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この作品には 〔ガールズラブ要素〕が含まれています。
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あと

作者: 明日咲霞苆
掲載日:2026/09/09

・・・

 苦味とは変なものだと思う。そもそもどれくらいの生き物が苦味を感じて忌避するのか分からないが。やはり苦味とは変なものだ。別に苦いのが嫌いなわけではない。だからと言って掻き込んで舐め回すものでもないと思う。ただなぜか人は嗜好品として嗜む。実に奇怪な生き物でこうしないと社会を回せない。

 この時間帯の公園は少し無法地帯だ。無法と言っても入り口の看板の火気厳禁と禁煙を破っているだけであって、まぁ国が違えばこの手にうちのハイボールも違反になるのだが。

 辺鄙な時間にも活動する生き物はいるが、とりわけ人間はよく分からない。かくいう私もおそらくよく分からない部類なのだろう。


「そこの御仁や」


まるで西洋に居そうな無精髭を生やしたモンペのおっさんが声をかけてくる。


「そこに腰を掛けてくれるな。ただの獣かもしれないが、その対価は高くつくぞ。」


「爺さんや、時間を見て寝て、そうしてから考えを、」


「ならぬものはならぬ。道理を解さぬものはいざ害す」


モンペのおっさんは胸元からドスを引き抜く。


・・・


友人のキタニは泣きじゃくりながらビールとコーヒーを両手に携えている。語り手となる私は、タバコを口に当てて泣きじゃくるキタニを冷笑している。キタニはどうやら追い出されたそうだ。よくある話、徒党の中に徒党を組めば恋やら恋慕やらが生まれてより充実を求めるサークルになっていく。まぁその居づらい空気感を今のうちに経験しておいて、会社でやらかさないようにできれば、それでいいと私は思う。そんな人間行動論を伝える前に泣きじゃくるもんだから冷笑してしまう。自分の顔を見てから言えよ、なんて口を割ったからこの人の涙腺は切れたのだ。少し冷たくし過ぎたと後悔している。


・・・


 朝が年々早くなる。耳は遠くなったはずなのに些細な音で目は冴えるし、いやに老眼なせいで遠くの若者の醜態ばかり見えてしまう。今も別に何か聞こえた訳ではない。ただなんとなく冷たくて明るい気がして、こんな夜更け、蛍光に光るアナログ時計は三時を示した。軽く顔を洗い、袈裟に着替えて、足袋に足を通す。ネクタイで首を絞めて生きるのも嫌いではないが、こう和服を纏い、背を伸ばす感覚も嫌いでない。玄関の戸まで行くと御幸さんが目を擦りながら、こちらを見ていたので、


「お前さんも一緒に行くか」

 

御幸さんは眠たげに返事をした。


・・・


 目の前の奴さんは葉巻を持ち、瓢箪らしき器で酒を啜っておる。斯様な墓地であれ、この暴挙は許すまい。卑賎な身であれど、爪はある。然して刺して挿すが、その刃は奴さんには通じない。首筋を薙いでもまるで煙のようである。羽虫の陰の中、揺れる奴さんは死神のように笑う。いじらしい匂いがする。


・・・


 御幸は泣いていてもただ冷やかに笑うだけだった。彼女の考えていることはなんとなくわかる。きっと組織論や行動論から考えて小馬鹿にしているのだろう。彼女の状況に対する推論は十分に行動を説明できてしまう。だから分かっていないのだ。何でコーヒーとビールを同時に飲むのか。勘違いで目が眩むから煙を私に吹かないで。


・・・


 生まれて目覚めたとき、目の前の初老はキタニだと感じた。そして色素の薄い世界で、特段色素のない私は早世するのだろうと感じた。当時でさえ凛々しかったキタニは性が変わり老いることで、さも小綺麗な作家といった感じだ。不覚にもこの美男に惚れてしまったようだ。

 この美男は悪癖か和服も着こなす。昔の彼女には、浴衣なんものは似合わないと一笑していたのに、今の彼が纏うと一生馬鹿にならない。私はこんなにも男に免疫がなかったのかと笑いたくなる。

 そうこうしていると、死にそうな気がした。私にできることといえば、彼の手に噛みついてパスツレラ症を引き起こし、一緒に輪廻に戻るくらいだ。もう形すらもない世界の中で、草木の深い眠りの匂いがする。暗闇の中、床のきしむ音がする。彼はまた深夜徘徊をするのだろうか。玄関まで回ると、彼が優しく声をかけてくれる。


・・・


 モンペのおじさんは獣のように目の前で爪を振りかざす。このおじさんは人ではなく哀れな地縛霊だ。私の目的はこのキタニという猫の墓を守る霊を昇天させることだ。別に誰かに説明されたわけでもないが、今回が最後の仕事で、これで次の一生が始まるようだ。

 別にそこまで食い意地を張りたい訳ではないが、せっかく支給された財布があるのだから、コンビニでタバコとハイボールを嗜み、このキタニ霊が満足するまでは見ていてやろうという、配慮である。タバコは適当に買ったがおそらく私が前世で好き好んでいたのだろう。

昇天自体は簡単だ。霊の事を理解すればいい。過去を解明して、生きてきた恥を目下に晒すのではなく共感して創作して理解という枠に押し込めればよい。きっと私の前世はそういったリアリストだったのだろう。一方で非効率ながらも指先を温めるためにもう一本タバコに火をつける。


・・・


 ぼんやりとマンションを背に公園のベンチに居る。御幸さんはゴロゴロと喉を鳴らしながら私の脚の中で丸くなる。あたりを見回すと、酒を両手に盛る長身と匂いを纏う少女、あとは生類憐みの令にゆかりのある石碑やらに腰かけるスーツの男と、そばで不貞腐れている老人がいる。

 あまり良い趣味ではないが、こうして深夜の公園で人を観察するのは楽しい。御幸さんの顎に触れると彼女はその手を両手で押さえてぺろぺろと愛でてくれる。雪のように綺麗な毛並みの中に確かな体温を感じる。そろそろかもしれない。そんな、いやな予感をかき消すように、遠くて近い公園を見渡す。


・・・


 飲み干した缶をキタニはペキペキと音を立てながらたわませては、延ばしている。こいつはコーヒーを飲んでいたからか、眠気が来ていないのだろう。私はそれなりに眠たい。訳の分からない夏のせいで忘れていたが、今は朝日を迎えるように北風が吹いている。もう二時間くらいぼんやりと過ごしている。キタニは泣いてからは何も話していないし、私はライターで遊んでは煙草の箱を眺めている。何を考えているのか。時折、泣きはらした目でこちらを覗いてくるが、何かを訴えているようでその真意はつかめない。彼女の眼は強い望みがあるようで、それまでは私には分からない。私はやはり冷たいのかもしれない。


・・・


 期待はしていないし、強く望んでもいない。ただ。これ以上があるかもしれないけど、これ未満にはならないで欲しい。彼女が幸せならそれでいいし、最悪、そこに私がいなくてもいい。

 モンペの眼は語る。そんな陶酔的な願望は叶う訳もなく、獣として殺された妻子の石碑を守っている。酷く単調で強い思いが琴線に触れる。


「ならアンタは、人ではなく化け猫なのか?」


 頭にフラッシュした様々な考えは声になることはなく、キタニ霊は薄くうなだれるように消えていった。白く濁った眼がよく記憶に残る。私もそろそろかもしれない。箱から一本取り出し、火をたく。やはり苦いのは嫌いだ。


・・・


 少し肌寒い朝日の中、キタニを連れて帰ろうとする。タバコが切れてしまったのと、ぞろぞろと人が動き始めたからだ。雑踏が公園に届き、その中にはカラフルなランドセルが見える。こんな煙臭い私はこの朝には似合わないのだろう。

 ぼんやりとしているキタニの腹をつくと、ニマニマしながら抱きついて胸で呼吸をする。彼女は彼女なりに考えているのだろう。ふと怖い夢を見たという。今はまだ幸せになれないし、幸せになれても続かない。一緒に居られるのが遠くなっている気がして。そういってまた泣きじゃくる。公園の嫌な気にあてられたのだろう。私は背の高いキタニを背負うようにして歩きだす。布越しに体温を感じる。

 公園の入り口には、


・・・


 公園の入り口では、少女が女性を背負いながら帰っていた。青春というべきか、モラトリアムに中てられたというべきか、雪のように冷たく重たい御幸さんはもう鳴いてもくれない。思えば、彼女は特段、向こうから触れていたわけでもないかもしれない。いつも私が願って、愛らしく私にかまってくれていたのかもしれない。気づけば少女たちの他にいた奇怪な人たちも消えていた。もう少しで草木の蒸散が始まり、地面に艶が生まれ、匂いたつ。日が私を温めてくれるまではここに居よう。


・・・


 公園の入り口は集合場所だった。いつもより早い時間、目がさえてしまったので少し早くに来ていた。今朝は思っていたよりも寒くてポケットが手のメインポジションである。立っていると変に底冷えしてしまう気がして、公園の中を歩く。背の高いお姉さんが背の低いお姉さんに引かれている。酔っているのか、軽く白目をむいている長身のお姉さんの顔はどことなくキタニ君に似ているような気がする。童顔のわりに三白眼のあたりよく似ていた気がする。凝視しないように横を抜けて、背丈ほどある石碑にスキップしながら向かう。彫られた文字は削れてしまい、幸や喜多のような字しか分からないが、ちょうどそこのベンチで休んでいる物知りなおじさんが、猫の家族の墓だとか言っていた。なんとなく手を合わせる。

ふと名前を呼ばれるような気がして振り返る。


・・・


 公園の入り口には、少年が立っており、こちらを見るなり駆けだしてきた。


「みゆちゃん、おはよぉぉぉー」


朝から元気な少年は女を背負う私の横を駆け抜け、公園の中へ駆けていく。振り返る元気は私にはないが、元気な少年少女の声を聴いて、なんとなく未来は明るいと思った。


「御幸、なんか火照ってるね」


 キタニは頬を摺り寄せてくる。偶然、愛称を少年に叫ばれたのだ。驚いて火照ってしまうこともあるだろう。なんて下手な言い訳はやめて、


「コーヒーの苦みに中てられただけ、そっちだって熱いじゃん」


「だってさ」





丁寧な叙述を考えました。稚拙ですが

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