婚約破棄? わたくしのかわいい使い魔(ゴリラ)の出番ですわね!
「リアーナ、お前との婚約を破棄する!」
婚約者のディアゴが高らかに宣言したのは、わたくしへの婚約破棄でした。
時は卒業記念パーティー。今年成人を迎えた学生たちが、この日までに解禁されたワインを手になごやかに談笑する場です。
学園生活での思い出、これからの展望、そしていつも通りのくだらない話。
先程までにぎやかだった会場が、一気に静まりました。
「なぜでしょうか」
下町では人気だという貴族社会を舞台にした恋愛物語。その一幕のような場面に、会場全体の注目が集まっているのが感じられます。
「お前の職業が【テイマー】だからに決まっているだろう」
わたくしはやっぱりか、と息を吐きました。
この世に生きとし生ける人間はすべからく、儀式によって未来を定められています。
それぞれに職業が割り振られる【職業選択の儀】でわたくしに与えられたのは、下位職業である【テイマー】でした。下位職業とは、よくある誰にでもできる職業。貴族的には上位職業の方が圧倒的に好まれます。
もっとも、最近は職業による差別をなくす風潮が強いのですが……。
わたくしが黙り込んでいるのを好機と捉えたのか、ディアゴは饒舌になりました。
「下位職業ごときが俺と結婚するだなんて虫唾が走る。
第一お前の使い魔さえ見たことがない。どうせ虫けらみたいなやつだろうがな」
わたくしのことを完全に見下すディアゴ。そんな彼の役職は【勇者】です。わぁ、貴族っぽい。
よくテイムされる動物といえば、ウサギや猫などの小動物、インコやフクロウといった鳥類が多いです。虫けらなんかなんて、言わないでくださいませ。
「【テイマー】だからなんなんですか。わたくしの使い魔を見たこともないくせに」
ぼそっと小さく吐き捨て──たつもりだったのですが、どうやら聞こえてしまったようです。
ディアゴが一気に逆上してきました。
「【勇者】に向かってなんだその言い草は! これだから【テイマー】ごときは⋯⋯。調子に乗るんじゃない、自信があるなら俺に見せてみろ、【テイマー】様の素晴らしい使い魔をな!」
口元を醜く歪ませ、ディアゴが唾を吐きました。
なんと非常識な。俺でなきゃ見逃してやらないね。少なくとも一発入れたい。
神の采配次第ではあなたが【テイマー】になる可能性もあったんですよ、と思いつつわたくしは左手の小指をぴんと立てました。
「会わせてあげましょう、そんなにも言うのなら。
──アディ、我が名のもとにいでよ」
左隣に濃い霧が出来て、だんだんと薄れていきます。
完全に霧が晴れ、わたくしの使い魔の姿が現れたとき、ホールが一気にどよめきます。
「ウホッ」
力強い体躯。権威を示すシルバーバック。そして、純粋でつぶらな漆黒の瞳。
「アディ、今日も本当にかわいいわ」
毎日かわいらしい姿が見られるなんて、【テイマー】で良かった!
心底、神の采配に感謝です。
「リアーナ……なんだ、それは。ゴリラか? なぜホールにゴリラが……」
ディアゴが打って変わって震えた声で呟きました。わたくしへの問いかけの形にはなっています。起きていることが理解できないのでしょう。
まぁ、逐一教えて差し上げる義理もありませんが。
わたくしはふふんと胸を張って、アディのかわいさを熱弁します。
「見ての通り、わたくしの使い魔、ゴリラのアディですわ。
見てくださいませ! このツヤのある毛を。背中側が白いでしょう? これはゴリラの集団の中で強き者の証しなのです。
顔も愛らしいわ。こんなにも大きな見た目をしているのに、瞳はつぶらでかわいいんですもの。
それに、仕草もかわいいのです。アディ、皆さまにドラミングを見せてさしあげて」
皆が呆気にとられている間に、全員をアディの魅力の虜にするのです。わたくしは固い決意のもと、アディに彼の十八番、ドラミングをしてほしいとお願いしました。
アディはわたくしの言葉を聞いて一度頷きました。それから、
ドドドドドドッ!
猛烈な勢いで自分の胸を拳で叩くっ!
この! この仕草と音がたまらないっ!
思わず感激して、私もアディのように自分の胸をたたきます。
「アディ、素晴らしいわ! 皆さまもご一緒に!」
ドドドドドドッ!
ホールにはわたくしとアディがドラミングをする音が響き渡ります。
本当ならホールにいる全員でやりたいところなのですが、硬直状態から動かない方ばかりです。
……なぜでしょう。こんなにも楽しいのに。
相棒であるアディと同じ動作ができるということが、まず大きな喜びなのです。あぁ、【テイマー】で良かった!
腕に疲労を感じて、わたくしは一度動きを止めました。びしっと回れ右をして、ディアゴの目をじっと見据えます。
「とにかく、婚約破棄でしたよね。破棄という形にしたいならば、ウチのアディと戦ってください」
「な、なぜだ! お前の使い魔は今関係ないだろう」
わたくしはこてりと首をかしげました。
「関係大アリですよ。わたくしが【テイマー】で弱いから婚約破棄をするのでしょう? ならば、【テイマー】が弱いと証明してくださいませ。ディアゴ様、自らの手で」
「ぐぬぅ⋯⋯」
アディが弱いなんて、戯言を言い出したのはそちらのほうですよね?
わたくしはにっこりと微笑んで、ディアゴとアディの戦いを心待ちにします。
「どうされるのですか? 【勇者】様」
【勇者】とは、勇気ある者。
ゴリラなど、大した相手ではありませんよね?
「あ、あぁ⋯⋯ゴリラなど、俺の相手ではない」
「ならば、戦ってくださいませ」
ディアゴは、アディの前に立ちました。
「ディアゴ様、膝が震えていますが⋯⋯」
あんまり「アディがディアゴを叩きのめした」のような悪い噂は立ってほしくないのですが⋯⋯。
「そ、そんなわけがないだろう! ゴリラ、こっちこい!」
アディがずしんと一歩踏み出した、その瞬間。
「ぎぃぃやあああぁぁぁ! ごめんなさいゴリラの相手は俺なんかではないから一生リアーナとゴリラで仲良くしていてくれ!」
アディの迫力に圧倒されたディアゴは、一息でよくもと思う文量を残して去っていきました。
⋯⋯おトイレでしょうか。
「ねぇアディ、わたくしの婚約者様は、一生わたくしとアディで仲良くしていていいとおっしゃいましたわ」
「ウホウホ」
ふと思い立ってアディに話しかけると、アディも同意するように返してくれました。
「それならば、わたくしたちは二人で隠居でもしましょうか」
***
しばらく経って、わたくしたちは、山の奥に二人だけの屋敷を立てて慎ましく暮らすようになりました。
もう、周りの目を気にしなければならない環境にはうんざりなのです。
ディアゴは【勇者】にも関わらず、人前で怖気づいたことや粗相したことで評判がだだ下がりだとか。
やはり、期待される職業が良いかどうかは考えものですね。
「アディ、今日は朝早く起きられたことだし、遠くの川へ水を汲みに行かない?」
「ウホ、ウホウホッ」
「ふふふ、アディだけでも行けるのは頼もしいわ。わたくしはアディと一緒に行きたいの。だめかしら?」
「ウホホッ、ウホッウホッ」
「やったあ。楽しみね」
わたくしとアディは、ずっとこうして幸せに暮らしていけそうです。
こんな愛しい人──ゴリラと出会えるなんて、やはり【テイマー】で良かった!




