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新たな兆し、そして静かな夜を――

 グラドは立ち上がり、ぐっと膝を叩いた。


「――よし!」


 その声には、どこか吹っ切れたような、迷いのない力強さがあった。

 そしてまっすぐにバニッシュを見据えると、一歩踏み出し、はっきりと口を開いた。


「あんたの、その無謀で、無茶苦茶で、現実を舐め腐ったような試みに――俺も手を貸してやる」


 その言葉を口にした瞬間、グラドはふと、肩をすくめて苦笑した。


「……いや、違ぇな。貸す、じゃねぇ。手伝わせてくれ。俺の手で、もう一度、何かを作りてぇんだ」


 そう言って、差し出された手はごつく、分厚く、だが真っ直ぐな意志に満ちていた。

 バニッシュは目を瞬かせ、頭をぽりぽりとかいた。


「でもなあ……鍛冶師に手伝ってもらうって言っても、俺のやってるのは結界術とか魔法理論だし、正直、あんまり関係ないような……」


 その言葉に、グラドは目をカッと見開いた。


「何言ってやがる! これでも“伝説の鍛冶師”なんて呼ばれてたんだぜ?剣や鎧だけじゃねえ。魔剣、魔装具、結界を埋め込んだ護符、精霊炉、触媒式術具……術式にも魔力循環にも、そこそこ精通してるんだ。職人ってのは、道楽じゃできねぇんだよ!」


 拳を握りしめ、熱弁するグラド。

 そして、ふっと遠くを見つめるように視線を落とした。


「それにな……。俺は、もう一度――“バカ”な奴の手伝いがしてぇんだよ。現実を睨んで、理想をぶん殴ろうとするような……そんなバカと、もう一度並んでいたい」


 その声は、小さく、だが静かな炎をたたえていた。

 かつての夢と、過去の痛みと、そして今芽生えた新たな情熱が、すべて込められていた。

 バニッシュは一瞬、何も言えずにその手を見つめた。

 そしてゆっくりと、自分の手を伸ばし――しっかりと握った。


「……よろしく頼むよ、グラド。“バカな同士”としてさ」


 ふたりの手が固く結ばれた瞬間。

 工房に、ふっと風が吹き込んだような感覚が走った。

 それはまるで、新たなものづくりが始まることを告げる“音なき鐘”のように――。


 結界の改良を進める工房の奥で、バニッシュは図面を前に深いため息をついた。

 何度繰り返しても、術式は発動に至らない。三つの理論――古代魔法、魔族魔法、補助魔法――を融合させた術式は、構築の段階で必ずどこかが破綻する。


 そんな彼の背中に、グラドが声をかけた。


「……バニッシュ。ちょっと、聞いてもいいか?」


「……ああ。正直、今ちょっと行き詰まってる」


 バニッシュは疲れのにじむ声で答えると、目の前の術式構造図を指差した。


「どう組んでも駄目なんだ。古代魔法の精霊召喚理論、魔族の魔素感応構造、それに俺の補助術式――三つを組み合わせると、必ずどこかで反発が起きる。まるで、同じ場所に違う魔法を上書きしようとしてるみたいに、打ち消し合ってしまう」


 すると、グラドは腕を組み、ふん、と鼻を鳴らして言った。


「なら――“打ち消し合う”部分に、それを中和・補助する媒体を入れてやったらどうだ?」


 バニッシュが目を瞬かせる。


「媒体、だと?」


「ああ。あんたの術式図、確かに綿密だ。だけど、根本的に……“補う”って姿勢に偏ってるんじゃねぇか?」


 グラドは傍らの板に描かれた術式を指差す。

 そこには、古代魔法の核となる“七属性環核”の上に、魔族魔法の“魔素感応環”が強引に乗せられ、そのズレを補助魔法で囲うような構成になっていた。


「この三重構造、確かに理論上は噛み合う。でも、肝心の“つなぎ目”がない。強い魔法ほど、ちょっとしたズレで暴発する。それを無理やり押さえ込もうとして、逆に不安定になってるんじゃないか?」


 バニッシュは図面を見つめ、唇を噛んだ。


「……じゃあ、つなぎ目に何を入れればいい?」


「媒体だ。火と水を混ぜるには、器が要る。鉄と木を組み合わせるには、釘か継ぎ目が要る。それと同じで、魔法の相反部分にも“媒介”を置いて接合するんだ」


「例えばだ――」


 グラドは低く唸るように言いながら、術式構築図の一部を太い指でトンと指し示した。


「ここの精霊召喚術式な。これは本来、“理”と“誓約”ってもんを柱にして初めて安定するものだろ?」


 図面を目で追いながら、グラドは続けた。


「けど、あんたはそこに強化系の補助魔法を組み込んで“理”と“誓約”を代替してる。つまり、実際に精霊を召喚するわけじゃない。召喚“風”の構造だけを拝借して、魔力出力を上げようとしてるわけだ。……悪くない。けど、その時点で本質から少しズレてる」


 バニッシュが黙って頷く。

 グラドは今度は別の部分に視線を移し、図の中心を通る“魔素感応環”と呼ばれる回路を指差した。


「それと、こっちの魔族魔法理論な。魔素の流れは、感情や環境――ようは“空気”のような要素に左右されるのが特徴だろ?だけどあんたはそこを結界系の安定魔法で抑え込んでる。感情を遮断し、環境変化も取り除いた上で“一定の出力”を得ようとした」


「……ああ。そうしないと不安定すぎて暴走すると思ったんだ」


「それが“反発”を生んでるんだよ、バニッシュ」


 グラドは淡々と、だが真剣な口調で語る。


「元々、自由な流れを持つ魔素に対して“固定”や“封じ”の構造を当てがえば、そりゃ噛み合わなくなる。精霊召喚の“誓い”は精神の枷だが、魔素感応は“心の揺らぎ”で発動する。――正反対の性質を、無理やり縄で縛って繋げようとしてる。それじゃ互いが反発しあって、結局、術式全体が壊れちまう」


 バニッシュはその言葉に、目を細めながら頷いた。


「なるほど……つまり、俺は“要素”じゃなく“理論そのもの”を力づくでねじ伏せようとしていたのか」


「そういうことだ。理論が違うってことは、“魔法が動く理屈”が違うってことだ。だから必要なのは“力”じゃねぇ。――接続する“理解”と、“緩衝材”だ」


 その言葉に、バニッシュの脳裏に火花が散ったような感覚が走る。


「今のお前のやり方は――三つの魔法理論を、無理やり一つの術式にねじ込もうとしてるな。それを一度バラバラにしてやるんだ」


 図面の上で太い指を滑らせながら、グラドが言った。

 バニッシュは渋い顔をして頷く。


「……ああ。確かにそうだ。でも、それを一度“分けて”しまったら、結界としての意味をなさなく――」


 その言葉を言い切る前に、グラドが片手を上げて遮った。


「まあ聞けって。俺が言ってるのは、“切り離す”って意味じゃねえ。“展開”するんだ」


 バニッシュが訝しげな視線を向ける中、グラドは図面の中央に新たな円を描くように指を走らせる。


「三つの魔法理論――古代魔法、魔族理論、そしてお前の補助魔法理論。それぞれを独立した形で“流れ”として展開する。術式に直接ぶつけるんじゃなく、別々に動かしておいて、その流れを――中央で制御・統合する装置に集める。それが――《緩衝材》ってわけだ」


「装置で……まとめる?」


 バニッシュの目に光が宿る。


「なるほど……術式として“融合”させるんじゃない。三つの理論の“本質”を残したまま、それぞれを運用し――中央の装置が“出力”だけを集約して展開する。術式じゃなく、“中枢装置”として機能させるわけか……!」


 「そういうこった」とグラドはにやりと笑った。


「そこでようやく、俺の出番ってわけだ。魔剣でも魔装具でも、流れと出力を制御する魔導機構には慣れてるからな。三つの魔法を、互いに喧嘩させずに“まとめあげる”媒介装置――作ってやるよ」


 その言葉に、バニッシュの表情がぱっと明るくなった。

 暗闇の中に差し込んだ光――ようやく、一筋の突破口が見えたのだ。


「……ありがとう、グラド。これで……いけるかもしれない」


 二人の目が交わる。

 ――理想と現実、その交差点に立つ二人の職人。

 ここから、彼らの新たな挑戦が始まる。


「よし、じゃあ早速――」


 意気込んで立ち上がろうとしたバニッシュの肩を、グラドの太い手がそっと押さえた。


「まあ待て。こっちは老体だってのに転移で吹っ飛ばされて、さらにあれこれ見せつけられてクッタクタだ。……それに、あんたも休んでねぇだろ。顔に出てるぜ?」


 疲れ切ったようなバニッシュの頬に目をやり、グラドはニヤリと笑う。


「まずは飯だ。腹が減っちゃ何も始まらん。な?」


 その言葉にバニッシュは、はっと我に返った。


「……あ、ああ。そうだな。急ぎすぎてたのかもしれない」


 頷きながら、はやる気持ちをぐっと抑え、二人で工房を後にする。

 外に出ると、空は朱に染まり、焚き火の香りとともに夕餉の気配が漂っていた。

 簡素ながらしっかりとしたテーブルには湯気の立つ料理が並べられ、すでに全員が席に着いて待っていた。


「やっと来たわね」


 リュシアが腕を組んで言う。


「おじいさんも元気そうでよかったです」


 セレスティナが微笑むと、グラドはむっと眉をひそめた。


「誰がじいさんだ、まだまだ現役だっての」


 言いながらもどこか照れたように鼻を鳴らし、席につく。

 ふと視線を巡らせたグラドの目が、一瞬止まる。


「……なんだこりゃ、魔族にエルフに――」


 さらにその先、ライラとメイラ、そしてザイロとフォルの姿を見て、グラドの目がさらに丸くなった。


「……獣人まで? なんだこの拠点は、種族の見本市か?」


「ま、そう思うのも無理ないかもな」


 苦笑するバニッシュの隣で、リュシアがにやりと笑った。


「でも、ここでは“違い”は関係ないの。みんな、居場所を求めて来ただけ。……あんたもね」


 言われてグラドは一瞬口をつぐみ、そしてふっと肩を落として笑った。


「へっ、なんだか……居心地悪くねぇな」


 そんなやり取りの中、夕餉の香ばしい匂いが辺りを包み、温かな笑い声が拠点に満ちていく――。

 夕食が終わり、それぞれが部屋へと戻っていく中――


「なぁ、ちょいと……やらねぇか?」


 ふいにグラドがくいっと手を傾け、酒を飲む仕草を見せた。

 バニッシュは一瞬きょとんとしたが、すぐにその意味を察してふっと笑う。


「……そういや、最近ゆっくりしてなかったな。ああ、いいぜ」


 そうして二人は、夕食を囲んだ外のテーブルへと戻る。夜風が頬を撫で、虫の音が静かに響いていた。

 そこへ、無言でザイロが加わってくる。無骨な顔に静かな意思を宿したまま、何も言わずに椅子を引いた。

 言葉はなくとも、それだけで十分だった。


「へっ、揃ったな。じゃあ――こいつを出すとすっか」


 グラドはごそごそと腰の荷物から小さな革の袋を取り出し、中から重厚な木の栓がついた銀色の瓶を置いた。


「こいつは俺の、とっておきだ。ドワーフの火酒ブラズロック。口に入れたら喉まで焼けるぜ?」


 そう言いながら、3つの木のカップに酒を注いでいく。ふわりと立ち上る香りは、どこか焦がし麦のような深みを帯びていた。


「……じゃあ、何に乾杯する?」


 グラドが問いかけると、バニッシュは少し考え――笑みを浮かべる。


「ここに集まった、不思議な縁と……バカな理想に」


「そいつはいい」


 グラドが笑い、ザイロが無言で杯を掲げた。


 ――カンッ。


 静かな夜に、カップの音が心地よく響いた。

 最初の一口で、バニッシュは咳き込みそうになる。


「げほっ……! な、なんだこれ、喉が焼ける……!」


「だろ? だが二口目からクセになる」


 そう言って豪快に飲み干すグラド。

 その時、静かに扉が開き、メイラがそっと現れた。


「ほら、これ……おつまみ。ゆっくりしていってくださいな」


 木の皿に載せられていたのは、香草の効いた干し肉と、小さなチーズの盛り合わせ。


「ありがてぇな……気が利くな、あの奥さんは」


 ザイロが照れたように笑い、グラドはそっと手を合わせる。

 ――それから3人は、取り留めのない話をした。

 昔の鍛冶話、若い頃の失敗談、武勇伝やくだらない冗談。

 時折笑い、時折黙り込み、杯を傾けながら、それでもどこか満ち足りた空気がそこにあった。

 バニッシュはふと空を見上げる。

 星が、綺麗だった。


(……こんな夜が、また来るなんてな)


 胸の奥でそっとそう思いながら、杯の残りを一気にあおった。

 それは、久しぶりに味わう――心の底からの、穏やかな夜だった。

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