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勇者パーティーを追放されたので、張り切ってスローライフをしたら魔王に世界が滅ぼされてました  作者: まりあんぬさま
星降る収穫祭編

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仲間か、敵か

 バニッシュはセリナの身体をしっかりと抱きかかえた。

 驚くほど――軽い。まるで重みを失った羽のようで、その痩せ細った体に胸が締めつけられる。


「……っ、急がなきゃ」


 息を整える暇もなく、足を速める。森の木々を駆け抜け、結界を越え、拠点へと戻る。

 広場に差しかかった時、収穫を終えていた仲間たちが一斉に振り返った。

 リュシアが真っ先に声を上げる。


「ちょっとアンタ! その人、誰よ!?」


 その視線は鋭く、問い詰めるような響きだったが、バニッシュは応じる余裕もなく走り抜けた。


「後で話す! 今は手当てが先だ!」


 リュシアが食い下がろうとしたが、セレスティナが袖を掴み、首を横に振る。


「……今は任せましょう」


 バニッシュは自分の家へ駆け込み、扉を蹴るように開け放った。

 寝台の布団を手早く整え、セリナをそっと横たえる。

 荒い息を吐きながら、両手を胸の前で組む。


「――癒光結界陣セラフェイン・フィールド


 術式が展開される。

 床一面に淡い光の紋章が浮かび、細やかな線が幾重にも重なって結界陣を描き出す。

 眩くもやさしい癒光が部屋を満たし、眠るセリナの身体を包み込んだ。

 青白い頬に、わずかな血色が戻っていくのが見える。

 バニッシュは安堵の息を吐き、椅子を引き寄せて腰を下ろした。

 癒光に照らされたセリナを見守りながら、無意識に拳を強く握りしめていた。


「……なぜ、こんな姿に……」


 呟きは誰に届くこともなく、ただ光の中で眠るセリナの呼吸だけが静かに響いていた。

 セリナ――かつて勇者一行に身を置いた癒し手。

 バニッシュは彼女の寝顔を見つめながら、脳裏に黒の勇者カイルの姿を思い浮かべる。


(セリナはカイルの仲間のはずだ……あの“黒の勇者”と共にいた。なら、なぜここに? まさか、セリナも……追放された? いや、それとも……)


 混乱に次ぐ混乱。頭の中で疑念が渦巻き、答えはひとつも見つからない。

 ただ、目の前の彼女が衰弱しきっているという現実だけが重くのしかかる。

 その時。

 そっと扉が開かれ、気配に気づいたバニッシュが顔を上げる。


「……大丈夫ですか?」


 心配そうに覗き込むセレスティナ。

 その声は眠るセリナに向けたものか、椅子に腰を下ろしたままのバニッシュに向けたものか。

 しかし彼女の琥珀の瞳はわずかに潤み、抑えた感情が透けて見える。

 バニッシュは小さく息を吐き、肩の力を抜いた。


「……すまない。みんなに心配かけたな」


 その声音には、強がりでも威圧でもない、仲間を想う優しさが滲んでいた。


「事情を……説明するよ」


 静かにそう告げ、眠るセリナに一瞥を送る。

 そして椅子を立ち、仲間たちの待つ広間へと歩みを進める。


 拠点の広間に戻ると、皆が一斉に顔を上げる。

 その瞳は一様に心配を帯びていたが、中でもリュシアの眼差しは鋭く、どこか苛立ちを含んでいた。


「で、さっきの人は誰なの?」


 真っ直ぐに問い詰める声。

 バニッシュは言葉を探し、苦い顔を浮かべながら口を開いた。


「……彼女は……勇者カイルの仲間……セリナだ」


 一瞬、空気が固まる。

 次の瞬間、リュシアが椅子を蹴るようにして身を乗り出した。


「はぁ?! じゃあそいつ、敵じゃないの!」


 噛みつくような声に、場の空気が緊張する。

 バニッシュは慌てて両手を軽く上げた。


「いや……そうとは限らない」


 だが、自分の口から出た言葉に、はっと息を呑む。

 その隙を逃さず、リュシアが声を張り上げた。


「“そうとは限らない”? アンタ、ルガンディアのこと忘れたわけじゃないでしょ! 勇者の仲間ってことは、あの黒の勇者の仲間ってことでしょ! アイツらは、多くの人の命を奪った敵なのよ!」


 叫ぶような声が拠点に響く。

 その鋭さに、他の仲間たちは口を閉ざしたまま固唾を呑むしかない。

 バニッシュは反論できず、拳を握りしめた。

 脳裏に浮かぶのは――涙を流すルガンディアの民。

 ツヅラの顔、そして、すべてを託し灰と消えた灰毛の姿。

 喉が塞がり、声が出ない。

 ただ沈黙の中、バニッシュは苦しげに目を伏せるしかなかった。

 長い沈黙が、重苦しい空気をさらに圧し潰していく。

 やがてリュシアは椅子を軋ませながらゆっくりと、鋭い眼光を宿したまま、セリナの眠る部屋の方へ歩を進めた。


「……リュシア、何をする気だ」


 問いながら、バニッシュがその前に立ち塞がる。

 リュシアは振り返らず、ただ一言を吐き捨てるように告げた。


「どいて。――私がそいつを消すわ」


 その声は低く、しかし凍りつくような圧を伴っていた。

 普段の彼女からは想像できない、憤怒と決意の入り混じった声音。


「な……! 彼女は今、ボロボロで衰弱しているんだ! そんなこと――」


 思わず声を荒げるバニッシュ。

 だが、その言葉を遮るようにリュシアが振り返り、燃えるような瞳を突きつける。


「だったらどうするっていうの!? そいつが回復したらどうなるのよ!? 今度はここが危険に晒されるかもしれない! アンタはそれでもいいって言うの!?」


 叫びは鋭く、胸を抉るように響いた。

 バニッシュは言葉に詰まり、苦い顔を浮かべる。


「……そういうわけじゃ……」


 しかし、弱々しいその返答は、リュシアの怒りを鎮めるには程遠い。

 彼女はぎりっと奥歯を噛みしめ、顔を背ける。

 その声は、怒りの裏に隠された痛みをにじませていた。


「……アンタはどうしたいのよ」


 リュシアは視線を逸らしたまま、絞り出すように声を震わせる。

 その問いに、バニッシュは苦い顔を浮かべ、胸の奥を探るように言葉を探した。


「……俺は……守りたい……」


 それは混乱の中からやっと絞り出した答え。だが、その曖昧さはリュシアの心を逆撫でする。


 ギリッ――。

 部屋中に響くほどの音を立て、リュシアは歯を噛みしめた。

 そして、広間から立ち去るように大きな足音を鳴らす。


「ま、待て! どこに――」


 バニッシュが慌てて声を上げる。

 しかし振り返ったリュシアの声は、涙を隠すかのように鋭かった。


「知らない!」


 バタンッ!

 扉が叩きつけられるように閉まる音が響き、残された空気を重苦しく震わせる。

 すぐに追いかけようとするバニッシュだが、その行く手を一人の影が遮った。


「……リュシアは、私が――」


 セレスティナだった。

 その蒼の瞳は冷静さを保ちながらも、奥底に微かな悲しみを宿している。

 扉に手をかけながら、彼女は背を向けたまま言葉を残した。


「……バニッシュ。私も、リュシアと同じ意見です。でも――決めるのは、貴方だから」


 静かに告げると、セレスティナは迷いなく扉を開け、リュシアの後を追った。

 冷たい風が一瞬、室内に流れ込み、すぐにまた扉が閉じられる。

 残されたバニッシュは、拳を握りしめ、ただ立ち尽くしていた。

 重苦しい沈黙が部屋を支配していた。

 バニッシュは拳を握りしめたまま俯き、誰も言葉を発せぬまま時間が流れる。


 そのとき――。

 ザイロとグラドが、ふと互いに視線を交わした。

 グラドの眼差しには明確な合図があった。


(みんなを外へ)


 その意図を正確に読み取ったザイロは、無言で頷くと、椅子を静かに引いた。

 「行こう」と声をかけることもなく、ただ立ち上がり、メイラや子どもたち、セラを促すように手を差し出す。

 メイラは察したように静かに微笑み、ライラとフォルの肩を抱いて立ち上がった。セラも小首をかしげつつ席を離れる。

 こうして、部屋にはバニッシュとグラド、二人だけが残された。


 ふん――。

 腕を組んだまま、グラドは鼻から荒く息を吐く。


「で……俺からも聞かせてもらうぜ」


 低いが落ち着いた声。


「お前は、一体どうしたいんだ」


 鋭くも真っ直ぐな問いに、バニッシュは答えを返せない。


「俺は……」


 口を開いても、俯いたまま言葉は続かない。苦悶に歪む顔。

 心の底から湧き出す答えは、さっきと同じ。

 ――「守りたい」

 だが、それだけでは誰も納得しない。自分すら納得できない。

 沈黙を見つめたグラドは、やがてふっと笑い、肩をすくめる。


「ま、今すぐ答えが見つかるわけねぇよな」


 豪快に見えて、その声には妙な温かみがあった。


「だがな、これだけは忘れるな」


 組んでいた腕をほどき、真っ直ぐにバニッシュを見据える。


「今のお前の仲間は勇者じゃねぇ。……俺たちなんだってことを、な」


 その言葉に、バニッシュは顔を上げられず、低く小さく答える。


「……ああ」


 グラドは軽く片眉を上げ、口の端を吊り上げると、椅子から立ち上がった。


「リュシアのことはセレスティナに任せとけ。他のことは……まあ、俺とザイロでどうにかしといてやるよ」


 その背中に、バニッシュは顔を上げ、弱った笑みを浮かべる。


「……すまない、グラド」


「気にすんな」


 片手を軽く上げ、背を向けたままひと言だけ残し、グラドは部屋を後にした。

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