表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/15

⑤夜、月明かりの下で

 その夜。

 ミナは店を閉めたあと、

 ひとりで棚の奥を整理していた。


 月の光が窓から差し込み、

 木の床に淡い影を落とす。


 机の上には、ひとつの香草袋。

 王子――いや、“彼”に渡したものと同じ作りだ。


 あのとき、彼が言っていた。

 ――「香りが、心を整えてくれるんですね」

 ――「貴女の作る香りは、どこか懐かしい」


 どうしてそんな言葉をくれたのか。

 あのときはわからなかった。

 でも今なら――少し、わかる気がする。


 「……王子様、だったんだね」


 声に出すと、少しだけ涙がにじんだ。

 彼の正体を知っても、何も変わらない。

 けれど、もう会えないことだけはわかっていた。


 それでも――

 香りはまだ、部屋に残っている。

 彼と過ごした時間のように、

 静かで、優しくて、少し切ない。


 ⸻


 ミナは机の引き出しを開けた。

 その中には、仕入れ用の帳簿。

 ふと、香草の新しい品名を記すページの片隅に、

 小さく書き込んだ。


 > 「王子のこう

 >  ――心を落ち着かせる香草の調合。


 誰に見せるでもなく、

 ただ自分の記録として。


 「……この香りだけは、忘れたくない」


 夜風が店の外を通り抜ける。

 吊るされたハーブがまた、さわさわと鳴った。


 まるで――誰かが優しく笑っているように。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ