第1話
目が覚める。まだ眠いが無気力にぼーっとする時間を確保できるかどうかがかかっている。仕方がないしぶしぶ眠い目をこすりながらも時計のほうへと目を向ける。
時計の針はまだ6時半をさしていた。これならまだしばらくはぼーっとしていられるな。
ベッドに寝転がり、天井を見上げる。
あー…このひと時が至福の時だとしぶしぶ思う。学校に行くのが本当にダルく感じるほどだ。
今日一日はこの気分を味わっておきたい。しかし、時間というものは無情でえ?もうこんなに過ぎてたの?ってくらい流れていくもので。
「一輝お兄ちゃん、朝だよぉっ!グッモーニンッだよぉっ!」
そういうや否や、勢いよく扉を開けて登場した騒がしい怪獣。もとい今年中学三年に進級した妹が、俺の腹めがけてとび蹴りを仕掛けてきた。
制服姿でそんなことしたらスカートの中が丸見えだぞとか、中三になったんだからもっとつつしみを持てよ妹よとかそんなもんに気にしている暇はない。
その場からすぐに逃げようと回避に移ったわけだがベッドの上で寝転がっている上に回避運動が大分遅れた。ベッドってなんでこんなに動きづらいんだ。
まぁ、そういうことだから逃げる事は敵わないわけで。
「ぐろっぷぁっ?!」
俺は勢いよく蹴飛ばされた。腹がものすごく痛い。毎朝のことながらよくこんなことされて無事だなと思う。普通の人ならば骨とか内臓とか逝かれてるぞ。すがすがしい朝が生々しい朝になるぞ畜生。
「おはよーお兄ちゃん」
なんの悪びれもなく普通に挨拶をしてくる妹に殺意を感じた。俺、怒っていいよな?ねぇ?
「毎回毎回……お前ってやつは…」
「何々?鈴音はお礼なら別に要らないっていつも」
「俺に蹴りいれないと起こせないのかぁぁっ!!」
「一輝お兄ちゃんが怒りの波動に覚醒したぁぁぁっ!!」
妹もとい鈴音を今日という今日は懲らしめてやらねば、フフフ…どんな目にあわせてくれようか。
そうだ。額に油性インクで殺と書くのはどうだろうか?
そんな不埒な考えを浮かばせながら階段を駆け下り、リビングへの扉に手を伸ばした。扉を開けたその先にいたのは般若とかした母親…いえ、お母様がおられました。
「何を朝からドタバタしているのかしら?ねぇ一輝君教えてくれないかしら?」
「あ…あはは……お、おはようございます」
いつものほほんとしたたれ目が釣り目になり顔に青筋を立て、フライパンを右手に持ったまま仁王立ちをしたその威風堂々とした姿には恐怖すら覚える。
そのお母様の後ろには舌を挑発してくる我が憎き宿敵鈴音。本当にいつかえらい目にあわせてやる。
だが今はそれよりもだ。
「おはようございます。さぁ。教えてくれるわね?一輝君」
この目の前の般若もといお母様をどうにかしなくては……
「あー、いやその。俺の愛おしい妹との兄弟愛を育む為に少しばかり遊んでいましたです、はい」
「あらあらそうだったの。鈴音と一輝が仲がいいことはわかったけども今度からはもっとおとなしい遊びをなさいね」
お母様の釣り目が垂れ目に戻る。色白な顔が少し赤くなっていたのが気になるが…なんとか怒りを鎮められたようだ。我が家のヒエラルキーは頂点は母さんでそれに続き父さん、鈴音、そして俺である。
普段父さんと母さんは新婚のようにイチャイチャしているんだ母さんが怒りの臨界点を超えるとたちまちお母様が参上する。お母様が参上すると雰囲気に圧倒されてなのか父さんは顔を青ざめ、トラウマを遠ざけるかのようにゴメンナサイゴメンナサイとつぶやく。一体過去に何があったのだろうか…
鈴音がなぜ俺よりも上かというと、立ち回りがうまくてつきいる隙がなかなか見つからないからだ。
それに比べて俺は立ち回りがうまくないし、馬鹿だし…自分で言っておいてだんだん鬱になってきた。
これは今は置いておこう。立ち直れなくなりそうだ。今はそれよりもご飯だご飯。朝ご飯は一日の活力の元らしいし。
食卓テーブルへと向かうと俺以外の家族全員がそろっていた。
「お兄ちゃん遅いよー」
「わかってるわかってる」
今日はパンではなくご飯らしい。皿にはベーコンと目玉焼きそしてウィンナーとサラダそして別の器に味噌汁がよそおってあった。
「それでは…」
「いただきます」
「「「いただきます」」」
ご飯を口に頬張った後、味噌汁を啜る。うむ、朝にパンもいいけどもご飯とみそ汁もいいな。
「今日の天気予報って聞いてる?おとーさん?」
「いや、聞いてないな。TVつけてみようか」
天気か…そういや最近妙な天気が続いてるもんなぁ。雨だと思ったら雪になったり、晴れだと思ったら突然落雷が落ちてきたり、今日は晴れてるから問題ないだろと油断すると必ず痛い目にあう。
経験者が言うんだ。間違いない。
今日こそは痛い目を見ないためにもニュースを見ておかねば…
《―――突然ですが、ここで臨時ニュースです。昨夜未明、アメリカ、日本、――》
天気予報が突然臨時ニュースに変わったようだ。ええぃ…天気予報は俺を嫌っているのか?!
《――にて同時刻に殺害されていることが判明されました。殺害現場には共通して暗号のようなものが書かれており、警察は調査――》
殺人事件か。いつ聴いても気分が悪くなるな。犯人は殺された側の遺族の気持ちが理解できないのだろうか。
…まぁ、いいや。俺には関係ない。関係ないんだ。朝食を食べ終わった俺は学校指定の制服を着替え終えると荷物片手に家を飛び出すのであった。
あ、やべぇ行ってきますって言いそびれた。家に帰ったらお母様でまってるんだろうなぁ……腹をくくらねば…
ようやく今日一日の授業が終了した。ながかった。ものすごく長く感じた。だがしかし、感じただけでは意味がない。
家には釣り目になったお母様が待っていることは間違いないし、家に帰る時間を遅らせれば遅らせるほど説教タイムが長引くだけだ。高校で友達にゲーセンでもいかねぇか?って誘われてとか言っても無駄だろうし…素直に帰るしかないか。
俯きながら家に帰る準備をする。本当は俺だって帰りたくないさ。帰ったら確実に…駄目だ。言葉にできない。
「や、一輝。いつもなら鉄砲玉のように家に帰るのに今日は元気ないね。またおばさんの機嫌損ねたんでしょ?」
「あぁ、なんだ。美那か…」
「なんだってなによ。一応心配してあげてるんだけど…」
俺の隣に立っている少女。それも美がつくほどの、だ。名前を葉月美那。何の縁かはわからないが幼馴染ってやつだ。
明るく活発で、とっつきやすく、その場の空気をよく読めるとてもいい奴だと思っている。個人的には。
ほかのやつがどう考えてるかは知らん。
「あー…いや、今朝行ってきますって言い忘れて飛び出してきたんだ。今頃家ではお母様になって俺をまだかまだかと待ち続けているに違いない…」
「あはは…一輝の家のおばさんってそういうところ結構うるさいもんね…ご愁傷様」
そうなのだ。俺の母親は変なところにこだわりを持っている。ご飯を食べる前にはちゃんといただきますということ。知り合いと出会ったときはきちんと挨拶をすること、ほかにも数え切れないほどに母親こだわりのルールがあるがそれは割合させていただく。
とにかく、日常会話のあいさつに深いこだわりを持っているようで少しでもいい忘れがあるとお母様と化す。
今朝の行ってきますはその件に該当するわけで、今俺は必死に回避策を頭の中で探しているわけだ。
ん?まてよ…心中お察ししますという表情を浮かべる美那の顔を見ていて回避策が思いついた。
「美那。久しぶりに俺の家に遊びに来ないか?」
ずばり、久しぶりの幼馴染の来訪を利用してなんとかお母様をなだめてみよう作戦だ。
ここ4、5年ぐらいは家に誘うようなことがなかったからな。中学のあたりから女性は女性で、男性は男性で遊ぶ。っという雰囲気に流されたこともあるがそれ以上に周りの目が妙に痛かった。
美那のやつと恋人だとか思われたら美那に迷惑がかかるしな。
まぁ、それはともかく母さんにとっては久しぶりにあうことになるであろう美那のことできっと頭がいっぱいになるはずだ。なってもらわなければ俺の体が持たないだろう…
「え?…本当にいいの?迷惑かけたりとかしない?」
「なんで迷惑になるんだ?全然問題ないぞ」
迷惑どころか救世主様にみえるからな。利用するような形で悪いけども。
「そ、そう?じゃあ帰ったらすぐに一輝の家にいくね」
「え”?…帰ったら?」
「だって制服のままで行くのはさすがに体裁が悪いでしょ?」
「いや、別にそんなことはないと思うけどなー」
「私がそう思ってるの!とにかく帰ったらすぐにいくからね。じゃあまたあとでー」
「行ってしまった…」
サヨナラ俺の女神さま。一緒に帰らないんじゃあ意味がないというのに…
結局俺はお母様と遭遇する運命にあるというわけか。
「なんだ一輝。葉月と何話してたんだよ?」
ニヤニヤと笑いながら近づいてくる俺の親友兼女たらし。名を宮瀬知一という。
「なんでもねぇよ…それよりも俺は家に帰ることが怖くて怖くて仕方がない。知一、お前俺の代わりにお母様に怒られてくれないか?」
「なんだよお前、またやっちまったのか。いやはや大変だねぇ。でもってさっきの件は謹んでお断りさせてもらおう。俺も命は惜しい」
「だよなぁ」
「まぁ、こってり絞られてこいよ。俺は愛しい愛しいリュボフと待ち合わせがあるからさ」
「犬との散歩に愛しいも何もないと思うんだが」
「よし、表に出ろ」
「何ゆえに?!」
「ならば俺も問う。なぜこの感情が分からないと!!お前にはリュボフのさらさらとした手触りがとてもいい毛並み、とても愛くるしいあの表情、そして何よりも俺を前にすると嬉しそうにフリフリするあの可愛らしいしっぽ!!お前にはなぜ俺のこの気持ちが理解できんのだ!!」
「いや、お前の場合その言葉だけ聞いてると愛犬家にしか聞こえんがその本人の語っている表情を見ると…な」
恍惚とした表情で、しかも息切れなのか故意になのかは分からんがハァハァ言ってるし。正直病的とかそんなレベル。俺だから良いものを他人が見たらドン引きするぞお前の今の表情。
「俺の愛情表現にみだらな思いはこれっぽっちもない。むしろ俺の愛情表現をみてそう思うやつがみだらなのだ!」
「はいはい。俺はもう帰らないといけないからお前も早くリュボフに会いに逝け」
「そうだった!!それじゃあな一輝。また明日ーー」
「おう。また明日」
やれやれ、俺も早いとこ家に帰って絞られるとするか…トホホ
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