表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
あゆみのあかし  作者: 明石竜


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

1/11

第一章 桜舞う出会い

 潮は、止まらない。

 同じ場所に立っていても――同じ景色を見ているつもりでも、海はいつも少しずつ違う顔をしている。

 四月の朝。

 春霞の向こうに、明石海峡大橋がぼんやりと浮かんで見えた。白い橋脚は光に溶け込み、その下を流れる海は、静かなようで、どこか急いでいるみたいだった。


 ――ここで、わたしは変われるだろうか。


 入学式を控えた明石潮風高校の正門前で、わたしは立ち尽くしていた。

 手の中には、カメラのストラップ。指先に伝わる感触だけが、現実をつなぎ止めている。

 スマートフォンではなく、この重たいカメラを選んだのは、簡単に切り取れない場所に、覚悟を持って立ちたかったからだ。

 シャッターを切る勇気は、まだない。

 けれど、この場所に立った「証」だけは、残しておきたい。そんな気持ちだった。


 わたし、川村歩未は、この春、岡山から明石に引っ越してきた。

 新しい制服。新しい校舎。新しい人間関係。

 胸の奥が、きゅっと縮む。

 期待よりも、不安の方がずっと大きい。

 中学時代のわたしは、人見知りで、輪の中に入るのが苦手だった。友達を作るのも、声をかけるのも、いつも一歩遅れてしまう。

 だからこそ、高校では変わりたいと思った。

 今度こそ、ちゃんと前に進みたい。

 でも――。

 いざ校門の前に立つと、足はほんの少し、すくんでしまう。

 制服姿の生徒たちが、楽しそうに言葉を交わしながら次々と中へ入っていく。その流れに、うまく乗れない。


 そのときだった。


「ねえねえ、あなたも一年生だよね?」

 明るい声に、はっとして振り返る。

 ショートカットの女の子が、まぶしい笑顔でこちらを見ていた。

「う、うん。川村歩未です」

 声が、少しだけ裏返る。

「うちは中西陽菜! よろしくね。一緒に体育館行かない? 一人だと、なんか不安でさ」

 屈託のない笑顔だった。

 その無防備な明るさに、張りつめていた緊張が、少しだけほどける。


「あの……」

 もう一人、控えめな声がした。

 ロングヘアの、清楚な雰囲気の女の子が、少し緊張した面持ちで立っている。

「私も一人で……よかったら、一緒に行ってもいいですか?」

「もちろん!」

 陽菜ちゃんが即答する。

「あなたのお名前は?」

「橋本時子です。よろしくお願いします」

 その声は静かで、でも不思議と耳に残った。


 こうして、わたしたち三人は出会った。

 後から思えば、この瞬間が、すべての始まりだったのかもしれない。

 体育館までの道を、三人並んで歩く。

 他愛もない言葉を交わしながら、少しずつ距離が縮まっていくのを感じた。


 入学式が終わり、クラス分けが発表される。


 一年B組。

 同じクラスだった。

 それだけで、胸の奥に小さな灯がともった。


 教室に戻ると、陽菜ちゃんはすぐに周りの子たちに話しかけ始めた。その行動力は、人見知りのわたしには眩しすぎるほどだった。

 時子ちゃんは静かに席に座り、窓の外を眺めている。その横顔は、どこか儚げで、でも凛としていた。


 ホームルームが終わり、「今日はこれで解散です」と告げられる。


 まだ、この二人のことを何も知らない。

 でも――。


 この出会いが、わたしの高校生活を大きく変えていくことを、あのときのわたしは、まだ知らなかった。


 翌日から、高校生活が本格的にスタートした。

 午前はホームルームや新入生歓迎会、午後には学校案内も兼ねた新入生レクリエーションも予定されているらしい。

「歩未ちゃん、お昼どうする?」

 陽菜ちゃんが明るく声をかけてくる。

「えっと、お弁当持ってきたけど……」

「じゃあさ、三人で一緒に食べない? 時子ちゃんも!」

 時子ちゃんは少し驚いたような顔をしたけれど、すぐに柔らかく微笑んだ。

「はい、ぜひ」

 わたしたちは屋上に向かった。明石潮風高校の屋上からは、明石海峡大橋が一望できる。青い空と海、そして真っ白な橋。絵画のような景色だった。

「すごい……きれい」

 時子ちゃんが感嘆の声を上げる。

「でしょ! うちさぁ、この景色見たくてこの高校選んだんだ」

 陽菜ちゃんが誇らしげに言う。

「私も……じつは」

 時子ちゃんが小さく笑う。

「そうなんだ! わたしもだよ」

 思わず声を上げると、三人で顔を見合わせて笑った。同じ景色に惹かれて、同じ学校を選んだ。それだけでも、わたしたちは特別な縁で結ばれている気がした。

 お弁当を広げて、他愛もない話をした。好きな食べ物、苦手な科目、趣味のこと。時子ちゃんは読書が好きで、陽菜ちゃんはスポーツが得意。わたしは写真を撮るのが好きだった。

「写真? いいね! じゃあ、今日から三人の記録係ね」 

 陽菜ちゃんが私の肩を叩く。

「そんな、記録係なんて……」

「いいと思います。私も、この景色を写真に残したいって思ってました」

 時子ちゃんが賛成してくれた。


 その日から、わたしは毎日カメラを持ち歩くようになった。三人で過ごす日々を、一枚一枚切り取っていく。それがわたしの新しい日課になった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ