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変わらぬ笑顔のある場所

 バニッシュたちは、手に入れた精霊石を大切に収めると、拠点へ戻る準備を始めた。

 見送りに現れたフィリアの前で、バニッシュはふと問いかける。


「……これから先、どうするつもりだ?」


 フィリアは一瞬だけ視線を遠くへ向け、それから静かに答えた。


「変わらぬさ。変わらず、我らはこの地で生きていく」


 その言葉に、バニッシュは小さく息を吐き、真剣な眼差しで続ける。


「もしまた魔物が侵攻してきたら……逃げてほしい」


 しばしの沈黙の後、フィリアはふっと口元に笑みを浮かべる。


「善処するとだけ、言っておこう」


 その短い言葉の裏に隠された意味――たとえ滅びることになっても、エルフたちはこの地を去るつもりはないのだ――、バニッシュたちは痛いほど理解していた。


 胸の奥で、戦場で聞いたファルンの最後の言葉が蘇る。


『……俺たちは、これしか知らないんだ』


 掟と誇りに縛られた生き方。それは外の者から見れば不器用で、時に無謀にさえ思える。

 だが、その中にこそ彼らの確固たる誇りと生きる理由があるのだと、バニッシュたちは改めて思い知る。

 やがてセレスティナが転移魔法陣の準備を整える。

 見送りにはフィリアと数名の戦士たちが並び、その背筋は揺るぎない意志を映していた。

 別れの挨拶を交わし、3人は転移陣の中へと歩み入る。

 光が包み込み始めたその瞬間――助けた子供が駆けてきて、声を張り上げた。


「ありがとう!」


 その真っ直ぐな感謝の言葉に、3人は顔を見合わせ、自然と笑みを浮かべた。

 そして光に溶けるように、その姿はエルフェインから消えていった。


 拠点へと転移した瞬間、バニッシュたちは全身から力が抜けていくのを感じた。

 短い滞在のはずなのに、まるで何か月も旅に出ていたかのような重い疲労が骨の奥まで染み込んでいる。


「……とにかく、温泉にでも入って疲れを癒して……ゆっくり休むか」


 バニッシュがそう呟き、馴染みの景色が見える方へと視線を向け――そこで三人の動きは止まった。

 信じられない光景が目の前に広がっていた。

 工房は黒く焼け焦げ、壁は無惨に崩れ落ち、炭の匂いが風に乗って鼻を刺す。

 バニッシュの家は屋根が半分崩れ、柱が傾き、かろうじて形を保っている状態だった。


「……なんだ、こりゃ……」


 驚愕と困惑が入り混じった声が漏れる。

 リュシアもセレスティナも言葉を失い、ただ茫然と立ち尽くす。

 そのとき、遠くから低く通る声が響いた。


「お、帰ったか」


 振り向けば、グラドが煤で汚れた顔と服のまま、のっしのっしと歩いてくる。

 手にはまだ煤がついた大きな金槌をぶら下げ、まるで何事もなかったかのような表情だ。


「グラド……これは、一体……何があった?」


 バニッシュが問い詰めるように尋ねると、グラドは頭をがしがしかきながら、苦笑混じりに答えた。


「まあ……色々あってな」


 その声色は妙に軽いが、背後の惨状が冗談では済まないことを物語っている。

 ふと視線を横に向けると、少し離れた場所でザイロが立っていた。

 大きな手を後頭部にやり、気まずそうに目を逸らしている。

 その姿は、何かやらかした子供のように見えた。


 バニッシュたちがエルフの里へ向けて出立した後、拠点に残った面々は、特に騒ぐでもなく、それぞれいつもの仕事に取りかかった。

 グラドは工房にこもり、例の魔力融合装置の改良作業に没頭する。

 硬い金属音や時折の爆ぜる音が、森の静けさに混じって響く。

 ザイロは斧を担ぎ、拠点の外縁で木を伐り倒し、周囲の整備を進めていた。

 力強い一振りごとに木屑が舞い、森の香りが風に乗って漂う。

 メイラは炊事に洗濯、掃除、畑の世話と一日中働き詰め。

 ライラもその手伝いに回り、母娘の軽いやり取りが小さな笑い声を生んでいた。


 フォルはというと、枝や木の実を拾う役目だったはずが、いつの間にかリュシアの預けた眷属――小さなドラゴンのミルルと夢中で遊んでいた。


「フォル!」


 呆れた声で窘めるライラ。

 しかし、フォルが「ねえ、あの工房の中ってどうなってるんだろ?」と興味を示すと、ライラも少しだけ考えてから「……ちょっとだけよ」と悪戯っぽく笑い、弟の提案に乗ってしまう。

 そして――その「ちょっと」が、あの工房半壊の結末に繋がった。

 後日、その顛末を苦笑混じりに語るグラドから話を聞いたバニッシュは、温泉に浸かりながら、湯気の中でふうっと長い息を吐く。


「……またしばらくは仮設暮らしか」


 天井を見上げ、肩を落としながらも、その口元にはわずかな笑みが浮かんでいた。

 全員が無事で、こうして笑い話にできる――それだけで、どこか懐かしい穏やかな日常が戻ってきたように思えた。


 温泉から上がったバニッシュたちは、まだ夕焼けが残る時間に少し早い夕食を囲んだ。

 今日はエルフの里から戻ったばかりの三人――バニッシュ、リュシア、セレスティナが疲れているだろうということで、全員が気を利かせて早めの食卓となったのだ。

 焼き立てのパン、森で採れたキノコと根菜のシチュー、香草で焼いた獣肉が湯気を立て、食欲をそそる匂いが部屋に広がる。


 「ふぅ……やっぱ拠点の飯は落ち着くな」


 パンをちぎりながらバニッシュが呟けば、リュシアも小さく笑みを浮かべる。

 セレスティナは静かにスプーンを動かし、時折こちらを見ては安堵の表情を見せていた。

 夕食を終えると、バニッシュはグラド、ザイロと共に炉端へ移り、杯を交わす。


 「今回の里の件、正直どうなることかと思ったが……」


 「まあ、精霊石が手に入っただけでも上出来だろう」


 湯気混じりの酒を口に運びながら、三人は真剣な面持ちで語り合う。

 そんな中、後ろから足音が近づいた。


 「ちょっと、私たちも頑張ったんだから、仲間外れはなしでしょ」


 腰に手を当てたリュシアが、当然のように座り込む。


 「私も……少し参加せていただきます」


 セレスティナも隣に腰を下ろし、落ち着いた声で杯を手に取った。


 「僕もお話聞きたい!」


 フォルが駆け寄ってきて、その後ろからライラも「仕方ないわね」と苦笑しながら椅子を引く。

 さらに台所からは、トレイを抱えたメイラが現れた。


 「全員分の飲み物と、おつまみも用意しておいたわよ」


 香ばしく焼かれたナッツとチーズ、干し肉が木皿に盛られ、場の空気が一層和らぐ。

 気づけば、大人も子どもも全員が同じ卓を囲んでいた。

 エルフの里での出来事を肴に、時には真剣に、時には笑いを交えながら話は尽きず、夜は静かに、更けていった。

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