エイプリルちゃん
「お会計が502円になります」
唐揚げ弁当と野菜ジュースのバーコードをスキャンし、営業スマイルをサラリーマンに投げかける。
サラリーマンは出来るだけこちらを見ないように俯きながら財布の中から千円札を抜き取った。それを受け取り、レジからおつりを渡す。
「ありがとうございました、またおこしくださいませ!」
元気に言って、完璧な接客を終える。サラリーマンはひきつり笑顔で去っていった。すると、バックルームから店長が顔を出した。
「城島くん、もうあがっていいよ。今日は始業式だろ?」
壁にかけられた時計を見ると、針は八時になったことを告げていた。あと30分後には始業式が始まる。
「じゃ、お疲れ様っしたー」
残業代は出ないので、店長に挨拶してそそくさと退勤カードをスキャンし売場を後にした。
バックルームで家から持ってきていた高校の学ランに着替える。その間に店長からバイトへの連絡事項が掲示されているコルクボードに目を向ける。特に今月のクレームという欄を熱心に見つめる。
『きじまという店員に睨まれてとても嫌な気分になりました。ゆっくりと買い物が出来ません』
『高校生くらいの男の店員さんの顔が怖くて息子が泣きます。もうこの店には来ません』
『夕方や早朝バイトに入っている金髪の野郎がムカつく』
…………。
全部俺のことだ。
完璧な接客をしているつもりなのに、顔がいかついだの見た目が危険だので俺に対するクレームは毎月減らない。それでも「城島くんはいい子だから」と雇い続けてくれる店長には大感謝だ。店の損害になっているのにいいのか、とツッコミたくはなるが。
今は金髪に近いこの茶髪も、いつかは黒く染め直して店長を感激させてやろう。…いつかは。今は取りあえず学校に遅れないように身支度を整える。最後にピアスをつけてバックルームを後にする。レジで接客をしている店長に会釈をして、暖かい日差しの中へと飛び出した。
俺の住む町は此野街ーーこのまちと読むーーといい、沿岸に位置する小さな町だ。東京まで一時間ちょっとで出ることが出来、割と様々な施設が充実しているいい雰囲気の町だが、あまり人口が増える気配はない。その代わりといってはなんだが、数多くの研究者たちが滞在にくる。
それもそのはずだ。此野街に生まれ住むものは、皆何かしらの不思議な“能力”を持つのだ。正確に言えば、触れたものに何かしらの力を関与させることの出来る能力、だ。つまり一度は触れなければ“能力”は使えない。更に、人それぞれ制約があるため、どんな時でも使えるスーパー能力なんてものは存在しない。
例えば俺の母さんは、水を操る能力を持っている。操るためには水に触れなければならない。ただし一度触れてしまえばずっと触れている必要はなく、しばらくの間触れないままに水を動かすことは出来る。制約として水とお湯以外は操れない。だからジュースを操ることは出来ない。
父さんは紙から物質を生成できる力を持っている。父さんが触れた紙は、ぬいぐるみにもなるしラジコンにもなる。はたまた日本刀にだってなる。強度も抜群だ。ただし、水に弱いという欠点と、食べものは生成できないという制約がある。このように何かを媒介にものを作る“能力”が一番多いらしい。
なぜ此野街の住人だけがこのよう力を手にしているのかという真相はまだ分かっていない。偉い学者は此野街には特有の電磁波が流れており、それが関係しているのではないかと述べているが、定かではない。確かに100年以上も前に工場爆発がおこった地帯なのであり得なくもないとは思う。
有力である電磁波説からとって、この不思議な力のことを一般的には“電子能力”と呼んでいる。略して“電能”だ。ネーミングセンスはないと思うが、まあ、覚えやすくはある。
そんなこんなで、不要とも必要ともつかない“能力”を持った連中ばかり溢れる此野街で平穏に暮らしている。
俺の通う此野街私立港南宮高校は、バイト先のコンビニから自転車で20分ほどの距離にある。早朝バイトを終えてから学校に行くのが日課となっている。
自転車の籠の中にスクールバックを無造作につめ、海岸沿いの道をひたすら走る。朝の海岸にはジョギングをしている人や犬の散歩をしにきた人ぐらいしか見当たらない。この穏やかな景色を毎朝見る生活も、あと一年をきった。今日から高校三年生になるのだ。一年生の時のように、4月というだけで胸が踊ったりはしない。俺を待つ高校三年ライフなんて、ただの受験一色だろう、きっと。
片手でハンドルを握りながらペダルをこぎ続けていると、前方に五人ほど男子生徒が仁王立ちしているのが目に入った。行く手を阻むように道いっぱいに広がって、こちらを睨みつけている。
「城島茂樹ィー!!てめえコラ、今日こそ這いつくばわせてやるぜ畜生!」
五人の中で一番背の高い醤油顔の男が、声高々にありがちな喧嘩の売り文句を叫ぶ。それに呼応するかのように、他の四人も口々に「チャリおりろやコラァ!」だの「睨んでんじゃねーぞおい!」だの暴言を吐いてきた。
仕方ないので言われた通りに自転車を道の脇に止め、五人の前に立つ。醤油顔の奴は俺より20センチ以上背が高かった。いや、下手したら30センチ近く身長差があるかもしれない。
醤油顔は馬鹿にしたように口角をあげた。
「近くで見るとほんとちっせー男だな」
それくらい自分で自覚している。男のくせに160センチしかないことも、それがこの強面とマッチしていないことも、全部自分で分かっている。だが、分かっているからといって、腹が立たないわけではないのだ。
「……言いたいことはそれだけか?」
それだけ言うと、目の前にたつ醤油顔の腹部めがけて拳を突きだした。
醤油顔は咄嗟のことに僅かに反応が遅れたが、何とか半歩下がって直撃を免れた。拳はわき腹をかする程度に留まった。
それを合図に他四人も一斉に襲いかかってきた。五人をいっぺんに相手するのは中々面倒くさいが、売られた喧嘩は買うのがモットーだ。気合いをいれて拳を握ったところで、一人が助走をつけて跳び蹴りをかましてきた。
「おお!?ずいぶん派手なことかましてくるな!」
跳び蹴りを横に飛んで避けつつ、近くまできていた醤油顔の膝めがけて蹴りをはなつ。当然醤油顔は避けようと後ろにさがるーーーそこを狙って更に一歩踏みだし学ランの胸ぐらを掴みあげながら顔面に頭突きをおみまいする。
ガゴンッ!
凄まじい音とともに、鼻血をだした醤油顔が後方に倒れていく。俺の石頭をなめてはいけない、拳よりも痛いはずだ。
大将格の醤油顔がやられたことで、他四人は明らかに動揺したようだ。顔を見合わせて小声でなにか作戦会議をしている。
俺は余裕顔でその光景を見つめていた。こんな奴らに電能を使うことないな、と思いながら。未だ高校生になってから人には見せていない本気。港南宮高校の奴らは俺の本気を引き出そうと毎日毎日喧嘩を売ってくる。喧嘩は買うわ顔がいかついわ少し血の気が多いわで、入学当初から不良認定され平穏な不良ライフをおくってきたが、背が低いというそれだけの理由で『残念不良』と称される始末。俺より強い奴なんてたくさんいるはずなんだから、他のやつに喧嘩売れよと言いたくなる。
四人が一斉にこちらに向き直った。親の敵のような形相で睨んでくる。どうやら戦闘再開らしい。
手始めに四人の内でもっとも横幅の広い男子生徒をボコすか、と狙いを定め、一歩踏み出した。すると、
「今日のところは見逃してやるよ、チビっ!」
能面みたいな顔をしたヒョロ男が、スクールバックの中からおもむろにレジャーシートを取り出し地面にたたきつけた。その上に他の三人が座り、のびている醤油顔リーダーも引っ張ってきてどうにかシートの上に横たえさせている。
お弁当タイムかよ遠足したかったのかお前らー!と心の中でツッコミをいれたが、どうやら違うらしい。能面顔が片膝をつき、レジャーシートに手のひらをつけている。どう見ても電能を使おうとしているようにしか見えない。この場で奇襲をしかけてもいいのだが、そこまでして雑魚と喧嘩したいとは思わない。そこで俺は手は出さずに優しい目で見守ることにした。
数秒後、レジャーシートがふわりと舞い上がった。薬屋のおまけでタダで貰いましたみたいな安っぽくて謎なキャラクターがプリントされたシートだ。その上に仁王立ちした能面が、得意顔で見下ろしてくる。
「これが俺の電能だ。その名も、『浮遊太郎』……!つか睨んでんじゃねーよ、ばーかっ」
能力名がダサすぎるがあえて触れない。問題なのは俺の優しげな視線を睨んでいると評したところだ。今すぐ引きずりおろして殴りたくなってきた。
しかし能面は更に高度を上げると、魔法の絨毯のように優雅に飛び去っていった。「覚えてやがれ」と捨て台詞を残して。
「……あー、今日も平穏な朝だ」
馬鹿馬鹿しすぎた朝の喧嘩(?)に一気に脱力し、思わずつぶやく。しかしそうこうしているうちに、始業式の時間は近付いている。右腕についた腕時計を見ると、長い針が3と4の間を指していた。急がなくては遅刻してしまう。
俺は脇にとめておいた自転車に飛び乗ると、思いっきり地面を蹴ってからペダルを漕ぎだした。
* * * *
二年から三年にあがるさい、クラス替えはない。二年のクラスがそのまま三年にも反映ふるのだ。つまり始業式のお楽しみであるクラス替え発表がない。それは即ち、わざわざ始業式だけのために学校にくる必要がなかったということにつながる。
体育館に集められて校長の長い話を聞いたのも無駄だった。必死に自転車をこいで太ももがパンパンになったのも無駄だった。担任に「今年こそは物理で赤点はやめてね」と言われたのも無駄だ。とにかく、始業式にくる必要なんてこれっぽっちもなかったのだ!クラス替え発表がないということさえ覚えていれば、わざわざ学校になんて来なかっただろう。
しかし来てしまったからにはサボるわけにはいかないと思い、何とか始業式やホームルームを耐え抜いた。久々に会うクラスメートは俺の不機嫌そうな顔を見てニヤニヤしていた。こいつらは俺のことを不良だと恐がったりせずに、やーい残念不良!とからかってくるタイプばかりだ。恐がられるよりは、からかわれる方がまだいいし、皆いい奴だと思う。が、今日は面倒くさいので適当にあしらっておいた。
帰りのホームルームが終わると、一番乗りで教室を後にする。教室は二階にあるので、昇降口は階段を降りてすぐだ。早く帰って何かするわけではないが、学校にいてもする事がないのでさっさと帰るのが吉だ。
上履きから革靴に履き替えて、桜の花びらが舞う道を歩き出す。この学校はいたるところに桜が植えてあり、春はそれはそれは美しい学校と化す。ちなみに冬になると、ただのみすぼらしい学校にしか見えなくなる。
そんな桜吹雪の中を正門目指して歩いていく。正門の手前には駐輪場があり、自転車通学者の自転車がきちんと並んで置いてある。自転車の鍵をポケットからだし、自分の自転車の元まで歩み寄ろうと一歩踏みだし、そこに頭上から大声を浴びせかけられた。
「きーじましーげきぃぃ!!勝負を申し込ーむっ!!!」
反射的に振り返ると、後方の桜の木の枝の上に、セーラー服を着た少女が仁王立ちしていた。なぜか頭にはナイトキャップを被っている。
「だ、誰だお前」
思わず動揺した声がもれた。
「上崎志奈」
短い言葉とともに、少女は木の枝を蹴りあげ宙を舞った。そして落下する速度を緩めないままに、俺の脳天めがけて踵落としをしかけてきた。咄嗟に両腕で頭を庇い、攻撃を受け止める。腕に凄まじい衝撃が走り、一拍遅れてジーンとした痺れが襲ってきた。
上崎と名乗った少女は俺の腕を踏み台にしてもう一度空に跳びあがると、空中で一回転しながら俺の後ろにおりたった。背中をとられてはいけないと振り返った直後、わき腹に狙いを定めた鋭い突きが放たれた。今度は身を捩ってかわし、カウンターとして相手の足を払いにかかった。しかし上崎は少しも動揺した様子を見せず、軽く後ろにとんで体勢を立て直した。
戦闘慣れしているのか、セーラー服の少女の動きには隙がない。今まで喧嘩してきた雑魚とは比べものにならない身体能力だ。少女の蹴りがあんなに重いものだとは思わなかった。だが、売られた喧嘩は買わないわけにはいかない。そして、買った喧嘩で負けてはいけない。俺は二人の距離を縮めようと一直線に走り出す。上崎も同じように一直線に向かってくる。
俺は右手を肩口めがけて突き出した。上崎はそれを屈んで避けるとその勢いを殺さずスライディングで突っ込んできた。コンクリートの上でスライディングとは、痛そうなことをする。感心している間もなく二人の足がもつれあい、俺はバランスが保てずに倒れ込んだ。するとすかさず上崎が馬乗りになってきた。顔面めがけて右拳をはなつ。至近距離の攻撃に一瞬反応が遅れたが、どうにか手首を掴んで止める。動きを封じられた相手は何とか俺の手を引き剥がそうと、あいている左手で首めがけて容赦のない手刀を振り下ろしてきた。
当たったらヤバいという直感のままに腰を浮かせ、馬乗りになっている少女の背中に両膝を打ちつけた。手刀が狙いからそれて俺の首から僅かにそれた地面に直撃する。その隙を狙い、バランスを崩して前傾姿勢になった相手の額めがけて思い切り頭突きをかました。鈍い音がこだましたところで、相手を突き放すようにして飛び起きる。上崎は尻餅をついて額を押さえた。俺は追加攻撃はせずに、数歩分後ろへさがり、向こうの出方をうかがう。
上崎は額を撫でつけながら、意外とあっさり起き上がった。
「……なるほど、噂だけじゃないんだね。ほんとに、おチビな残念不良だ」
そう言うと、セーラー服の背中から長い棒を抜き出した。黒光りするそれは、どうやら鞘のようだった。
「いざ真剣に、勝負!」
相手が鞘に手をかけた。目映い光が漏れる。何かと思ったら、それは日本刀だった。ぎらりと光った刀身は、どこから見ても当たったら痛い程度ではすまない鋭利さだ。
「それがお前の電能か」
俺はベルトに手をかけた。別にこれから脱ごうと思っているわけではない。ベルトには合計で六本程度の手芸針が差し込まれているのだ。両手に二本ずつ針をおさめ、前方に立つ少女を睨む。
いざ向かいあってみると、相手はかなり小さいように思えた。背の低い俺よりも更に30センチほど小さく見える。いくら女子といえど、さすがに身長低すぎやしないかと思わず二度見した。と、次の瞬間すでに上崎は地を蹴っていた。
小柄な体躯を駆使して弾丸のような速さで駆けてくると、腹に向けて刀の腹を叩き込んできた。すんでのところで後ろに跳んで避けると、引き抜いておいた手芸針を一度緩い力で握る。
「いけ、『毒姫』!」
手の中の針が、一本30センチほどの鋼鉄製の針へと変化する。これが俺の電能『毒姫』だ。それをそのまま上崎の足元めがけて投げつける。
「なんのっ!」
しかし上崎は動じもせずに刀で針を跳ね返してきた。
俺は緊張を解かないままに、まっすぐに上崎を睨む。そのまま次の攻撃を待つ。いつでも手芸針を鋼鉄針に生成できるように構える。
上崎は日本刀を構えていたが、暫くして刀を鞘におさめた。
「人、集まってきちゃったね」
その言葉に辺りを見渡すと、下校する生徒たちが俺たちをチラチラと見ている。なるほど、これだけ派手にやっていたら注目されても仕方ないだろう。
俺も針をベルトに刺し戻す。
上崎は子供っぽく笑って、
「ね、一緒に裏風紀委員会を作ろうよ!」
意味不明なことを言ってきた。
* * * *
下校中の生徒たちの視線を鬱陶しく思ったのか、上崎は俺の手を引いて大股で歩き出した。背中にいくつもの視線が突き刺さり、好奇に満ちた内緒話がかすかに聞こえてきた。
「おい、ちょっと!裏風紀委員ってなんだ、意味わかんねーんだけどっ」
桜並木を抜けていく経路からいって、どうやら体育館裏に向かっているらしい。正門から校舎、校舎から体育館に向かう道は桜並木になっているのだ。
上崎は俺の手首を掴んだまま、振り向きもせずに答える。
「まあまあ、これから全部話すよ」
背中を向けられた状態なので表情は分からなかったが、楽しそうに笑っているように思えた。
手首を握る力はかなり強かったが、振りきろうと思えば振りきれそうだった。しかし、なぜかそれが出来なかった。
いきなり喧嘩を売られた理由が気になったからか、それとも裏風紀委員なんてわけの分からないものの存在が気になったのか、はたまた別の理由か。自分のことなのに分からなかった。ただ一つ分かるのは、この状況下で、俺はーーーわくわくしていた。
「もう4月なんだよねー」
上崎の言葉に、俺も小さく頷いた。
始業式の日とはいえ、運動部は早速部活が始まる。バスケのユニフォームに着替えた生徒たちが慌ただしげに横を通り抜けていった。 顔を上げて見ると、体育館はもうすぐそこだった。右手には水泳部が練習する用の温水プールの建物が設置されている。体育館前にはバレー部の連中が集まっていたため、プールの建物を迂回するルートで体育館裏を目指す。
ベタな呼び出し場所ではあるが、体育館裏には誰もいなかった。桜並木の華やかな校舎側とは違い、名前も分からない地味な木が何本か植えられているだけの質素な空間だった。俺は木の幹に背中を預けて座り、上崎は向かい合うようにして体育館の壁に寄りかかった。
俺は睨みをきかせながらぶっきらぼうに問う。
「さて、じゃあまず、なんでいきなり喧嘩をふっかけてきたか話してもらおうか」
「あははっ、シゲやん強いって評判だったから」
「誰がシゲやんだ!つか笑うな!」
「シナは裏風紀委員会っていうのを立ち上げたかったから、強い人を捜してるの」
上崎は大きな猫目を細め、口元に笑みを浮かべて空をふりあおいだ。
「……その裏風紀委員ってなんなんだよ」
先ほどから気になっていた疑問を投げかけると、相手は嬉しそうに胸をはった。
「シナが考えたんだよ!風紀委員っていうのは、服装検査とか持ち物検査とかをして、表の学校を取り締まるでしょ?でも、裏の学校を取り締まる人が誰もいなかったから、そういうグループを作ろうと思って」
「裏の学校……って、裏部活のことか」
「そう」
我が港南宮高校には、表部活と裏部活が存在する。表部活は正式な部活として学校に認定されているが、裏部活は表向きには「焼き物愛好会」という名称にしておきながら活動は不良狩り、といったような到底学校が許すような内容ではないことをする集まりだ。しかし、表部活と裏部活の判断は難しい。裏部活は自分たちが裏部活だということをバレないように行動するからだ。数多くの部活や同好会の中で何が裏部活なのかは中々分からない。
そして、なにより裏部活を見つけても、誰もが見てみぬふりをするのが今の現状だ。裏部活の奴らは何をしてくるか分からないため、皆怖がって放置しているのだ。そのせいで裏部活の勢力がだんだんとつきつつある。
上崎は裏の世界を取り締まるための風紀委員を設立したいと主張しているのだ。確かに今までそういう案は出てこなかった。
「その考えは立派だと思うぜ?けど、委員会ってやつは6月の生徒会会議のときに設立案を出さなきゃいけなかったはずだ。その時に却下されるかもしんねーし、お前以外の奴が委員長やりたいとか言い出すかもしれないだろ、いいのか?」
「それは愚問だよ、シゲやん。裏部活を取り締まるための風紀委員なんだから、裏部活として活動しなきゃ意味ないでしょー?裏風紀委員会という名の部活を設立するんだよ。表向きには風紀委員会同好会ってことで。委員会という名の部活とかカッコイーじゃん!」
返ってきた答えに思わず絶句した。こいつは裏部活を成敗する名目で自分も裏部活をたちあげようとしている!
「裏部活をたちあげるってことかよ!?お前、それいいの!?」
しかし上崎は自信に満ちあふれたキラキラ顔で大きく頷くだけで、裏部活に入っていることがバレたら教師には睨まれるわ悪くすれば退学だのなんだのが待ち受けているかもということは頭にないようだった。
心底呆れた。ここは丁重にお断りしておいた方が良さそうだ。
「俺はそんなわけのわからない部活には入らない。つーか、三年生になって部活に入るとかアホだろ、受験勉強しろよって話だろっ」
今までも無難に帰宅部で、無難な残念不良で、無難で平穏な日々を送ってきた。それを崩してまで裏風紀委員に入るメリットはどこにもないはずだ。しかし、少しだけ胸の底が重くなった気がした。
「裏部活の人って、強い人たくさんいるらしいね」
俺の言葉を無視して上崎は話し始めた。
「シゲやんは今まで色んな不良と喧嘩して、電能を使わずに勝ってきたんだってね。でも、その中に裏部活で動いてる人間っていなかったんじゃないかな」
「…………」
確かにそうだろう。今まで俺が相手してきた連中は、不良ではあったがまだ表の人間だった。裏でこっそり悪さをするような未知の世界に生きる野郎はいなかったように思う。
「せっかく強いなら、思いきりその力をぶつけないと勿体ないよ。シゲやんが電能使わないとかなわないような奴らが、この学校にはたくさんいるんだよ」
「俺は別に、自分の強さを試したいとかそういうわけじゃねーんだけど……出来れば平穏に生きたいし」
体育館の中から、バレー部が練習している声が聞こえてきた。クラスのバレー部の面子を思い出し、頑張ってるなぁとぼんやり考えた。上崎に視線を戻すと、相変わらず口元には笑みが浮かんでいた。俺は木の幹に体重を預けながら息をついた。
「そもそも、お前は何で裏風紀委員なんて作ろうと思ったんだ?」
正義感がどうのという回答を予想していたが、予想外の言葉が返ってきた。
「強くなりたいから」
顔は笑っていなかった。口元をきりりと結び遠くを睨むようにして上崎は立っていた。なおも質問を重ねることは許さないといったように。
次の瞬間、上崎が地を蹴った。風のように素早く駆けてくると、右手を俺に向けて振り抜いた。
ズバシィッ!と凄まじい音をたてて幹を日本刀が貫いた。右頬すれすれのところだった。
早すぎて反応が出来なかった。正門で襲われた時よりも、ずっと危険な攻撃だった。上崎は日本刀を幹にさした格好のまま微動だにしない。俯いた顔から表情はうかがえないが、微笑んでいる様子はない。
暫く二人は静止していた。俺も上崎もどちらも動こうとしなかった。俺は黙ったまま、ずっと考えていた。
上崎は俺より強い、と思う。先ほどの一撃はわざと外したのであって、当てようと思えば喉を一突きすることも簡単だっただろう。上崎はなぜこんな行動をとったのだろう。自分の方が強いアピールか?そうだとしたら、なんて性格の悪いやつだ。
しかし、あいつは俺の実力を評価しているようだ。その上で俺とともに部活を作ることを望んでいる。歓迎してもいいことな気もするのだ。
考えていると、上から震える声が落ちてきた。
「シゲやん……これどうすればいい?」
見ると上崎が困り顔で見つめてきていた。長い睫毛が躊躇いがちに震えている。
何のこっちゃと思って視線をたどると、俺の右頬すれすれのところで毛虫が日本刀によって幹に縫い止められ、もがいていた。無数の足をばたつかせて。
「ぎゃーーー!!!」
思わず悲鳴をあげて立ち上がる。
そして何も考えずに毛虫と上崎に背を向けて全速力でダッシュした。
「わあああっ、シゲやんの裏切り者っ!シナが日本刀で止めなければ、シゲやんの足に毛虫がダイブするところだったんだよ!置いてかないでーっ!」
背中から聞こえてきた上崎の声もだんだんと遠くなる。気がつけば正門まで戻ってきていた。後ろを見ても追いかけてくる気配はない。そこでようやく一息ついた。
上崎はどうやってあの毛虫を処理するのだろうか。気の毒だが、俺には何もしてあげられない。裏風紀委員のこともそうだ。俺は何もしてあげられない。
正門の外へと一歩踏み出す。春めかしい花の匂いが漂ってくる。俺はひたすら歩いた。胸の内のわだかまりに気付かないふりをして。
「きーみのためにー生きることなんてー出来やしないと知ったー4月のあの日ー」
中学の頃、バンドで作った曲を下手くそな音程で歌いながら帰る。
「だーけど本当はーきみのためにー生きていたいんだー4月のぼくらぁー」
桜の花びらが風に舞って、俺の右頬をかすめていった。