美しすぎる王女と獣の王
昔むかしとある王国に、マニフィークという美しい王女様がいました。
光で編まれたかのように波打ち輝く金の髪、上等なエメラルドを嵌め込んだかのような緑の瞳は涼やかにされど妖艶で、透き通るような白い肌にみずみずしい果実の如き赤い唇が乗り、華奢な身ながら出るとこ出ている造形美。
とにかくべらぼうに美しく、加えて頭も良く博愛精神も待ち合わせていたものですから、ご両親である国王夫妻はもちろん、城中、いや国中が彼女にぞっこんラブでした。
「天国みたいな良い香りがした」
「お声が美しすぎてカナリアも落ち込む」
「最早そこにおられるだけで空気が浄化される様」
「あの方の吐いた息だけ吸って生きたい」
……などなど、人々のマニフィーク姫に向けるパッションは新たな宗教が生まれそうなほどの熱狂ぶりで時にキモいほどでした。
国中がそんな感じでしたから、あらまあ彼女の婚約者決めはあまりにも苛烈に熾烈を極めて白熱爆発してしまったのは仕方のない事だったのでしょう。
誰もが彼女の夫になりたい!
だけれども生半可な野郎が彼女の夫になる事は許せない!
皆が皆そんな意識でしたから、候補がわらわら雨後の筍の如く押し寄せてきても、周囲から何から重箱の隅を突きに突きまくられ弾かれる者もいれば途中で自信喪失して辞退する者がいたりと脱落者ばかりで、一向に決まる事はありませんでした。
当のマニフィークは「私はこの国の王女。国益のため定められた方と添い遂げるだけですわ」と微笑むものですから信者はより増しに増して、よりより泥沼になっていきました。
マニフィーク姫が十八歳になっても婚約者が決まらないまま膠着状態のある日、雷撃のようにその一報が城に届きました。
隣国が獣の国に敗戦したこと。
そして、その獣の国の使者がこちらに向かっていることを。
隣国と獣の国は、隣国が砂を掛ける形で開戦しました。
獣の国は多種多様な獣の血を受け継ぐビスト族が治める国です。
武勇に優れ、仁義と誇りを大切にするもふもふな彼等は、隣国の兵士がモンスターの討伐遠征に出た先で運悪くドラゴンに襲われている所を勇敢にも助けに入り見事打ち倒しました。その場所は魔の森という両国を半分以上隔てる形で広がっている未開の地で、双方増え過ぎて溢れてきていたモンスターを減らすべく兵を向かわせていたから何とかなった奇跡でした。
けれど隣国は助けて貰った事を碌に感謝もせず、あまつさえ侵略行為ではないかだの獣風情がだの侮辱の言葉をド阿呆にも吐き捨てた事から、長年積もり積もったあれそれもあって獣の国がぷっちんして戦争になった訳です。
もう一度言いますが、獣の国は武勇に優れた国です。
最早語るに及ばず、サッと始まった戦争はパッと隣国が負ける形でスピーディーに終わりを迎えました。
隣国だって別に弱い国ではありませんでした。国力で言えば美しい王女の住まうこの王国と同じくらいあったのです。
だけどあっさり負けてしまった。
そして隣国と同じヒュマ族が治めるこの国に、獣の国が使者を送ってくるとなると……此度の件には全く無関係なれども城中に緊張が走り回るのも無理らしからぬことでした。
「友好の証に貴き娘を寄越せと、でなければ戦争だなどと……拒否権など無いに等しいではないか」
王様が沈痛な面持ちのままに呻きます。
同席している重鎮達も皆一様に沈んだ表情で口を引き結びました。
使者の寄越した一方的な提案はともすればビスト族達の不審のあらわれでした。
間諜の報告に聞く限り、隣国のビスト族達に対する差別意識は相当酷いものだった様です。
であるならば同じヒュマ族で、隣同士であるこの国もそうなのでは? 誇り高き我等を侮っているのでは? と疑われても仕方ない程に。
差別する国民が全くいないとは言いませんが、王国民からすると獣の国は隣国を隔てた向こうの人達でしかありませんでした。
稀にウチにも来るくらいの珍しい人達だなという認識で、隣国とも隣とはいえ大きな川を境にしてますし、他にも山や海など天然の要塞に囲まれた大陸の突き出た端っこの、のほほんとした国民性の王国ではそれほど意識した事などなかったのが本音です。
されど獣の国からしたらそんな事、直接の付き合いのなかった国ですからわかりようもありません。
だから示して見せろ、という事なのでしょう。
あまりにも横暴だという思いはあれど、攻め落とそうと思えばすぐ攻め落とせて憂いも断てるのにそうしないのはある意味あちらなりの慈悲か誠意か。
王様はただただ痛む頭を抱えるばかり。
そこへ凛とした声が「国王陛下」と会議室の重い空気を切り裂きました。
「私が彼の国に嫁ぎましょう」
「マニフィーク、本気で言っているのか!?」
「ええ、本気ですわ陛下。それに私以外に相応しい者は他にいないと愚考します」
会議室に一陣の風の如くやってきた至高の王女マニフィークはきっぱりとそう断じました。
実際彼女の言う通りで、貴き娘──高位貴族以上で未婚かつ妥当な年頃の娘となると彼女しかいないのが現状でした。
「僭越ながら私の話は彼の国でも多少なりとも伝わっておりますでしょう。その上で私が嫁ぐとなれば彼の国へ示す最大の誠意となりましょう。私は王女です。この国の王女です。今この時、この瞬間名乗り上げずなにが王族か」
「マニフィーク……」
「どうか私に国を守り常盤の繁栄を齎らす使命を賜りください、父上」
彼の国との友好はきっとこの国にとって素晴らしいものになる筈です、と微笑みながら結んだ王女に、会議室の空気はぶち上がりました。
流石我らの至宝! 姫様万歳!
それと同時に惜しみ悲しむ気持ちも広がりました。
姫様行かないで! ずっとこの国にいて!
相反する気持ちが乱高下しすぎて整う所ではない中、「わかった。ありがとうマニフィーク。其方は我の誇りだ」と王様は重々しく頷くのでした。
マニフィーク姫が獣の国に嫁ぐ話は、瞬く間に王国中に広がりました。
勿論のようにその殆どが悲しむもので、獣の国へ悪感情を抱いてしまう国民がチラホラ出てきてしまうのも無理ないことでした。
ポツリポツリと日に日に積もって行くその悲嘆が、不満が、鬱屈が、ぐつぐつとトグロを巻き始めようとしたまさにその時。獣の国に嫁ぐその直前に、民衆の前にマニフィークが立ちました。
「皆さん──私は、美しいものが好きです。我らを見守る雄大な山々の美しさが。我らに恵みと試練を齎らす果てなき青い海の美しさが。大河が、森が、平原が。そこに住まう動植物が織りなす美しさを、私は愛しています。そして勿論、この国を共に作り上げてきた皆さんを、この国の全てを私は愛しています。朝焼けと共に働き始める皆さんの真面目さを。他国の方でも困っていれば助ける皆さんの優しさを。この国をより良くしていくにはどうしたらいいかと悩み励む皆さんの実直さを。私はそれらを尊く美しいと思い、深く、心から愛しております。この度私は、そんな愛しいこの国を離れる事になりました。皆さんもご存知の通り、獣の国に嫁ぐことになりました。寂しさもあります。きっと郷愁に駆られることもありましょう。けれど、同時にワクワクもしているのです。私の国でさえこんなにも美しい物が溢れているのならば、彼の国ではどうなのか。どんな見た事もない美しい物が見れるのかと、私は胸を高鳴らせているのです。彼の国には魔の森という脅威と豊穣を齎らす深き森があると言います。そこに住まう人々は、その森に敬意を持って共にあり、仁義に厚く誇り高い方々だと聞きます。きっと初めて見る人々が、初めて見る文化が、初めて見る美しいものがそこにはありましょう。そしてもし、そこで見つけた美しい物を、皆さんにも伝える橋渡しになれたのなら、それはとても素晴らしい事ではないでしょうか。この国の王女として誇らしい仕事になるのではないでしょうか。ですから皆さん、どうか私に激励をください。力強く、笑顔で送り出してください。私は王女として、この国を愛する者として、この国をより良くする為に旅立つのですから!」
王女の声を一つも聞き漏らすまいと静まり返っていた民衆達の、途端立ち昇るその声はまるで地響きのように国を震わせました。
応援する声、惜しむ声。
けれどその殆どがマニフィーク姫への温かくも後押しする愛に溢れておりました。
「最後に、」
王女が溢した一声に、ピタリと場が静まりました。
「最後に…………もしいつか、私がまた里帰りできたその時は、皆さんどうかまた暖かく迎えてくださいますか?」
──それからはもう、怒号のような歓声のあとにマニフィーク姫を讃える声がその日ずっと国中で謳われました。
さてさて、そんな王国一の最強無敵お姫様であるマニフィーク姫がどんぶらガタゴト護送されること幾日か。
漸く辿り着いた獣の国で、それはそれは大歓待されました。
というのも獣の国としても不審感と勢いから吹っ掛けた事とはいえ元々仁義に厚いお国柄、こうして噂に聴きおよぶ最も貴き娘をマジで寄越してくだすったからには最大限のおもてなしをしない事にはバツが悪いからです。それでも一部の疑り深い者達は『その姫というのも影武者なのではないか?』と勘繰りましたが、いざ馬車から降り立つその人の、内から滲み輝く気品とスター性を目の当たりすれば口を噤むというものでした。
姿も文化も違う獣の国からすると、マニフィーク姫がとびきり美しいかどうかはよくわかりませんが、毛艶の良さと洗練された所作、特定の者だけが持ち得るオーラ等々から、こりゃあ随分と大切に育てられたお姫様だべぇと遠目から見物に来ていた庶民でも腑に落ちるというものでした。
さらには姫の輿入れ道具として目が眩むような高価な品々も届けられては、獣の国のお偉いさん達も慌てふためくというもの。
こちらはあんな無礼な真似をしたのに!
こんな頂いてばかりで申し訳ない!
それもこれも「折角可愛いマニフィークが身を挺するのだから最大限活かさなくては」と闘志を燃やした彼女の兄王子が、獣の国の人々の性質を利用して有利に交渉を進めるべく打った手でした。
元々義理人情に厚いお国柄、王国からここまでマニフィーク姫達と接していた使者からも「ずっと礼儀を尽くされてきた。隣国なんかとは全然違う」と報告を受けては、その効果はバチクソ覿面で、特使として同行していた兄王子は大層納得のいく内容で両国の条約を結ぶことができました。
はてさて、そうして恙無く両国の誤解は解け、恙無く結婚式も挙げ終わり、特使たる兄王子とその御付きの者達が名残惜しく祖国に帰って行くの見送ったマニフィークは過ぎる日々の中、ふと首を傾げました。
「そういえば、いつお渡りがあるのかしら?」
獣の国の王であるルブランは頭を抱えていました。
やっちまった、どうしよう、穴があったら入りたい、なんかこうふわっと消えたい……等々、そんな事をいつでもどこでも頭の隅で考え続けては、部屋に戻るやいなやズーンと落ち込む毎日でした。
王国にあんな事を吹っ掛けたのは隣国で受けた侮辱行為に対する怒りと戦勝ハイでした。
隣国が想定以上に激弱だったので、『自分達ってめちゃくちゃ強いんじゃね?』『え、じゃあもうこのまま何処にも舐め腐った態度取られねえ様にしようぜ!』という正に勢いありきの行動でした。
ところがどっこい、蓋を開けてみたらどうでしょう。あんなに無礼で一方的な要求に王国の人達はいつだって礼儀正しく丁寧に接してくれて、あまつさえこんなに頂いてしまって……!
ガゴンッ! と凄まじい打撃音がルブランの居室の中のみならず外まで響きました。これは最近よく響く音で、ルブランが自省の末に机や壁に頭をぶつける音でした。最初こそ「どうされました陛下!?」と駆け付けていた護衛達も次第に「ああ、またか」「あんな姫様が来ちゃったら仕方ないよなあ」と部屋の外に控えたまま共感するほどでした。
だって隣国と比べたら王国の人達はまとももまともでしたから。マニフィーク姫を筆頭に従者の方からなにから皆礼節を弁えていて、隣国の様に全方位冷笑系の明からさまな侮蔑を向けてきたりしません。外国旅行が趣味のビスト族達も「隣国と王国は人種は同じでも全く違うよ。隣国を経由しなくて良いなら毎年でも王国に行きたかったくらいさ。ま、これからはそれが出来るんだけどね!」と口を揃えて言うので、次第に「隣国と王国は別物。一緒にするのは王国に失礼」という認識がじわじわと浸透していきました。
はてさて、まあそんなこんなでルブランは、自責の念に駆られまくってどうしようもなくなっているのです。
またしても過去の過ちに耐え切れずガゴンッと頭を振った先、机の天板に強かにぶつけた額が痛むのをそのままに、ルブランは自分の妃となった王国の姫君を脳裏に浮かべました。
城に初めて来た日も、早急に式の段取りを決めた日々も、その式の最中もその後も、いつだって艶やかな毛並みと柔らかな微笑みを携えて、自分達に真摯に向き合ってくれた人を。それでいて、なんとも蠱惑的な香りと蕩ける様な声音で「ルブラン陛下」と呼ばれた時のそわそわする気持ちを思い出して「うおおおお!」とまたしても頭を振り乱しました。
己はなんと不敬なのか! 失礼なのか! あんな素晴らしい方に! 清らかなる人格者に! よくない! 申し訳ない! 合わせる顔もない! 無理! しんどい! でもまたお会いしたい! ああああああああああ!!
ガゴンッ! とまたしても響き渡った打撃音に「これでもう三度目だよ」「今日は荒れてるなあ陛下……おでこ大丈夫かなあ」と部屋の外に控える今日の護衛担当である猪のビスト族と熊のビスト族の二人はひそひそと心配し合いました。
と、そんなどこかゆるっとした空気が漂うところに「……もし」と護衛達に声を掛ける人物が現れたのです。
「あ、貴女様は……!?」
夜分遅くに先触れもなく押し掛けたのに心良く部屋に通してくれたルブラン王を前にマニフィークは先に一つ、首を傾げながら尋ねました。
「ルブラン陛下……あの、凄まじい音が先ほどしておりましたが御身に大事ありませんか?」
「ああ、大事ない問題ない気にするな。少々物を取り落としただけだ」
「左様でございますか。何事もないようで安心しました」
つい早口でぶっきらぼうにも聴こえる問題ないアピールに、それでも心からホッとした様子でマニフィークが微笑むものですから、ルブランは内心冷や汗ダラダラです。
(其方のことを考えて自傷に等しき事をしていたなど言えない! あとやはり声も香りも魅力的すぎる……! 我は誇り高き狼の血! ぐおおお無様を晒す訳にはいかぬ……!)
ビスト族は聴覚と嗅覚が優れている者が大半ですから、美醜の判断は外見より匂いや声といったものに傾倒する向きがあります。もちろん各人の好みもありますからマニフィークのそれが全てのビスト族に有効という訳ではありませんが、ルブランにはウルトラハイパーものごっつクリティカルでした。
脳内は大荒れでありながらも威厳ある王の体裁を必死で保ちつつ「それで、どの様な用向きか」とルブランがなんとか物々しく問えば、マニフィークはいつもの調子でのほほんと言いました。
「ルブラン陛下と私の初夜はいつになるのかしらと尋ねに参りました」
「しょッ……!」
無理でした崩れました。
しかし、『まだ……まだッ!』と気合いで持ち堪えたルブランはコホンっと一つ咳払いをすると「……いらぬ心労をかけた様で済まぬ」とまずは謝罪から入りました。
「マニフィーク殿、其方はまだこの国に来たばかりだ。初の顔合わせも程なく、慌ただしく式を挙げ、互いの事もよく知らぬまま番った。それも其方は…………ほぼ人質のような有様で嫁いでくる事になったであろう? しかもこうも姿形の違う種族同士だ。その艱難辛苦は如何許りか。我もこれ程まで心尽くしてくれた者相手に過大にすぎる要求は心苦しい。故に其方を貶める意図はない。其方を謀る意図もない。ただ、其方の意に沿わぬ事はしたくないと、身を挺しこの国に嫁いできてくれた其方の誠意と献身に報いたいとそう、願っておるのだ」
だから無理をする必要はないと、ルブランはなんとか語り切りました。彼自身、言いながらも『そうだそうだ! これ以上この健気な姫君に負担を強いる様な事はよくない!』と平常心も戻ってきて、今や痛む額以外は万全パーフェクトステータスで熱い意志が漲りファイヤーでした。
一方、ルブランのお気持ちを聞いたマニフィークはなるほどと得心がいった顔をして「寛大なるご配慮を賜りありがとうございます」と礼をした後に「ではそれを踏まえて恐れながら、質問よろしいでしょうか?」と再度口を開きました。
「勿論だとも。なんでも聞いてくれ」
「ありがとうございます。では……ルブラン陛下は私に性的魅力は感じますか?」
「せっ!?」
ダメでした怯みました。
しかし、『いや……いやッ……まだだ!』と根性で踏ん張ったルブランは直ぐにおっかない宰相の顔と小言を思い出してなんとか王の顔を取り戻しました。が、それでも困惑は拭えません。その様子を見たマニフィークは一つ目を伏せたあとに微笑みを浮かべて言いました。
「実は私、美しいものが好きでして」
「あ? ああ……確か祖国を立つ前の演説でもその様に語ったと聞いている」
「まあ、お聞き及びでしたか。気恥ずかしい限りですが……はい、そうなのです。私はありとあらゆる美しいものが好きなのです」
ニコニコと微笑むマニフィークに、ルブランは『その話をなぜ今?』と点と点が繋がらず困惑しっぱなしです。
「だから私はなるべく、私が最も美しいと感じるものに囲まれた生活をしたいと考えていました」
「ふむ」
「美しい衣服、美しいアクセサリー、美しい調度品、美しい城内、美しい街並み、美しい心の人々……」
「うんうん」
「そして、最も美しいこの私」
「……ん?」
「有り難いことに、私は大変恵まれた環境で育ちました」
なんか今すんごい台詞がさらっと聞こえた気がすると思いながらもルブランは彼女の言葉の続きを待ちました。
「ああしかし、最も美しいこの私に相応しい、最も美しい旦那様は流石に得られないだろうとずっと諦めていたのです」
「ん???」
「だって、私並みに美しいヒュマ族など世界を見渡してもそういないでしょうから」
「ほ、ほう……?」
なるほど? と脳内で目まぐるしく情報修正しつつルブランは己の妃となった者の語りを全力で聞く事にしました。
というか、ごっさヤババなナルシー発言をぶちかましている筈なのに、物憂げなその表情すら神々が丹精込めて作った美術品もかくやな迫力なもんですから説得力満載で黙るしかないとも言えました。
「ですが」
「……ですが?」
「そんな私を、天は見放しませんでした」
これまで傍目にはしおらしく伏せていた瞳を一転、バサっと音がしそうなほどに睫毛を押し上げ、美しい翠玉がこちらをガチンッと射抜いてきたのでルブランは咄嗟に「ひぇっ」と慄きました。
「そう、ヒュマ族で見つからないのならばビスト族で見つければ良いじゃない──そんな簡単な事も思い浮かばなかった己の視野の狭さを嘆き、そしてまた望外の幸運に恵まれた事に震えた次第でございます」
そう言ってうっとりと瞳を潤ませて熱視線を送ってくるマニフィークに、ルブランの処理落ちしていた脳味噌はようやく『え、え? まさか……?』とドキドキソワソワ再起動し始めました。
そう、ルブランは先ほど姿形も違うし……と遠慮していましたが、マニフィークからしたらちゃんちゃら洒落臭いことだったのです。
ルブランは狼の血を受け継ぐビスト族です。
真っ白な毛並みは光を受けるとキラキラと発光しているが如しで、触り心地も絶対極上だぞ確信させるもふもふ感。鋭い眼光はブルームーンを想起させる青灰色の輝きを湛え、マズルの形もフサフサのお耳もすべてがエクセレントな黄金比。そして立派な体躯に見合った威厳溢れる姿には自然と畏敬の念も覚えるのに、ふと視線を下げればフワッフワの尻尾が目に留まって悶絶級に堪らない。
──要するに、マニフィークは本人も存じ上げなかった深刻なケモナーだったのです。
「ですから私、いつそのもふもふ……ふわふわ……にくきゅ…………御身に触れる機会に恵まれるのかとソワソワしながらその日を待ってましたのに、全然その機会も巡って来ないからもしかして陛下に嫌われているのかしらと寂しくて……」
「!? そ、その様な事はない!」
聞き捨てならない言葉についルブランが声を荒げれば、マニフィークはうるうると不安気な表情で「本当でございますか?」と尋ねました。
「ああ、我も其方のことを、こっ、好ましく思っている」
「まあ……!」
「ただ其方は我からすればあまりにも……華奢だ。触れたいと思えど傷付けてしまったらと考えたら、恐ろしくて触れられなんだ」
しょんぼりと耳も尻尾も下げてそう言うルブランに、マニフィークは内心トキメキで悶死しそうになりながらも宮廷仕込みの淑女スマイルの下に隠して、つつつ……とルブランの側に近寄りました。
「でしたら、今日から慣れていけば良いのですわ」
「慣れる?」
「はい、そうです。私を壊さない様に、優しく触れるレッスンを今この時よりしていけば良いのです」
ルブランの大きな手を取ってキュッと握りながら微笑むマニフィークに、距離が近付いたことで彼女の極上の香りが強くなった上に、触れ合った手の柔っこさにヒョワーーッとなったルブランはあわあわと慌て始めました。
「そ! それは必要な事だと、おも、思うがッ!」
「思うが?」
「その、あの……だな…………」
「はい」
「わ、我にとって、其方の声も、香りも、魅力的に過ぎるのだ……。だから不甲斐ない話、理性がどこまで保つかわか、わからぬ……」
すまぬ……と項垂れ縮こまる自分の夫に、んだこのかわい子ちゃんはよぉ……とマニフィークの眼光がヤベェが事になりました、が。しかし、いけないいけないと瞬時に彼女の行儀作法の師たる鬼教官のご尊顔と小言を思い出してなんとか持ち直すと、またキュッと握った手を軽く振ってルブランの視線を再度こちらに向けさせました。
「陛下が私の事をそんなに思ってくださっていてとても嬉しく思います」
「マニフィーク殿……」
「けど…………その心配は無用ですわ」
「!?」
ヒュマ族とは違った、狼のビスト族のもふもふのお手々および肉球をさりげなく堪能していたマニフィークは、徐にその手を引いてギューーッと胸元に抱き込みました。
モチのロンの如く抱き込まれた手はふにょんとたわわな胸に包まれちまったもんですから、ルブランの鼻奥にカッと血が集まり今にも決壊しそうな切迫した状況に脳がビービー警告を発します。エマージェンシー! エマージェンシー!
「ま、マニフィーク殿!?」
「私がなんの用意もせずにここまで来たとお思いで……?」
「えっ、あ」
「……ねえ、陛下」
──これ以上、私に言わせてしまうの……?
ただでさえ耳が蕩けるド好みの声が、さらに甘くあまぁ〜く自分にだけ聴こえる囁きボイスでもって近距離で流し込まれては、如何な至高の王といえども身の内の獣がワッショイ! と荒ぶってしまうのも仕方ないこと。
そうしてこの日、とっくに夫婦になっていた二人が漸くワッショイワッショイして、外の護衛達が一向に出て来ない来客に「「あらあらあらー!」」と少女漫画フェイスで目配せし合ったのは言うまでもありませんでした。
それからそれから、獣の国と王国は大変良好な関係を着実に積み上げて行きました。
互いの国を行き来する人も増えて、「マニフィーク姫と同じ空気が吸いたい!」と一部の気持ち悪い……熱心な信者を筆頭に、移住を決める人もチラホラ見受けられる様になり、両国間の交流は活況を呈しました。
ルブラン王はマニフィーク王妃を大層大事にしており彼女を伴って祖国たる王国に年に一度は足を運びますし、その度に仲睦まじい様子を見せ付けるので「我らの姫様が大事されてる!」と王国民のルブラン王への評価は鰻登り。また、マニフィークの両親や兄弟も同じように年一で獣の国に誰かしら足を運んでは礼儀正しくかつ楽しげにご滞在されていくので獣の国の人々もどんどん好意を持っていったのです。
そんな中でマニフィーク姫が待望の第一子をご懐妊との報が駆け巡ればその勢いもよりより増すもので、ケモナーに目覚めるヒュマ族がいればヒトナーに目覚めるビスト族もいて、国際結婚もワッショイワッショイ捗ったとかなんとか。
今日も今日とてワァァァァッと歓声を上げる民衆に手を振るルブラン王とマニフィーク王妃は仲睦まじく寄り添って微笑んでおりました。
「お二人揃って陽光に照らされると輝きすぎて最早見えない」
「太陽と月のハードコアデュエット」
「光あれ」
「ハアハア……抜け毛で良いからくんかくんかさせて欲しい……ダメ? ちょっとで良い、ちょっとで良いのおおおおお!」
…………などなど、二人の信者はどんどん増えるばかりで中には変質者も発生する始末。それも「ちょっとそこの貴方」と巡回の兵士が肩ポンドナドナするので治安も守られてて民もニッコリの安心安全です。
ルブランとマニフィークが結婚してからというもの、人や物の行き来が増え、富は巡り、街に活気が溢れ、それがさらに人を呼び込む好循環を生み出し、民の幸福度は爆上がりしておりました。
それもこれも両陛下のお陰だな!
ルブラン王万歳! マニフィーク王妃万歳!
そんな声が毎日酒場のみならずそこかしこで上げられるほどで、吟遊詩人達も二人の歌をこぞって掻き鳴らします。
こうして、両国は始まりこそ不穏なれども、今や互いにガッチリ手を取り合う同盟相手として良好な関係を維持していき、長く長ーーく栄華を極めましたとさ。
めでたしめでたし。
特に意識せず気ままに打ち込んでいたら過去に作った味付けになってあるぇー?となりました。どうやらサビの様です。
似た味付けの過去作はこちら↓
【婚約の打診は向こうから。でも「愛せない」らしいですわ】
https://ncode.syosetu.com/n7645js/
(後書きってもしやリンク貼れない…?)




