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りとる・くれいまー!  作者: 雛緒
小さな男の子と女の子。
3/5

じぶんCHIBI


 健康診断とはなんのためにあるのだろう。毎年この日が来ると学校をサボりたくなる。俺は健康だから健康診断なんて行かなくていい!と母さんに言ったら、問答無用で水をぶっかけられた。


 そんなこんなで、今日は健康診断兼身体測定だ。


 健康診断は体育館で行われる。しかし困ったことに、全学年一斉に集められるため無駄に時間がかかるのだ。毎年毎年、何が楽しくて長蛇の列に並び身長を測らなくてはいけないのか。

 俺は友達数人と出来るだけ人の少ない列を見つけて並ぶ。背伸びして最前列まで見渡すと身長測定器が見えた。ここは身長をはかる列のようだ。

 「歯科検診の先生に若いイケメンがいるらしいけど、女子ってどうしてそう顔で決めるのかね」

 隣にいる塩沢澪太しおざわみおたが眼鏡を押し上げながら歯科検診の長蛇の列を眺めてポツリと呟いた。

 なるほど、確かに歯科検診の列の中で見事に女子だけしか並んでない列があった。その先にイケメン歯科医がいるのだろう。

 「イケメンに歯見られるって逆に嫌じゃねーのかな。つか、澪太だって人を見た目で判断するだろが」

 「そりゃさ、色白巨乳でムッチムチの歯科医さんがいたら俺もそこ行くよ。いやむしろ俺がそのお姉さんの歯を検診してあげたくなるけどね」

 澪太は体操着の上に紫のパーカーを羽織っているせいで体育館の中一人ういていた。しかし本人は少しも気にした様子はない。そういう奴なのだ、こいつは。

 「でも茂樹、お前不良のくせに学校サボんないよね。やっぱ残念不良なんだよなぁー」

 俺のことを一番最初に残念不良よわばりしてきたのは澪太だ。高校一年の時に同じクラスになり、それ以来クラスが分かれてしまってもよくつるむ仲だ。俺は理系クラス、澪太は文系クラスでそれぞれ馬鹿やって楽しんでいる。でもこいつほどの友達には未だ恵まれていない。

 澪太や他の友人たちと話しながら順番を待っていると、前方から黄色い声が聞こえてきた。

 「えー、138センチ!?ちいさーい、可愛いっ」

 「からかわないでよー」

 拗ねたような物言いの可愛らしい少女の声には聞き覚えがあった。それと同時に昨日の光景が脳裏に再生されるが、聞こえなかったふりをして無理矢理思考をシャットアウトする。

 俺は身を縮めて出来るだけ目立たないようにして列に同化した。

 「はじめて見たときから、志奈ちゃん小さくて可愛いなあって思ってたんだよ」

 「あ、私も」

 「背は高い方が絶対いいよ!だってシナ吊革とか天敵だもんっ」

 「そういうところが可愛いんだってぇ」

 身長測定を終えた少女達が他の検診を受けようと移動を始め、俺たちの横を通り過ぎていく。と、その時。

 「あ、シゲやん」

 ……見つかってしまった。

 体操着の腰に日本刀をさげた上崎が、大きな瞳を瞬かせてこちらを見つめていた。相変わらずなんのためなのかナイトキャップをかぶっている。

 「よ、よう。お前138センチなんだってな」

 俺は愛想笑いとともに右手をあげて挨拶した。澪太が俺と上崎を見比べてニヤニヤしている。

 「なに、茂樹の知り合い?君たち一年生だよね?俺たち三年生だから、分かんないことあったら何でも聞いてね」

 澪太は少女達の上履きを見て言った。うちの高校は赤色のが一年生、黄色が二年生、緑色が三年生と学年によって色が振り分けられている。よって、上履きの先端の色で学年が分かるようになっているのだ。

 「シゲやん三年生だったんだ……」

 澪太の質問には答えず呆然とした顔で上崎が呟いた。その表情はコイツこんなにチビなのに三年なのかよと物語っていた。

 すると上崎の隣にいた少女が遠慮がちに手を挙げた。

 「あの、もしかして、城島茂樹先輩ですか?」

 「ん、ああ、そうだけど」

 「うわあ、噂通りですね!」

 うわあ、の言い方にトゲがあったような気がする。噂の通りってどういうことだと思っていると、まるで心を見透かしたかのように上崎が続きを補った。

 「噂通りっていうのは、顔はいかついし見た目不良っぽいけどチビで、喧嘩ばっかしてるけど意外と真面目に学校に通ってる不良らしからぬ面がある残念でチビな不良ってことだよ」

 「チビチビ言うなチビ」

 「そっちこそチビって言うな」

 俺と上崎が睨み合っていると、澪太がまあまあと間にわってはいった。仕方なく睨むのをやめて、無理矢理ながら場をおさめようと試みる。

 「じゃあな、上崎さん。牛乳たくさん飲んで大きくなるんだぞ」

 と、言い終わるか言い終わらないかのうちに素早く間合いをつめた上崎に腕を掴まれた。昨日より幾分か弱い力だが、それにしてもなかなかの怪力だ。背伸びをして耳元で囁かれる。

 「昨日は逃がしちゃったけど、今日は逃がさないよー?さあ、一緒に裏風紀委員会を作ろうよ」

 「いやだから、俺はパスなんだって!」

 しかし上崎は腕を握る力を強めると猫目を爛々と光らせて睨んできた。

 「ほんとにほんとに、絶対入ってくれない?」

 ……困った。非常に困った。

 俺は基本的に年下は可愛がりたいタイプだ。相手は見た目は小学生のちびっ子といった感じだし、なんとも困らせると良心らしきものが痛む。実は昨日家に帰ってからもずっと思っていた。が、しかし、三年生として呑気に部活楽しーわーいとかやっている場合でもない気がする。

 いやでも待てよ。俺は考える。澪太を見ていると、受験何それ美味しいの?という心構えである。そんな奴がいるくらいだ、引退する夏辺りまで高校生活最後の足掻きでもしてみるか?高校が部活に入らなかったしょっぱい青春時代みたいにならないように、最後だけでもやってみたら意外と楽しいのか?

 それは本気の葛藤であった。こればっかりは周りに流されてはいけないものだ。そこで俺は取りあえずの妥協点を見いだした。

 「じゃあ、取りあえず仮入部ってことで」

 「へ?」

 「裏風紀委員なんて得体の知れない部活にいきなり入るのは気がひけるから、取りあえずお試し期間をくれよ、な!?」

 「……仮入部、か」

 上崎は俯いて暫し考え込んでいたが、不意に顔をあげるとキラキラした笑顔で頷いた。

 「うんっ、いいよそれで」

 俺もホッと胸をなでおろした。仮入部にしておけばいつでも姿を消せるし、それに取りあえずは上崎を満足させることができる。

 上崎は俺の腕を放して、連れの少女達の元へと駆けて戻る。亜麻色のショートカットの髪がふわりと悪戯っ子のように揺れた。

 「じゃあね、シゲやん!」

 振り向きざまに手を振られ、咄嗟に手を振り返した。その後、こちらを振り返ることはなくすぐに背中は小さくなっていった。

 「しーげーきーくぅーん?」

 ぼんやりしていると、澪太がねちっこい声とともに頭を小突いてきた。

 「いてーよ、何すんだ!」

 「あの小さな可愛い子は知り合いですかー?いつからロリコンになったんですかー?コソコソ何話してたんですかー?」

 「澪太ってカッコいいよなって話してたんだよ」

 「なるほど」

 澪太にはこれを言えば何でも誤魔化せる。本当にいい友人を持った。

 納得して黙ってしまった澪太の隣で、俺は一人、わくわくを噛みしめていた。



* * * *


 健康診断の日から一週間がたった。意外なことに、その間上崎からの干渉はなかった。てっきり毎日部活がどうのと付きまとってくると思っていたが、向こうも向こうで忙しいのだろう。なんといっても奴は新入生らしいのだ。まずは学校に慣れることで精一杯だろう。

 俺はその日、早速始まった授業に顔をやつれさせて昼食の時間を迎えていた。友人たちは先に食堂に行って席をとってくれている。俺はスクールバックの中からニセブランドの長財布を取り出し、一階の食堂に向かった。

 食堂は購買部の隣にあり、昇降口の反対側に位置している。昼休みになると、ここら一帯は酷く混む。特に購買部は美味しいと評判のパンを買いにくる輩でひしめき合っていた。むさ苦しい男達がパンに群がる様を哀れんで通り過ぎようとしたとき、見覚えのあるナイトキャップが見えた。視線を落とすと、腰に日本刀を下げているのも確認出来た。

 上崎だ。背が低いくせに一生懸命人混みをかき分けて目当てのパンに手を伸ばしている。自分よりずっと背の高い男子達の中で、ヤツは負けじと頑張っていた。

 俺は食堂にむきかかっていた足を、静かに購買部へと向けなおした。ずんずん進み、背の高いバスケ部の連中に混じってパンの並ぶカゴへと手を伸ばす。子供のように小さい手が狙いをつけていたあんぱんを、色んな腕に邪魔されながらもつかみ取った。

 「あー……」

 小さな手の持ち主は残念そうな声をあげ、手を引っ込めた。俺は、そいつに向けてニヤリと不敵な笑みを投げかけた。すると、一拍の間をおいて飴玉を転がすような楽しげな声が響いた。

 「あ、シゲやん!」


 屋上で昼飯を食いたいと主張する上崎に、屋上は鍵がかかっていて使えないと教えてやると、渋々といった様子で桜並木を指定してきた。

 食堂で席をとっていた連中に断りをいれて、桜並木へと向かう。一番日当たりがいいのは校舎から体育館へ続く桜並木だということで、そこにレジャーシートを敷いて座る。レジャーシートは上崎が持参したものだ。

 「シゲやんと合流できて良かったよ、話したいことがあったんだ」

 上崎は紙パックの牛乳をストローでちゅーっとすすりながら微笑んだ。俺もビンの牛乳の栓を開け、一気に飲み下してから問う。

 「ん、話したいことって?」

 「裏風紀委員会のことなんだけどさ、」

 言葉とともにA4サイズの紙がシートの上にに置かれた。

 「この書類を学校に提出してオーケーが出ないと部活として成立しないんだって。この一週間、部活をどうやって立ち上げるかってことから調べなきゃいけなくて中々手こずったよ」

 書類にざっと目を通すと、顧問、部長、副部長を記入する欄の他に、部長の名前を書く欄があった。注意事項の部分に、全学年の部員がいることを条件とすると明記されている。

 となると、二年生の部員を探さなくてはならない。上崎も思うことは同じだったらしく、ナイトキャップからのぞく前髪をいじりながら、ほんの少し顔をしかめた。

 「部長はシナで、副部長をシゲやんにする。そしたら、後は二年生部員と顧問を補充しなきゃ」

 「顧問ならやってくれそうな人の心当たりがあるぜ」

 「ほんと!じゃあ、二年生部員の勧誘さえうまくいけば、部活始動だね」

 上崎は朗らかに笑い、「じゃあご飯食べよ」と俺がとってやったあんぱんに手をかけた。

 背の低い俺たちには購買部は鬼門だったため、ろくなパンは買えなかったが腹も減ったしランチタイムとする。

 俺は油揚げパンなるものを手にし、試しに一口食べてみた。

 ……美味しくはないが不味くもない絶妙な味、だ。

 上崎は美味しそうにあんぱんを頬張っている。真ん中に桜の塩漬けがついているのが何とも古風で美味しそうだ。

 桜の花びらが散る中、俺たちはグダグダ話しながらパンを食べ続けた。

 裏風紀委員会仮入部副部長の最初の仕事は、メンバー集めに決定した。


 「そういえば、シゲやんは身長いくつなの?」

 パンを食べ終え、二つ目の牛乳パックを手に取った上崎が小首を傾げて問いかけてきた。

 俺も二本目の牛乳ビンの栓をあけ、そっぽを向いて答える。

 「……160センチ」

 「わ、小さいっ!」

 「俺より背が小さいやつなんてこの世にたくさんいる!それに身長が低くても心がデカければノープロブレムだろ!138センチのくせにっ」

 「160センチのくせにっ」

 暫しにらみあったが、二人の間に桜の花びらが舞い落ちたのをはずみに、お互い視線を外す。チビ同士の罵り合いは惨めなだけだ。牛乳を一口飲んで落ち着こうと試みる。

 上崎も同じ考えなのか、ちゅるるーとストローで牛乳をすすり始めた。そして中を全て飲み終わるころに、ストローから口を離して俺に向き直った。

 「決めた」

 風が吹き、花びらが更に舞い上がる。

 「裏風紀委員会は、裏部活の取り締まりをするいわばクレイマー」

 「クレイマーって、おい」

 「その中の部長と副部長のシナとシゲやんは、リトル・クレイマーを名乗ろう!チビ同士仲良くやろうよ」

 リトルってチビとはなんか違くねと言いかけたが、英語の成績に自信のない俺は黙っておくことにした。いやしかし、リトル・クレイマーだなんて絶対名乗りたくない。


 「リトル・クレイマー、今ここに裏風紀委員会を作ることを誓ーう!」


 ……ほんと勘弁してくれ。



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