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勇者パーティーを追放されたので、張り切ってスローライフをしたら魔王に世界が滅ぼされてました  作者: まりあんぬさま
追憶編

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鐘の音に導かれて

「お、お前……なんでここに……!」


 バニッシュは驚愕に目を見開いた。

 風を纏いながら、軽い足取りで歩いてくるエルフの男は、にやりと口角を上げる。


「なんでも何も、俺も同じ警備担当区画だろうが?」


 まるで散歩でもしていたかのような軽い調子だった。

 彼は懐から捕縛玉を四つ取り出す。


「ほいっと」


 軽く投げ放たれた捕縛玉は、正確に倒れていた男たちの上に着弾する。

 次の瞬間――白い魔糸が一気に弾け、まるで生き物のように男たちを巻き取った。


「う、うわっ!? なんだこれ!? 離せぇっ!!」


 男たちは抵抗するが、糸はぎゅうっと締まり、あっという間に動きを封じる。


「捕縛完了っと」


 エルフは手を払って埃を落とし、満足げに笑った。

 その姿に、カイルが血の滲む腕を押さえながら睨みつける。


「お前……今までどこにいたんだ!?」


 エルフは眉をひとつ上げ、呆れたように笑った。


「おいおい、助けてやったのにその言い草はねぇだろう。それより腕の怪我、放っといていいのか? 見りゃ結構深いぞ。」


「くっ……!」


 カイルは歯を食いしばり、流れる血を止めようと強く押さえる。

 その手元に血が広がっていくのを見て、ミレイユが息を呑んだ。


「だ、大丈夫ですか!? ごめんなさい……私のせいで……!」


 涙混じりの声で駆け寄るミレイユ。

 カイルは振り返り、いつものように優しい笑顔を浮かべた。


「大丈夫。こんなの――かすり傷さ」


 血に濡れた腕でありながら、その笑顔は眩しいほどに穏やかだった。


「君のせいじゃない。俺が油断しただけだ」


 その言葉に、ミレイユは唇を噛み、俯く。


「……でも、私……」


「いいんだ」


 カイルは静かに首を振り、彼女の肩にそっと手を置いた。


「君に怪我がなくて良かった」


 その優しい言葉が、ミレイユの胸にじんと響く。

 頬を伝う涙が、ひとしずく、地面に落ちた。


「お前ら、何をしている!?」


 怒声と共に、甲冑の擦れる音が路地裏に響いた。

 振り向くと、銀の胸当てに王都の紋章を刻んだ警備兵が二人、長槍を構えながら駆け込んでくる。


「おっと、丁度いいところに来たな」


 エルフは軽く片手を上げ、飄々とした調子で応じる。


「暴れてる連中がいてな。そいつらを俺たちで取り押さえたんだ」


 警備兵の一人が険しい表情のまま、視線を周囲に走らせる。

 地面には捕縛玉の魔糸でぐるぐる巻きにされた男たちが四人。

 もがくたびに糸が締まり、呻き声を漏らしている。

 そのすぐそばで、エルフとバニッシュが立ち、カイルは腕を押さえながら壁に寄りかかり、ミレイユは心配そうにその傍に付き添っていた。

 現場の状況を一目で把握した警備兵は、険しかった表情を緩める。


「……なるほど。お前たち、警備の依頼を受けた冒険者だな?」


「ああ、そうだ」


 エルフが軽く顎を引いて頷く。

 警備兵は納得したように息を吐き、仲間と視線を交わす。


「わかった。ここは我々が引き取る」


 そう言って、拘束された男たちに近づき、魔糸を切らずに鎖で上からさらに固定していく。


「ギルドから報告を受けていたが……まさか初日からトラブルとはな」


「ま、祭りってのは、何が起こるかわかんねぇもんさ」


 エルフは肩をすくめて笑い、腰に手を当てる。

 警備兵は手早く男たちを引き立てながら言う。


「こいつらは我々が詰所に連行して取り調べる。君たちは引き続き区画の警備を頼む」


「了解」


 カイルが痛む腕を押さえながらも頷いた。


「くそぉ!離しやがれッ!」


「痛ぇ! 腕が抜ける! なんで俺たちが捕まんなきゃなんねぇんだよ!」


 王都の警備兵に掴まれ、男たちはなおも必死にもがいていた。

 鎖と魔糸でぐるぐる巻きにされた状態でも、なお口だけは止まらない。


「静かにしろ!」


 警備兵の一人が怒声を上げる。

 だが、男たちは怯むどころか、さらに声を荒げた。


「ちょっと待てよ! 俺たちだけってのはおかしいだろ!」


「そうだ! そこの女も同じパーティーだ! アイツは俺たちの仲間なんだよ!!」


 その言葉に、空気が一瞬張り詰めた。

 警備兵の視線がゆっくりとミレイユの方へ向く。


「……そうなのか?」


 鋭い視線。

 ミレイユは息を呑み、体をこわばらせる。

 その問いかけに答えられず、震える唇で声を詰まらせた。


「おい、答えろ。お前はこの連中の仲間なのか?」


 ジロリとした警備兵の目がミレイユを射抜く。

 ミレイユは堪えきれず、俯きながら小さく震えていた。


 その瞬間――カイルが一歩、前へと出た。

 その動きは迷いがなく、静かにミレイユの前に立ちはだかる。


「違います」


 低く、だが確かな声だった。


「この女性は俺たちの仲間です。彼女は……被害者です」


 振り返らずに言い切るカイルの背中を見て、ミレイユの目が大きく見開かれる。

 驚きと、胸の奥から溢れる熱い何かが混ざったような表情だった。

 警備兵はカイルをじっと見つめる。

 目を細め、何かを探るようにカイルの目を見る。

 しかし、カイルはその視線をまっすぐ受け止めた。

 迷いのない、真っ直ぐな瞳で。

 しばしの沈黙のあと――警備兵はふっと息を吐いた。


「……そうか。わかった」


 短くそう告げると、再び男たちの腕を掴み、引き立てる。


「な、なんだよ!? 信じるのか!? アイツは本当に俺たちの仲間なんだよ!」


「ふざけんなよ! おい! テメ―裏切るつもりか!?」


 なおも喚き立てる男たちに、警備兵は苛立った声で怒鳴る。


「うるさい! いいから歩け!」


 鉄靴が石畳を鳴らし、男たちは半ば引きずられるようにして路地裏を連行されていく。

 怒号が遠ざかり、静寂が戻る。

 風が通り抜け、血と汗の匂いが薄れていく。

 ミレイユは小さく呟いた。


 「……どうして……」


 その震える声に、カイルは振り返り、穏やかに微笑む。


「誰かを守るのに、理由なんていらないだろ」


 その言葉に、ミレイユの胸の奥がぎゅっと締め付けられるように痛んだ。

 そして、彼女の頬を一筋の涙が伝った。


 ミレイユは頬をほんのりと染め、潤んだ瞳でカイルを見上げていた。

 その瞳は、まるで英雄譚の挿絵に描かれる聖女のように――ひたむきで、切なげで、美しかった。


「カイルさん……」


 その小さな声には、感謝と憧れと――ほんの少しの恋心が滲んでいた。

 カイルもまた、優しい笑みを返す。

 その微笑みは、誰をも安心させる太陽のようで、ミレイユの心を一瞬で包み込んだ。


 ――二人の間に、甘くくすぐったい空気が流れる。

 路地裏の静けさの中で、時間が止まったように感じられるほどだった。

 そんな二人だけの世界を、少し離れた場所から眺めていたバニッシュとエルフ。

 完全に蚊帳の外の二人は、何とも言えない顔でその様子を見守っていた。

 エルフは隣のバニッシュに身を寄せ、ボソッと囁く。


「……なあ、アイツって、天然のたらしか?」


 バニッシュは「ん~~」と返事に困り、頭をかきながら曖昧に笑う。


 「まあ……あいつ、昔から女に好かれるタイプなんだよ」


 エルフは半目でカイルの後ろ姿を見つめ、鼻で笑った。


「そりゃモテるわ」


 そんな野郎二人の共感をぶち壊すように、エルフが手を叩いた。


「おいおい、いい雰囲気のとこ悪いが――そろそろ傷の手当てをせにゃならんだろ。」


 その声に、カイルとミレイユはハッと現実に引き戻される。

 ミレイユは顔を真っ赤にして俯き、手に持っていた杖をぎゅっと握りしめた。


「す、すみません……」


 と小さく呟く彼女に、カイルは苦笑して首を振る。


「いや、気にしなくていい。それより……確かに傷の手当てをしないとな」


 カイルは冷静な声で言い、涼しい表情のままバニッシュとエルフに振り向いた。


「ギルドまで戻って処置を――」


「いや、それには及ばんだろ」


 エルフはひらりと手を上げ、にやりと笑った。


「この先に教会がある。そこのシスターに頼めば治してもらえるさ」


「教会……?」


 バニッシュは一瞬、眉を動かした。

 エルフが指差す方向――それは、昨日セリナがいたあの教会の方角だった。


「お前、あの教会を知ってるのか?」


 バニッシュの問いに、エルフはちらりと視線を向けて、いつもの調子で肩をすくめた。


「ん? ああ、ちょっとな」


「ちょっとって、なんだよ?」


「ああ。まあ――軽く世話になったことがあるってだけだ」


 そう言って、エルフは腕を組み、にやりと口角を上げる。


「それより、お前らも知ってるなら話は早い。早く行って、その傷を治してもらうといい」


「……お前はどうするんだ?」


 カイルが探るような目で問いかける。

 エルフは鼻で笑い、いつもの軽薄そうな笑みを浮かべた。


「大勢で行っても邪魔だろ? 俺は俺で巡回に戻るさ。どうせまた何か起きるだろうしな」


 その軽口とは裏腹に、どこか意味深な言い回しだった。

 カイルは一瞬だけ目を細めるが、何も言わず、軽く頷いた。


「……そうか。じゃあ行こう、バニッシュ」


「おう」


 2人とミレイユは教会へ向けて歩き出す。

 ちょうどそのすれ違いざま、カイルは足を止め、エルフに声をかけた。


「……ひとつ、聞かせてくれ」


「ん? なんだよ、改まって」


 振り向いたエルフに、カイルの瞳が真っ直ぐに向けられる。


「なぜ――魔法を使った?」


 静かな声だったが、そこには確かな圧があった。


「祭り期間中の魔法使用は禁止されているはずだ。お前も聞いていただろ」


 エルフは一瞬だけ目を細め、そして――ふっと笑った。


「おいおい、それで助かったんだからいいじゃねぇか」


「答えろ」


 カイルの声が低くなる。

 真剣なその眼差しに、エルフは一拍の間を置いてから、軽く息を吐いた。

 彼は首を軽く回しながら、口の端を吊り上げた。


「ギルド長も言ってただろ。――臨機応変ってやつだよ」


 その言葉を残して、エルフはひらりと手を振り、朝の陽光が差し込む祭りの通りへと消えていった。

 残されたカイルはわずかに眉をひそめ、その背中を見送ったまま、深く息をついた。

 バニッシュが横でぼやく。


「なんだか掴みどころのない奴だな、あいつ」


「……ああ」


 カイルは短く答え、腕の痛みを押さえながら歩き出す。

 その視線の先には、昨日訪れたあの教会の尖塔が、光を受けて静かに輝いていた――。

 風が静かに吹き抜け、鐘の音がかすかに響く。

 それはまるで、運命が動き出す合図のように――。

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