③再び風が香る
庭園には、秋の風が流れていた。
白い花々がそよぎ、噴水の水音が涼やかに響く。
エリアスは腰を下ろし、掌を開いた。
その中には、あの香草袋。
王宮に戻っても、手放せずにいる。
袋を少し開き、風に香りを乗せた。
草の匂いが、遠い日の記憶を揺らす。
――『今日の香草は、城門の近くで育てたんです』
――『陽にあたると、香りが優しくなるんですよ』
笑っていたミナ。
店の奥で瓶を磨く姿。
そのひとつひとつが、今でも鮮明に焼き付いている。
王宮の風は冷たい。
けれど、その香りだけが温かかった。
「……忘れられぬものだな」
独り言のように呟く。
彼女に名を明かすことも、真実を語ることもできなかった。
それでも、あの時間だけは偽りではなかった。
遠く、城下の鐘が鳴った。
夕刻を告げる音。
その音の向こうで、ミナは今も働いているだろうか。
変わらず「いらっしゃいませ」と笑っているだろうか。
風が吹いた。
香草の匂いが、ふっと空へ消えていく。
――届かない想い。
それでも、香りだけは確かに残っている。
彼はその袋を胸元に仕舞い、静かに立ち上がった。
「……いつか、もう一度――」
その先の言葉は、唇の奥で消えた。
王子の背に、沈む陽が静かに光を落とす。




