プロローグ『狼の悩み』
かつて、こんなに世間の目を気にしたことがあっただろうか。
自分が自分であることがばれないように、俺は高校の制服から私服に着替え、さらには度が入っていない眼鏡をかける。眼鏡をかけていれば正体がばれない、と何かの漫画に登場する小さな探偵君も言っていた。
それでも、やはり気になってしまうものだ。
閑静な住宅街を歩いているので、人とすれ違うことはほとんどない。しかし、俺の視界に人が入ってきたとき、どうすればいいのか分からなくなることがある。特に、その人が俺の通う高校の生徒だったときには。
「それでさぁ~」
さっそく、うちの高校の制服を着ている女子達が視界に入る。
俺はとっさに右手で前髪を触るふりをして自分の顔を隠す。そのおかげなのか、何事もなく女子達は通り過ぎた。
どうして、今のようになってしまうのか?
世間から「ウルフ」と恐れられている男子高校生が、今から年下の女の子の家に行こうとしているからだ。しかも、その女の子は年頃の中学生。
慣れてしまった差別の視線がより深刻になるのが嫌で。
俺の知らないところで、陰口を叩かれるのがうんざりで。
俺が悪いわけでもないのに、あたかも俺がやったように批判してくるのがとても恐ろしくて。
とにかく、ここを歩いていること自体で俺は気が重かった。
彼女と出会うまでは。