②義務の座にて
謁見の間は広い。
白い大理石の床は陽光を反射し、
柱の影が整然と並んでいる。
正面には王座。
その脇には、エリアスの席があった。
玉座に座すのは、国王レオネル・アーヴィング。
堂々たる体躯に金の髭を蓄え、
その眼差しはまるで刃のように鋭い。
「――遅かったな、エリアス」
「申し訳ありません、父上。準備に手間取りました」
「構わぬ。今日はお前も同席せよ。
隣国リュシオンの使者は、我らが国に新たな交易を望んでいる」
隣の席に座る弟、第二王子セオドアが小さくため息をついた。
彼はまだ若く、何かと反発心が強い。
「兄上がいれば、交渉など容易いことだ」と皮肉を込めて笑う。
エリアスはそれに応じず、ただ軽く会釈を返す。
彼の視線は正面のテーブルに置かれた茶器に向かっていた。
香り立つ湯気――
それは、ミントとラベンダーを混ぜた茶。
――“これ、疲れた時に飲むといいですよ”
――“香りで少し楽になりますから”
脳裏に蘇る声。
茶の香りとともに、彼女の微笑がよみがえる。
思わず、指先が震えた。
「殿下?」
秘書官の声に、エリアスははっと我に返る。
「……すまない。続けてくれ」
報告は続く。
隣国リュシオンとの交易条約。
香草の輸入拡大、医薬用の研究協力。
次々と書簡が読み上げられていく。
「香草……?」
思わず、声が漏れた。
国王が片眉を上げる。
「どうした、エリアス」
「いえ。ただ……城下でも香草の需要が高まっていると聞きました」
「ふむ。商人どもは民の嗜みをすぐ取り入れる。
だが香草など、所詮は庶民の慰めだ」
その言葉に、エリアスの胸がひやりとした。
――庶民の慰め。
ならば、ミナもその「庶民」の一人にすぎないというのか。
彼は、答えられなかった。
父の前では、どんな言葉も無意味だとわかっていた。
「よいか、エリアス」
王の声が低く響く。
「お前は次期国王となる身。
感傷に囚われるな。民の香りよりも、
国の匂いを嗅ぎ分けることを覚えよ」
「……心得ております」
返した声は静かだったが、
胸の奥では何かが軋んだ。
⸻
謁見が終わったのは、昼を少し過ぎた頃だった。
陽光が西へ傾き、長い影が廊下に伸びている。
重い扉が閉じられた瞬間、
エリアスは深く息を吐いた。
「殿下」
声をかけたのは、カシムだった。
「お疲れでしょう。少し休まれては」
「……ああ。庭に出る」
そう言い、王子は一人で回廊を抜けていった。




