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勇者パーティーを追放されたので、張り切ってスローライフをしたら魔王に世界が滅ぼされてました  作者: まりあんぬさま
追憶編

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鉄壁のギルド長、グレオ=バートン

「それじゃ、腹も満たしたし――残りの仕事を終わらせるぞ」


 カイルが軽く背伸びをしながら言った。


「残りの仕事?」


 とぼけたように首を傾げるバニッシュ。


「……はぁ」


 呆れたため息をつくカイル。


「お前、どうせ街の半分も回ってないんだろ」


 カイルが眉をひそめる。


「うっ……」


 バニッシュは気まずそうに頬をかき、目を逸らした。


「図星かよ……。ったく、子供かお前は」


 呆れながらも、どこか笑いを堪えるように口元が緩むカイル。


「ほら、行くぞ」


「へいへい……了解しましたよ」


 わざとらしく頭を下げてみせるバニッシュに、カイルは苦笑いを浮かべつつ宿を出た。

 その後、二人は夕方まで街を回りきった。

 人混みを避けながら巡回路を確認し、警備配置の要点をマップに書き込む。


「ふぅ……これでようやく終わりか」


 最後の通りを歩き終え、バニッシュは伸びをしながら息を吐いた。


「最初から真面目にやってりゃ、もっと早く終わってたんだがな」


 カイルが皮肉をこぼす。


「まあいい。次にギルドへ報告する時、抜けがないように確認しておこう」


 宿へ戻った二人は、机に広げたギルドの書類に目を通し始める。

 数時間後――。


「……ふあぁ~、やっぱ書類ばかり見てると疲れるな」


 バニッシュが大きく伸びをしながら、背もたれに体を預ける。


「お前は普段から昼寝ばっかりだろ」


 カイルは呆れ顔で言いながらも、手を止めずに書類をまとめていく。


「そう言うなよ。昼寝は明日の英気を養うための準備だ」


「都合のいい言い訳だな」


 二人のやり取りに、部屋の中に小さな笑い声が漏れる。

 カイルはふと手を止め、窓の外へと目を向けた。

 空は朱に染まり、街の屋根や尖塔の影が長く伸びている。


「……そろそろ飯を食って、早めに休むか」


 柔らかい声でそう言うカイル。


「お、さんせ~」


 バニッシュは間の抜けた声で返し、ベッドにごろんと横になる。

 その姿にカイルは再びため息をつきながらも――どこか安心したように小さく笑った。


 翌朝六時――。

 まだ陽が昇りきらぬ薄明の街に、冷たい空気が漂っていた。

 ギルド前には、眠そうな顔をした冒険者たちが次々と集まってくる。


「ふぁ~あ……しかし、こんな朝早くから集める意味はあるのかねぇ……」


 盛大なあくびをしながら、バニッシュは背を伸ばす。


「ギルドの人も言ってただろ。警備の配置や連絡事項をまとめて伝えるんだって」


 カイルは手を腰にあてて真面目な声で言う。


「とにかく居眠りだけはするなよ」


「わかってるって……」


 バニッシュは目をこすりながらも、明らかに半分寝ていた。

 その時――。


「おおっ! お前らもちゃんと時間通りに来たな!」


「なんだ、アンタか」


 バニッシュが気の抜けた声で言う。

 エルフの男は、まるで旧友にでも会ったかのように豪快に笑った。


「なんだとはなんだ! 朝から辛気くせぇ顔しやがって! 元気出していこうぜ!」


 そう言うが早いか、バニッシュの肩にガッと腕を回し、ぐいっと引き寄せる。


「だはははは!」


「うお、ちょっ、近い近い!」


 バニッシュが慌てて身をよじるが、エルフはまるで気にしない。


「どうしたどうした、朝からそんな軟弱でどうする! 祭りの警備は体力勝負だぞ!」


「そ、そういう問題じゃ……!」


 そんな中、カイルは腕を組みながら冷ややかな視線を向けていた。


「……お前、本当に朝からうるさいな」


「ハッハッハ、若い奴らはもっと元気出せっての!」


「……だから若いの基準が違うんだっての……」


 バニッシュがぼそりとつぶやく。


 そんな和やかな空気の中――ギルドの重い扉が「ギィ」と音を立てて開く。

 瞬間、場の空気が一変した。

 中から現れたのは、歴戦の強者――そんな言葉が似合う男だった。

 鋭い眼光に、額には一本の深い傷。

 銀灰色に白髪が混じる髪をきっちりとオールバックにまとめ、無駄のない体つきは、年齢を重ねてもなお現役を思わせる。

 その男の後ろには、資料を抱えたギルド職員の女性が二人控えている。

 男は一歩前に出ると、ゆっくりと冒険者たちを見渡した。


「――冒険者諸君。朝早くから集まってもらい、感謝する」


 その低く通る声が響いた瞬間、ざわめきと眠気を帯びていた冒険者たちの空気が一気に張り詰める。

 誰もがその存在感に呑まれ、思わず背筋を伸ばした。


「私はこの街のギルドをまとめる者――グレオ=バートンだ」


 その名を名乗った瞬間、周囲の冒険者たちが小さくざわついた。


「グレオ……って、あの鉄壁のグレオか……?」


「引退したはずじゃ……」


 伝説に名を連ねた冒険者。

 今はこの街のギルド長として、街の守りを担う存在――朝の空気は、もはや完全に戦場のそれへと変わっていた。


「――今回、君たちが受ける依頼は、今日から三日間にわたって行われる祭りの警備だ」


 ギルド長グレオ=バートンの声が、全体に響いた。

 その低く通る声には、年季と威圧感が宿っており、まるで戦場で隊を率いる将のような風格があった。


「比較的受けやすい依頼ということもあり、駆け出しの者も多く参加している。だが――たかが警備だと侮るな」


 言葉と同時に、グレオの鋭い眼光が冒険者一人ひとりを射抜く。

 その視線を受けた者たちは無意識に姿勢を正し、息をのんだ。


「祭りの騒ぎに乗じて悪事を働く者は必ず出る。スリ、窃盗、乱闘――時には暴走した商人や酔っ払いもいるだろう。警備は魔物討伐とは違うが、危険がないとは限らん。決して驕らず、気を引き締めて任務にあたってほしい」


 その厳粛な声に、ざわついていた冒険者たちも自然と静まり返る。

 バニッシュは眠気を完全に吹き飛ばされ、横でカイルは真剣な眼差しでうなずいていた。


「それでは、次に――警備区画を割り振る」


 グレオはギルド職員に目配せをする。

 職員たちは地図の束を広げ、各チームに配り始めた。


「これはあくまで形式的なものだ。君たち冒険者を“縛る”ことなど、我々ギルドにもできんことは承知している。だが、野放しというわけにもいかない。こちらで指定した区画を中心に警備にあたってもらう」


 グレオの説明に、冒険者たちはそれぞれ頷きながらも、中には不満げに鼻を鳴らす者もいた。


「ふん、冒険者としてギルドの指示に従うのは当然のことだろ。」


 そう言い放ったのはカイルだった。

 その真っ直ぐな声音には、若さと正義感が溢れている。


「お、言うじゃねぇか、坊主」


 すぐそばで腕を組んでいた無精ひげのエルフがニヤリと笑う。


「まあ、本来はそうなんだがな。冒険者ってのはピンからキリまでいる。自分の判断で勝手に動く奴も多いんだ。特に――熟練した連中ほどな」


「……つまり、年を取るとわがままになるってことか?」


 バニッシュがぼそりと呟くと、エルフは「聞こえてるぞ」と肘で突く。

 そんな二人を横目に、カイルは明らかに気に入らなそうに鼻を鳴らした。


「熟練だろうが何だろうが、勝手な行動で人を危険に晒すような輩は、冒険者失格だ」


「青いな。だが、そういう奴ほど長生きするもんさ」


 エルフは肩をすくめ、からかうように笑った。

 その瞬間、グレオの鋭い視線が再び彼らの方を向く。


「――静粛に」


 その一言で、全員の動きが止まり、空気が一段と引き締まった。

 祭りの始まりを告げる朝。

 だが、それは同時に――静かに蠢く異変の幕開けでもあった。


 グレオは、手にした街の地図を掲げ、低く通る声で言った。


「――これより、各区画への警備割り当てを発表する」


 その言葉に、冒険者たちは一斉にざわめきを止めた。

 彼の前に広げられた地図には、祭りの開催エリアが十の区画に区切られており、要所ごとに印が記されている。


 「区画は全部で十。各区画には三~四名の冒険者を配置する。基本的には既存のパーティー単位で行動してもらう。単独の者には適宜、他の隊と組ませる」


 グレオの声には一切の無駄がなく、淡々としいた。

 バニッシュとカイルは6区画に配属され、二人のパーティーだったので、単独冒険者であるエルフと組まされることとなった


 「え?」と、バニッシュとカイルが同時に顔を見合わせた。


「お、俺たち二人のところに、あのエルフが?」


 と、バニッシュが思わずぼやくと、背後から陽気な声が飛んできた。


 「おう! そういうことだな!」


 振り向けば、無精ひげエルフが、ニカッと笑って親指を立てていた。


「これも何かの縁だ。よろしく頼むぜ!」


 そう言うや否や、バニッシュの肩にバンッと手を置く。


「ぐっ、重っ……!」と情けない声を漏らすバニッシュ。


「で、お前もだ!」と、カイルの肩にも手を伸ばそうとした瞬間――カイルは一歩引き、滑らかにそれを躱した。


「割り振られた以上、仕方がない。だが――」


 カイルは指を突きつけ、真剣な眼差しでラグナを見据える。


「任務中、勝手な行動はするなよ。規律を乱すようなら、容赦しない」


「はっはっは、言うねぇ若造。いいじゃねぇか、そういう真面目なの嫌いじゃねぇぜ」


 エルフはまるでからかうように笑い、目尻に刻まれた皺を深めた。

 熟練者の余裕、その視線には何かを見透かすような静けさがあった。

 そんなやり取りを見届けたグレオは、全体に向き直る。


「――次に、祭り期間中の注意事項について確認する」


 その声に、再び場の空気が引き締まる。

 グレオは手元の資料を軽く掲げながら言葉を続けた。


「諸君らにも既に書面で渡してあるが、今一度徹底しておく。祭り期間中、街中での武器および魔法の使用は厳禁とする」


 その一言に、広場の空気がざわりと揺れる。


「これは祭りの進行を妨げないための処置である。警備とはいえ、力を見せつける場ではない。市民に不安を与えるような真似は――断じて許さん」


 グレオの鋭い眼光が、列の端から端までをなぞるように走った。

 その圧だけで、言葉を飲み込む冒険者も多い。

 だが、前列に立っていた一人の無骨な冒険者が、手を挙げた。


「ギルド長、質問いいか?」


 グレオは頷き、促す。


「許可する。言え」


「――もし、相手が武器を持っていたらどうすりゃいいんだ?武器も魔法も使うなってんなら、どう守れってんだ?」


 その問いに、場の空気がぴんと張り詰めた。

 冒険者たちの多くが、同じ疑問を胸に抱いていたのだ。

 グレオは一瞬、目を閉じ――そして、静かに口を開いた。


「……いい質問だ。」


 その低い声には、戦場をいくつも生き抜いた者の重みが宿っていた。


 朝の光の中、グレオは無骨な冒険者の質問に静かに視線を向けた。

 その鋭くも沈着な眼光に、場のざわめきが一瞬で凍りつく。


「――それについては、こちらで対策を取っている」


 短く言い放つと、グレオは背後に控えていたギルド職員の女性二人に目配せを送る。

 彼女たちは息を合わせたように一礼し、手にした小袋を両腕に抱えて前へ進み出た。


「これを各自に配布してくれ」


 職員たちは整然と冒険者たちの列を回り、小袋を手渡していく。


 「なんだこれは……?」


 「金か? いや、軽いな」


 受け取った冒険者たちの間に小さなざわめきが広がる。

 袋を開けると、中には白く光沢のある小さな玉が二十個ほど入っていた。

 手のひらに収まるほどの大きさだが、わずかに淡い魔力の光が脈打っている。


 「それは――捕縛玉だ」


 グレオの声が再び響く。


「スパルダンの糸に捕縛魔法を付与し、魔鉱で圧縮・固定したものだ。対象に命中させることで、瞬時に拘束し無力化する。殺傷を避けつつ制圧するための非致死性装備――ギルドが特別に用意した」


「へぇ……そんなもん、初めて見たぜ」


「魔法具か、こりゃ高そうだな」


 冒険者たちは感嘆と半信半疑の入り混じった声を漏らし、捕縛玉を光にかざして観察する。

 グレオは一同を見渡しながら続けた。


「それに加え、今回は王都より警備兵も派遣されている。各区画には最低二名ずつ警備隊を配置済みだ。ギルドから支給した捕縛玉を有効に使い、警備隊と連携して行動してほしい」


 グレオの言葉に、冒険者たちは頷きながらも、どこか不安を残す表情を見せる。

 ――その中で、バニッシュたちの隣でエルフは腕を組み、薄く笑みを浮かべながら手を挙げた。


「ギルド長、ひとつ聞いてもいいか?」


「許可する。言え」


「ギルド側の要望はわかった。だが――もしこれで対処できない状況だったらどうする?」


 ざわり、と空気が揺れた。

 挑発にも似た口調。だが、その瞳は鋭く、ただの皮肉ではない。


「……と、いうと?」


 グレオは目を細め、エルフを射抜くように見つめる。


「例えばだ。スリや窃盗みてぇな小物相手なら、この捕縛玉で十分だろう。だが――もしバックに大きな組織がついていたら? 流石にこっちも丸腰じゃあどうにもできねぇ」


 周囲がざわつく。

 エルフの声には、軽口の奥に確かな現実味があった。


「それほどのものが紛れ込むとは思えんがな」


 グレオは慎重な表情で応じる。その眼差しには、警戒と同時に探るような色があった。

 だが、エルフはふっと目を細め、まるで何かを見透かすように笑った。


「どうかな。この祭りには、各国の貴族どもが顔を出す。それに、王都からは王族も来るんだろ?」


「……」


 グレオの瞳が一瞬だけ鋭く揺れた。


「なら、それを狙う輩が出てきても――おかしかねぇさ」


 静寂。

 周囲の冒険者たちは息を飲み、誰もがエルフとグレオのやり取りに目を奪われる。

 グレオはゆっくりと歩み寄り、エルフの正面に立つ。

 そして、低く抑えた声で言った。


「……貴様、何を知っている?」


 その声音には、怒りでも疑念でもなく――確信を探る者の響きがあった。


 エルフは唇の端をわずかに吊り上げながら小さく囁く。


「さあな。ただの勘だよ、ギルド長」


 と、意味深な笑みを残した。

 その笑顔の裏にあるものを、誰もまだ知らない。

 だが、この瞬間――祭りの裏で動き出した何かが確かに存在していることを、バニッシュも、カイルも、無意識のうちに感じ取っていた。

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