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勇者パーティーを追放されたので、張り切ってスローライフをしたら魔王に世界が滅ぼされてました  作者: まりあんぬさま
星降る収穫祭編

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クローヴァの印

 収穫祭――ついにその幕が上がった。

 広場の中央には、夜になれば燃え上がる予定のキャンプファイヤー用の丸太の木組みが高々と組まれ、周囲には色とりどりの布と花で飾られた屋台が立ち並ぶ。

 その周りでは、収穫された作物を山のように積み上げ、恵みに祈りを捧げる者、香ばしい匂いに誘われて屋台を巡る者、ステージで舞踏や歌を楽しむ者――。

 笑い声と笛の音が混じり合い、拠点はまるで別世界のような賑わいに包まれていた。

 その喧騒を背に、バニッシュはステージ裏へと下がる。

 開催の挨拶を終えたばかりの彼の額には、まだうっすらと緊張の汗が残っていた。


 「お疲れさん」


 ツヅラが扇を口元に添えながら金の瞳を細める。


 「うむ、ご苦労だった」


 フィリアは眼鏡をクイと上げ、書類を片手に頷く。


 「いやぁ……慣れないことはするもんじゃないな」


 バニッシュは頭に手を当て、苦笑いを浮かべた。


 「ぷっ、緊張しちゃってカッコ悪いの」


 リュシアが口元を押さえて笑う。


 「初めてなんだから仕方ないだろ」


 バニッシュがむすっと返すと、セレスティナがそっと微笑んだ。


 「でも、素敵な挨拶でしたよ。とても、バニッシュらしくて」


 「うん。背伸びしてないところが、逆に良かったよ」


 セリナも微笑ましげに言い添える。


 「そ、そうか……」


 褒められて少し照れくさそうに頬を掻くバニッシュ。

 そこにフィリアがすかさず口を挟む。


 「感傷に浸るのは後だ。まだ確認事項が残っている」


 「そうだな。夕方の点検もあるし、屋台の安全も見ないと」


 バニッシュが気を引き締め直したところで、リュシアが腰に手を当てる。


 「じゃあ私たちは祭りを楽しんでくるわね!」


 「ああ、楽しんでこい」


 まるで娘を送り出す父親のような声音で返すバニッシュ。

 そんな中、ツヅラがすっと横に寄り、バニッシュの腕に絡みついた。


 「ほな、うちらは仕事に取り掛かろか」


 「お、おい、ツヅラ!?」


 思わぬ距離の近さにドギマギするバニッシュ。


 ――その瞬間。

 背後で小さな爆ぜる音がした。

 ボンッ、と柔らかい炎が弾け、はたかれたような衝撃をバニッシュは頭に受ける。


 「ぐぉっ!?」


 「何鼻の下のばしてるのよ!」


 ジト目のリュシアが腕を組んでいた。


 「いや、鼻の下なんか……」


 言い訳をするバニッシュを、リュシアの後ろではセレスティナとセリナが呆れ顔で見ている。

 その空気を楽しんでいるのはツヅラだった。

 扇の陰でコロコロと笑いながら、「ほな、行こか」と軽やかに歩き出す。


 「……まったく、賑やかなもんだ」


 額に手を当ててため息をつくフィリアも、どこか楽しげだ。

 バニッシュはまだ少し煙の残る頭を押さえながら「とにかく、夕方には合流するよ」と呟いて、ツヅラたちの後に続いた。


 「さ、じゃあ私たちはライラと合流してお祭りを楽しみましょう!」


 リュシアがぱんっと手を叩き、軽やかな笑顔を浮かべる。


 「ええ、そうですね」


 「ライラさん、きっと準備も終わったころでしょうか」


 セレスティナとセリナも微笑みながら頷き、三人は連れ立って歩き出した。

 拠点の一角――炊き出し用の大鍋が並ぶ調理場では、湯気と香ばしい匂いが立ちこめていた。

 人の気配も多く、エルフや獣人の女性たちが手際よく野菜を刻み、焼き台の上では肉の脂がじゅうじゅうと音を立てる。

 その中心で、額に汗を浮かべながら動き回る少女の姿があった。


 「ライラー、迎えに来たわよ!」


 リュシアの声に、包丁を握っていたライラがぱっと顔を上げた。


 「あっ、ごめん! もう少し待ってて! あと少しだから!」


 慌ただしく走り寄り、顔の前で手を合わせて謝るライラ。


 「大変そうですね」


 セレスティナが微笑ましげに言うと、ライラは苦笑しながら頷いた。


 「うん、人が増えたからね。食材の量も桁違いで……」


 「じゃあ、もう少し待ちましょう」


 セリナが静かに言い、リュシアも「そうね」と頷いて腕を組む。

 「ごめんね!」とライラは再び頭を下げた。

 そのやり取りに気づいたメイラが、手を拭いながら近づいてくる。


 「ライラ、こっちはもういいから行っておいで」


 穏やかな声には、母親らしい優しさと頼もしさが混じっていた。


 「で、でも……」


 ライラは申し訳なさそうに、後ろで仕込みを続けるエルフや獣人たちへと視線を向ける。

 メイラはそんな娘の肩を軽く叩いて笑う。


 「大丈夫! 仕込みも粗方終わったしね。ほら、さっさとしないとお祭り終わっちゃうよ」


 「そうそう、若い子はお祭りを楽しまないと!」


 「こっちは任せておきな!」


 仕込みをしていたエルフや獣人たちも笑顔で背中を押す。


 「ありがとう!」


 ライラはぱっと花が咲くように笑い、嬉しそうに頭を下げた。


 「じゃあ、今支度してくるね!」


 そう言って、エプロンを外しながら駆け出していく姿を、メイラは目を細めて見送る。


 「まったく、あの子ったら。忙しいくせに周りのことばっかり気にして……」


 呆れたように言いながらも、その口元はどこか誇らしげにほころんでいた。


 支度を終えたライラが軽やかに駆け寄ってきた。


 「お待たせ!」


 祭り用の装いに着替えたライラは、髪をゆるくまとめ、腰には花飾りの帯を結んでいる。

 普段の素朴さに少し艶やかさが加わり、リュシアたちの目が思わず輝く。


 「わぁ……ライラ、すごく似合ってる!」


 「ほんと、素敵ですよ」


 セリナとセレスティナの言葉に、ライラは頬を染めて照れ笑いを浮かべた。


 「も、もうっ……褒めすぎ!」


 そんなやり取りをしながら、四人はにぎやかな屋台通りへと繰り出した。

 焼きトウモロコシの香ばしい匂い、焼きたてパンの甘い香り、果実酒の芳醇な香り――鼻をくすぐる匂いが次々と彼女たちを誘う。


 「これ美味しい!」


 リュシアが串焼きを片手に目を輝かせれば、「こっちの果汁ジュースもおすすめですよ」とセリナが笑顔で差し出す。

 セレスティナは涼やかに微笑みながら、「皆さん、本当に子供のようですね」と肩をすくめた。

 食べ歩きながら出店を巡るうちに、ひときわ華やかな屋台の前で足が止まる。

 棚には、光を受けてきらめくアクセサリーがずらりと並んでいた。

 金の腕輪、銀の髪飾り、そして宝石を埋め込んだペンダント。


 「わぁ……綺麗ね」


 ライラが思わず見惚れるように呟く。


 「ほんとだね。こっちのガラス細工も素敵」


 とリュシアもアクセサリーを覗き込む。

 ライラはふと、リュシアとセレスティナの胸元に目を向けた。

 そこには、揃いの赤いペンダントが小さく光を放っている。


 「……リュシアたちの、それも綺麗よね」


 ライラが優しく言うと、リュシアは「あぁ、これね」と微笑みながらペンダントに手を添えた。


 「セレスティナからもらったの。親友――というか、ライバルの証みたいなものよ」


 「ふふ……あの時は照れくさかったですけどね」


 セレスティナも懐かしそうに笑い、指先で自分のペンダントを軽くつまむ。


 「これは大切なものだから」


 リュシアの声は、祭りの喧騒の中でも不思議と柔らかく響いた。

 夕陽が二人の胸元のペンダントを照らし、赤い光がほんの少しだけ重なって煌めく。

 それを見ていたライラは、そっと胸の奥が温かくなるのを感じた。


 「……いいなぁ、そういうの」


 小さく呟くその声に、リュシアが気づいて微笑みかける。


 「そのうち、ライラにもきっと見つかるわよ。自分だけの“大切なもの”が」


 「うん……そうだといいな」


 ライラも照れくさそうに笑い、空を見上げる。

 その時、セリナがふいに小さく声を上げた。


 「……あ、これ」


 「どうしたの?」


 リュシアが顔を向けると、セリナは屋台の中央、ひときわ静かな輝きを放つアクセサリーを指先で示していた。

 そこにあったのは、円形の銀枠に納められた一対のイヤリング。

 中心には淡く光を放つ透明の“調和珠”。

 そしてその周囲を、赤・青・緑・黄――四つの魔鉱石が円を描くように並び、まるで四つ葉のクローバーのような形を形作っていた。


 「わあ……綺麗」


 ライラが思わず息をのむ。

 色とりどりの石は、それぞれが小さな光を放ち、中央の調和珠がそれを柔らかく包み込むように輝いている。

 どの角度から見ても、四つの光は調和して一つの“円”を作り出していた。


 「それがどうしたのよ?」


 リュシアが不思議そうに首をかしげると、セレスティナが微笑みながら説明した。


 「――ああ、クローヴァの印ですね」


 「クローヴァの……印?」


 リュシアの眉がぴくりと動く。

 セレスティナはそっとイヤリングの近くに手を伸ばし、淡い光を映すそれを指先でなぞった。


 「古い伝承『四英傑伝』にあるの。かつて世界を救った四人の英雄がいて、彼らはそれぞれ“赤・青・緑・黄”の力を象徴していたといいます。絆、静謐、愛、希望――四つの心が一つになるとき、奇跡が訪れると伝えられているのです」


 「へぇ……そんな話、初めて聞いた」


 リュシアが興味深げに身を乗り出す。


 「わたし、昔お父さんから聞いたことあるかも」


 ライラがぽつりと呟いた。


 「“四つの色が揃う場所には祝福が宿る”って……」


 「そう、それがクローヴァの印。四人の異なる種族の英雄が手を取り合った証。今では、調和や絆の象徴として身に着ける人も多いのよ」


 セレスティナが穏やかに言葉を結ぶ。


 「なるほどね……だから、あの形なんだ」


 リュシアはイヤリングをじっと見つめ、赤い石に指を添えた。

 ふと、胸元の自分のペンダントの赤い光が、イヤリングの赤と重なって煌めいたような気がした。


 「……ねえ、いいんじゃないかな?」


 セリナが小さく微笑む。


 「この印、きっと……私たちの大切なものになる気がするの」


 四人は顔を見合わせ、どこかくすぐったいように笑った。

 祭りのざわめきの中、風が吹き抜け、屋台の上で吊るされた小鈴がかすかに鳴った。

 その音はまるで――過去の英雄たちが、遠い記憶の中で微笑んでいるかのようだった。


 屋台の主人が柔らかく微笑み、包みを差し出す。


 「気に入ったようだね。今は二対しかないが――これは君たち四人に」


 渡されたのは、淡く光を帯びた小箱。

 中には“クローヴァの印”のイヤリングが二対、計四つ並んでいた。

 四人は思わず顔を見合わせ、嬉しそうに頬をほころばせる。


 「いいんですか?」


 セリナが遠慮がちに尋ねると、店主は笑って首を振った。


 「この印は調和を願うものだ。君たちの笑顔を見ていたら、ぴったりだと思ってね」


 セリナは小さく頭を下げ、皆で一つずつ受け取る。

 それぞれ片方の耳に、そっとイヤリングを付けた。

 ――赤、青、緑、黄。

 四つの色が、祭りの灯の下でやわらかく光を放つ。


 「ふふっ……なんだか不思議だね」


 リュシアが髪を払ってイヤリングを揺らす。

 セリナはその光るイヤリングを見つめながら、ふと口を開いた。


 「そういえば、『四英傑伝』に出てくる四人の英雄って――みんな違う種族でしたよね」


 その言葉に、三人は顔を上げた。


 「……ああ、確かに」


 セレスティナがゆっくり頷く。


 「魔族、獣人、エルフ、人間――それぞれ異なる種族が手を取り合って世界を救ったと伝えられています」


 「じゃあ、なんだか私たちみたいだね」


 セリナが少し照れくさそうに笑う。

 リュシアは赤と琥珀の瞳を細め、「あんたのそういうとこ、嫌いじゃないわ」と肩をすくめた。


 「じゃあリュシアは“絆の赤”ね!」


 ライラがいたずらっぽく笑う。


 「セレスティナさんは“静謐の青”がぴったり!」


 「ふふ、ありがとうございます」


 セレスティナは優雅に微笑み、イヤリングを指先で軽く揺らす。


 「じゃあ、ライラは“愛の緑”ね。今、恋愛で悩んでるんだし」


 リュシアがニヤリと笑うと、ライラの耳まで真っ赤になった。


 「ちょ、ちょっとー!」


 「ふふっ……では、“希望の黄”はセリナさんですね」


 セレスティナが穏やかに言うと、セリナは胸の前で両手を重ね、はにかんだ笑みを浮かべた。


 「え、えっと……そんな大それたものじゃないけど……ありがとう」


 四人は互いの顔を見合わせ、どこか恥ずかしそうに笑う。

 風が吹き抜け、耳元のイヤリングが同時にきらりと光った。


 「ねぇ――」


 リュシアが小さく呟く。


 「私たち、ずっと友達だよ」


 その一言に、三人は静かに頷いた。


 「もちろんです」


 「うん!」


 「当たり前でしょ」


 四人の笑顔が重なる。

 その瞬間、彼女たちのイヤリングがふっと淡い光を帯び、

 まるで互いの心が共鳴したように、ひとつの柔らかな輝きを描いた。

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