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奇跡と共に、祭りの始まり

「オホン」


 パグが小さく咳払いを一つ。羽を整え、きりりと姿勢を正した。


「……とにかく。不慮の事故により、セラ様は地上に降り立つことになったのです」


 きっぱりと言い切る声。

 その様子は、意地でも“つまずき”を不慮の事故に格上げしようとする強い決意に満ちていた。

 だが、バニッシュたちから返ってきた反応は――。

 ええ……という、なんとも言えない顔の空気。

 グラドは肩を震わせて笑いを堪え、リュシアは眉間にしわを寄せ、セレスティナは困惑のあまり視線を彷徨わせる。


「ま、まあ……降り立った理由は、だいたいわかった」


 バニッシュは空気に耐えかね、慌てて口を挟む。


「それで……これからどうするつもりなんだ?」


「無論、天界に帰りま――」


 パグが胸を張って答えた、その瞬間。


「私もここに住むのー!」


 セラの元気いっぱいな声が、見事に被せた。


「な――!」


 パグがぎょっと振り返る。

 蒼い瞳で笑顔を浮かべるセラを見て、羽をばたつかせるほどに狼狽する。


「な、なりません! すぐに天界に帰らなくては!」


「いやっ! 私はもう決めたんだもん!」


 セラは両腕を胸の前で組み、ぷいっと顔を背けた。

 頑固そのものの姿勢に、パグは頭を抱える。


「セ、セラ様ぁ……!」


 その場にいた全員が、ぽかんと口を開けていた。

 女神様の“ご決断”により、食卓は一瞬で混沌としたのであった。


「いいですか! 十二柱の一柱であるセラ様が抜けてしまうと、天界は大変なことになります! 姉君様も、他の女神様方も、さぞご心配なさっているでしょう! それに、女神が地上で暮らすなど――聞いたことがありません!」


 パグの声は、切羽詰まった説得そのものだった。

 しかし、当の本人であるセラはぷいっと横を向いたまま、頬を膨らませて一歩も動かない。


「セ、セラ様……! どうかお考え直しを……!」


 必死に言葉を重ねても、返ってくるのは沈黙。

 女神はまるで駄々をこねる子どものように、こちらの声を完全にシャットアウトしている。

 やがてパグは羽を垂らし、頭を抱えて深々とため息をついた。


「はぁぁ……どうすれば……」


 その様子に見かねたのはバニッシュだった。


「ま、まあ……とにかく。少しの間なら、様子を見てもいいんじゃないか?」


 控えめに言葉を差し挟む。

 セレスティナが驚いたように目を瞬かせ、リュシアは呆れた顔でバニッシュを見た。


「しかし……! それでは天界の秩序が……!」


 なおも食い下がろうとするパグ。だがその声を遮るように――。


「よろしくね!」


 セラが満面の笑顔で両手をぱっと広げた。

 その無邪気さに、場の空気が一瞬で吹き飛ぶ。


「……」


 パグは口をぱくぱくさせ、ついに言葉を失った。

 こうして“女神様が地上で暮らす”という前代未聞の事態が、半ば強引に決定してしまったのだった。


「でも、どうするつもりよ?」


 リュシアが身を乗り出し、バニッシュに詰め寄る。


「冬支度の準備もまだできていないのに、今さら女神を住まわせる余裕なんてないでしょ!」


 きつい口調に、グラドも腕を組みながら大きく頷いた。


「確かにな。こっちだって冬を越すことで精一杯だからな」


「う……」


 バニッシュは呻くように声を漏らし、頭をがしがしかいた。

 冬支度の現実、そして“女神”という前代未聞の存在。

 どちらも無視できるはずがない。


「……まあ、そこら辺は、どうにかするしかないな」


 曖昧な返答に、リュシアが「はぁ……」と呆れ顔を見せた、その時。


「ねぇ、冬支度ってなぁに?」


 場の空気を切り裂くように、無垢な声が響いた。

 セラが首を傾げ、きらきらした瞳でこちらを見ている。


「……何にも知らないのね」


 リュシアは額に手を当て、ため息をついた。


「普通は、冬に入る前に食料や資材を備蓄しておくものなのよ。そうしないと、寒さや飢えで生き延びられないんだから」


「へぇー……」


 セラはまるで初めて花の名前を知った子どものように、目を丸くして感心する。


(いや……それ、お前も最初は知らなかっただろ……)


 バニッシュは心の中で突っ込んだが、口には出さなかった。

 ただ頭をかきながら、どこか遠い目をしてため息をつくばかりだった。

 とりあえず午後の仕事に取りかかることにした。

 といっても、狩猟での食料調達が望めない以上、地道な作業に励むしかない。

 グラドとザイロは薪木の天日干しと伐採。

 残りのバニッシュ、リュシア、セレスティナ、ライラ、フォルは畑の手入れに回った。

 メイラは夕食の支度を始め、湯気と香りが拠点の方から漂ってくる。

 畑では雑草を抜き、肥料を与え、土の具合を確かめる。

 だが、芽吹いている作物はどれも発育が悪く、葉の色もどこか頼りない。


「……駄目だな」


 肩を落とし、額の汗を拭いながらバニッシュは呻いた。

 このままでは冬を越せるほどの収穫には到底ならない。

 その様子をじっと見ていたセラが、小首をかしげて声をかけてきた。


「どうしたの?」


「ああ……あまり作物の成長が良くなくてな」


 バニッシュは土を掬いながら、苦笑まじりに答える。


「そうなんだ……」


 セラは小さく呟き、ほんの少しだけ考え込む素振りを見せた。

 そして、ぱっと顔を上げる。


「――そうだ!」


 胸の前で両手を組み、静かに瞳を閉じる。


 その瞬間。

 セラの身体が、柔らかな光に包まれた。

 淡い銀白の輝きが波紋のように広がり、畑一面を照らし出す。

 光を浴びた作物たちが、まるで息を吹き返すように葉を震わせ、瑞々しい色合いを取り戻していく。


「こ、これは……!」


 バニッシュが思わず声をあげた。

 隣で見ていたセレスティナも息を呑み、リュシアは目を丸くして手にしていた鍬を取り落とす。

 ライラは口を押さえて驚き、フォルは「すっげー!」と跳ね回っていた。

 光が静かに収まると、セラは満面の笑みを浮かべてこちらを振り向いた。


「作物が元気になるように……お祈りしたの」


 無邪気な声とともに、少女のような笑顔。

 だが、その姿は確かに――女神と呼ぶにふさわしい神秘を放っていた。


「すごいわね……」


 リュシアはぽつりと感嘆の声を漏らした。

 畑を見回せば、先ほどまで活力を失っていた作物が瑞々しい色を取り戻し、葉は輝きを帯びている。


「奇跡ですね……」


 セレスティナは胸に手を当て、淡く息を吐く。


「本当に……すごい……」


 ライラも目を見開いたまま、言葉を失っていた。


「わぁーっ! 畑がキラキラしてる! すっげぇー!」


 フォルは子供らしい歓声を上げ、駆け回る。


「セ、セラ様……!」


 パグは羽をばたつかせ、慌てふためいた。


「女神が地上のものに……手を貸すなど、あってはなりません!」


 しかしセラは穏やかな笑みを浮かべ、首を横に振った。


「違うよ」


 その声は風のように柔らかかった。


「私は祈りを捧げただけ。――この子たちがね、みんなの期待に応えようと頑張ってたの。でも、少しだけ時間が足りなかったの。だから、ちょっと手助けをしただけ」


 優しい蒼の瞳で畑を見渡すセラ。

 その姿に、皆は言葉を失った。

 だが、パグはまだ心配そうに嘴を鳴らす。


「しかし――」


「それにね!」


 ぱっと表情を明るくしたセラが、突然声を弾ませた。


「私、収穫祭を見てみたいの!」


「しゅ、収穫祭……?」


 バニッシュは思わず聞き返す。


「そう! 一年に一度、たくさん採れた作物をみんなで持ち寄ってお祭りをするの! 歌って、踊って、美味しいものをいっぱい食べるの!」


 セラの声は弾み、目はまるで子供のようにきらめいていた。


「確かに……そんなお祭りがあるって、聞いたことがあります」


 セレスティナは頬に手を添え、どこか憧れるように言う。


「面白そうじゃない! 私たちもやってみましょうよ!」


 リュシアは勢い込んで、乗り気な様子を隠さない。


「お祭り! やったー!」


 フォルは飛び跳ね、ライラも柔らかく笑みを浮かべた。


 バニッシュは皆の顔を順に見渡し、うーんと唸りながら顎に手を当てる。

「収穫祭、か……」



 しばし思案した後――大きく息をつき、肩をすくめた。


「よし! やるか!」


 その言葉に、場は一気に明るい熱を帯びた。

 拠点に新たな楽しみが芽生えた瞬間だった。

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