていたようだ。
有里はといえば、最後の母との顔合わせだと思うと悲しくなって、最後に母の胸で思いっきり泣いていた。
そして出発の時。
有理は最後だけはと笑顔で母と別れたのであった。
そしてその一週間後、今からニ週間前。軍隊への入隊式と分隊の勧誘式、施設の案内と休む暇も無かった。
ようやく休めたのはすでに夜11時を回った頃だった。
その後は、基礎訓練1日6時間、座学を7時間を二週間で、今に至る。
ここでの生活には大分なれた感じ。まだ朝にだけはなれないけど…。
「有理ちゃん、今日の訓練って確か始めての実銃訓練だったよね?」
興奮した面持ちで里菜は話しかける。
「あ~…うん、そうだったね。なんか緊張するなぁ。」
そう。今回の訓練は人を殺すための武器を扱う訓練。緊張しないはずがない。
「そうだね。テレビとかだと簡単に使ってるけどあれも訓練あっての扱いだもんね。頑張らなきゃね。」
人を殺すのは嫌ではあるが、みんなを守るためには必要なんだ。と有理は自分に言い掛けた。
訓練場所についた。もうすでに殆どの訓練生が集まりきって整列をしている。
「おいそこ!列が乱れているぞ!列の乱れは心の乱れにつながる!整列を怠るな!」
早速教官の説教を食らってしまった。
しかし、なんだか仕方ない気もする。
ここにいる訓練生は最低でも7歳、最高でも19歳なのだから。
「そこ!列が乱れていると言っているだろう!言われたことを直ぐに実行しろ!」
そんなことを考えていた有理もこの有様である。
自分では揃ってると思ってはいたがやはり厳しいようだ。
「あーあ、また言われちゃったね。教官ちょっと厳しすぎるよね?」
小さな声で里菜は言った。
「うん。でも軍隊ってこんなものじゃないかな?テレビとかでもほんとに厳しそうだったよ。」
「へえ~。有理ちゃんって物知りだね。」
「そ、そんなことはないよ。全部テレビとか本の情報だよ。ほら、よく雑誌に載ってるじゃん?」
里奈は怪しく微笑んでふぅーんと唸った。
実は、父親も軍にいるためか、少なからずとも興味はあった。父がテレビに出たこともあったし、素直にかっこいいとも思った。
その興味からミリタリー雑誌を集めていたので、あながち里菜の言っていることは間違ってない。
整列が完璧に終わったところで早速教官の説明がはいった。
基本的な銃を扱う訓練の細かい内容と、さらに銃とは何かまで語り始めた。長い話になりそうだ。
話が終わったところで早速班分けされたのだが、運悪く里菜とは離れ離れになってしまった。
「あ~あ、分かれちゃったね。じゃあまた後でね!」
里菜の目は輝いていた。
「うん、じゃあ。」
有理は簡単にお別れをした。
班は一つ12人のグループだった。全く知らない顔ばかりだったが、女の子もそれなりにいるようで何とかなじめそうだ。
有里達は最初に教室のような所に連れて行かれた。
流石にすぐには銃は触らせていただけないか。そう思いながら僅かにあった期待を落ち着かせた。
「座ったか?それでは今からこいつを配る。こいつは拳銃だ。気をつけろよ、本物だ。そこら辺の玩具ではないぞ。」
え?早速くばるの?と、有理は自分の予想より遥かに早くて驚いた。というか、今さっき言い聞かせたばっか。
渡されたのはグロック17と言う銃らしい。教官によると、小さくて運びやすく、使いやすい銃とのこと。銃なんてどれも同じに見える、と有理は心の中でぼやいた。
「まずは各パーツの説明を簡単にする。ここは…」
と、教官は銃の各部品の説明をした。
やっと話終えたと思うと、次は小さな箱が一つ配られた。大きさの割に重たい。表紙には「9×19mm Para」と書かれている。
「今渡したそれは拳銃用弾薬の一つで9mmパラベラム弾という。一番市場で出回っている弾薬だ。銃によって使える弾が違うから覚えておけ。知っての通り日本は国内でも安心はできない。いざという時のために常備しておけ。」
ここでやっと教官の説明が終わり、次の指示まで休憩時間となった。
「はぁ~、疲れた!」
里菜の声が上のベッドから聞こえた。
「説明ばっかりだもんね」
「そうなんだよ!訓練するなら早く撃ってみたいよ」
「里奈ちゃんってなんだか物騒な子になりそうだね…」
「…だって事実でしょ!こんな機会滅多にないよ?」
里奈は張り切りまくってそういった。
「うん、まぁそれはそうなんだけどね」
有理はなんとなくで答えた。そして里奈の将来が少し心配になった有里だった。
次の指示はあの恐ろしくもワクワクする実射訓練だった。
里奈のテンションがMAXなのは言うまでもない。
だが、やはり初めは撃つのではなく射形を教え込まれた。
これを習得しないと怪我に繋がるからだ。
前に動画でみたことがあるけど、反動で顔面を打ってたり。
残念ながら今日は実射はしなくてそこまでで終わった。
そして、里奈のテンションががた落ちしたのも言うまでもない。
「なんで…なんでなんでなーんーでー!なんで撃たせてくれなかったの!」
荒れ狂う里奈。
「ま、まぁ落ち着きなよ。あれやんないとすごく痛いおもいをするって話だよ?」
こうは言ったものの、里奈は一瞬ハッとしたが最後、それ以降は荒れ狂ったままだった。
翌日。その日は雨だった。野外での訓練はないが、さすが大型の育成施設。専用の体育館がある。
最初の指示はいつものように、走り込みや筋トレなど基礎体力の訓練だった。
もちろん厳しいが、母のことを考えると自然と頑張れる。近くには親友の里菜もいることだし。
そして、この日のお昼にはちょっとした事件があった。