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第1章 雑貨屋リリィ堂の娘 ①朝の城下町と日常

 王都アリステラの朝は早い。

 パン屋が煙突から白い湯気を立ちのぼらせる頃、

 石畳の通りを小さな馬車が軋ませながら通り抜けていく。

 まだ朝霧が残る城下の一角、その角地にあるのが――雑貨屋《リリィ堂》だった。


 扉の上には、すり減った真鍮の鈴。

 扉を押すたび、ちりん、と少し頼りなく鳴る音がする。

 その音が鳴ると、店の奥から顔を出すのが、

 栗色の髪を三つ編みにまとめた少女――ミナだ。


 「おはようございます、リリィ堂です」


 彼女は今日も変わらず笑顔を浮かべる。

 香草の束、磨き上げたガラス瓶、手織りの籠。

 どれも彼女の手で整えられたものばかりだった。

 彼女は店主の娘であり、実質この店を支える“看板娘”でもある。


 ミナの接客は丁寧で、温かい。

 笑顔で挨拶を交わし、客の好みを覚え、時には愚痴にも耳を傾ける。

 そんな姿が評判を呼び、

 今では近隣の主婦たちはもちろん、兵士や商人までが

 

 「ミナちゃんの店で買うと運がいい」と口をそろえるほどだった。


 「ミナちゃん、今日もいい香りだねえ」

 

 「えへへ、朝一番にラベンダーを混ぜてみたんです」


 香草袋を手に笑うミナに、客たちはつられて笑顔になる。

 そんな穏やかなやり取りが、彼女の日常だった。


 ……ただ一つ、彼女の胸の奥には、

 ほんの少しだけ、叶わぬ夢がある。


 ――外の世界を見てみたい。

 城壁の外、丘の向こう。

 王都の外に広がるという緑の平原や、遠くの湖。

 父に言えば笑われるだろう。

 でも、そんな景色を自分の目で見てみたかった。


 ミナは夢を見るたび、扉の鈴を見上げる。

 あの鈴が鳴るとき、自分の世界が少し広がる気がした。


 この日もまた、扉が鳴った。

 ――ちりん。


「いらっしゃいませ。……?」


 そこに立っていたのは、

 見慣れない青年だった。

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