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魔力暴走!? 巨大ミルル騒動記

 バニッシュたちがエルフの里へ旅立った後、拠点には静かで穏やかな空気が広がっていた。

 だがそれは決して「暇」という意味ではない。残った者たちは、いつも通りそれぞれの持ち場で手を動かしていた。

 工房の奥では、グラドが巨大な作業台に向かい、金属部品と魔導器具を並べて黙々と作業している。

 手に握られたハンマーが小気味よく音を刻み、時折「ふむ……」と低く唸る。

 試作中の装置らしく、傍らには半分まで組み上がった複雑な魔力回路の枠組みが置かれていた。

 外ではザイロが手斧を振るい、太い木をリズミカルに伐り倒していく。木々が倒れるたび、彼は素早く枝を払い、    薪や建材にできる部分を積み上げていった。

 額には汗が滲むが、その表情は淡々としている。

 拠点周辺の整備は、彼の無骨な日課だ。

 炊事場の方からは、煮込みの香りが漂ってくる。

 メイラが大鍋をかき混ぜながら、時折振り返って洗濯物の様子を確認し、干し竿の角度を直す。昼食の準備、洗濯、掃除、畑の草むしり……彼女の一日は、いつだって忙しく流れていく。


 ライラはそんな母を手伝い、畑の端で収穫した野菜を籠に詰めていた。

 腰を伸ばし、額の汗を拭ったとき、ふと遠くで聞こえる小さな鳴き声に気づく。


 声の方を見やると、フォルがリュシアの預けた眷属――小さなドラゴン「ミルル」と夢中で遊んでいた。

 ミルルはふわふわと浮かびながら、フォルの周りをぐるぐる回り、尻尾でちょっかいを出している。


「フォル、あんたまた遊んでるの? 枝拾いはどうしたの」


 ライラは腰に手を当てて近づく。


「やってるよ! ……ほら、この枝だってミルルが見つけてくれたんだ」


 フォルは胸を張って見せるが、その籠の中身は明らかに“おもちゃにちょうどいい形”の枝ばかりだった。


「それじゃ焚き木にならないでしょ」


 ライラは呆れながらもミルルの頭を軽く撫でる。

 ミルルは嬉しそうに「きゅるる」と鳴き、尻尾をぱたぱたさせた。


 そのとき、フォルが工房の方を指差す。


「ねえお姉ちゃん、あそこ……すごく面白そうじゃない?」


 グラドの作業音が、金属同士の澄んだ音と魔力の揺らぎを伴って響いてくる。

 好奇心の塊のような弟の目は、すでに冒険の前触れで輝いていた。

 ライラは一度ため息をつき、しかし次の瞬間、ふっと口元を緩めた。


「……仕方ない、ちょっとだけなら見に行く?」


「やった!」


 とフォルが声を上げ、ミルルもつられて空中で一回転。

 こうして姉弟と小さなドラゴンは、工房へと足を踏み入れることになるのだった――。

 普段、工房は危険な道具や魔導機材で溢れているため、子どもたちは立ち入り禁止とされていた。

 だが、たまに扉の隙間や窓越しに見える内部は、フォルの好奇心をこれでもかと刺激する。

 煌めく金属片、見たことのない歯車、魔力を帯びた光の糸――それらはすべて、彼にとって宝物の山のようだった。

 これまでにも、何度かこっそり忍び込もうと試みたことがある。

 だがそのたびに、バニッシュやリュシア、セレスティナにあっさり見つかり、腕をつかまれて外へ引き戻されるのがお決まりの結末だった。

 そっと扉の方へ近づくと、中からグラドの低い唸り声と、金属を叩く澄んだ音が聞こえてきた。

 作業に集中しているらしく、額には汗が光っている。

 フォルが今にも扉を開けて入ろうとした瞬間、ライラは慌てて弟の腕を掴んだ。


「こら、勝手に入っちゃ――」


 その時、カン、と金属を置く音がして、グラドが振り返った。

 琥珀色の瞳が二人をとらえ、しばし無言の間――次の瞬間、彼の口元がにやりと吊り上がる。


「ほう、お前ら……また覗きか?」


 ライラが慌てて事情を説明する。


「フォルが……どうしても……」


 しかし、グラドは説明の途中からすでに豪快に笑っていた。


「わっはっはっは! まあ、見るだけなら構わんぞ。だが絶対に触るなよ、命に関わるもんもあるからな!」


 その声は、工房の中の金属音よりも大きく響き、フォルの顔が一気に輝いた。

 ライラも小さく頷き、二人は初めて許可を得て、工房の中へと足を踏み入れるのだった――。


 グラドの太い腕が「ほら、入れ」と軽く招くと、ライラとフォルは顔を見合わせて小さく笑い、弾む足取りで工房の中へ足を踏み入れた。


 中は、外から覗くだけでは到底分からないほど物で溢れかえっていた。

 大小さまざまな金槌やドライバー、歯車やパイプ、見たこともない魔導管が壁際や棚に所狭しと並んでいる。

 天井近くには乾燥させた薬草や、布で覆われた得体の知れない物体まで吊り下げられていた。


「すごーい……!」


「これ全部、グラドたちが作ったの?」


 ライラとフォルの感嘆の声に、グラドは鼻を鳴らして得意げに胸を張る。


「おうとも! そんでな、これは魔力伝導率を三割上げる特製の銅線だ。普通の銅じゃこうはいかん。混ぜ物の配分が肝でな……」


 そこから始まったのは、延々と続く工具や装置の説明だった。

 金属の種類や加工法、魔力との相性、失敗作の笑い話まで、グラドの声は止まらない。


 ライラは「へえー」「なるほど……」と相槌を打ちながらも、内心では(ちょっと長い……)と愛想笑いを浮かべていた。

 一方のフォルは、最初の数十秒で話を聞くのをやめ、ミルルと一緒に工房内を探索していた。

 棚の下を覗き込み、箱の蓋をちょっと開けてはミルルと顔を見合わせ、くすくす笑い合う。

 ミルルも薄紫の尻尾をゆらゆら揺らしながら、フォルの後をぴょんぴょんと浮遊してついて回る。


 グラドが「この溝を通して魔力を循環させるとだな……」と説明に熱中しているその横で、フォルとミルルは工房の隅に置かれた見慣れない装置に目を奪われていた。

 それは金属の土台に複雑な魔導回路が彫り込まれ、中心には三色の宝石のような魔鉱石がはめ込まれている。

 淡い光を脈打つその様子に、フォルは思わずごくりと唾を飲む。


「これ……なんだろ」


 好奇心に勝てず、フォルはそっと指先で装置の突起を押した。

 ――カチリ。


 直後、装置から低くうなるような音が響き、周囲の空気がぴりぴりと震えだす。

 見えない渦が巻くように魔力が集約し、床の埃まで吸い寄せられていく。


 「……っ!」ミルルが羽を広げ、フォルの前にふわりと浮かび上がる。

 小さな身体で壁になるように、きゅっと瞳を細めた。


 異変に気づいたグラドが顔を上げ、目を剥いた。


「こらいかん!! それはまだ――」


 しかし、その叫びは遅かった。

 轟音とともに、魔力の奔流が光となって爆ぜる。

 全員が反射的に目をつぶり、熱と風に身をすくめた。

 やがて光が収まり、恐る恐る目を開けたライラとグラドの視界に映ったのは――工房の屋根を突き破るほどに巨大化したミルルの姿だった。

 鱗の色も形もそのまま、ただサイズだけが十倍以上。

 屋根の穴から頭と首がにょきっと突き出し、きょとんとした顔で辺りを見回している。


 「……なんじゃこりゃあ……」


 グラドは口をあんぐりと開けたまま、言葉を失った。

 ミルルは屋根から突き出た巨大な頭をきょとんと傾けた。

 ライラが思わず「……どうしてこうなったの」と呟くと、グラドは腕を組み、険しい顔で装置を一瞥する。


「おそらく急激に魔力を吸収したせいで、体が巨大化したんだろうな」


 ミルルが「きゅあー」と鳴く。その愛らしい声色とは裏腹に、声量はもはや咆哮の域で、工房の壁がビリビリと震える。次の瞬間、翼を大きく広げた。


 バサァッ!


 その衝撃で屋根の残りが吹き飛び、家の半分が無惨に崩れ落ちる。

 さらに巻き上がった風が作業台のランプを倒し、魔道具の配線に火が移ってボヤが発生した。


「まずい!」


 グラドが慌てて水をかけて、消火に取り掛かる。

 騒ぎを聞きつけたザイロとメイラも駆けつけ、三人がかりで火を鎮めた。


 やがて火は収まり、ザイロとメイラが肩を落としてグラドに頭を下げる。


「すまない、俺たちがちゃんと見ていれば……」


「ごめんなさいね、グラドさん」


 だがグラドは口元を緩め、「怪我人が出なかっただけでも幸いだ」と豪快に笑った。

 一方その頃、フォルは巨大化したミルルの背の上で大はしゃぎしていたが、ライラに「危ないでしょ!」と引きずり下ろされる。


「……で、これ、どうしたらいいんですか?」


 とライラが眉をひそめると、グラドは顎髭を撫でながら答えた。


「吸収した魔力を放出してやるしかないな」


 ミルルの翼の周囲では、細かな光の粒子が舞っている。

 グラドはそれを指差して説明する。


「……やっぱりな。あいつは翼で飛んでるんじゃなく、魔力で浮いてるんだ。なら、この辺を飛び回れば自然と魔力も減って小さくなるはずだ」


 そんなわけで、その場にいた全員がミルルの背に乗り込み、空中散歩へと繰り出した。

 メイラは「せっかくだし」と昼食用に用意していた料理を急ごしらえで弁当に詰め、青空の下を一行は風を切って進む。

 小高い丘に着くと、景色を眺めながら皆でお弁当を広げた。フォルは頬をふくらませてパンを頬張り、ライラも珍しく笑顔を見せる。

 そして帰路につき、ちょうど拠点に戻ったあたりで、ミルルの体はゆっくりと元の大きさに戻っていった。


「楽しかったー!」


 とフォルが笑う。


「フォル、お前……次からは“見学だけ”じゃぞ。ほんとに」


「……はーい」


 悪びれた様子のない返事に、ライラは深いため息をついた。

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