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誓いの刃、答えは行動に

 重苦しい沈黙を切り裂くように、リュシアが声を張り上げた。


「じゃあ……アンタたちは、自分たちの仲間を――手にかけたって言うの!?」


 その声は広間に鋭く響き渡り、セリナの心を抉る。

 俯いたまま、セリナは嗚咽を漏らしながら涙を流した。


「……っ……」


 その姿に、リュシアの眉はさらに吊り上がり、強く言葉を叩きつける。


「泣いてないで答えてよ! アンタはいったい――」


「リュシア、落ち着け」


 低く、しかし揺るぎない声が彼女を制した。

 腕を組んだままのグラドが、穏やかな眼差しを向けていた。


「だって……!」


 リュシアは食い下がろうとするが、グラドは声を荒げることなく続けた。


「お前の気持ちも分かる。だが、今は“話を聞く”時だ」


 その一言に、リュシアは息を詰まらせ、言いかけた言葉を飲み込む。

 まだ納得はいっていない。だが、険しい表情のまま、渋々耳を傾ける姿勢を見せた。

 バニッシュは静かに息を吐き、セリナの方へと目を向ける。


「……それで、お前は逃げて来たのか」


 彼女の涙が少し落ち着くのを待ち、優しく問いかけた。

 セリナは震える肩を抱きしめるように両手で握りしめ、俯いたまま語り始める。


「……フードの男についていった後……カイルは……変わってしまった……」


 その声は震えながらも、確かな絶望を含んでいた。


「“新たな秩序をもたらす”って……狂ったように言い出して……。各地から……荒くれ者や暴徒たちを募り、従わせ……」


 その先を言葉にすることすら苦しいのか、セリナは唇を噛む。


「……私は……耐えられなかった……」


 その小さな声は、広間にいる全員に深い影を落とした。

 その時、静かに響く澄んだ声。


「……それで、逃げて来たというのですね」


 セレスティナだった。

 その表情は責めるでも憐れむでもなく、ただ真実を受け止めようとする透明な眼差しだった。

 セリナは小さく頷き、再び涙を落とした。

 腕を組んだまま、グラドは深く荒い鼻息を吐いた。

 その目はセリナを鋭く射抜きながら、低く響く声で言葉を放つ。


「……あんたの事情は分かった。どうしようもねぇ状況だったってこともな」


 その言葉に、リュシアが食いつくように声をあげる。


「ちょっと! グラド――」


 しかし、グラドは片手を上げて彼女を制した。


「まあ、聞け。……だがな、あんたに責がねぇわけじゃねぇ」


 その一言に、セリナの肩がびくりと震える。

 グラドは鋭い眼差しを逸らさず、静かに問いかけた。


「セリナとか言ったか? ……俺のことを覚えてるか?」


 重くのしかかる沈黙。

 やがて、セリナは俯いたまま、小さな声で答えた。


「……はい」


 グラドは深く鼻を鳴らし、かつての記憶を掘り起こすように続ける。


「俺は――お前らによって工房を失った。国からも追放された。……まあ、俺自身にも色々あって、腐ってた時期だったし、未練もねぇ。だがな――」


 そこで言葉を区切り、低く、重く吐き出す。


「……許されることじゃねぇ」


 その声は怒りの咆哮でもなければ、ただの恨み言でもなかった。

 事実として突きつけられる、揺るぎなき現実の告白だった。

 セリナは顔を上げることなく、深く俯いたまま、その言葉を受け入れるように震える肩を抱きしめた。


「ここは、皆が寄り集まって作った場所だ。……あんたがここに住みてぇって言うなら、バニッシュは快く迎えるだろうよ」


 ちらりと視線をバニッシュへ送る。その顔には曇りも険しさもなく、ただ真っ直ぐな光が宿っていた。


「だがな――それじゃ納得いかねぇ奴だっている」


 リュシアの強張った表情が、セレスティナの冷静な眼差しがセリナを射抜くように見つめる。

 グラドは一息つき、鼻から荒く息を吐いた。


「俺は女神じゃねぇし、バニッシュほどお人好しでもねぇ。俺は鍛冶師だ。だからよ……俺なりの方法で、あんたを見極めさせてもらう」


 そう言って、グラドは腰の傍らに置いていた布包みを取り出した。

 厚手の布をシュルリと剥ぐと、そこから姿を現したのは一本の短剣。

 銀に似た輝きを放ちながらも、その刃には不思議な脈動が走っている。

 見る者にただの武器ではないと悟らせる妖しい存在感を放っていた。


「……こいつは、俺が打った魔剣だ」


 グラドは短剣を掌に載せ、静かに続ける。


「使用者の魔力によって、その姿を変える。もしあんたが本当に害のない人間なら、こいつはそれ相応の姿になるだろう。だが――」


 鋭い眼差しをセリナへ突きつける。

 その瞳には怒りでも敵意でもなく、ただ揺るがぬ職人としての覚悟が宿っていた。


「そうじゃなかった場合は……ここから出て行ってくれねぇか」


 その場にいた全員が息を呑んだ。

 グラドの言葉は刃のように鋭く、同時に揺るぎない正義を帯びていた。

 セリナは肩を小さく震わせながら、その短剣を見つめる。

 それは彼女の罪と、そして未来をも映す鏡のように思えた――。


「グラド――!」


 バニッシュが堪えきれず声を荒げた。

 セリナに短剣を握らせようとするその行為は、まるで彼女を試すという名目で追い詰めているように見えたからだ。

 しかし、グラドは揺るがぬ眼差しでバニッシュを見据える。


「バニッシュ……お前だってわかっているはずだ」


 その声は低く、重く、鍛冶場の金床のように確かな響きを持っていた。


「誰だって、やってしまったことは変えられねぇ。それが罪であるなら――償わなきゃならねぇんだ」


 短剣の刃が淡く脈打つ。

 その光は、まるでセリナを裁く神の眼差しのように冷たい。


「ここで暮らしていくんなら、それなりの証明をしなきゃならねぇ」


 グラドの言葉は刃のように鋭く突き刺さり、バニッシュは返す言葉を失った。

 喉元までこみ上げた反論は、真実の重みによって呑み込まれていく。

 やがて、静かな沈黙の中で――セリナが動いた。

 彼女は細い指先を伸ばし、震える手で差し出された短剣の柄に触れる。


「セリナ……!」


 思わずバニッシュの声が漏れる。

 その声には心配と、止めたい気持ちと、どうしようもない無力さが混じっていた。

 セリナは振り返り、涙の跡が残る顔で、それでも微笑んでみせた。


「その人が言うことは……正しいの」


 刹那、彼女の声は驚くほど澄んでいた。


「私は……皆に証明しなきゃならない。だから――大丈夫」


 その決意の光は、短剣の脈動と重なり合うように強く輝きはじめた。

 セリナは震える手で短剣を握り、深く息を吸い込んだ。

 肺を満たす空気が胸を締め付けるように重く感じる。だが、それでも――逃げるわけにはいかなかった。

 静かに目を閉じる。

 心の奥底から、彼女の魔力が静かな泉のように湧き上がり、短剣へと流れ込んでいく。


 瞬間――短剣が淡い光を放った。

 刹那、眩い光が部屋中に広がり、皆が思わず目を細める。

 光は脈動するように揺らめき、刃全体を覆って形を変えていく。

 ギラついた鋼の輝きではない。

 それは、まるで祈りを具現化したかのような、穏やかで澄んだ光。

 やがて、光が収まった時――そこにあったのは、まったく別の姿の短剣だった。

 柄は聖教の紋を模した意匠に変わり、刃には細やかな銀の装飾が刻まれている。

 それはまるで、聖女の祈りを宿した聖具のように清らかで、見る者の心を静める力を帯びていた。


「こ、これは……」


 思わず息を呑むバニッシュ。

 グラドは腕を組んだまま、細めた瞳でその刃をじっと見つめた。

 豪快さを封じた低い声で、一言を吐き出す。


「……聖女の短剣サンクティア・ブレード


 その名が響いた瞬間、部屋を包む空気が一層張り詰める。


「なるほどな……」


 グラドは鼻を鳴らしながらも、静かに頷いた。


「俺はこれで十分だ。――リュシア、セレスティナ。お前らはどうだ?」


 鋭い視線を二人に向ける。

 唐突に問われ、リュシアはわずかに肩を揺らし、視線を泳がせた。


「わ、私は……」


 言葉が喉につかえ、続きが出てこない。

 代わって、隣のセレスティナが一歩前に進み、澄んだ声で告げた。


「私たちは、まだ納得できません」


 場の空気が再び張り詰める。セリナもバニッシュも思わず息を呑んだ。


「セリナさん。私の故郷エルフェインでは、信頼を得るには言葉ではなく――行動で示さなければなりません。ですから、貴方にも……行動で示してほしいのです」


 まっすぐに向けられたその眼差しは、冷徹ではなく、静かな誠実さに満ちていた。

 リュシアは「……っ」と言葉を飲み込んだまま、ちらとセレスティナを見やる。

 セレスティナは柔らかく微笑みかけ、促すように問いかける。


「リュシアも、それでいいですね?」


 一瞬、リュシアの目がぱちりと大きく開かれる。だがすぐに顔を背け、鼻を鳴らした。


「そ、そうね! ここで追い出して途中で死なれても、後味悪いし……!」


 強がりを隠そうともせず、ふんと顎を上げる。

 その姿に、グラドがにっと口角を上げる。

 次にグラドはザイロへと視線を向けた。


「……ザイロ。お前はどうだ?」


 静かな間。ザイロは腕を組んだまま動かず――やがて、低くうなずいた。

 その仕草だけで十分だった。


「みんな……」


 バニッシュは胸の奥から湧き上がるものを抑えきれず、声を詰まらせる。

 グラドは鼻を鳴らし、短く言葉を吐き捨てた。


「勘違いすんなよ、セリナ。全てを許されたわけじゃねぇ。これからどうするか……それは、今後のあんた次第だ」


 セリナは短剣を胸に抱きしめ、こぼれる涙を拭いもせず、ただ小さく呟いた。


「……ありがとう……」


 その声は震えていたが、確かに感謝の響きを帯びていた。


「よし! じゃあ来る収穫祭のために作業に戻ろうぜ!」


 グラドが両手をパンと打ち鳴らし、張り詰めていた空気を一気に吹き飛ばす。

 その豪快な笑い声に、広間にいた全員が肩の力を抜かれたように顔を見合わせ――自然と立ち上がる。

 重かった沈黙は、もうどこにもなかった。

 その場を出ていく前、セリナはグラドの前に歩み寄り、両手で布に包まれた短剣を差し出す。


「あの……これを」


 グラドは短剣を受け取らず、しばし無言でその刃を見つめる。

 そして腕を組み、静かに首を振った。


「……いや、そいつはお前が持ってろ」


「え……?」


「剣は時に持ち主を選ぶ。そいつは……お前を選んだんだ。なら、最後まで責任を持ってやれ。――その刃は、もうお前の一部だ」


 重みのある言葉。しかし、その声には確かな優しさが込められていた。


「……はい」


 セリナは短剣を胸に抱きしめ、潤んだ瞳で小さく頷いた。

 数日後、セリナはすっかり動けるようになり、畑の拡張作業に加わっていた。

 ぎこちない手つきで鍬を振るい、額に汗をにじませながらも一生懸命土を耕す。

 横ではライラが根気強く指導していた。


「違う違う、力を入れすぎ。腰をこう、グッと落として……ほら、もっと楽に」


「こ、こう……ですか?」


「うん、その調子!」


 慣れない仕事に四苦八苦しながらも、セリナの額には確かな充実の汗が光っていた。

 夕刻――作業を終えた仲間たちは温泉へ。

 女湯では、ゆったりと白い湯気が立ちこめる中、メイラ、リュシア、セレスティナが肩まで湯に浸かり、一日の疲れを流していた。


「はぁ……やっぱり温泉はいいわねぇ」


 メイラが肩を回し、幸せそうに目を細める。

 そこへ、ライラに手を引かれるようにしてセリナが気まずそうに入ってきた。


「え、えっと……お邪魔します……」


「ふふ、遠慮しないで。さ、入って入って!」


 ライラが笑顔で背を押す。

 湯に足を入れた瞬間、セリナは感嘆の声をもらした。


「すごい……あったかくて……気持ちいい……!」


「でしょ? ここは私のお気に入りなんだから」


 とライラは得意げに胸を張る。

 その様子を見ていたリュシアの目がふと鋭く光る。

 ――そして次の瞬間、目を奪われた。

 お湯に沈めたセリナの小柄な身体。その胸元に視線が釘づけになる。

 小柄な体に似合わぬ、豊かで柔らかそうな双丘が湯面にゆらりと浮かび、波紋を描いていた。


「……っ」


 リュシアは思わずお湯に口元まで顔を沈め、目を凝らしてしまう。


「……見すぎですよ、リュシア」


 セレスティナの冷静な声が飛ぶ。


「うっ……!」


 バッと視線を逸らすリュシア。

 だが、その赤い耳はごまかしきれない。


 ふと視線を横にやると、すらりとした肢体のセレスティナが目に入る。

 長身に整ったプロポーション、そしてエルフ特有のしなやかな曲線美。

 胸も豊かで、まるで彫像のようだった。


「……アンタはいいわよね」


 リュシアは悔しさを隠さず呟く。


「……何を言ってるんですか」


 セレスティナは困ったように眉をひそめた。

 温泉の湯気の中、セリナは胸を押さえながら「?」と首を傾げ、状況が飲み込めずキョトンとした表情を浮かべていた。

 一方、その隣でライラはひっそりと自分の胸元に視線を落とし、セリナとの差に落ち込みながら、湯の中で小さく肩をすくめる。


「すごーい! お湯がきらきらしてるーっ!」


 そこに飛び込んできたのは、何も考えず楽しそうにはしゃぐセラだった。

 両腕でお湯をバシャバシャとし、まるで子供のように笑顔を浮かべる。


「あはははっ! あったかーい!」


「ちょっと! お風呂ではしゃがないでよっ!」


 リュシアが慌てて声をあげるが、セラは聞いちゃいない。

 ライラが苦笑し、セレスティナは呆れながらも微笑ましく眺める。

 女湯は、すっかり明るい騒ぎに包まれていた。


 一方その頃――男湯。

 しんと静かな空気の中、バニッシュ、ザイロ、グラドが肩まで湯に浸かり、のんびりとした時間を過ごしていた。


「ふぅ……やっぱ温泉は格別だな」


 グラドが豪快に息を吐き、湯にどっぷりと浸かる。


「風呂上がりに一杯やるか!」


「……お前は飲むことしか考えてないな」


 バニッシュは呆れたように肩をすくめる。

 隣では、ザイロがいつものように黙したまま、静かに湯の温もりを味わっていた。

 その無言さが逆に心地よい。


 ――と、そこで不思議な光景が目に入る。

 湯船の端に置かれた小さな桶。その中に、パグがちょこんと収まり、気持ちよさそうにプカプカと浮かんでいた。


「……おい、お前鳥だろ。温泉に浸かって平気なのか?」


 思わずバニッシュが問いかける。

 パグは目を細め、翼を少し広げてから誇らしげに答えた。


「ええ、私は神鳥ですので問題ありません。温泉もまた、天の恵みのひとつ……ふぅ、極楽極楽」


「……そんなもんか?」


 バニッシュは眉をひそめたが、それ以上突っ込むのも野暮だと考え直し、結局口をつぐんだ。

 静かな男湯に、湯がはじける音とグラドの笑い声、そしてパグの妙に落ち着いた声が混ざり、奇妙に平和な時間が流れていった。

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