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第2章 王子は香草の夢をみる ①王の息子としての朝

 王都アリステラの城は、夜明けより早く目を覚ます。

 侍女たちが廊下を行き交い、銀の器が整えられ、

 外では近衛たちが槍を鳴らす音が響く。


 その中心の塔の一室で、

 青年は目を覚ました。


 ――エリアス・アーヴィング、第一王子。


 窓の外は晴れている。

 薄く差し込む朝日が、白いカーテンを金色に染めていた。

 それでも彼の心は晴れなかった。

 目を閉じれば、香草の香りが蘇る。

 ラベンダー、ミント、そしてあの笑顔。


 ――いらっしゃいませ。リリィ堂です。


 夢の中で、彼女がいつものように言う。

 扉の鈴の音まで、はっきり聞こえた気がした。

 目が覚めたとき、その幻が胸を締めつける。


 「……また、夢か」

 

 自嘲するように呟き、

 彼は枕元の机に置かれた小袋を手に取った。

 それは、あの夜にミナから受け取った香草袋。

 ほんの少し鼻に近づけると、

 草の甘い香りが、まるで囁くように漂った。


 ――『疲れた時に、そっと嗅ぐと少し楽になります』


 あの声が耳の奥で蘇る。

 彼は目を閉じ、深く息を吸い込んだ。

 香りが胸の奥まで届く。

 けれど、代わりに心は痛んだ。


 その時、扉が叩かれた。


 「殿下、朝の報告にございます」


 「入れ」


 近衛隊長のカシムが入ってきた。

 屈強な体格の男だが、表情はどこか気遣いを含んでいる。


 「殿下、ご帰還ののち、謁見の準備が整っております。

 

 隣国リュシオンの使節団が、昼には到着予定です」

 

 「わかった。……王には?」

 

 「すでにお目覚めです。

  殿下にも早めにお顔を見せるよう仰せでした」


 エリアスは静かに頷く。

 寝台から立ち上がり、

 鏡の前で王族の礼装に袖を通す。

 重厚な紺の上衣に金の紋章。

 肩にかかるマントの重みが、責務の象徴のように感じられた。


 「……似合わぬ衣だ」


 「いえ、殿下。皆が待っておりました」


 「待っているのは、王子としての私だ。

  “私自身”を待つ者はいない」


 カシムは言葉を失った。

 それ以上何も言えず、ただ深く頭を下げる。


 エリアスは視線を窓の外へ向けた。

 遠く、城下町の屋根の隙間から、

 小さな市場の通りが見えた気がした。

 そこに、香草の束を抱える栗髪の娘の姿が浮かぶ。


 届かない距離。

 手を伸ばせば、風だけが指を抜けていく。


 「……私は、何をしているんだろうな」


 王子の呟きは、誰にも届かないまま、

 広い部屋の中に静かに消えた。

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