未来の自分から毎日LINEが届く
スマホが震えた。
夜十一時四十七分。
ベッドの上で天井を見ていた俺は、ため息をついてスマホを手に取る。
通知。
LINE。
送信者の名前を見て、眉をひそめた。
未来の自分
「……は?」
俺は一度画面を閉じ、もう一度開く。
やっぱり同じだ。
未来の自分。
アイコンは灰色の初期アイコン。
登録した覚えはない。
メッセージは一つだけ。
明日、電車が止まる
一本早く出ろ
俺は笑った。
「誰だよこれ」
友達のイタズラだろう。
そう思ってトーク画面を開く。
送信時間は一分前。
既読をつける。
キーボードを開く。
「誰?」
送信。
すぐ既読がつく。
返信。
お前だよ
俺は声を出して笑った。
「だから誰だよ」
未来のお前
「は?」
俺はベッドから起き上がる。
「誰かの新しい遊びか?」
返信する。
「証拠は?」
数秒。
既読。
返信。
明日、総武線が止まる
人身事故
7時41分
だから7時10分の電車に乗れ
俺は画面を見つめた。
「……」
そんな細かい予言あるか?
俺はスマホをベッドに投げる。
「くだらない」
部屋の電気を消す。
そのまま眠った。
翌朝。
目覚ましが鳴る。
俺はスマホを見る。
七時二十五分。
「あ」
メッセージを思い出す。
未来の自分。
7時10分の電車に乗れ
俺は苦笑する。
「乗れなかったな」
顔を洗う。
コーヒーを飲む。
八時前。
家を出る。
駅。
改札前。
人だかり。
嫌な予感がした。
「電車止まってるらしいよ」
前にいた女子高生が言う。
「人身事故だって」
俺は立ち止まった。
「……え?」
スマホを取り出す。
LINEを開く。
昨日のメッセージ。
明日、総武線が止まる
背中が少し冷えた。
「いや」
俺は首を振る。
「偶然だろ」
ホームに上がる。
人でいっぱいだ。
アナウンス。
「総武線は人身事故の影響で運転を見合わせています」
ざわざわ。
ざわざわ。
俺はスマホを見る。
トーク画面。
新しいメッセージが来ていた。
言っただろ
「……」
俺は周囲を見回す。
誰かが俺を見ている気がした。
「どこだ」
返信する。
「お前どこにいる」
既読。
返信。
家
「……家?」
未来の
俺はホームのベンチに座る。
「マジかよ」
指が少し震える。
「本当に未来なのか?」
既読。
返信。
まだ信じてないな
「当たり前だろ」
じゃあ次の予言
メッセージが続く。
今日、上司が機嫌悪い
会議で何も言うな
俺は吹き出した。
「それは毎日だろ」
既読。
返信。
今日は特に悪い
部長も来る
俺は画面を閉じる。
「……まあいい」
電車はまだ動かない。
会社に遅れる。
言い訳はできる。
一時間後。
やっと電車が動いた。
会社に着いたのは十時過ぎ。
会議室。
上司が机を叩く。
バン。
「誰だこの資料作ったの!」
空気が凍る。
俺は椅子に座ったまま黙っていた。
未来LINE。
会議で何も言うな
同僚が言う。
「それ、佐藤が修正してましたよね?」
上司が俺を見る。
「本当か?」
俺は口を開きかける。
その瞬間。
未来LINEの文字が頭をよぎる。
何も言うな
俺は口を閉じる。
沈黙。
上司は舌打ちする。
「……もういい」
怒鳴られたのは同僚だった。
会議が終わる。
同僚が俺を見る。
「助けてくれよ」
「ごめん」
「冷たいな」
俺は苦笑する。
デスクに戻る。
スマホを取り出す。
LINE。
新しいメッセージ。
ほらな
俺は小さくつぶやく。
「……マジか」
返信する。
「本当に未来なのか?」
既読。
少し間。
返信。
一日先
俺は椅子にもたれた。
「一日?」
そう
今の俺は
明日のお前
背筋が少し冷えた。
「……じゃあ」
指を打つ。
「未来は変えられるのか?」
既読。
返信。
変えられる
「どうやって」
既読。
数秒。
返信。
俺が教える
その瞬間。
新しいメッセージが届いた。
短い文章。
明日
宝くじ当たる
俺は思わず笑った。
「それは嘘だろ」
既読。
返信。
三等
売り場は駅前
昼休み
俺はスマホを見つめる。
静かなオフィス。
キーボードの音だけが響く。
「……」
心臓が少し早くなる。
もし。
もし本当なら。
未来が分かるなら。
俺は小さくつぶやく。
「人生変わるぞ」
スマホが震えた。
未来の自分。
最後のメッセージ。
ただし
俺は画面を見る。
未来を知ると
必ず
一つだけ失う
俺は眉をひそめた。
「……何を?」
既読。
しかし。
返信は来なかった。
昼休み。
社員食堂は騒がしい。
トレイを持って並ぶ列の中で、俺はスマホを何度も見ていた。
LINEのトーク画面。
未来の自分
最後のメッセージ。
未来を知ると
必ず
一つだけ失う
それきり返信はない。
俺は小さくつぶやく。
「何を失うんだよ……」
隣で同僚の佐藤が言う。
「何?」
「いや、なんでもない」
トレイを受け取り、席に座る。
カレーの匂い。
スプーンを持つ。
けれど食欲はあまりない。
スマホをもう一度開く。
未来のメッセージ。
三等
駅前の売り場
昼休み
時計を見る。
十二時二十二分。
昼休みは一時間。
駅前の宝くじ売り場までは歩いて五分。
俺はスプーンを置いた。
「……」
立ち上がる。
佐藤が聞く。
「どこ行くの?」
「コンビニ」
適当に答えて食堂を出る。
会社のビルを出ると、冬の空気が頬に刺さる。
駅前へ歩く。
人通りの多い道。
俺の心臓は少し早くなっていた。
「当たるわけない」
そう思いながらも、足は止まらない。
宝くじ売り場。
小さな窓口。
並んでいるのは三人。
スーツ姿の男。
買い物帰りの主婦。
大学生らしい女。
俺は列の後ろに立つ。
「……」
スマホを開く。
未来LINE。
三等
昼休み
駅前
俺はメッセージを見つめる。
もし当たったら?
三等。
いくらだ?
調べる。
100万円
「……」
胸の奥がざわつく。
順番が回ってくる。
窓口の女性が言う。
「何枚にしますか?」
俺は少し考える。
「……一枚で」
「はい」
財布から三百円。
くじを受け取る。
紙の感触。
ただの紙だ。
俺は笑う。
「これで当たるなら苦労しない」
売り場を離れる。
信号待ち。
スマホを見る。
LINE。
新しいメッセージ。
買ったな
俺は周囲を見回す。
誰もこちらを見ていない。
「見てるのか?」
返信する。
既読。
返信。
見てない
知ってるだけ
「どうやって」
明日だから
俺は苦笑する。
「便利な言葉だな」
会社へ戻る。
デスクに座る。
パソコンの画面を開く。
しかし仕事に集中できない。
机の引き出し。
宝くじ。
俺はそれを指で触る。
ただの紙。
ただの数字。
「……」
時間が過ぎる。
夕方。
仕事が終わる。
俺は駅に向かう。
駅前の掲示板。
宝くじの当選番号。
人が集まっている。
「……」
心臓が少し強く打つ。
俺はポケットからくじを出す。
番号を見る。
掲示板を見る。
もう一度くじを見る。
その瞬間。
体が固まった。
「……」
番号。
同じ。
三等。
100万円。
後ろの男が言う。
「当たった?」
俺は反射的に答える。
「いや」
紙をポケットに戻す。
歩き出す。
足が少し震えている。
駅のホーム。
電車が来る。
俺は乗り込む。
窓に映る自分の顔。
「……当たった」
小さくつぶやく。
ポケットの中。
100万円。
ただの紙が。
現実を変えている。
スマホが震える。
LINE。
未来の自分。
言っただろ
俺は返信する。
「本当に未来なんだな」
既読。
返信。
だから言った
明日のお前だって
電車が揺れる。
俺はスマホを握る。
「なあ」
既読。
「未来は全部わかるのか?」
返信。
だいたい
「じゃあ」
指が止まる。
少し迷う。
それでも送る。
「人生変えられる?」
既読。
少し間。
返信。
変わる
でも
次のメッセージ。
代償がある
俺は眉をひそめる。
「だから何を失うんだ」
既読。
しかし返信はない。
電車の窓。
夜の街が流れていく。
俺はポケットの中のくじを握る。
100万円。
未来の情報。
人生が変わる。
なのに。
胸の奥に小さな不安が残る。
「……何を失う」
スマホが震える。
新しいメッセージ。
未来の自分。
短い文章。
明日
お前は
恋人と別れる
俺は画面を見つめた。
「……は?」
返信する。
「ふざけるな」
既読。
返信。
事実
明日の夜
ケンカ
俺は笑う。
「ありえない」
俺には恋人がいる。
三年付き合っている。
大きなケンカなんて一度もない。
返信する。
「外れたな」
既読。
返信。
外れない
俺は少しイラつく。
「じゃあどうすればいい」
既読。
返信。
明日
会うな
俺はスマホを見つめる。
「……」
会わなければ別れない?
未来は変えられる?
俺はつぶやく。
「そんな簡単か?」
既読。
返信。
やってみろ
電車が駅に着く。
俺は降りる。
夜のホーム。
人の波。
スマホをポケットに入れる。
頭の中で考える。
未来が分かる。
金も手に入る。
失敗も避けられる。
そのはずなのに。
なぜか。
胸の奥に冷たい感覚が残っていた。
「……」
家までの道。
俺は空を見上げる。
雲の間に月。
スマホが震える。
LINE。
未来の自分。
最後のメッセージ。
忘れるな
俺は画面を見る。
未来を知ると
必ず
何かが消える
俺はつぶやく。
「だから何だよそれ」
既読。
返信は来なかった。
次の日。
朝。
スマホが震える音で目が覚めた。
俺は枕元のスマホを手に取る。
LINE。
送信者。
未来の自分
起きたか
「……」
もう驚きはしない。
俺は返信する。
「起きた」
既読。
すぐ返信。
今日、彼女から連絡来る
「知ってる」
夜会おうって言われる
「それも知ってる」
行くな
俺は天井を見る。
「行かなければ別れないんだろ」
既読。
返信。
そう
俺はベッドから起きる。
カーテンを開ける。
朝の光。
「未来は変えられるんだな」
既読。
返信。
変えられる
でも
俺はスマホを見つめる。
「でも?」
既読。
返信。
何かが消える
「だからそれ何だよ」
既読。
しかし返信は来ない。
俺はスマホをポケットに入れる。
「……」
会社に向かう。
仕事。
昼休み。
夕方。
特に何も起きない。
夜。
スマホが震える。
LINE。
恋人。
美咲
今日会える?
俺は画面を見つめる。
未来のメッセージ。
行くな
指が止まる。
少しだけ考える。
そして返信する。
「今日は無理」
既読。
少し間。
返信。
そっか
わかった
短い文章。
それだけ。
俺はスマホを閉じる。
「……」
別れなかった。
未来は変わった。
そのはずだ。
その夜。
部屋。
ベッドの上。
スマホが震える。
未来の自分。
回避成功
俺は小さく笑う。
「やっぱり未来は変えられる」
既読。
返信。
ああ
変わる
「なあ」
俺はメッセージを打つ。
「今何を失った?」
既読。
少し長い間。
返信。
気づいてないのか
俺は眉をひそめる。
「何を?」
既読。
返信。
LINE
「?」
俺はトーク画面を見る。
何もおかしくない。
未来の自分。
普通に会話している。
「何が?」
既読。
返信。
彼女のLINE
俺は固まる。
「……は?」
急いでLINEのリストを開く。
トーク一覧。
会社。
友達。
母。
妹。
未来の自分。
俺はスクロールする。
もう一度。
もう一度。
「……ない」
美咲。
恋人。
三年付き合った彼女。
トーク履歴。
連絡先。
全部。
消えている。
「……嘘だろ」
俺は電話をかける。
しかし。
アナウンス。
「この番号は現在使われておりません」
背中が冷える。
俺は未来LINEを開く。
「どういうことだ」
既読。
返信。
未来を変えた
「だから?」
既読。
返信。
お前は彼女と会わなかった
だから
次のメッセージ。
彼女と出会う未来も消えた
俺の呼吸が止まる。
「……」
部屋の静けさ。
時計の音。
俺は震える指で打つ。
「そんなの聞いてない」
既読。
返信。
言った
何かが消えるって
俺はスマホを握る。
「元に戻せるのか」
既読。
返信。
無理
「なんで」
既読。
返信。
未来は一つしかない
俺はベッドに座り込む。
部屋がやけに広い。
頭の中に違和感が広がる。
三年の記憶。
笑った顔。
喧嘩。
旅行。
全部覚えている。
なのに。
世界には存在しない。
俺だけが覚えている。
「……」
スマホが震える。
未来の自分。
まだやるか?
俺は画面を見る。
未来を知れば
金も
成功も
全部手に入る
次のメッセージ。
ただし
そのたびに
何かが消える
俺はゆっくり息を吐く。
「……」
窓の外。
夜の街。
人の灯り。
スマホの画面。
未来の自分。
俺はメッセージを打つ。
「なあ」
既読。
返信。
何だ
俺はしばらく考える。
そして送った。
「最後に教えてくれ」
既読。
「未来のお前は」
次の言葉を打つ。
「今、何を失ってる?」
既読。
長い沈黙。
数秒。
数十秒。
やっと返信が来た。
短い文章。
全部
俺は画面を見つめる。
次のメッセージ。
だから
最後の一行。
お前に送ってる
スマホの画面が暗くなる。
通知。
新しいLINE。
送信者。
俺は息を止めた。
画面にはこう表示されていた。
未来の自分




