②謎の青年との出会い
ミナが顔を上げると、扉の向こうに立っていた青年は、
一瞬、光を背負っているように見えた。
朝日がちょうど彼の背後から差し込み、
薄金の髪を縁取るように照らしていたのだ。
「すみません、ここで香草を買えると聞いて」
低く落ち着いた声だった。
けれど、どこか言葉遣いがぎこちない。
旅人のような装いをしているが、
その手には手入れの行き届いた革手袋、
腰には上質な剣の柄が覗いている。
庶民のものではない。
「はい、香草でしたらこちらに。どんな香りをお探しですか?」
「……癒やしの香り、だろうか」
少し考えてから、青年はそう答えた。
ミナは思わず微笑む。
“癒やしの香り”という注文の仕方は珍しい。
普通は「眠りを助ける香り」や「虫を避ける香り」と具体的に言うものだ。
「お疲れなんですね」
冗談めかして言うと、青年は目を瞬かせ、それから少しだけ笑った。
その笑顔が柔らかく、ミナは胸の奥がくすぐったくなる。
「……そうかもしれない。最近は、眠れなくて」
「それなら、ラベンダーとミントを混ぜてみましょうか。
穏やかで、少し涼しい風のような香りになります」
ミナは手際よく香草を束ね、小さな麻袋に詰めた。
細い指先が草を結びながら、ほのかな香りが空気に漂う。
青年はその動きを静かに見つめていた。
「あなたの作る香草は、どこか……特別ですね」
「え?」
「いや、香りが心に届くというか。
不思議と落ち着く」
ミナは頬が少し熱くなるのを感じた。
褒められ慣れているはずなのに、この青年の言葉はなぜか胸に残る。
言葉の端々に、嘘がなかったからかもしれない。
「ありがとうございます。……お名前、伺っても?」
「……エリ、と呼んでください」
ほんの一瞬の間のあとに、彼は答えた。
本名ではないのだと、ミナにはすぐわかった。
けれど、無理に詮索する気にはならなかった。
「エリさん。では、こちらが香草袋です。今夜はきっと、よく眠れますよ」
青年――エリはそれを受け取り、
その手を胸の前で軽く合わせるようにして言った。
「ありがとう。……また来てもいいですか?」
その問いに、ミナは思わず笑顔になる。
「もちろん。リリィ堂は、いつでもお客様を歓迎しますから」
エリは穏やかに頷き、扉の鈴を鳴らして去っていった。
その姿が角を曲がって見えなくなっても、
ミナの胸にはまだ、香草と陽光の残り香が残っていた。
⸻
その日を境に、エリはたびたび店を訪れるようになった。
仕事帰りの兵士たちに混じって、さりげなく。
彼は多くを語らないが、いつも何かを考えているような目をしていた。
城下町の誰もが気づかぬほど自然に、
彼はミナの世界に溶け込んでいった。




