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勇者パーティーを追放されたので、張り切ってスローライフをしたら魔王に世界が滅ぼされてました  作者: まりあんぬさま
追憶編

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縁を持つ者

 ツヅラはゆっくりとバニッシュのもとへ歩み寄る。

 金の瞳は冷静で、けれど奥底には燃えるような決意が宿っていた。


「……バニッシュはん、少し話を聞かせてもらおうか」


 扇を片手にツヅラは静かに言った。

 その声には、いつもの軽やかさはない。

 どこか張り詰めた鋭さがあった。


「セリナはんが言うとった――あのフードの男、それと“黒の勇者”のことや」


 金の瞳が細まり、まっすぐにバニッシュを射抜く。

 バニッシュは短く息を吐き、頷いた。


「……わかった」


 そうして一同は拠点の奥、バニッシュの家の広間へと移動した。

 ライラはまだ泣き腫らした目を伏せ、メイラに支えられながらゆっくりと歩く。

 ザイロは黙ったまま、彼女の後ろを無言でついていた。

 グラドは煙管をくわえたまま、表情を変えずに扉を開ける。

 広間の大きなテーブルを囲むと、誰からともなく湯気の立つお茶が配られた。

 全員がそれぞれの思いを胸に、静かに椅子へ腰を下ろす。

 やがてツヅラが扇を軽く打ち鳴らし、口を開いた。


「――ほな、話を聞かせてもらおうか」


 その声音は穏やかだが、奥には張り詰めた空気があった。

 バニッシュはゆっくりとお茶を置き、深く息を吸い、静かに語り出す。


「……まず、フードの男についてだが」


 彼の声が広間に落ちる。

 誰も言葉を挟まなかった。


「セリナの話では、そいつの名前も素性も……まったくわからなかったらしい。だが、奴は黒の勇者と共に行動していた。そして――」


 言葉を区切るようにバニッシュは目を閉じた。


「……カイルを黒の勇者に替えたのは、そのフードの男だと言っていた」


 フィリアが眉をひそめ、冷静に口を開いた。


「黒の勇者は……そいつと、いまも一緒にいるのか?」


「おそらくな。セリナは彼の影に、いつもその男がいたと言っていた」


 その言葉にツヅラはゆっくりと扇を閉じ、目を細めた。


「――つまり、そのフードの男が黒幕っちゅうことやな」


 低く鋭い声が響いた。

 ツヅラの金の瞳に、殺気のような光が一瞬走る。


「――その男に関しては、うちも面識がある」


 広間が一気に緊張に包まれる。


「……ツヅラ、それは本当か?」


 バニッシュが低い声で問う。

 ツヅラは頷き、視線を宙へと投げるように話し始めた。


「ルガンディアが“黒の勇者”の軍に攻められたとき……あの男が、うちに接触してきよったんや」


「接触……だと?」


「せや。戦火のさなかに、まるで風みたく現れてな。協力せいと言ってきたんや」


 ツヅラの扇がぱちんと鳴る。


「うちのスキルを欲しているようやった。目的も理由も言わん。けど……あの時から、妙な胸騒ぎはしてた」


 フィリアが息をのむ。


「……その時、そいつはどんな姿をしていた?」


 ツヅラは少し目を細め、静かに言った。


「顔は布で隠しとった。けど……声だけは、よう覚えとる。まるで複数の人間が同時に話してるみたいな声やった」


 その場の空気が凍りつく。

 バニッシュは拳を握りしめ、低く呟いた。


「……つまり、そいつは人間じゃない可能性もあるってことか」


 ツヅラは扇を畳み、静かに頷いた。


「せやな。掴めん奴やったわ――あの男は、まるで影そのものや」


 その言葉に、誰もが息をのむ。

 セリナが恐れていた黒の勇者の影――それは今、確かな形を持って動き出していた。

 ――静まり返った広間に、セレスティナの慎重な声が落ちた。


「……あの、一つ疑問なのですが」


 皆の視線が彼女に向く。

 セレスティナは膝の上で指を絡めながら、真っ直ぐに問いを放った。


「そのフードの男――彼の目的は、一体何なのでしょうか?」


 沈黙。

 そして、重く腕を組んだままのバニッシュが口を開く。


「……それは、まだ分からない。セリナの話では勇者の栄光を取り戻すとか言っていたが……」


 言葉を濁し、バニッシュは眉を寄せる。

 どこか引っかかるものがあった。

 その時、フィリアが眼鏡のブリッジを指で押し上げ、レンズの奥で理知的な光をきらめかせた。


「おかしな話だな」


「……というと?」とバニッシュが眉を上げる。


 フィリアは静かに続ける。


「現状、勇者一行は四人のうち三人を失っている。これでは“栄光を取り戻す”どころか、崩壊そのものです。合理的に考えるなら、その“男”の目的は勇者の再興ではなく……勇者という概念そのものに何らかの意図を持っていると考えるべきでだ」


 皆が息をのんだ。

 グラドが鼻息を荒く吐く。


「……つまり、勇者を操るか、壊すかってことか」


 そこに、ツヅラが口元を扇で隠しながら、ふっと笑った。


「狙いは勇者そのものやなく、勇者という存在やったてのは、どうや?」


 その言葉にグラドが眉を上げる。


「どういうことだい?」


 ツヅラはゆっくりと目を細め、

 金の瞳に怪しく光を宿らせた。


「勇者ってのは名や称号やない。それ自体が、力の受け皿や。――せやろ? 女神様?」


 扇をゆらりと動かしながら、ツヅラはセラに視線を向けた。

 突然話を振られたセラは、キョトンとした表情で瞬きをする。


「え? う~ん……」


 首を傾げて数秒、指を顎に当てて考え込む。

 その隣で、神鳥パグが額の羽をぴくりと動かした。


「セラ様……?」


「どうだったっけ?」


 あっけらかんと言うセラに、場の空気が一瞬凍る。

 パグはかくんと頭を下げ、慌てて咳払いをした。


「こほん! まったく……セラ様はすぐに忘れられるのですから」


 そうぼやきながら、彼は翼を広げて皆の前に出た。


「――勇者というのは、セラ様を含め十二柱の女神様の加護を受け、その魂に聖印を宿した者のことを指します。つまり、勇者とはただの称号ではなく、神の権能の継承者なのです」


 皆の表情が変わる。

 パグは続けた。


「そして、世界には“勇者の適正”を持つ者は常に一人――女神の加護は、同時に二つ存在できない。それが、古来からの理です」


「……ひとりだけ?」とリュシアが呟く。


 パグは頷き、重々しく言葉を続ける。


「はい。ですから、新たな勇者を生み出ことは不可能、神々の理に反する禁忌なのです。

 そのフードの男が何をしようとしているのかわかりかねますが――彼の目的は、神々の権能そのものを奪うことになるでしょう」


 ツヅラの金の瞳が細められた。


「……つまり、勇者の栄光を取り戻すためやなく、勇者の力を奪うために動いとる可能性があるってわけやな」


 重苦しい空気が、広間を満たしていく。

 バニッシュは拳を握り、低く呟いた。


「……勇者の力を奪う……それが、やつの目的か」


 ――静かな広間に、パグの胸を張る声が響いた。


「女神様方の加護は絶大です。たとえ魔王であったとしても――勇者の加護を受けた者をどうにかすることなど、不可能です!」


 その断言に、場の空気が一瞬どよめいた。

 誰もが言葉を失い、ただ「そうなのか」と頷くような沈黙が落ちる。

 勇者とは――女神の象徴。

 その加護は、まさに絶対の防壁。

 しかし、その静寂を破るように、ツヅラの低い声が響いた。


「――せやから、堕としたんやろ」


 扇で口元を隠したまま、金の瞳が鋭く光る。


「その女神様の加護を、黒く塗り替えるためにな。黒の勇者っちゅう存在に、堕としたんとちゃうか?」


 ツヅラの言葉に、パグの顔が凍りつく。

 まるで心臓を鷲掴みにされたように、口をパクパクと動かすが、言葉が出ない。


「な、な……そ、そんなこと……!」


 信じられないというより――触れてはならぬ真実を突かれたような反応だった。

 フィリアが椅子に手をつき、冷静に問う。


「……しかし、そんなことが本当に可能なのか?」


 ツヅラは扇をたたみ、肩をすくめる。


「さあな。ただ――可能性はあるっちゅう話や」


 軽く言い放つその声音には、冗談めいた響きの裏に確信があった。

 その時――


「……もし、勇者を堕とすというのなら――」


 静かに口を開いたのは、セラだった。

 彼女の桃色髪が柔らかな光を帯び、静謐な空気を広間に広げる。


「それには、(えにし)が必要だよ」


「縁……?」とバニッシュが眉をひそめる。


 セラはゆっくりと頷き、両手を胸に当てて語り出す。


「うん。深く、強い――魂と魂を結ぶような縁。それがなければ、勇者の加護を塗り替えるなんてできないの」


「なんでそんなものが必要なのよ?」とリュシアが腕を組み、納得できない様子で問う。


 セラは、どこか遠くを見つめながら微笑んだ。


「世界でいちばん強い力は――人の心だから。人は願いや想いによって、力を発揮したり、奇跡を起こしたりする。それは、私たち女神や魔王すらも凌駕する力なの」


 静かな言葉だった。

 しかし、そこにはどんな魔法よりも重い真理があった。


「だからね――勇者の加護を黒く染め上げるなら、それと対となるほど強い縁を持つ者が必要なの」


 その瞬間、セラの視線が――まっすぐに、バニッシュへと向けられた。

 光を宿す瞳が、彼を射抜く。


「……っ?」


 バニッシュは思わず身を固くする。

 セラの視線が誘導するように、広間にいた全員の視線も彼に集まった。

 皆の目が、一斉にバニッシュへと注がれる。


「え? ……な、なんだよ、その目は」


 戸惑うバニッシュ。

 しかし、その胸の奥では、微かに何かがざわめいていた。

 縁――魂を結ぶほど強い絆。

 もしそれが、勇者を堕とす鍵になるのだとしたら……セリナとカイルを繋いでいた何か――その闇の縁を断ち切れるのも、あるいは、それを再び光に戻せるのも同じ、縁を持つ者だけなのかもしれない。

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