②王への謁見の間
王宮の謁見の間は、あの日と同じ光に包まれていた。
白い石壁、重い扉、厳粛な空気。
玉座の前に、エリアスが立っていた。
その隣には王――レオネル。
その眼差しは冷たく、雷のようだった。
「――この娘か」
王の声が響く。
ミナは膝をつき、頭を下げた。
心臓が壊れそうなほど早く打っている。
「名はミナ。城下町の雑貨屋に勤めております」
「我が息子が、お前に入れあげていると聞いた」
「……!」
ミナは言葉を失った。
「庶民の娘が、王族に取り入るとは見上げた度胸だな」
「違います!」
ミナは顔を上げた。
涙を堪えながら、まっすぐ王を見つめた。
「私は……ただ、あの方が普通のお客様として来られたから、
普通に接しただけです。
王子様だなんて、知りませんでした」
王の眉がわずかに動いた。
その瞬間、エリアスが一歩前へ出る。
「父上、彼女を責めないでください。
私の方から彼女に会いに行ったのです」
「エリアス!」
「私は……彼女に救われました。
民の中で、初めて“心”を感じました。
香草の香りが、どんな宝よりも尊いことを知ったのです」
その声には、揺るぎのない真っ直ぐさがあった。
王は長い沈黙ののち、静かに息を吐いた。
「……愚か者め。だが、民を愛する心は王の資質でもある」
「では――!」
「だが、王位を継ぐ者としての義務は変わらぬ」
重い言葉が落ちる。
エリアスの瞳が、苦しげに揺れた。
王はゆっくりと立ち上がり、ミナを見下ろした。
「娘よ。
お前が罪を犯したわけではない。
だが、王族の傍に立つ覚悟があるか?」
ミナは迷わなかった。
涙の跡を拭い、しっかりと顔を上げる。
「私は……彼を、エリアス様を信じます。
身分など関係ありません。
ただ、人として――好きです」
王の目がわずかに細まった。
沈黙。
その後、低く笑う声が響いた。
「……ふっ。面白い娘だ。
この国も、香草の香りに癒される日が来るかもしれぬな」




