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女神さま、拠点へようこそ

 天から舞い降りた少女に困惑するバニッシュとセレスティナ。


「き、君は――?」


 思わず問いかけるバニッシュ。

 だが少女は俯いたまま、ぽつりと呟いた。


「……楽しみにしてたのに」


 しょんぼりと肩を落とし、まるで子どもが駄々をこねるように小さく膨れる。

 神々しい光に包まれていたはずの姿は、今やただの迷子のようだった。

 バニッシュとセレスティナは、互いに困惑した表情を交わし合う。

 やがてセレスティナが一歩踏み出し、優しく声をかけた。


「あなたの名前は? どこから来たのですか?」


 その問いかけに、少女はようやく顔を上げる。

 涙を滲ませた蒼の瞳がきょろきょろと辺りを見回し――。


「……ここはどこ?」


 首をかしげる仕草は、あまりにも無垢で無防備だった。


(……まったく話が噛み合ってないな)


 額に手を当てるバニッシュ。セレスティナもまた困ったように眉をひそめる。


「ここは魔の森というところだ。君は――」


 バニッシュが説明を続けようとした、その瞬間。


「あーっ! あなた知ってるよ!」


 少女が大きな声で遮り、バニッシュを指差した。


「……え?」


 あまりに唐突な言葉に、バニッシュの口がぽかんと開く。

 少女はにこりと笑みを浮かべ、すっと手を差し出した。


「――さあ、連れて行ってちょうだい」


 その笑顔は、天から降り立った女神のものとも、ただの迷子の少女のものとも見える、不思議な輝きを帯びていた。

 バニッシュとセレスティナは、目の前の光景に言葉を失っていた。

 天から降り立った少女が「連れて行って」と手を伸ばした、その直後――。


 シュババッ!


 空を切り裂くように、一羽の白銀の鳥が結界をすり抜けて飛来した。

 光の羽を煌めかせ、翼を大きく広げて少女の前へ降り立つ。


「セラ様――ッ!」


 鋭い声で叫ぶその鳥に、少女はぱっと顔を上げる。


「あっ、パグ!」


 呼ばれた鳥は、荒い息をつきながら少女の足元に降り立った。


「セラ様……ご無事でしたか!」


「私は大丈夫だよ」


 セラはケロッと笑みを浮かべる。


「よ、よかった……!」


 神鳥と呼ぶにふさわしい威厳をまといながらも、胸を撫で下ろす仕草はどこか人間臭い。

 だが、次の瞬間には真剣な声を響かせた。


「さあ、戻りましょう!」


「いや!」


 セラは子供のようにぷいっと顔を背けた。


「私はこれから、この人たちの所に行くんだから!」


「な、なりません! セラ様、どうかお考え直しを!」


 必死に説得する鳥――パグ。

 しかしセラはふくれっ面で、まるで聞く耳を持たない。

 そのやり取りを唖然と眺めていたバニッシュとセレスティナ。

 とうとう堪えきれず、バニッシュが混乱する頭を押さえながら声をあげた。


「ちょ、ちょっと待ってくれ! 君たちは一体……何なんだ?」


 バニッシュの問いかけに、鳥がピタリと振り返る。

 その瞳が真っ直ぐこちらを射抜いた。


「……ご説明いたしましょう」


 羽を正すように広げ、凛とした声で名乗る。


「この方は女神セラフィ=リュミエール様。そして私は、その御身を守護する神鳥――パグと申します」


 重々しい宣言に、森の空気が一瞬だけ張り詰めた。

 

「め、女神って……あの女神か?!」


 バニッシュは思わず声を裏返らせた。

 世界の祈りの対象であり、伝承にすら稀にしか名が出ない存在――女神。

 それが今、目の前で頬をふくらませている少女だというのか。


「ええ、そうです」


 パグは真剣な顔で頷いた。


「ど、どうして……そんなお方がここに……」


 セレスティナが口に手を当て、震える声を漏らす。


「そ、それは……色々と事情がありまして……」


 言い淀みながら、パグは視線を逸らす。

 だがすぐに羽を広げ、強い声音で告げた。


「と、とにかくセラ様は天界に戻らなければなりません!」


「いや!」


 セラは子供のように首を横に振り、ぷいっとそっぽを向いた。

 その頑なな態度に、パグは大きくため息をつく。


「まったく……困ったお方だ」


 その様子を見ていたバニッシュは、頭をかきながら口を開いた。


「と、とにかく……一度、俺たちの拠点に来ないか?」


「そうですね」


 セレスティナも静かに頷き、セラへ視線を向ける。


「セラフィ様も、その方が望んでいるようですし」


「……!」


 その言葉を聞いた瞬間、セラの顔がぱっと明るくなった。


「行く!」


 天から降り立ったはずの女神は、少女のような笑顔で力強く頷いたのだった。

 セラとパグを伴い、バニッシュとセレスティナは拠点へ戻ってきた。

 ちょうどその時、リュシアとグラドが両手いっぱいに赤く輝く果実を抱えて帰ってくるところだった。


「――アンタ、何してたのよ!」


 リュシアが真っ先にバニッシュを指差し、鋭い声を上げる。

 突然女神を連れ帰った男への第一声が、それだった。


「い、いや……これは……」


 どう説明したものかと、バニッシュは頭をかき回す。

 まさか「空から女神が降ってきた」とそのまま言っても、信じてもらえる気がしない。

 そこで彼は、強引に話題を逸らした。


「ていうか……お前らもなんだ、それは?」


 指先が向いたのは、リュシアとグラドの両腕に抱えられた真紅の果実。

 光に透けて宝石のように輝くそれは、見ただけでただ者ではないと分かる。


「これはね、グラドがどうしてもって言うから仕方なく……! 酒の原料になるからって!」


 リュシアはふんと鼻を鳴らし、そっぽを向く。


「いや~、たまたま見つけちまってな! こんな幸運を逃す手はねえだろ!」


 グラドは豪快に笑い、両腕いっぱいの魔紅果を誇らしげに掲げた。

 魔紅果を抱えたグラドが、ちらりとセラに視線をやり、にやりと口元を吊り上げた。


「で、そのお嬢ちゃんは一体なんなんだ? ……まさかお前らの隠し子か?」


 からかうように笑うその言葉に、場の空気が一瞬で凍りついた。


「な……!」


 リュシアは瞳を見開き、顔を真っ赤に染め上げる。


「か、隠し子……」


 その小さな呟きは、彼女にとって想像以上にショックだったらしい。


「ち、違う……! そんなわけないだろ!」


 バニッシュは慌てふためき、両手をぶんぶんと振って必死に否定する。

 その姿は逆に怪しさを増しているようにしか見えない。

 セレスティナはというと、両手を頬に当てて顔を真っ赤にし、視線を落とした。


「そ、そんな……」


 想像もしていなかった言葉に動揺し、まともに前を見られない。

 そんな三人の反応を前にして、グラドはますますおかしそうに笑う。


「がははっ、こりゃ傑作だな!」


 ――と、場がこれ以上混乱する前に。


「と、とにかく! 色々説明するから……みんな集まってくれ!」


 バニッシュが声を張り上げ、強引に場を収めた。

 拠点の食卓には、いつもの顔ぶれに加え、新たな存在が一人――いや、一羽と一緒に座っていた。

 席順は、セラ。その肩に小さくとまる神鳥パグ。

 その隣にバニッシュ、リュシア、セレスティナ、グラド、ライラ、フォル、ザイロ。

 そして、皆に紅茶と茶菓子を丁寧に配膳し終えたメイラが最後に腰を下ろす。

 湯気の立つ紅茶と、手作りの焼き菓子。

 だが、その雰囲気はどこか張りつめていた。


「わぁ……」


 セラは出された紅茶を両手で持ち、湯気をすんすんと嗅ぐ。

 さらに、茶菓子をつまみ上げ、光にかざしては物珍しげに眺める。


「セラ様……! いけませんよ!」


 肩のパグがぴしゃりと嗜める。

 セラはむぅっと頬を膨らませて手を下ろした。


 ――コホン。


 場の空気を整えるように、バニッシュが咳払いを一つ。

 皆の視線が自然と彼に集まった。


「……まず、この子のことだが」


 バニッシュは頭をかきながら、言葉を選ぶように続ける。


「――上空から、降ってきた」


 ……沈黙。

 説明とも呼べない説明に、場に微妙な間が走る。

 皆の頭に「?」が浮かんでいるのが、手に取るようにわかった。


「ちょ、ちょっと待ちなさいよ!」


 堪えきれなくなったリュシアが、テーブルを叩きバニッシュに詰め寄る。


「上空から降ってきたって……どういうことなのよ!」


「あー……それがだな」


 バニッシュはますます困ったように頭をかき、観念したように吐き出した。


「この子は……どうやら“女神様”らしい」


 ……再び沈黙。

 だが今度は、さっきとは違った。

 驚愕。困惑。呆然。

 皆の顔が「唖然」という言葉で統一される。


「…………」


「…………」


 どの口からも言葉が出てこない。

 空気が凍りついたその瞬間――。


「えへへっ。よろしくね!」


 セラは満面の笑顔で、ぱぁっと花が咲いたようにあいさつをした。

 その明るすぎる声が、逆に皆をさらに固まらせるのであった。


「すっごーーい! 本物の女神様だーー!」


 真っ先に声を上げたのはフォルだった。

 小さな体を椅子から乗り出すようにして、目をきらきら輝かせながらセラを指さす。


「ほ、ほらフォル、行儀悪いわよ!」


「だって女神だよ! すごいよ! 本物だよ!」


 ライラが弟を抑えようとするも、フォルの興奮は収まらない。

 対して、セラは「えへへー」と嬉しそうに手を振り返す。

 一方で、大人たちは真剣そのものだった。

 メイラが、眉根を寄せながら震える声を出す。


「で、でも……どうしてそんなお方が、こんな場所に……?」


 その疑問に答えたのは、セラの肩にいた小さな影だった。

 神鳥パグが羽ばたき、軽やかにテーブルの上に降り立つ。


「そこからは、私がご説明いたしましょう」


 きりりとした口調で、羽を揃えて深々とお辞儀をする。


「改めまして――この方は、女神セラフィ=リュミエール様。そして私は、その御身を守護する神鳥……パグと申します」


 その丁寧な所作に、一同はごくりと息を呑む。

 グラドですら腕を組んだまま、真面目な顔で聞き入っていた。


「今回、セラ様が地上に降り立たれたのは――不慮の事故があってのこと」


「不慮の事故……?」


 リュシアが身を乗り出す。

 パグの口からどれほど重大な理由が語られるのか――誰もが息を詰めた。

 だが、その瞬間。


「う~んとね」


 セラがのんびりと口を開いた。

 両手を胸の前で組み、子供のように首を傾げて――。


「つまずいて、落ちちゃったの」


「…………」


 ……何とも言えない空気が流れた。

 新たに舞い降りた少女――女神セラを巡って、拠点の空気はこれからますます騒がしくなる予感を漂わせていた。

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