毎日同じ時間に現れる女
数ある作品の中から本作をお選びいただき、ありがとうございます。
拙い部分もあるかと思いますが、最後までお楽しみいただければ嬉しいです。
毎日同じ時間に現れる女
午後五時十五分。会社近くの交差点は、退勤時間の人流が始まる少し前の、ちょうど隙間の時間だった。信号が青に変わり、歩行者がちらほらと渡っていく。その中に、彼女はいた。
毎日、午後五時十五分に現れる。駅前の大きなビルの壁面、時計広場と呼ばれる小さなオープンスペースのベンチに、ぽつりと座る。私が最初に彼女の存在を知ったのは、地元の匿名SNSだった。「五時十五分の女」という投稿が、少しばかり拡散されていた。写真はない。ただ、「毎日同じ時間にだけ現れる女。いつも同じ方を見ていた。三十分ほどで居なくなるらしい」という書き込みと、場所の情報だけ。会社の近くだった。何となく気になり、仲のいい同僚の森に話した。
「ちょっと帰りに覗いてみようか。まるで都市伝説じゃない?」森は興味本位で同意した。
翌日から、私たちは時計広場に面したカフェのテラス席を利用した。五時過ぎに席を取り、コーヒーを飲みながらベンチを観察する。初日、彼女は現れなかった。二日目も。三日目の午後五時十四分、森が「来るかも」と言った瞬間、人影がベンチに座った。
確かに女だった。薄いグレーのコートを着ている。長い髪は肩まであり、風に少し揺れていた。彼女はベンチに座り、体を少し斜めに向けて、時計広場の反対側、新しく建った商業ビルの方向を、じっと見つめていた。表情は読めない。距離があり、詳細はわからない。だが、その「見つめる」行為には、強い集中力のようなものが感じられた。私たちは三十分、彼女を観察した。五時四十五分、彼女は静かに立ち上がり、駅の方へ歩いて去っていった。
「何を見ているんだろう?」森が呟いた。
その疑問は、私たちの小さな習慣を始めた。ほぼ毎日、カフェのテラスで彼女を観察する。彼女は毎日現れる。雨の日は透明な傘を差し、ベンチに座る時間は少し短くなるかもしれないが、必ず現れる。見つめる方向はいつも同じ。商業ビルの、中層の某フロアだろうか。窓が多く、オフィスが入っているのが見える。
一週間が過ぎ、十日が過ぎた。彼女の存在は、私たちの日常の一部になり始めていた。ある日、森が言った。「あの女、どこかで見た顔だと思わない?遠いけど…」
その言葉が、私の記憶をかすかに揺さぶった。確かに。遠目だが、輪郭、髪の長さ、座る時の姿勢… どこか懐かしい、しかしどこか痛々しい印象。私は高校時代の同級生を思い出そうとした。何人かが頭をよぎる。そして、ある名前が浮かんだ時、私は少し息を詰めた。
「…もしかして、高橋さん?」
高橋美桜。高校で一番の美人だと言われていた同級生。清楚で、優しく、誰からも好かれていた。彼女はクラスでも学年でも注目の存在だったが、決して驕らず、むしろ内気な部分があった。私は彼女と特に親しくはなかったが、同じクラスだった一年間、彼女の存在はクラスの華のようなものだった。
「高橋…美桜?」森も思い出したようだった。「あの美人だった?でも、あの女は…」
あのベンチの女は、確かに「美人」という言葉からは遠い。やつれていた。コートの下の身体は細く、顔は(遠目だが)血色がなく、目には深い影があるように見えた。高校時代の輝いていた美桜と、今の彼女は、同じ人物とは思えなかった。
しかし、確信を得るため、私たちは少し大胆な行動を取った。次の日、彼女がベンチに座る少し前、私たちは時計広場に近づき、ベンチの数メートル後ろに立った。彼女が現れる時間。彼女は歩いて来て、ベンチに座った。そして、同じ方向を見つめた。私たちは彼女の横顔を、少し近くから見ることができた。
それは、間違いなく高橋美桜だった。しかし、見る影もなくやつれていた。頬はこけ、目の下にはクマがあり、唇は乾いているように見えた。髪も、昔の豊かな光沢は失われ、ただ長く垂れているだけだった。彼女は一点を見つめ続け、周囲の雑音や人の往来を完全に無視している。その集中は、病的なものにも感じられた。
私は急いで高校時代の友人たちに連絡を試みた。クラスメートの何人かにメールやSNSメッセージを送る。返事が来たのは、翌日からだった。そして、少しばかりの情報が集まった。
美桜は高校卒業後、地元の大学に進学した。その後、ある企業に就職し、そこで同僚だった男性と結婚した。結婚生活は、最初は順調に見えた。しかし、結婚して二年ほど経った時、夫の浮気が始まった。最初は美桜も気づかなかったが、夫の行動が不自然になり、やがてはっきりした証拠が彼女の手に入った。その時、美桜は妊娠していた。初めての子供を期待し、幸せに包まれていた時期だった。
夫の浮気を知った美桜は、強いストレスとショックを受けた。妊娠中期だったが、そのストレスが影響したのか、あるいは別の原因か、彼女は流産した。その事件は、彼女の心身に深い傷を残した。夫はその後、浮気を続け、やがて美桜と離婚した。今、美桜は一人で暮らしている。仕事は続けているようだが、以前の活気は失われている。
そして、最も重要な情報。美桜の夫の浮気相手は、ある商業ビルに入っている企業の女性社員だった。そのビルは—時計広場の反対側に立つ、新しい商業ビルだった。美桜が毎日見つめている方向は、まさにそのビルの、浮気相手が働くオフィスの窓だった。
この情報を知った時、私は胸が苦しくなった。彼女は毎日、同じ時間に、夫の浮気相手の仕事場を見つめている。何を思っているのか。怒り? 悲しみ? 無力感? あるいは、ただそこに存在を確認するためだけ? 三十分。彼女はただ見つめる。そして去る。
私たちはその後も、カフェのテラスで彼女を観察した。しかし、以前の興味本位の観察は、重苦しい共感に変わった。彼女のやつれた姿は、痛みの象徴だった。ある雨の日、彼女は傘を差してベンチに座った。雨が彼女のコートの肩を濡らしていた。彼女は商業ビルを見つめていたが、その日、ビルの窓の多くは暗かった。退勤時間後だったかもしれない。彼女は三十分座り続けた。雨が強くなる中、彼女は立ち上がり、駅へ歩いて行った。その背中は、まるで全ての力を失ったように、小さく縮んでいた。
森が呟いた。「ざまあ…とは思えないな。」
私は同意した。確かに、夫の浮気やその結果は、道徳的に「ざまあ」と思う部分もある。しかし、美桜の現在の姿は、そんな単純な感情を超えていた。彼女は罰を受けているわけではない。彼女は傷つき、その傷から逃れられず、毎日同じ時間に、傷の源を見つめ続けている。それは、一種の儀式かもしれない。あるいは、癒えることのない痛みの確認かもしれない。
一ヶ月が過ぎた。彼女は依然として現れる。五時十五分。三十分。私たちは観察を続けたが、ある決心をした。直接話すことはできないかもしれないが、何かしらの支援を示すことはできるか? しかし、彼女が他人の介入を望んでいるかはわからない。彼女の集中は、完全に内側に向けられているように見えた。
ある晴れた午後、私たちは少し早くカフェに着き、テラス席で待った。五時十五分、彼女が現れた。ベンチに座り、商業ビルを見つめる。その日、彼女のコートの色は少し変わっていた。薄いベージュだった。彼女は同じ姿勢で座り続けた。
突然、彼女が動いた。三十分の時間が過ぎる少し前、彼女は顔を上げ、商業ビルから視線を離し、時計広場の地面を見つめた。そして、彼女は小さく、しかし深い息をした。それは、まるで長い間保持していた息を解放するような音だった。彼女はその後、ゆっくり立ち上がり、以前と同じ方向へ歩いて行った。しかし、その歩みは、以前より少しだけ軽く見えた。
次の日、彼女は現れなかった。私たちは待った。五時十五分を過ぎ、二十分、三十分。彼女は来なかった。その翌日も、彼女は現れなかった。一週間が過ぎ、彼女は一度もベンチに座らなかった。
私たちは情報を探った。高校時代の友人から、少しの更新があった。美桜が最近、カウンセリングを受け始めたという。彼女は少しずつ、過去の傷と向き合い始めているかもしれない。仕事も続けているが、以前よりは少し表情が柔らかくなったという報告もあった。
「五時十五分の女」は、消えた。SNSの投稿も、新しい情報はなく、やがて忘れられていった。時計広場のベンチは、今では普通の人が座り、時間を過ごす場所になった。
私は時折、午後五時十五分に時計広場を通る。ベンチを見る。誰かが座っているかもしれないが、それはもう美桜ではない。彼女のやつれた姿、一点を見つめる深い集中、そして去る時の小さな背中—それらは記憶の中に残っている。
彼女が毎日同じ時間に現れた理由は、痛みの確認だったかもしれない。傷がまだ存在することを、毎日確認する儀式。そして、彼女が現れなくなった理由は、その確認が必要なくなったのか、あるいは別の方法で痛みと向き合うことを始めたのか。
「ざまあ」という言葉は、彼女の状況には当てはまらない。彼女は罰を受けたわけではない。彼女は傷つき、その傷から逃れるために、ある行為を繰り返した。そして、やがてその行為を終えた。それは、回復の始まりかもしれない。あるいは、ただ別の段階への移行かもしれない。
今、私は時計広場のベンチを見て、彼女がそこに座っていた時間を思い出す。午後五時十五分から四十五分までの三十分。その時間は、彼女の痛みと向き合う時間だった。そして、その時間が終わった時、彼女は少しずつ、違う時間へ歩み始めたのかもしれない。
毎日同じ時間にだけ現れる女は、もう現れない。しかし、彼女がそこに座り、一点を見つめていた記憶は、この場所に少しの影を残している。それは、痛みの影であり、また、痛みから抜け出す可能性の影でもある。
私はカフェのテラスでコーヒーを飲みながら、商業ビルを見る。ビルの窓には、多くの人が働いている。その中の誰かが、美桜の夫の浮気相手だった女性かもしれない。彼女は今、何を思っているか。美桜の痛みを知っているか。あるいは、全く知らないか。
全ての行動には結果がある。浮気という行動は、美桜に深い傷を残した。そして、美桜の毎日の「見つめる」行為は、彼女自身の傷と向き合う方法だった。それが終わった今、彼女は新しい時間を歩んでいる。
時計広場の時計は、午後五時十五分を指す。私はベンチを見る。空いている。誰も座っていない。風が少し通り過ぎる。その風は、以前、彼女の長い髪を揺らしたかもしれない。今は、ただベンチの表面を軽く撫でるだけだ。
「毎日同じ時間に現れる女」は、都市伝説のように消えた。しかし、彼女の存在とその痛みは、ここに観察した者たちの記憶に残る。それは、単なる興味本位の観察から始まったが、やがては人間の痛みと回復への静かな共感になった。
私はコーヒーカップを置き、席を立つ。帰路へ向かう。時計広場を通り過ぎる時、ベンチを見ない。もう彼女は現れない。しかし、午後五時十五分にここを通る時、私は少しだけ思い出す。やつれた女が、一点を見つめていた三十分。その時間は、彼女の痛みの時間だった。そして、その時間が終わった今、彼女は少しずつ、痛みから遠ざかる時間を歩んでいるかもしれない。
全てが「ざまあ」で片付けることはできない。痛みは複雑で、深く、個人を変形させる。美桜は変形した。しかし、彼女はまだ歩んでいる。ベンチに座ることを止めた彼女は、今、別の場所で、別の時間を生きている。
私は駅へ向かう歩道を歩く。周りには多くの退勤者がいる。それぞれが自分の時間を生きている。その中に、美桜もいるかもしれない。彼女はもう、午後五時十五分に特定のベンチに座らない。彼女は、自分の時間の流れに、少しずつ戻っているのかもしれない。
そして、私は思い出す。高校時代の美桜の笑顔。清楚で、優しい笑顔。その笑顔は、今はもう見られないかもしれない。しかし、彼女が新しい笑顔を見つける可能性は、まだ残っている。傷は深いが、時間は流れる。彼女がベンチに座ることを止めたのは、時間が流れ始めた証かもしれない。
毎日同じ時間にだけ現れる女は、現れなくなった。しかし、彼女が現れていた時間は、ここに観察した者たちの内側に、ある問いを残した。痛みとは何か。回復とは何か。そして、人間はどのように傷から歩み出すのか。
私は駅の階段を下りる。午後五時四十五分。彼女が以前、ベンチから立ち上がる時間。今、彼女はどこで、何をしているか。私は知らない。しかし、彼女がもう「五時十五分の女」ではないことを願う。彼女が、ただ美桜として、自分の時間を生き始めていることを願う。
時計広場のベンチは、空いている。風が通り過ぎる。そして、午後五時十五分は、毎日、過ぎていく。
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