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湯けむりの向こうに笑顔あり

「温泉、見つけたわよ!!」


 リュシアの勢いそのままの声が拠点内に響き渡った。セレスティナもライラもフォルも、頬を紅潮させ目をきらきらさせている。まるで宝物を発見した冒険者のような興奮っぷりだ。


「おいおい、落ち着けって……」


 バニッシュは四人の熱気に気圧されながらも、頭をかきつつ苦笑する。


「でもすごいのよ、ちゃんと湯気も出てるし、匂いもそれっぽいし!地形も平らで拠点から近いし!」


 早口でまくしたてるリュシアの言葉に、セレスティナも「魔力の流れからも間違いありません」と自信たっぷりに頷いた。


「じゃあ……とりあえず確認しに行ってみるか」


 バニッシュがそう言うと、リュシアたちは「よっしゃー!」とばかりに飛び上がり、先頭をきって案内を始める。

 その様子に、バニッシュは「ったく、元気だな」と呟きつつも、内心は楽しそうだった。

 同行するのは、設計担当のグラド、土木担当のザイロ、そして見学として興味を持ったメイラ。メイラは「温泉なんて何年ぶりかしらねぇ」と楽しげに口元をほころばせている。

 森の中を抜け、小高い丘のふもとにたどり着いた一行。目の前に現れたのは、薄く湯気を立ち上らせる岩場。硫黄のような匂いがほのかに漂い、確かに温泉の気配があった。


「おお……これは本物だな」


 グラドが手のひらを地面に当て、熱の流れを感じ取りながら口元をゆるめる。

 バニッシュは周囲の地形を一望し、頷いた。


「拠点からも近いし、木々が風除けになる。斜面もゆるくて、風呂場を作るには十分な土地があるな……よし」


 バニッシュは手を打ち鳴らし、皆に向かって言った。


「じゃあ――温泉浴場、作っていこう!」


「やったーっ!!」


 リュシア、セレスティナ、ライラ、フォルが歓声を上げ、ぱちんと手を合わせた。


「それと同時に、道の整備もしていこう」


 ザイロが重々しい声で言葉を添える。無口ながら、その言葉には信頼感がある。


「まかせろ、岩組みと湯船の構造なら、俺の腕の見せどころよ!」


 グラドは意気揚々と腰に手をあて、胸を張る。

 みんなが活気づく中、メイラは「まるで村づくりの祭りみたいねぇ」とくすくすと笑い、嬉しそうにみんなの様子を見守っていた。

 こうして、かつては“誰も寄りつかぬ呪われた森”と呼ばれていた場所に――今、新たな憩いの場が生まれようとしていた。


「さて……まずは設計だな」


 バニッシュが温泉湧出地の岩に腰を下ろし、仮想設計図を広げる。


「まず湯船の位置を決める。地熱の流れと岩盤の硬さ……この辺だな」


 バニッシュが指を動かすと、空間上に湯船の輪郭が描かれていく。


「こっちに男湯、こっちに女湯だな?」


 グラドがどっしりと岩に腰を下ろし、設計図を覗き込む。


「ああ、間に仕切りを入れる。もちろん覗き見対策もしっかりな」


「誰が覗くのよ」とリュシアの声がどこかから飛んでくるが、男たちは聞こえないふりをした。


「どうせ作るなら、湯船は大小二つ。大人向けと子供向けを分けよう。フォルのやつ、泳ぎ出しかねん」


 ザイロの提案に、バニッシュも頷く。


「子供湯には段差もつけておこう。温度も少し下げた方がいいな。温度調整の仕組みも組み込んでおくか」


「調整なら、ここに魔導水路を引こう」


 グラドが地面に指を当て、魔力で微振動を起こすと、地下に通じる空洞の走りが感知される。


「地下水脈……ふむ、なるほど。こいつを加工して冷水の取り入れ口にしよう」


「でかした、グラド。なら混合調整槽を作って、温度管理は魔導式バルブで制御すればいい」


「おいおい、お前の結界術式の応用か?」


「そうだ。一定温度以上になると自動で冷水が流れる仕組みにする」


 熟練職人と理論家の会話がどんどん具体的になっていく。


「脱衣所はここだな。女性用と男性用で入り口を完全に分けて、棚の数は……」


「ちょい待ち。湯上がり用に休憩スペースを作ろうぜ」


 グラドがニヤリと笑いながら追加提案する。


「縁側みたいに木製の廊下を引いて、竹で編んだ椅子を並べて……で、冷水の汲み場も設けて、と」


「水は……ここの小川から引こう。水質は問題ない。冷たくて気持ちいいぞ」


「こっちは、洗い場も必要だろう。石のベンチと桶と……あと石鹸の代用品も作ってやろう」


 グラドは急に真顔になり、「髪を洗えないと女子どもに文句言われるからな」と真剣に語る。


「……お前、なんかトラウマでもあんのか?」とバニッシュが笑う。


「あるに決まってんだろ。若い頃、石鹸忘れただけで弟子たちに吊るし上げられたんだ。匂いがどうとか言いやがって……!」


 盛り上がる中、ザイロが口を開く。


「建材はどうする?」


「脱衣所と通路は防腐処理した杉材がベストだ。魔法で処理して強度も上げよう。浴槽の内側は岩をくり抜いて天然風にする。周囲の景観と調和するしな」


「よし、見えてきたな」


 バニッシュが設計図の最後の調整をし、全体の完成予想図が宙に浮かび上がる。


 それは、森の中に静かに佇む天然の温泉浴場だった。木々の隙間から光が差し込み、湯気がふわりと漂う。広々とした湯船、整えられた脱衣所、清流の音が響く休憩スペース。まさに“癒しの場”そのものだった。


「……いいじゃねぇか」


 グラドが腕を組んでニヤリと笑い、ザイロは黙って深く頷いた。

 バニッシュは設計図を保存しながら言った。


「じゃあ――明日から、本格的に作業開始だな」


 その言葉に、三人の表情が引き締まる。


 陽が高く昇った朝、まだ霧がわずかに森に残る時間帯――

 バニッシュたちは、ついに温泉浴場の本格的な建設作業に着手した。


「よし、じゃあ……まずは掘ってみるか」


 グラドが肩を回し、地面に置いたツルハシの柄を握る。

 重々しい鉄製のそれは、魔鉱合金を混ぜた特殊な作り。どんな岩盤も砕くことができる、まさに鍛冶師用の“掘削武器”だ。


「その辺りが一番湧出量が安定してるな。深さ三メルス(約3m)ほどで届くはずだ」


 バニッシュが魔力感応魔法を操作し、地熱と水脈の流れを計測していた。浮かび上がる魔法図には、熱源と水圧の交点――まさに天然温泉の起点となる“湧きどころ”が記されていた。


「んじゃ――いくぜ!」


 グラドが一喝とともに、ツルハシを振り下ろす。

 ドゴォンッと重低音が鳴り、地面が震える。岩盤が崩れ、地熱の蒸気がぶしゅっと吹き出す。


「きたきた……ほらよ、湯が滲んできたぞ!」


「熱度、約六十度前後。成分は……ふむ、微量の鉱石成分に加えて、肌にやさしいアルカリ質だな。こりゃ美容効果も期待できるぞ」


 バニッシュが精査魔法を使って湯の状態を読み取ると、隣のグラドがニンマリと笑った。


「よっしゃ、こいつぁ“当たり”だな」


 一方、ふたりの作業と同時進行で、周囲ではそれぞれの動きが始まっていた。


◆ザイロの整地作業


「…………ここは地盤が甘いな。岩を使って補強しておくか」


 ザイロは黙々と地面に杭を打ち、地盤を固めていた。

 彼の手には巨大な鍛鉄の槌。トントンと軽く打ち込むだけで、岩が地に喰らいついていく。まるで大地そのものと対話しているかのような、静かで着実な作業だった。

 道具に頼らずとも力強く、そして無駄なく。

 それがザイロの仕事の流儀であり、彼の信頼を支えてきた技術だった。


◆リュシアとセレスティナの製材作業


「ふふーん、木を切るくらいなら任せなさいよ」


 森の縁でリュシアが自信満々に立ち、掌から火の魔力を込めたエンバーフレアを放つ。シュバッと赤い魔力の弧が走り、太い木がスパッと切断される。


「……リュシアさん、あんまり派手にやりすぎると、近くの根を焼いてしまいますよ」


 セレスティナが冷静に注意しながら、風と土の魔法を織り交ぜて枝を刈り取り、材木を均一なサイズに整えていく。


「ま、まぁ分かってるわよ」


 ぶすっと口を尖らせつつも、リュシアはセレスティナに倣って次の木を慎重に処理していく。


 二人の連携は思った以上にスムーズだった。

 かつては魔族の娘と異端のエルフ――まったく交わることのなかった二人の少女が、今や一本の木を加工する仲間として息を合わせている。


◆ライラとフォルの道整備


「こらフォル、そんなとこで遊ばないの。石をちゃんとどけなさい」


「えぇ~、重いんだよ、姉ちゃん~!」


 ライラに文句を言いつつも、フォルは文句を垂れながら小さな石や倒木を拾い、道の脇にまとめていく。


「でもさ、これだけ枝とか落ちてるってことは、やっぱり人の手が入ってなかったんだなぁ」


「そうね。逆にいえば、ここを通るみんなのための道を、私たちが最初に作ってるってことよ」


 ライラの言葉に、フォルは少し黙ってから「なんか、冒険者みたいでかっこいいな」と笑った。


 森を行き来するための安全な道――それは後の皆のためになる「未来の基礎工事」でもあった。


◆拠点のママ・メイラ


 一方その頃、拠点ではメイラが炊事・洗濯・畑の水やりなどを一手に引き受けていた。


「まったくもう、男たちは土と汗にまみれて、娘たちは森の中であくせくして……じゃあ、私は家を守る番ね」


 鍋ではスープが煮込まれ、釜には柔らかい麦パンが焼き上がり始めていた。洗濯物は家の前にずらりとかけられ、畑の水を均一に撒いていく。


「ほんとに、あの子たち……村でも作る気なのかしらね」


 メイラは笑いながら、干した洗濯物の間から空を見上げた。

 あたたかな陽の光が、今日も森と拠点をやさしく照らしていた。


森の中、地熱の湯気がふわりと立ち昇る湧出地点の周囲。

そこはすでに木々が伐採され、開けた土地となっていた。


「さて……この“湯船”をどう造るか、だな」


 バニッシュが顎に手を当て、湧出孔を中心に地形を見渡す。

 木漏れ日の射すその場所は、自然の傾斜がゆるやかに広がり、浅い谷のようになっていた。


「この地形……そのまま活かせそうだな。無理に掘り下げず、くぼみに石を積んで外壁を作る。内部は滑らかに削って、湯が溜まるように調整……どうだ、グラド?」


「文句なしだな。しかも地熱と鉱泉の質も悪くねえ。となりゃ、使う石材は……あった」


 グラドが腰に下げた小さな“石読み板”をかざすと、近くの岩肌がうっすらと魔力を帯びて反応する。


「この辺の岩は“耐熱魔鉱岩”ってやつだ。湯に強く、魔力もこもりにくい。加工もしやすいし、まさに風呂場向きってわけよ」


 グラドがツルハシを片手にガハハと笑うと、セレスティナとリュシアがタイミングよく到着した。


「ご飯終わりました! 手伝いに来ました!」


 元気よくリュシアが声を上げ、セレスティナも「魔法で岩の運搬、お手伝いします」と申し出る。


「助かる。じゃあ、岩を加工して運びやすくするのは俺がやる。セレスティナは魔法で運搬、リュシアは……湯船内部の彫り込み、任せるか?」


「まっかせなさい!」


 バニッシュは手早く役割を振り分けると、自身は湯の流れの誘導用に小規模な水路の構築に取りかかる。

 温泉は湧いていても、自然のままでは流れが偏る。人工の流れを作り、湯をゆるやかに“集め、留め、流す”必要があるのだ。


 グラドの腕が唸る。鍛冶師が武器ではなく“岩”を打つ姿は、どこか厳かな儀式のようでもあった。


「ふぅん……この角度、この斜面。……悪くねぇな」


 削られた岩はすべて、ピッタリと噛み合うよう角度が調整され、段差をもつ壁材へと形を変える。まるで“組み上げるためのパズルピース”だった。


「セレスティナ、そっち持ってってくれ」


「はい。――風浮フーフ!」


 セレスティナが詠唱し、風の力で石材をそっと浮かせる。魔力の風は柔らかくも安定し、重たい岩をまるで葉のように運んでいく。

 一方で、リュシアは火魔法を駆使して、内部の岩盤を滑らかに削っていく。


「それ!それぇ!!」


 掌から吹き出す高熱の炎流刃エンリュウジンが、岩の表面を均一に削り、湯の流れをスムーズに受け止める“滑面”へと変えていく。

 削りすぎないよう、水魔法で冷却を挟みながら慎重に調整する姿は、意外と職人気質すら感じさせた。


「……こういうの、私、意外と向いてるかも?」


 得意げに振り返るリュシアに、バニッシュは思わず微笑んだ。


「はは、じゃあ“炎の浴槽魔王”って称号でもやるか?」


「そ、それはやめてッ!!」


 ザイロは湯船の土台部分を大岩で補強し、ライラとフォルが搬入ルートの整地を続ける。

 遠くからメイラが見守りながら、水筒とおにぎりを差し入れてくれた。

 時折、皆で休憩をはさみつつ、作業は粛々と進んでいく。

 湯船の壁が積み上がり、岩の内側が滑らかに加工され、縁には滑り止めとなる“縄目石”が組み込まれる。

 最終的には、排水のための小さな溝と、湯の調整弁も設置される予定だ。


「じゃあ、源泉の熱湯をそのまま流し込むんじゃなくて――」


「そう。温度差を調整できるように、一度“魔導水路”を経由させて、調整槽へ送るんだ」


 バニッシュが地面に設計図を広げ、湯の流れを指でなぞる。

 熱湯が湧き出る主源泉と、そこに繋がる冷泉(地中から湧く低温の泉)を別ルートで引き込み、中央の《混合調整槽》に流し込む構造だ。


「つまり、熱湯と冷泉を混ぜる“調整槽”を通してから、湯船に送るわけだな」


「ああ。そして温度は、《魔導式バルブ》で制御する。属性石と連動させれば、一定の範囲で温度調整も可能だ」


「へっ、風呂ひとつにずいぶん凝ってるな、バカめ……いいぞもっとやれ!」


 グラドがニヤリと笑い、肩を叩く。

 ドワーフの火酒よりも熱い“職人魂”が、二人の間に確かに燃えていた。

 中心に設置された調整槽は、大小複数の魔法刻印と属性結晶が組み込まれた複合魔導構造となっている。

 グラドが制作したのは、三つの流入口を持つ石製の槽。

 それぞれ、熱湯、冷泉、調整済みの湯を別々に流し入れ、内部で混合し、一定の温度で安定させてから湯船へと送り出すという構造だ。


「ふむ……この部分に風属性石をはめ込めば、過熱時の冷却も自動で制御できるな」


「水属性と併せて、魔力量で流量も制御する……つまり、“湯加減自由自在”ってわけだ」


 セレスティナはその仕組みに興味津々の様子で、魔力干渉用の触媒石を一つ手に取り、慎重に配置場所を確認する。

 リュシアも「便利な装置ねぇ」と呟きつつ、炎属性石の位置を確かめていた。

 バルブには、三属性(炎・水・風)の属性石を魔法陣で接続し、それぞれを魔力感応式のダイヤルで調整できる機構が設けられていた。


「このつまみをこうして……湯が熱けりゃ風属性石の魔力を回す、ぬるけりゃ炎石で追い炊き。これでいい」


 グラドが完成したバルブを持ち上げると、フォルが目を輝かせて覗き込んだ。


「すっげぇ! これで好きな湯加減にできるの!?」


「ああ、ただし遊びでいじるなよ。変な温度になったらリュシアがブチ切れるぞ?」


「……うっ、それはこわい……」


 バニッシュが茶目っ気まじりに言うと、フォルはぴしっと背筋を伸ばし、思わず敬礼した。

 調整槽が組み上がり、魔導水路の刻印が完成すると、湧き水がごぼ、ごぼと流れ込み始めた。

 次第に“適温”となった湯が、滑らかに湯船へと注がれていく。

 蒸気がゆるやかに立ち昇り、木漏れ日と交差する幻想的な光景に、思わず誰もが足を止めた。


「……すごい。湯船に魔法と技術が詰まってる」


「魔導と職人の融合……ってことですね」


 セレスティナが呟き、バニッシュとグラドは静かに頷き合った。


「こりゃあ、最高の風呂ができそうだな」


「まだ完成じゃねえが、確実に“形”になってきたな」


 魔法と技術の結晶、魔導水路式温泉浴場――その誕生は、みんなの絆をさらに温かなものへと導いていく。

 魔導水路と混合調整槽が完成し、湯船への湯も安定して流れ込むようになった今、次なる課題は――


「さて、そろそろ“脱衣所”と“湯の仕切り”を作らなきゃな」


 と、バニッシュが設計図に新たな線を引いた。


 周囲を見渡せば、確かに自然の中に湯船はあるものの、現在は野晒し状態。

 プライバシーもへったくれもない。

 特に若い女性たちにとっては重大な問題だった。


「当然、男女は分けるんでしょうね?」


 リュシアが腕を組み、じとっとした目を向けてくる。


「当たり前だ」


 バニッシュは即答した。下手をすれば命に関わると直感していた。



 バニッシュとザイロ、それにグラドの手によって、温泉の湯船は中央で大きな木製の仕切り柵で二分されることになった。


「この仕切り、ただの板じゃないのよ」


 とセレスティナは説明を加える。


 実は、仕切りの上部には**光属性の魔導幕ライトヴェール**が展開されており、温泉に入った者の気配や声は互いに伝わるが、姿は絶対に見えない構造になっているのだ。


「……見えないのは分かってるけど、ちょっと不安だわ」


 リュシアは顔を赤らめつつ、仕切りをにらみつける。


「問題ないように作った。万一でも“覗き”を試みたら、魔導幕が反発光を起こして“目潰し”になる仕様だ」


「あと、風圧も出るぞ。吹っ飛ぶくらいの」


 と、グラドが妙に楽しそうに語る。


「……バニッシュ、あんたそこまで考えたの?」


「命は惜しいのでな」


 次に建てられたのは、湯船の手前に配置される脱衣所兼休憩所。

 木造の小屋が左右に一棟ずつ――つまり男女用に分かれて配置され、中には簡素ながらも清潔な棚、腰掛け、魔導式タオル乾燥棚まで完備されていた。

 グラドが得意げに紹介する。


「この乾燥棚には“微熱属性石”が使われてる。濡れたタオルや衣類も、干しておけばすぐ乾く優れもんだ」


 また、バニッシュは各所に魔導式冷却札も配置。

 脱衣所内が蒸し暑くなりすぎないよう、空気循環の工夫も施されていた。


「ほんっと、細かいとこまで気が利きますね」


「これなら安心して使えそうです」


 と、ライラとセレスティナも安心した様子で頷いた。


 さらにザイロが提案したのは、湯上がり後の動線まで考えた設計。

 湯船から上がったら脱衣所の裏手に回ると、小さなベンチスペースと井戸水を冷やした飲み水の小壺が並ぶ、木陰に休憩所が設けられ、湯冷ましの時間を過ごせるようになっている

 これにはメイラも大喜びで、「湯上がりには冷えた果物なんか置いたら最高ねぇ」とニッコリ。


 脱衣所と湯の仕切りが完成したことで、誰もがようやく安心して温泉に入れる準備が整った。

 リュシアは「完璧ね!」と満足げに頷き、ライラも「これでゆっくり疲れがとれそう」と喜ぶ。


 そして――


「ふふ、私……こういうお風呂、夢だったんです」


 セレスティナの柔らかな微笑む。


「んふふ~、私とセレスのコンビネーション、最強だったわね♪」とご満悦なリュシアの声が交差する。


 一方で、フォルは男子側の湯船に飛び込む気満々だったが、

 メイラに「こら!」と耳を引っ張られていた。


「じゃあ、入ってみるか!」


 バニッシュの掛け声とともに、一同はついに完成した温泉浴場へと足を踏み入れた。

 広々とした湯船からは湯けむりがふわりと立ちのぼり、木の壁と石造りの湯舟が見事に調和している。

 体を洗う場所もきちんと設けられており、温度調整装置の魔導バルブも静かに作動している。 

 まさに、皆で協力し作り上げた“湯の楽園”だった。


「うっわー……中もすっごく広い……!」


「ほんと、いい雰囲気ね!」


「これが温泉ってやつかぁ……!」


 女性陣の脱衣所では、リュシア、セレスティナ、ライラの三人がテンション高く衣服を脱ぎ、キャッキャと湯気の向こうで楽しそうな声を響かせている。

 一方、メイラは静かに、しかし満足そうに肩まで湯に浸かり、深いため息をついた。


「はぁ……これは癖になりそうだわ……」


 彼女の頬がほのかに赤く染まり、日々の疲れが湯のぬくもりとともに溶けていく。


 男性陣も隣の湯舟へ入る。


「やっぱ……沁みるなぁ」


「ふぅ……これは……極楽ってやつだな」


 隣から聞こえる女性陣のはしゃぎ声を背に、バニッシュとグラド、そしてザイロは重労働で凝り固まった筋肉を湯で解していた。

 フォルはというと、湯の中でバシャバシャと遊びながら、はしゃぎまわっている。


「こら、フォル。騒ぎすぎるな」


「えー、でも気持ちよくってさぁ~!」


 ザイロにたしなめられながらも、フォルは満面の笑みを浮かべていた。

 湯上がりには、脱衣所に用意された浴衣にそれぞれ着替える。

 自然の風が吹き抜ける休憩所で、全員が揃って涼んでいると――


「……やっぱこうなるとな」


 グラドがくいっと手で飲むジェスチャーを見せる。


「……出たな、その仕草」


 やれやれとバニッシュが呆れたように言ったその時だった。


「はいはい、どうせ言うと思ったよ」


 ニコニコ顔のメイラが現れ、手にはキンと冷えた果実酒と、地元の干し肉や香草ナッツなどのつまみが並んだ木皿。


「おおっ……やるじゃねぇか」


「これはありがたい……!」


 歓喜する男性陣に向かって、リュシアがやや不満げな声をあげる。


「ちょっとずるい!そっちは果実酒!?」


「フォルも飲みたい~!」


「はいはい、みんなの分もちゃんと用意してるわ」


 メイラは手をひらひらと振って、子どもや女性陣用に冷たいジュースを人数分取り出した。


「やっぱりメイラさん、抜かりないですね……!」


「ふふっ、飲みすぎ注意だよ?」


 こうして、みんなで作り上げた温泉を、みんなで楽しむひととき。

 笑い声と湯けむりが夜空に立ち上り、拠点の温かな灯りとともに、穏やかな時間が流れていった。

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